第17話◆敗色濃厚の戦局を切り拓くものがあるとするなら
◇
午前零時、ギルド前。
お目付役のグラスフィアとニュートウルフ討伐に向けて落ち合う。
「────お待たせしてしまいましたか?」
「構わない、早く来て待っていただけ。
早速だけど、向かいましょう。
ここから三十キロほど行った山の中ね。
ついてこられるかしら?」
「先導をお任せしていいんですか?」
「今日はあくまで討伐を見させてもらう。
知っている場所だから、私の方が早いわ。
何かご不満でも?」
「有る訳がありません。よろしくお願いいたします」
………………
(すごい……置いていくつもりで飛ばしているのに、息を切らす様子すらない……)
「────ストップ! グラスフィアさん、止まってください!」
「えっ……」
俺は人差し指を口に当て、微かな声でグラスフィアに話す。
「二キロほど先に、それらしき気配が────このままのスピードで進むと勘づかれます」
「気づかなかった……いつの間に索敵してたの?」
「それとなくですよ。そんなことより────」
聞いていたよりも数が多い──────。
「────グラスフィアさん。
ここからは私が先導します。百メートルくらい後ろから、気配を消してついてきて貰えますか?」
「わかった…………。
助けを求めてくれたら、いつでも飛び出せるようにしておく。遠慮はしないで」
「私の助けよりも、ニュートウルフにご注意を────。
イモリのように音もなく近づき、ウルフの牙で肉を喰い千切るといいます。
私がやられたらノータイムで逃げて構いませんので、そのつもりで────」
「……わかった」
(ハイドの固有スキルは索敵だろうか……
だとしたら、あまり実戦向きではない。
本当に大丈夫なのか……)
俺は霧化した魔力を、更に先まで飛ばし、状況を確認する。
ざっと百体はいるんじゃないか────。群れというにはあまりに多いぞ。
俺は手招きでグラスフィアを呼ぶ。
「奴ら、さすがに鼻が利きますね……
群れから緊張感が伝わってきます。
魔力じゃなくて、私たちの匂いに反応しているようです。
グラスフィアさん、やはり私と一緒に来てください。敵陣に乗り込みます。あと────」
「────後ろのあなた、それ以上は近づかないでください。巻き込まれますよ」
驚いた顔でバリーが姿を現す。
「────気づいてたのか?」
「それも含めて試されているのかと思っていました。
もしくはハンターキルをしているという者かとも疑いましたが、何度か隙を見せても姿を現さないので、ギルド側の人間と判断しました」
「まいったな…………
俺は戦力カウントしなくて正解だよ。裏方と転移魔法が専門だ。
ヤバくなったら一瞬でギルドまで帰れるから、俺を目指してくれ」
「承知しました──────」
俺は強く錬成した魔力を全身に纏う。
闇属性を無属性にコンバートしているため、多少燃費が落ちて、本当の意味での全力は出せないが、それでも充分だろう。
「なん……だこれは……」
俺の魔力を見たバリーがたじろぐ。
「信じられない…………ハイド、あなた…………」
「敵に警戒の色が見えます。
グラスフィアさん、いきますよ────」
俺たちは堂々と歩いてニュートウルフの間合いに入る。
俺の魔力はニュートウルフが個体でどうこう出来るレベルを超えているはずだ。狡猾なニュートウルフは、迂闊には手を出してこない、威嚇をしつつもこちらを窺うに留まっている。
俺とグラスフィアはニュートウルフの間をゆっくりと縦断していく。
(二十や三十じゃない……百体? それ以上……?
いちパーティで討伐できる規模でもない。
王国騎士団の案件じゃない、こんなの……)
「ターゲットの変異種が群れのボスでしょうね……
どうやらこの先、奥にいるようだ。
話が通じるといいのですが……」
(こいつ、どうしてこんなに落ち着いていられるの……
いや、そもそもどうしてニュートウルフは襲ってこない?
