第10話◆羊達の逃亡
◇
その日は朝から家の様子がおかしかった。
「とっととひっ捕らえろ。
俺が直々に首を斬り落としてやる!!」
父親の怒髪が天を衝いている。触らぬ神に祟りなしだな。怖い怖い。
「ガーベラ──────。
今日は随分騒がしいけれど、どうしたの?」
「私も詳しくは分かりませんが、
従者であるソメヤさんとユーフォさんが、家の資産を持ち逃げしたというのです」
「そうなんだ、大事件だね」
四十代のソメヤと二十代のユーフォ、二人はどうやらデキていて、結託して手許現金と貴金属類を持ち逃げしたということのようだ。
我が家は悪徳伯爵家の名を欲しいままにしている。
言うまでもなく労働環境はブラックだし、使用人を奴隷のように考えている節もある。
二人が金を持って逃げ出すのも、別に不思議なことではない。
しかし、伯爵家相手に、詐欺・盗難を働いて逃げおおせる訳がない。
まず間違いなく捕縛され、拷問の末に元々二人が持っていた財産もろとも没収されて、罪人扱い。退職時に出るはずだった慰労金も貰えないだろうし、次の働き口が決まるかも怪しい。
それどころか殺されるかもしれない。まったく、正気の沙汰とは思えないな。
そこまで遠く逃げている訳じゃないだろうからな。俺は俺で探してみるか。
────何なら、利用できるかもしれないしな。
◇
俺はエレメンタリーをサボって、二人を探すことにする。
部屋に匿っているケルベロスに、予めソメヤの衣服と魔力の臭いを嗅がせておいたので、道筋を辿らせることにした。
災厄級の魔獣の使い方の是非は置いておいたとしても、さすがはケルベロス、二時間ほどで居場所を探り当てる。
さすがに領地は抜けていたようで、領地から二十キロメートルほど離れた簡易宿に二人で身を隠しているようだった。
俺は宿に潜り込むと、魔力の形を粘土のように変え、指先で部屋の鍵をピッキングする。
安宿だけあって簡単に解錠することができた。
俺はドアを開けると、即座に防音魔法と、外部から室内の様子がわからなくなるように隠蔽魔法を展開する。
同時に魔力を縄状に錬成し、二人の手足を縛り上げ轡を噛ませる。
ケルベロスに魔力を授け、双頭の大きさに戻して二人を威嚇させる。
「安宿でお楽しみの最中だったか?
すまないが邪魔をするぞ。また会えたな、ソメヤ、ユーフォ────」
二人は驚きを隠せずにいたが、見つかったことに関しては観念した様子で、抵抗する素振りも見せなかった。
「ソメヤ、話を聞くために今からお前の轡を外す。だが妙な真似をしてみろ。その場でユーフォの首を落とす────」
俺はソメヤの目を見据えて脅しをかける。ソメヤは何度も頷く。
「ソメヤ、お前たちは我が家の財産を持ち逃げした。それで間違いはないか?」
「私がユーフォを唆したのです! ユーフォは……」
俺はソメヤの腹を蹴り上げる。
「げふっ、げほっ……うぅ……」
「次に許可なく関係ないことを喋ったら、ユーフォの首を落とす。お前の発言が許されるのは、俺の聞かれたことに答えるときだけだ。
改めて訊くが、お前たち二人が持ち逃げしたことに間違いはないのだな?」
「……間違い、ございません」
(これがハイディア様……?
信じられん……屋敷での様子とはまるで違う……)
「ふむ、これからお前たちに待っている道は、最善でも捕縛、財産の没収、罪人としての仄暗い生涯だ。良いこと無しだな」
「魔が……差してしまったのです……
申し訳ございません。全てお返しいたします!」
「要らん、そんなものに興味はない。
それに最早謝って金品を返せば済む次元ではなくなっている。
お前たちが盗み出したのは、言わばソルティレージュ家の沽券だ。
使用人に資産を持ち逃げされるなど、とんだ大恥だと、父は考えているだろう。
現に、父は自分の手でお前たちの首を落とすとまで言っている。
これが手配書だ。罪状は伏せられているが、この街の入り口で配っていた。すぐにここも割れるぞ」
俺は二人の前に、人相が書かれた手配書をはらりと落とす。
「ぐうっ……」
「────まあ、ひとまず安心しろ。
今ここにいるのは俺だけだ。誰にも言わずに、ここに来たからな。
今から言う条件で、俺と契約を結んでくれたら、お前たちを逃がす手助けをしてやろう。もちろん金品なんぞ、そのままくれてやる。
もし結ばないというのなら、この先生きていても仕方あるまい。捕らえられ、責苦と陵辱の果てに殺されるくらいなら、一思いにここで俺が殺してやってもいい────」
二人はすっかり観念した様子だった。
「……承知いたしました。条件をお教えください」
「まずは、俺がお前たち二人に与えるものからだ。なあに、悪い話じゃない。
二人に固有スキルを授けよう。今回の逃亡に使えるものだ。
深くは訊くな────俺にはそれができる。
あとはお前たちのこと、ここでのやり取り、行き先の一切を他言しないことを誓おう、それでどうだ?」
「……是非もないことでございます。
そして我々はそれに対し、何を差し出せば宜しいでしょうか」
ソメヤが怯えた声で問いかける。
「二週間後、授けた固有スキルを俺に返すんだ。会ってどうこうする必要はない、期限がきたら自動的に使えなくなる。
そして、ここでのやり取りの一切を他言するな。逃げおおせても、捕縛されてもだ。
その二つを守ってくれればそれでいい」
「そ、それだけですか……?
