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恋と掟と魔法使い  作者: 又蔵 雲國斎


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4-1

 わたしは生まれつき髪が赤くて、瞳は淡褐色(ヘーゼル)


 そのせいで幼い頃は、いじめとまでは行かずとも謂れのない悪口を言われることはあった。


 でもこれは母から受け継いだヨーロッパの血。周りからどう言われようと、わたしはこの外見に誇りを持っている。


 魔法使いを名乗る人物から「君には才能がある」と声を掛けられたのは小学五年生の頃。学校帰りに背後から妙な気配を感じて振り返ると、人が立っていた。目が合った瞬間にその人は驚いた顔を見せた。なんでも完全に気配を絶っていたつもりらしいけど、わたしがそれを看破したのが心底信じられないという様子だった。


 そしてどうやら、師の見立て通りにわたしには才能があったみたいだ。中級第三位となり、師の元から独立したのが中学二年生の頃。別れ際に言われたのは「私みたいなのが師で申し訳なかったね」だった。そんなことはない。あの人には感謝してる。師の元での修業は十分に楽しかった。子供にとってはそれが一番大切だと思うから。


 独立して協会から工房をもらった時点で、いや、魔道に足を踏み入れた時点でわたしはなにを研究するかを決めていた。幼い頃に母からもらった誕生日プレゼント。


 それがわたしという魔法使いの――原点なのだ。




                ◇




 家事代行という仕事は、わたしの天職なのではと常々感じる。


 多くの場合、この仕事に就く人は会社からの派遣という形になるだろうけど、わたしの場合はそうではなくて、特定の個人と専属契約という形で仕事をもらってるだけ。そしてその契約相手というか雇い主というか、わたしが「先生」と呼んでいるその人との相性が凄くいい。たとえわたしが一方的にそう思ってるだけだとしても、あの人の傍にいることがとにかく心地いいのだ。


 作った料理を美味しいと言ってもらえるだけで、掃除をしてお礼を言ってもらえるだけで、生きてて良かったと思えるくらい気持ちが弾む。それでいてお給金までもらえるんだから、こんな幸せなことがあるだろうか。


 先生は「ケード」という名前で活動してる人形作家だ。あまり詳しくはないけど、その界隈では結構な有名人らしい。高所得層向けの低層マンションに自宅用と仕事用の二部屋を持っていて、調度品も素人なりにそこそこのお値段がするだろうことが想像できるものばかりで、実に羨ましい。


 なにより、わたしと同じくヨーロッパの血が入っていて生まれつき髪が赤く、瞳の色も同じ淡褐色(ヘーゼル)と、単民族国家のこの日本という国ではめったに出会えない共通点の持ち主でもあって。おかげで色々とよくしてもらっている。


 そういう点も含めて、まさに天職という他ない。まあ多分、あの人の元で働いている限り、という条件付きにはなるけど。


 さて、今日も今日とて幸せな気分で帰宅中。


 駅から出て自宅に向けてまっすぐ歩いていると、見知らぬ若い男二人に行く手を阻まれた。にやにやとした気色の悪い笑み、嘗め回すような下卑た視線。周囲を威嚇するために彫ったような下品極まりないタトゥー。近くには如何にもな黒塗りのミニバン。運転席に似たような人相をした男。それから濃いスモークのせいで見えないけど後部座席にも一人。どれもこれも気負った様子はなくて、きっとこういうことを何度も繰り返してきたんだろうと容易に推測できる。なんの罪もない女性達を恐怖と暴力で屈服させて、ただただ自分の欲望を満たすための玩具にする。


 わたしをそういう対象として見ていることが、実におぞましい。


 一人がなにか喋りながら左腕を掴んできた。逃がさないと言わんばかりに強く握りしめてくる。多分、大抵の女性はこれだけで体が強張って動けなくなってしまう。相手もそれをよく分かってる。