────いや、決まってる。ハイドの纏う魔力を畏れているんだ……)
俺とグラスフィアは、一際禍々しい魔力を放つ個体に近づいていく。
「初めまして、こんばんは。
私はヒト種族のハイド・ムスブルグと申します」
ニュートウルフの長に一礼をする。
「貴様は他の人間とは違うな。
纏う魔力からして別格……敵陣の中にわざわざ喰われに来たようには思えんな」
やはり言葉を解したか。ということは────
「人間を、襲っていると聞きまして。
それが事実か、また何か事情があるなら伺いたいと思って来ました」
「随分と律儀だな。
だがどうということはない。人間の肉は美味いからな……。
警戒感が薄く簡単に狩れるし、美味いから喰っている。それだけのことよ」
「ふむ、そうなると共存の道は難しそうですね……」
「ああ。俺は人間の悲鳴も好きだからな。
獲物は生きたまま貪るに限る。
特に人間はメスの甲高い悲鳴がいい、肉質も柔らかいしな……
────隣の女、そいつも美味そうだ」
ニュートウルフはグラスフィアを見据えて目を細める。
ニタァ……と開いた口から、牙と割れた舌が覗く。
「やはり戦うしかないようですね。
今の立場では、あなたを擁護できないのが残念だ──────」
ニュートウルフの長は一瞬にして臨戦態勢に入る。
「メスは俺が喰うぞっ!
オスは早い者勝ちだ──────」
(こいつ…………やばいっ…………!)
グラスフィアが恐怖から踵を返し、逃げに転じたところを、無理矢理抱えて俺は跳んだ。
そして、ニュートウルフの群れ全体の、足元に巡らせていた強靭な魔力の糸を引く。
「ちぃっ……小賢しい真似を……!」
「対話の時間も戦闘のうち。
目の前の敵が無防備に見えるほど、人間のことを舐めているようですね」
ニュートウルフの長は、素早く転がり、糸の間合いから身体を躱す。
俺が網状の糸を収束させると、まさに一網打尽。ニュートウルフの群の大半を、鋭い網で締め上げて息の根を止める。
「纏っていた強大な魔力は、足元に魔力を張り巡らせるための囮。
対話はその時間稼ぎだったか──────
おい、お前ら! 見た目に惑わされるな。
奴は隠蔽魔法を使う、気配を消して狩れ!」
────残りはざっと二十体弱。
しかし網を掻い潜った精鋭か────。
闇に溶け込むニュートウルフは、爬虫類のような吸着性の足を持つ。音もなく、素早く、縦横無尽に移動することが可能だ。
だが、霧化した魔力のおかげで、俺にはそれぞれの位置が手に取るように分かる。
ダンッ────────────
……………………ドサッ
まさに今、背後から噛みつかんとしたニュートウルフを、目線を送らずに即座に魔弾で撃ち殺す。
「…………囲め。
焦らなくていい、隙を見逃すなよ────」
ニュートウルフの長が指示を出す。
「長を中心に統率が取れている────
早めに大多数を叩いたのは正解でしたね。
グラスフィアさん────大丈夫ですか?」
「………………」
グラスフィアは震えて動けない。
────ダメだな。だから足手まといの同行はやめてくれと言ったのに。
ダンッ────ダン──ダンッ────
俺とグラスフィアに近づいてくるニュートウルフを立て続けに撃ち殺す。
「急所を一発で撃ち抜いてやがる。
人間の癖に夜目が利くのか……仕方ない俺がいく」
ニュートウルフの長は、電光石火の早業で、俺の至近距離に現れて雷撃を放つ。
俺はとっさに足元にいるグラスフィアを蹴って遠ざけ、纏う魔力を伸ばして地面に刺す。避雷針の要領だ。
「なるほど、あなたはサンダーライガーとの混血ですか。
サンダーライガーの中には、人語を解する個体も居ると聞きますからね。合点がいきました」
「この一瞬でよくぞ理解したな。
