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恋と掟と魔法使い  作者: 又蔵 雲國斎


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3-3

「あれ、奇遇」


「あ、はい。奇遇ですね。じゃ」


「え、ちょっちょ、ちょい待って」


 足早に立ち去ろうとしたら追いかけてきた。うーむここでおしゃべりする予定はなかったんだがね。


「友達んとこに遊びに行ってたんだ。そいつも絵ぇ描いててさ」


 手にぶら下げたコンビニ袋を見せながら彼は言って、さらっとあたしの横に並んで歩きだした。学生時代に戻ったような気分、にはさすがにならないけど、あの頃もこうやってたびたび一緒に駅まで歩いたことがぼんやり思い出されてちょっと懐かしい気分にはなる。


「そういやさっきなんか楽しそうな顔してたけど、いいことあった?」


 なんと、あたしとしたことが顔に出てしまっただろうか。恥ずかしいじゃないか。


「まあね。ちょっと悩んでたことあったんだけど、さっきまで一緒だった子のおかげでいい具合に解決しそうだから」


「へぇ、悩みってひょっとして絵のことだったり?」


 ま、それも含めてね、と言葉を濁す。万が一うっかりにでも魔法のこと喋っちゃったらマズい。あまり余計なことは言わないようにしておこう。


「それより今日会ってた友達って男? 女だったりして」


 意図的に藪から棒を突き出してみる。つか聞いといてなんだけど正直どっちでもいい。ただ話題をあたしのことから離したかっただけだから、質問の内容なんてなんでもよかったのである。


「ん、んー、まあ、女の子だけど。いや、別にそういうアレじゃないよ、ホント」


「一体全体どういうアレなんですかねぇ」


 動揺してんなっつの。別にいいと思うけどね、同好の士って奴でしょ。


 あれ、趣味趣向が似てる相手って恋愛相手としてはどうなんだろう。単純に考えれば相性は良さそうに思えるけど、逆に似てるからこそ合わない可能性もありそうではある。あたしは絵描きや魔法使いと付き合ったことがないから、その辺りのことはいまいち想像しかねる。


「いい刺激をもらってる相手だよ。プロとして食っていけるかは分からんけど、その素養はあると思うし」


 へー、いいじゃん、かっこいい、と茶化す。いや、プロの絵描きとかあたしは早い段階で諦めてるから、それを目指せる域にいるってのはすごいことだよ。少なくとも茶化せるようなことじゃない。それとは別のにね、こいつがなんかやたらとその子との間にはなにもないでござるって主張してくるから、からかってやりたくなるんだよねぇ。


「あたしゃいいと思うよ。その子と二人で絵で稼いで暮らすのも、なんか夢があって楽しそうじゃん」


「いや、だから……もういいや」


 と何故かがっくりと肩を落とされた。


「ところで今度おまえんち行ってもいい?」


「は? えっちな目的なら不許可」


「ちげえし。今おまえが描いてる絵を見てみたいのよ。だめか?」


「えー……別にいいけど。こないだも言ったと思うけど、あたしはダメだと思ったら即処分する主義だから。来た時に絵がなくても怒んないでね」


「いや、それは確認してから行くから」


 うちは魔法用の工房がそのままアトリエになってるけど、あたしが許可を出した相手じゃないと工房には入れないようにしてあるから、彼が来ても入れるのは表向きのアトリエだけ。見られて困るものを見られる心配はない。


 そんなわけで個展の時にはできなかった連絡先の交換をして、駅で別れた。


 そうか。彼には今、距離の近い女の子がいるのか。


 …………ほんと、それはいいことだね。




                /




 自宅に彼が来た。


 近くまで来た彼を迎えに行って、あたしの家を見せたら開口一番が「一軒家かよ」だった。


「え? これってまさか新築? おまえが建てたの?」


「ちゃうちゃう。売りに出てた空き家を改修工事(リノベ)したのよ。大変銭が掛かりました」


「マジかぁ。あれ、そういや聞いてなかったけどおまえなんの仕事してんの?」


「ほほほ、聞いて驚きあそばせ無職だよ」


「無職って……闇バイトとかやってないよな。」


「なんだこら。タイミング良くFXで資金稼げたから後は株も合わせてがっぽしってな寸法よ。合法だ合法」


 なんて言い方だと楽して大金稼いだみたいに聞こえるけど、無論そんなわけはない。めっちゃ勉強したし、始めたタイミングと運が良かったってのもある。ちなみに金稼ぎに魔法は使わない。ポリシーに反しますので。


「はい、こちらがアトリエになります」


 ドアを開いた先はあたしの工房兼アトリエ、なんだけど彼が踏み入れるのはダミーのアトリエ。本物の工房は一般人には入れない結界の中。あたしの結界は一般人どころかそこらの魔法使いでも解除できない代物だから泥棒に入られたって安全さ。