 わたしがなにも言わずに男の手を見ていると、もう一人がヘラヘラ笑いながらなにか言ってくる。言っている意味はよく分からない。どうせわたしが動かないことを自分に都合のいいように解釈して勝手に勝ち誇ってるんだろう。この女はもう落ちた、と。


 こういう手合いはいっそ殺してしまいたいところだけど、さすがにわたしの立場でそれはマズい。殴り倒してしまうか。いや、こんなことで目立つのも面倒くさい。さてどうしよう。


 そんなことを考えてたら掴まれた腕を引っ張られた。どうやら力づくで車に引きずり込むつもりみたいだ。そして逃げられないようにさっさと車を発進させ、走る車の中でこの男達にわたしの体は穢されるのだ。


 ――――あ、我ながらなんともえげつないことを思いついてしまった。なのであえてこのまま抵抗せずに自分から車に乗り込んでやる。


 ニタニタゲタゲタと男たちが大変楽しそうに笑っている。この世に生を受けてこれまでにいろんな人間を見てきたけど、わたしは今さらながらに学んだ。人間ってこんな風に笑えるんだ、と。


 間もなくぴたりと笑い声が止んだ。わたしも用事が済んだからさっさと車を降りる。すると間を置かずに車が走り出し、そのまま他の車に紛れて見えなくなった。


 どこかに車で突っ込ませても良かったんだけど、それだとさすがに各所に迷惑が掛かる。そういうのはよくない。きっとこの方法が誰にも迷惑を掛けず、かつわたしの手を汚さずに相応の罰を与える最良の手段なんじゃないだろうか。わたし個人としてはあまりすっきりしないやり方だけど、それは些細なこと。警察署までの道中、わたしを犯しているつもりになって仲間同士で存分に楽しむといい。


 車を見送ってさあ帰ろう、と踵を返したところで妙な気配を感じて足が止まる。無数の糸が全身に絡みつくようなこの気配、一般人の視線じゃない。警戒しつつ慎重にそちらに目を向けると、そこに一人の男性が立っていた。一見すればごく普通の、小奇麗な身なりをした人。口元に薄っすらと笑みを浮かべながら、視線でこちらを探っている。


 現時点では害の有無は判断できない。ただ一つ分かるのは、この人の魔法使いとしての次元の高さ。そんじょそこらの魔法使いとは明らかに魔力制御、その精度が違う。多分、今までに出会ったことがないくらいの――。


 男性がゆったりとこちらに歩いてきた。


 足運びに淀みはなく、重心移動も滑らか。おそらくは無意識レベルでの身体制御。素晴らしい。


「こんにちは」


 男性が言う。声に緊張はない。そしてわたしが魔法使いであることは間違いなく気付いてる。警戒は、解かない。


「……なにか」


「キミがさっきの連中に車に連れ込まれてるのを見てね。心配してたんだよ」


「それはどうも。ご覧の通り無事ですから、ご心配なく」


 男性が一つ苦笑してから、男たちの車が走り去った方向を見やって言う。


「あいつらは? 確か四人いたと思うけど、どうしたの?」


「さぁ……自分達の罪を悔いて自首でもしにいったんじゃないでしょうか」


 どうせあの手合いはスマホに山ほど証拠を残してるだろうし、今頃楽しいドライブついでに犯した罪にふさわしい地獄を見ているところだろうし。もうどうでもいい。


「なるほどね。凄い殺気だったからどうやって始末するつもりなのかと思ってたよ」


 物騒なことを言って、男性は笑った。


「あの、そろそろ自己紹介ぐらいしていただいてよろしいですか? 雑談するために声を掛けてきたわけでもないでしょう」


 こっちだって暇じゃない。いや、仕事は終わったから後は帰ってのんびりするだけだけど、時間は有限。無駄な消費はしたくない。


「あ、すっかり忘れてた。悪い悪い。オレは――――」


 人生とは不思議なものだ。こんななんでもない出会いが、日常のほんの一部の出来事が、これから先のわたしの日々を大きく変えることになるとは、さすがに想像はしてなかった。


