皮肉
〈ほの靑い蜜柑の味は蜜柑なり 涙次〉
【ⅰ】
前回からの續き。但し、語りは都合上テオではない。テオ・ファンの皆さんご免なさい。
カンテラ「二手に分かれやう。じろさんはこの儘奴らの事務所に殘つてくれ。俺とテオは、上総さんの新聞社に行く。配逹人が現れるかも知れない。じろさん、カネ、持つてるかい?」-じろさん「生憎急いでたんで、手持ちが小錢しかない。何で?」-カンテラ「長期戰が豫想される。當面の食費だ。杵塚に届けさせやう。それに、彼の* ナイフ投げが役に立つかも知れないし」
* 當該シリーズ第19話參照。
【ⅱ】
杵塚は急ぎ現れた。カンテラとテオは新聞社に向かつた。
杵塚は正直、嬉しかつた。一夜漬けから始まつた彼のナイフ投げが、即戰力として認められたのだ。男には闘争本能と云ふものがある。とは云へ、彼のナイフ投げには、或る映画の影響があつた。
米國にサム・ペキンパアと云ふ映画監督があり、所謂アメリカンニューシネマの流れにある映画を數多く撮つた。暴力描冩の鮮烈さには定評がある。彼の70年代の映画に、『ビリー・ザ・キッド / 21歳の生涯』と云ふのがある。キッド役にはカナダ人クリス・クリストファーソン、シンガーソングライターであり、俳優も兼ねる。キッドの一味にはエイリアス(ナイフ投げの名手)と云ふ男あり、それに扮するのはかのボブ・ディラン。ディランは格好良かつた。
【ⅲ】
留守居の學生アルバイト、じろさんに依り捕縛されてゐたが、杵塚の顔を見るなり、「杵塚監督ですね!」と顔面に嬉色露は。映画好きの彼は、杵塚の撮つた3本の映画(『小さな戀のメロディ』『霧子』『鬼面菩薩』)を全部観たと云ふ。絹澤有と云ふその學生、何の運命の悪戲か、こんな場面での杵塚との出會ひ、皮肉なものである。取り敢へず、捕縛の繩は解かれた。
※※※※
〈攻めと受けならば断然攻めを採るとは云へ此の世BLぢやない 平手みき〉
【ⅳ】
然し、じろさんは薄々氣付いてゐたのだが、彼の實體は「ニュータイプ【魔】」だつた。人間界に「留學」してゐた彼は、「はぐれ魔導士」逹に魔界の詳細をリークしてゐた。皮肉、と云つたら、これ程のものはない。
1日、2日、1週間... 時は過ぎて行つた。テオから連絡があつた。配逹人が上総の許に現れた、と云ふ。カンテラは彼を斬つたのだが、その前に、「はぐれ魔導士」のリーダー格が、事務所に戻つた、と云ふ情報を得てゐた。水晶玉を取りに、決死の覺悟で帰つたのだと云ふ。
【ⅴ】
「やれやれ、やうやく解放される」とじろさん。「はぐれ魔導士」のリーダーは、堂々ドアを開けて入つて來た。或ひは、自らの死を豫見していたのやも知れぬ。そいつの事は、じろさんが絞め技で、「落とした」。わざと生かして置いたのである。釈放金を出させやうとしたのだ。
【ⅵ】
すると、絹澤、何を思つたか、その場を逃げ出さうとした。或ひは【魔】としての彼の血が、さうさせたのだらうか。じろさん、冷酷さを装つて、「杵、殺れ」。杵塚、咄嗟にナイフを投げて、絹澤を仕留めた。絹澤「む、無念です、監督-」。出會ひの場處が惡過ぎた。
杵塚は、改めて、カンテラ一味に共犯意識を持つた。初めての事である。人、もしくは【魔】を殺して、初めて一味の仲間に入つた証明となる- 杵塚、後味の惡さは如何ともし難い。
【ⅶ】
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〈凝鮒魚食ふ時黙す哉 涙次〉
カンテラとテオが事務所にやつて來た。「やあ、だうだい?」-じろさんが顎で杵塚を示した。「初めて、【魔】を殺めたんだ、仕方あるまい」。杵塚は、一種のシェル・ショック狀態にあつた。然し、カンテラ一味あつての、映画監督としての名聲である。
それにしても、絹澤、【魔】である自分が重すぎた。それが杵塚に伝染したのである。帰りのバイクで、珍しく一人ぶつ飛ばした。誰とも會ひたくはなかつた。
由香梨、「兄ちやんだうしたの?」-杵塚、無言だつたと云ふ。「はぐれ魔導士」との血戰、實は始まつたばかりなのである。その豫感が一層、彼を苦しめた。
お仕舞ひ。
PS: 保釈金は、「はぐれ魔導士」の殘党からカンテラ一味宛て、無事支拂はれた。だがカンテラは、彼らの希望通りには、彼らのリーダーを返しはしなかつた。斬つた、のである。