だが俺は脆弱なサンダーライガーではない。
あくまでニュートウルフだ」
「────────速い」
ガッ──────────
噛まれた肩から、雷撃が身体を駆け巡る。サンダーライガーの電撃と、ニュートウルフの俊敏性を併せ持っている。
「ぐっ………………」
「よくも俺の王国を壊してくれたな……。
貴様は楽には死なせんぞ。
貴様の魔力、俺がすべて喰ってやる!」
ボンッ──────────
鈍い音がして、ニュートウルフの腹が破裂する。
「ふ…………ぐふっ…………何が起きた……」
「────ニュートウルフの習性ですよね。
噛んだものは思考停止で飲み込んでしまう。
サンダーライガーの慎重さがあれば、結果も変わったのかもしれませんが…………
残念ながら、貴方は『あくまでニュートウルフ』────仰る通りでしたね」
「きさまっ…………」
「敵が俊敏なヒットアンドアウェイを得意とするなら、習性を逆手に取るのが最適解。
私の魔力は濃厚かつ豊潤ですからね。
さぞ美味しかったことでしょう」
────濃厚が故に、爆発属性を付与すれば少量でも大爆発を起こす。
ニュートウルフの長は、重要な臓器に損傷を負い、もはや助からないと悟った様子だ。
「くそっ…………
ニュートウルフの習性に足を掬われるとはな…………」
「食あたりはお辛いですよね。すぐに楽にして差し上げましょう」
ザンッ──────────
刃状にした魔力で首を斬り落とす。討伐依頼はこれで完了だ。
「あ…………」
「大丈夫、グラスフィアさんはじっとしていてください」
俺はグラスフィアに声をかけ、一人で残党を狩る。
霧化した魔力で、探れる範囲にいるニュートウルフのすべてを狩り尽くすと、【どこでもポケット】に全ての魔物の遺体を入れる。とてもすべての遺体から討伐証明など取り出していられない。
もともとの討伐対象だった群れの長だけ、魔核と討伐証明を先に取り出して、手元に仕舞う。
「出てきていいですよ、討伐完了です。
えーと、お名前は────」
「バリーだよ……あんた、やべえな」
「全数の討伐部位の回収が面倒ですね。
取り急ぎひとまとめにして、収納魔法に入れておきます。
入れている間は傷みませんが、早々に処理をしたいです。明日以降でいいのでギルドで手伝ってもらえますか?」
「それくらいはやらせてもらうよ。
俺もグラスフィアも、何の役にもたたなかったな…………すまない」
「最初からロザリアさんにお話ししていた通り、手出しは無用でした。
こんな深夜にご苦労様です」
「ハイド……」
グラスフィアが抱きついてくる。
「私は何の役にも立たないどころか……
変異種に睨まれて動けなくなってしまった。
お荷物になるなど、監督官失格だ。
本当にすまなかった……助けてくれてありがとう……」
泣き出すグラスフィアを、軽くハグする程度に抱きしめて宥める。
「────礼には及びません。敵の足元に罠を張るために、敵地に乗り込むことが作戦の肝でした。
付き添っていただいて、こちらが複数いると、敵を牽制できただけでも助かりました。
圧倒的な数の敵陣に乗り込む勇気は、間違いなくAランクハンターのそれでした。
決してお荷物などではありませんよ」
「…………すまない」
俺たちの様子を見て、バリーはやれやれといった具合にため息をついた。
(ハイドが初めて嘘をついた──────。
事実、グラスフィアはお荷物でしかなかった。
だが敢えて真実を語ることもないということか……
ハイドなりの優しさというやつだろう。
オールムさんの言う通りだ、俺もハイドを気に入ったよ)
「さて、帰投しましょう。
血の匂いに集まってくる魔獣もいる────長居は無用です。バリーさん、転移魔法をお願いします」