あの、盗んでしまったお金や宝石は……」
「同じことを言わせるな──────。
金品など俺には興味のないものだ。
お前たちにくれてやる。好きにするが良い」
「畏まりました……
申し訳ございません……」
俄には信じられないといった様子のソメヤに、俺は釘を刺す。
「しかしだ。他言しないことについて、お前たちには命を賭けてもらうこととする。
お前たちがこのやり取りを明かした時、俺にとってはリスクしかない。
口にするときには二人揃って、死ぬこととさせてもらう。これは魔力によって執行されるため、不可避だ」
「畏まりました……」
「ユーフォ、貴様はどうする?」
(──もともとハイディア様はソルティレージュ家の中では異端のような存在。
他のご兄弟は、個人仕えの使用人を奴隷のように扱う中で、ハイディア様はガーベラにいち個人として接していたし、他の使用人にも対等に接してくれていた……)
ユーフォは頷いて同意を示す。
「契約書を作る────少し待っていろ」
ソメヤとユーフォの拘束と轡を解いた。
これは二人を試す行為だったのだが、二人に逃げ出そうとする素振りは見られない。
俺は【魔王の祝福】を発動し、契約書を作成する。
「ソメヤ、お前は魔法は人並みに使えたな。
固有スキルは持っているか?」
「いいえ、持っておりません」
「それは良かったな──────。
今から授ける【モンタージュ・カタログ】がお前の固有スキルになる。ただし、二週間の間だけな」
【モンタージュ・カタログ】
タブレット端末を具現化し、直近で出会った千人の中から、身体や顔のパーツを選んで、実在しない人物の顔や身体を生成する。
肌や髪の色、身長、性別、声色も調整可能。衣服は有無の選択ができる他、カスタマイズも可能。
生成した姿に変身したり、他人を変身させることが可能。制限時間は二十四時間で、本人の意思で随時、解除は可能。
カタログにはプリセット登録として、最大百パターンまでの組み合わせを、データとして保存、即座に呼び出すことができる。
***
「性別も声も変えられる。二人とも屈強な男にでも化けて仏頂面をしていてみろ。声すらかけられまい。
時間切れにだけ気をつけるんだな。
維持よりも発動にかかる魔力消費量がかなり多いんだが、魔力も俺が貸してやる契約にしている。心配するな」
「次はユーフォ。
お前には【どこでもポケット】を授けよう。
かなりシンプルな魔法だが、お前は元来魔法が不得手だったはず。
このくらいシンプルなものが良かろう。
ソメヤ同様、発動にかかる魔力は俺が貸してやるから安心して使うといい」
【どこでもポケット】
具現化したポケットの中に、異空間を作り出すことができる。異空間のサイズは能力者の魔力量に依存する。
ポケットへの出し入れは、所有者と、それを承認した者にしかできない。
生物も入れることは可能だが、所有者の許容できる魔力量の生物しか、入れることはできない。また一度入れた生物は、生物自身の意思で出ることはできない。
***
「手持ちの貨幣は最低限だけにしておけ。
移動する際も手荷物検査があるかも知れん。
貴金属類は【どこでもポケット】にしまい、安全な住処が見つかるまで出すんじゃないぞ。
あと、
身に余る大金は身を滅ぼすという────。
異国に住処を構え、地に足がついた頃、細々と換金すると良いだろう」
頷く二人を見て俺は続ける。
「この内容で良ければ、サインをしろ。
契約書は良く読め。今この場だけの話ではない、今後のお前たちの人生においての話だ」
「ハイディア様、なぜ、私たちにここまで……?」
ユーフォが尋ねる。
「俺もあの家は気に食わないからな────
使用人に辛くあたっていることも知っているから、逃げ出す気持ちも、一泡吹かせてやろうという気持ちも分からんでもない。
ユーフォは好色な父や兄から、女として屈辱的な思いもさせられてきたのだろう。
ソメヤも長い間、あの環境で耐えてきたのだろうからな」
二人は辛かった日々を思い、拳をぐっと握る。
