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恋と掟と魔法使い  作者: 又蔵 雲國斎


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3-4

 人間の心臓というのは魔法使いにとってとても特別なもの。生命、魔力、人格、記憶、趣味、嗜好などなど、個人を形成する情報がこの臓器一つに詰まっていて、心臓は個人とイコールと言ってもいい代物なのだ。


 世の多くの魔法使いが心臓を研究の重要対象にしてるのはそのためだ。


 心臓そのものを再現することは、構造さえ理解していれば難しいことじゃなくて、大抵の魔法使いはできると思う。ただ、心臓に含まれる個人情報まではまだ完全再現できていないから、医学ならともかく魔法の研究のためには作り物ではなく本物の心臓が必要になる。


 問題はその心臓が簡単に手に入る代物ではないということ。心臓の研究をしたいからとそこらの人達から奪い取るのはご法度。そりゃただの殺人行為であって、当然ながら完全な制裁対象となる。


 じゃあどうするのかっていうと、協会に申請を出して心臓を融通してもらうか、許可を貰って自分で見つけてきた死者の心臓を使うか、という方法が一般的。


 あたしが選んだ手段は後者だった。


 もっとも、事はかなり慎重に進めなきゃいけなかった。誰の心臓でもいいわけじゃなく、使()()()()は最初から決めてたから、まずその相手に死んでもらわなきゃいけない。が、あたし自身が手を下すわけにはいかないし、かといって対象が都合よく事故や病気で死ぬなんてそうそうあるわけもなく、事件に巻きこまれたりもしない。適当に目を付けた人間を洗脳して殺させるのもアウト。


 でも犯罪行為や違反行為ってのは、倫理道徳はひとまず置いといてバレなきゃOKという側面もある。協会の監視や調査だって完璧じゃない。難しくはあるけど、上手くやれば協会の目をすり抜けることは不可能ではないのだ。発覚しなければ罪に問われることもない。


 時間という概念を疑似生命という形で構築するという方法を思いついた時、最初に考えたのは彼をモデルにした疑似生命だった。あたしが憧れた彼の才能、世界をぜひ取り入れたいと思ったからだ。


 でもすぐに気が変わった。


 彼に仲のいい女の子がいることを知ったから。気取った言い方すると、あたしの中で悪魔が囁いてしまったのだ。


 彼をモデルにする必要なんてない。彼自身を使えばいいじゃないか、と。


 早速その女の子について調べ上げた。彼を手に入れるためにあたしの代わりに手を汚してくれる存在が彼の身近にいるのは、僥倖(ぎょうこう)という他ない。


 彼自身はそこまででもなかったようだけど、女の子の方が彼のことを少なからず想っていたらしいことがなおさら良かった。人間の心なんていとも簡単に移ろうもの。「種」を植え付けてあげるだけで、後はなにもしなくても勝手に芽吹いてくれる。


 なによりあの子には素養があった。少し傍で観察しているだけで、あの子の心に潜む負の面がたやすく見て取れた。


 おかげで彼女は、種を植え付けたあたしが想像したよりもずっと早く、ずっと立派に花を咲かせてくれた。彼女に悪いことをしたとは思わない。どうせあたしが種を植え付けずともいずれは同じ結果になってただろうし、むしろ感謝してるくらいだ。


 十全にして重畳(ちょうじょう)。今あたしの心はこの上なく満たされている。


 工房の壁、その一つの面に描き出した上も下もない混沌。その中に芽生えた兆しの雫が淡く揺らめきながら、ゆっくりと世界を成していく。どんな世界が作り出されていくのか、それはあたし自身にも分からない。製作者(かれ)の心の赴くままに世界が描き出されていく過程、その様をあたしは観測するだけ。


 これこそがあたしが求めてやまなかった「完成された世界」だ。終わることなく続き続け、変わり続け、どこまでも「未完」であり続ける世界。


 そして彼が夢見た「生きている世界」でもある。


 世界の始まりを混沌のイメージにしたのは、彼の創作活動に余計な指向性を持たせたくなかったから。


 小さな兆しの雫から始まったこの絵は、この短時間で着実に一つの世界として成長している。その筆致は生き生きとしていて、彼が心から楽しんでいるのが壁越しに伝わってくる。まるで水を得た魚、おもちゃを与えられた子供のようなはしゃぎぶりで、見ているこっちも微笑ましい気持ちになる。


 正直眠るのが惜しい。ここからどんな世界が広がっていくのか、ずっと眺めていたいけど、大仕事を終えた直後でさすがにちょっと疲労が大きい。起きてきた時にどれだけ変化が起きているのかを楽しみに、一度仮眠を取ってこよう。


 工房を出たところで不意にチャイムが鳴った。


 はて、誰だろう。百貌との約束もないし、通販でなんか買った覚えもない。インターホンのモニターを確認すると、玄関前に立っていたのはスーツを着た男性二人だった。今までに直接関わったことはないけど、その立ち姿や纏っている雰囲気から、刑事だと推測できた。