 これが彼との出会い。わたしの新しい日常、もう一つの幸せの始まりだった。




                /




 中級第一位。魔法使いが与えられる位において、事実上の最高位となる領域。当然、そこに辿り着けるのは世の魔法使いの中でもほんの一握り。そして光栄にもわたしはその一握りに選ばれた。別に中級第一位を目指してやってきたわけではないけど、自分の才能と努力が認められるのは素直に嬉しい。


 力を持った魔法使いは大きく二つに分けられる。その力をひけらかさずに人の世で静かに生きる者と、その力を使って密かに人の世に影響を及ぼそうとする者。


 私は完全な前者だ。世のため人のためになろうと魔法を磨いたわけではないし、自分の欲を満たすための道具にするつもりもない。ただ魔法を学ぶ機会があったから学んだ。魔法を知ることが純粋に楽しかった。それだけ。


 だから時々思う。


 魔法使いとしてのわたしに、一体どれだけの価値があるんだろうと。誰のためになるわけでもなく、なにかを成すわけでもないわたしに。


 わたしより位階が低くとも、人知れず誰かの役に立とうとする魔法使いは大勢いる。それこそが魔法の在り方だと、魔法使いの在るべき姿だと、強く信じているのだ。わたしなんかよりずっと立派で、わたしなんかよりずっと価値がある。


 いつの間にか魔法の研究だけが生きがいになっていた。それ以外になにもないから。自分に価値がないことなんて誰よりもよく分かっていたから、魔道に打ち込むことだけが自分の心を守る術だった。


 雇い主であるあの人と出会ってなかったら、今頃わたしはどうなっていただろうか。毎日ただ無機質に同じことを繰り返すだけの、魂の抜けた人形のようになっていたんじゃないか。それはそれで楽な生き方ではあるかもしれない。なにも考えず、なにも感じず、なにも失わない。その代わり得るものもない。


 そんな状態になった自分を上手く想像できないけど、絶対にそうなってはいけないということは分かる。そんなものは人間じゃない。


 こんなわたしでもせめてちゃんと人間でありたい――と、それぐらいのことは望んでおきたい。


 協会から制裁執行人なんて汚れ仕事を要請されて断らなかったのは、ひょっとしたらそんな思いがどこかにあったからかもしれない。


 考えてみれば先生に出会って、先生の元で仕事をするようになったことが、彼との出会いにも繋がってるのか。魔法だけと向き合っていた頃のわたしでは絶対に考えられなかった、人間らしい営み。人と人の繋がり、縁というものを実感せずにはいられない。


 先生と等しく彼の存在もまた、わたしの人生を一変させた。


 あるいはわたしを超えるほどの才能と実力の持ち主。魔道に全てを費やしてようやくこの域に達したわたしとは違って、彼は人間らしく生きて同じ域に辿り着いた。わたしとはきっと生まれ持ったものが違う。命の輝きが違う。


 そんな彼に心が惹かれてしまったのは当然のことであって、必然のことだったんだろう。


 ただメッセージのやり取りをすれば気持ちがふわふわして、電話超しに声を聴けば耳の奥が甘く痺れて、会う約束をすれば身も心も自然と弾む。


 二十数年の人生の中で初めての経験で、その挙動不審な自分の感情に最初はただただ困惑するしかなかった。


 それが恋というものだと知ったのは、先生に相談したことがきっかけ。


「そういう話、一度も聞いたことないから心配してたんだよ。君もちゃんと女の子だったんだねぇ」


 からかう風ではなく、むしろホッとしたような表情でそう言われて、わたしも気付いた。


 そういえばわたし、今まで自分が「女」であることを意識したことがなかったって。いや、生物学的には女だし、精神的にも女ではあるのだけど、そこに意義を見出したことがなかった。もちろん女イコール恋愛ではないんだろうけど、おそらく一番自分の性を強く実感できる要素ではある思う。