「────そんな同情的な思いもあるが、実はお前たちに魔法を貸すことで俺にもメリットはあるんだ。
だがそれはお前たちが気にすることではない」
二人がサインをして、契約が締結される。
「本来はこんなことは言いたくはないんだがな。契約書の控えは処分してくれるとありがたい。
後々にも契約書が見つかると、ここでの密約がバレてしまうこともある」
二人はその場で俺に控えを預けてくれた。
「ありがとう────俺もお前たちのことは誰にも明かさないと誓おう。
二週間は長いようで短い。身分証を必要としないタゴス経由でユレイジア大陸あたりを目指すと良いだろう。移民の受け入れが盛んだと聞くし、その割に治安もまずまずだ。
手配書もそこまでは届くまい──────
────だが今後も最低限、髪型などは変えるようにして、あまり目立つことはするなよ。
そして、二週間でポケットの中は空にしておけ。せっかく手にした財産も、一緒に俺の元に戻ってしまうからな。
くれぐれも絆されたり、妙な気を起こして返そうなどと思うなよ。
それはお前たちへ、ソルティレージュ家を代表して俺からの慰労金とする。いずれ子を授かるなら、気兼ねなくその子に使ってやるといい──────」
二人は【モンタージュ・カタログ】で姿を変える。俺は二人と一緒に発動を確認すると、二人に隠れるように共に外に出る。
入れ違いで、宿に手配書を持った男たちが入っていく。見た目を変えたソメヤとユーフォを一瞥すると、気にする様子もなく通り過ぎていった。
やれやれ、間一髪だったな──────。
「ハイディア様……本当にありがとうございます」
「礼には及ばん、こちらこそ今までありがとう。もう会うこともないが、二人とも達者でな────」
二人は深々と頭を下げると、馬車を拾い、街の外を目指した。
あの二人の固有スキルの【枠】は永久に使えなくなってしまうが、一般人として暮らすのであれば、問題はあるまい。
悪徳伯爵家の資産の一部など、二人の人間の未来に比べれば、遥かに価値のないものだ────。
「ところでケルベロス、お前なかなかやるな。
逃げたあいつらを、誰より先に見つけだしたんだ、大手柄だぞ」
「ワンッ!」
脚にじゃれついてくるケルベロスを抱き抱えて撫でてやると、ケルベロスは得意げに鼻を鳴らす。
「ふふ、可愛いなお前は──────」
◇
二週間後、俺は固有スキルを二つ手に入れることができた。
それはソメヤとユーフォが無事逃げおおせたことを意味する。
俺はふと手を入れた【どこでもポケット】の中に一通の手紙を見つける。
そこには、差出人の名前がない手紙が入っており、無事に目的地に着いたこと、落ち着いたら手に職をつけて、再出発しようとしていることが書かれていた。
俺は指先で火を起こすと、すぐに手紙を灰に変えた。
二人のしたことは、使用人としては許されることではない。それでも俺は、二人に幸多い未来が待っていることを願っていた──────。
***契約概要
固有スキル【モンタージュ・カタログ】、【どこでもポケット】をそれぞれソメヤ、ユーフォの二名に授ける。
スキル発動時に、魔力を貸し付けることとし、期限までに対面による魔力の返済がなされない場合、固有スキルは差し押さえられる。
差し押さえを以って、貸し付けたすべての魔力の返済は免除されることとする。
なお、契約には守秘義務が生じ、それを両名どちらかでも口外しようとした場合、即座に両名の命が絶たれることとする。
他、細則は割愛
***
◇
────やはりおかしい。
ソメヤとユーフォが逃げ通したこともそうだ。ハイディア様が関係している可能性がある。
聞けば二人が資産を持ち逃げした日、ハイディア様はエレメンタリースクールをお休みされていたそうじゃないか。
あの二人が逃亡を成功させる可能性など、ゼロに等しかった。それが、蓋を開けてみれば、安宿を取っていたという情報があったきり、目撃情報は梨の礫という。
まだ十二歳……考えづらいことだが、ハイディア様を注視するしかないか────。