「はい」


 応答すると、二人は「警察です」とカメラに向かって警察手帳を開いて見せた。


 なんの御用ですか、と問うより先に「二、三聞きたいことがありまして。お時間取らせませんから」と言われた。こちらを威圧しないように極力物腰穏やかに、でも有無を言わせない、プロの声だった。もっとも、こちらとしても拒否という選択になんのメリットもない。聞きたいことがあるというならなんでも聞いていただこう。


 ただ、早く寝たいからほんとに時間は取らないでほしい。


 インターホンを切り、玄関へ向かう。


 刑事たちの用件は思った通り、彼の死についてだった。


 どうやらまだ犯人の手掛かりは掴めてないようで、とにかくなんでもいいから情報が欲しいという感じだった。当然あたしも刑事から見れば「疑わしい人物」の一人なんだろうけど、残念ながらあたしは犯人じゃない。


 実は事件の後に一度、あの子が事情聴取を受けた。彼の部屋にたびたび出入りしているのを同じアパートの住人が見てるし、彼があの子の部屋に出入りしていたのもすぐに警察は把握しただろう。二人が仲良くしてるのを知ってる人間は決して少なくはないだろうし、警察が真っ先に疑うのはおかしなことじゃない。


 でも残念なことに、この事件には魔法使いが絡んでる。証拠隠滅も記憶の捏造も魔法使いに掛かれば朝飯前。あの子は自ら愛する男を手に掛けたことすら覚えちゃいない。ただ失意のどん底で純粋に彼の死を悲しんでる。


 証拠もないし、彼女が嘘を吐いている様子も全くない。張り込みをしても怪しい様子がない。こうなってはさすがに疑い続けるのは難しいだろう。


 だからあたしも聞かれたことにはちゃんと答える。嘘は吐かない。でも本当のことも言わない。友人の死を悼む普通の女として、真心を持って話をする。


 結果、刑事はなんの有益な情報を得ることもできずこの場を立ち去ることになる。


 またお話を伺いに来るかもしれません、と言ってたけど、まあ気の済むまで来ればいい。ここに来たところで得られるものなんてなにもないんだから。


 二人の背中を見送って工房に戻る。


 ――百貌が来てる。


「アポなしはやめてよねー。あんたじゃなかったら痛い目見せてるよ」


「拒絶されなかったからね。あなたの結界、力づくで破るとなるとちょっと本腰入れなきゃだし」


「どっちかっつうと力づくで破られたら困るから入れたんですけどねぇ」


 あたしの結界を力づくで破れることを前提にしてる時点でもうね。なんつうか敵わんわ。


「完成したんだね、絵」


「ん……おかげさまでね」


 ホント、あんたの助言がなかったらこんな方法思いつくこともなかった。詳細については百貌本人にはとても言えないけど。


「うまいことやったね」


 ぼそっと聞こえるか聞こえないという声量で彼女が言うのを、あたしは聞き逃さなかった。頭の先から爪先に向かって血の気が引くのがはっきりと分かった。眠気がすっ飛んで一瞬で思考回路がぐちゃぐちゃになりそうになるのを、平静を装うことでなんとかこらえる。


「…………うまいことできたつもりだったんだけどなぁ」


 どうして知ってる。どうしてバレた。協会でさえまだ把握できていないことを、なんであんたが知ってる。


 あ、ヤバい。この子、あたしが思ってた以上に、ヤバい。ぎゅっと心臓を握りつぶされたような息の詰まりと吐き気を伴う不快感が込み上げてくる。そのあたしの内心を知ってか知らずか、彼女は穏やかに笑って言った。


「心配しなくていいよ。協会にはなにも言うつもりはないし、わたしからなにかするつもりもないから」


「それは……友達だから?」


 声が裏返りそうになった。


「それもあるけど、わたしは別に正義の味方とかじゃないから。協会からの指示がなければ、動く理由がない」


 はっきりとは言わない。でも、その言葉で彼女が何者であるかを悟った。同時にその言葉はあたしの背筋を凍らせるほどの冷たさと圧を孕んでいた。


 協会の指示さえあればいつでもあなたを殺せる、と。


「ま、あんたにだったら殺されてもいいかな」


 ただの強がり。でもあながち嘘でもない。どうせ殺されるんだったらってね。


「んーん、殺さないよ。今のとこは」


 これから先もそうであってくれい。


 気を取り直して、壁の絵に触れる。ただの冷たい壁という、それ以上の感触はないけれど、この向こうに彼は確かに生きている。


「生きている絵を描きたいって、ようやくその夢を叶えたんだもんね」


 あたしに対する制裁命令が出れば、この絵も処分されることになる。そうなったら、彼はまた夢を手放すことになってしまう。


 壁の向こうで日が落ちていく。地平線に沈んでいくオレンジと雲が広がる空のインディゴ、そのコントラストが目を奪われるほど美しい。


「ただの写真や絵じゃ再現できないものだね、これは」


 百貌が言った。声色から彼女も心を動かされていることが感じ取れる。それが嬉しくて、誇らしくて、あたしは笑って言ってやった。


「そりゃそうだ。この絵は、生きてんだからね」


 ここで好きなだけあんたが描きたい絵を描き続けな。


 あたしがずっと見ててあげるから。 




                了

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