 なのに興味があるとかないとかじゃなくて、本当にその部分がぽっかりと抜け落ちたように性とか恋愛に意識が向いたことがなかった。


 だからわたしが彼に向ける感情が恋だと理解してから、急激に自分の性を意識するようになっていった。知識はあっても自分とはなにも関係ない遠い世界のことのように感じていたものが急に身近になって、自分が浮足立っているのがよく分かるし、周りの友人たちが会話の中身が「コイバナ」になった途端に感情豊かになる理由も分かった。


 心というものが、感情というものが、こんなにも自由気ままで些末なことでたやすく制御できなくなるものだと、この歳にやってようやく知った。


 きっとこれが世の多くの人が恋をしたがる理由なんだろう。誰か一人を好きになるだけで日々がこれほど鮮やかになるんだから、さながら魔性だ。


「おつかれさまでした」


 夕飯の準備を終えて、雇い主に挨拶をして家を出る。それから歩き出す。全然そんなつもりはないのに、ふと気付けば早足になっている。今日は金曜日、いわゆる「華金」。別になんということはないただの金曜日のはずなのに明日が休みというだけで、これからの一分一秒をなんの気兼ねもなく使えるというだけで、驚くほど足が軽い。自由にさせておけばそのうち勝手に踊り出しそうだ――なんて、果たしてわたしはいちいちそんな表現をする女だっただろうか。浮かれすぎじゃあるまいか。


 待ち合わせ場所に着くと、彼の姿はそこになかった。それを認めて、心が急速に乾いていく……などということはない。そもそもわたしの仕事はよっぽど手際が悪いかヘマをしない限り残業がほとんどない。その上この場所までわたしの職場の方が近いんだから、こっちが先に着くのは当たり前なのだ。置かれたベンチに座ってスマホを見る。彼から連絡はない。顔を上げると、通りをたくさんの人が行き交っている。


 当たり前だけど誰もが一様じゃなくて、今わたしの視界の中を歩いている一人一人にそれぞれの日常がある。そしてわたしもそのうちの一人なのだと思うと、なんだか不思議な気分になる。


 ……そういえば、わたしに恋を自覚させてくれた先生は、あの人自身は恋をしてるんだろうか。あの人の元で働き始めてそれなりに経つけど、それこそそういう話は聞いたことがない。雇われの立場にいちいちそんな話はしないと言われたらそれまでだけど、プライベートに関する雑談はほぼ毎日してるんだから、その中にいわゆる「コイバナ」があってもおかしくはない。でも先生の口から欠片ほどもそんな話が出たことがない。


 そのせいか、あの人が誰か一人を好きになって、誰か一人に夢中になっている姿が想像できない。なんだろう。わたしの中のイメージとしてはもう、そういう俗人的な価値観を超越しているような、仙人とまでは行かなくともそんな次元に達した人、という感覚。人形作家というあまり一般的じゃない職業も影響してるのかは分からないけど、でもあの人は絶対「普通」の人ではない気がする。どうしてだかそんな気がしてならない。わたしが想像できる域を遥かに超えた先に生きているであろう、埒外とでも言うべき存在だきっと。


 なんてことをつらつらと考えていたら、人ごみの中から彼が現れた。


「すまん、おまたせ。ちょっとバタバタした」


「いえ、わたしもさっき来たところですから。おつかれさまです」


 ここに着いてからどれぐらい時間が経ったか知らないけど、感覚としてはそんなに待ったつもりはない。なので嘘ではない、はず。


 すると彼は右手の腕時計を見やって、言った。


「ここに来るまでにどっかで寄り道した?」


 質問の意図が分からず、一瞬答えに詰まってしまう。が、なにもやましいことはしてないので素直に答える。


「まっすぐここに来ましたけど、それが?」


「いや、なんでもない。とりあえず飯行こうか」


 何故か半笑い顔で言って、彼は歩き出した。


 連れて行かれたレストランでスマホを見て彼から「遅くなる」というメッセージが来ていたことに気付いて、わたしは待ち合わせ場所のベンチに一時間近く座っていたことを知った。



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