 泥棒はそもそもこの家にすら入れないんだけども。


「広い。そして恐ろしく殺風景だな」


 部屋の真ん中にイーゼルと絵、椅子にアトリエキャビネット、軽食や飲み物を置くためのハイテーブル、置時計とゴミ箱。絵を描く場所なんだからこんなもんで十分である。


「はい、あれが今あたしが描いてる奴」


 イーゼルに置いた絵を指差すと、彼はゆっくりと近づいてまじまじと鑑賞を始めた。実を言うと、この絵も偽物だったりする――という語弊があるか。いわゆる「清書」ではないということ。今回、清書する絵は工房の壁の一面を使おうと思っている。大がかりな絵だから時間も手間も掛かる。なのでイメージをしっかりと固めるためにまず紙に描いてるわけだ。工房を見せられない以上はこういう絵の見せ方しかできない。この部屋の壁を使うことも考えたけど、さすがにそれはシンプルにめんどい。


 彼は一言も言葉を発さなくなった。こっちが手持ち無沙汰になって困るくらい、たった一枚の未完成の絵を熱のこもった眼差しで見つめる。


 しばらくそんな状態が続いていい加減あたしもじれったくなってきた頃、ようやく彼が顔を上げた。


「これ、いいな。凄くいい」


 あたしに向き直った目はきらきらとしていて、自分の夢や目標を語っていたあの頃を彷彿とさせる少年のそれだった。


 ぶっちゃけ「へーいいじゃん」ぐらいの軽い反応を想像してたから、ちょっと戸惑う。


「これ、タイトルとかもう決まってんの?」


 絵の上半分は澄んだ大気を、下半分は濁った揺蕩う大地を、その間に一滴の輝く雫。


「まだ決定はしてないけど、まあ付けるとしたら『きざし』かな」


 この国の神話では、かつて世界は混沌だったとされている。時間も空間もない、すべてが一つに混ざり合ったなにもない世界。そこに一つの兆しが現れたことで、混沌は清浄な気と重く濁った気に分かれ、やがて天と地が生まれた。そして、そこに時間と空間の概念も生まれた。それを表現したのがこの絵だ。別に奇をてらった絵なんか描く必要はない。なによりイメージが大事なんだからシンプルで分かりやすいのがなによりだ。


 ()()()()()()()


「きざしか。うん……うん」


 絵を指先でなぞりながら何度か頷いて、彼は言う。


「俺さ、生きてる世界が描きたいって言ってたじゃん。でもあの頃はそれがどういうもんなのかさっぱり分かってなかったって……ホント言うと、今でも全然分かってなくてさ。ぶっちゃけもう、諦めてんだよな、それ」


「こないだ個展で見た絵、四季とそこで暮らす人たちの移ろいが感じられて、少なくともあたしは心を動かされたよ。あれは、あんたが描きたかったものじゃないの?」


「俺自身も出来栄えは良かったと思うよ。でもそれだけだ。テーマを持って描きはしたけど、描きたくて描いた絵とは違う。でもこの絵は、言葉で上手く表現できないけどなんか、なんつーか、あぁ俺が描きたかったのはこういう絵なんじゃないかって。なんでか分かんないけどそう感じるんだ」


「あたしは個展で見た絵に刺激を受けて、この絵を描いたんだよ。つまりあんたの絵の真似っこみたいなもんだ」


 画風はちっとも似てないけどね。でも間違いなく、あの個展に行ってなかったらここには辿りついてなかった。


「そっか。だったら……おまえに引き継いでもらおうかな、俺の夢」


 なんつってな、と彼は笑う。


 あたしは答えない。その代わり、声には出さずに言ってやる。


 大丈夫。あんたは夢を叶えるよ。あたしが叶えさせてあげる。


「コーヒー、飲む?」


「え? あ、ああ、じゃあもらう」


 リビングに移動して、二人分のコーヒーを用意して、BGM代わりにテレビを付ける。小洒落た音楽なんて流す趣味はないもんで。


 そっからは絵から離れて雑談タイム。お互いのこととか時事的なこととか、まあ思いつく限り色々話して、そんな中で彼が少し困ったようにこんな話を切り出した。


「こないだばったり会った時、絵ぇ描いてる友達の話、ちょっとしたろ」


「は? あー、なんか言ってたね。今いい感じの子っしょ」


「今いい感じは言ってない気がするけど、まあその子。その子がさ、ちょっとなんつうか、気になってんだよ」


「なんじゃそら。結局いい感じなんじゃん」


「違うって。あー、なんて言えばいいんだろ。ストーカー? っぽくなってる気がすんだよな。いや、自意識過剰とか言われたらそれまでかもしんないけどさ。なんか最近変なんだよな、言動が」


「ストーカー……なんか分かりやすい被害とかはあるわけ? 勝手に部屋入られたとか、ゴミ袋漁られたとか」


「いやいや、そこまではねーけどさ。用もなく連絡来ることが明らか増えたし、今どこにいるかってやたら確認されたり、後は職場の帰り道でばったり会うことが多くなった。今まで全然そんなことなかったのに。向こうは偶然って言ってるけどさ、毎日同じ時間に仕事終わるわけじゃないのにいるんだよ、いつも」


「それは確かにちょっと、怖いね。なんかきっかけはあったの? 急に?」


「うーん……急にったら急に、だけど……あ、そうだ。個展でおまえと再会して、でこないだも会ったろ。その頃辺りからなーんか変な感じになってきた気がするなぁ」


「あのさ、それもしかしてあたしの話とかしてない? その子に」


「え……した。あれ、それがまずかった系?」


「いや知らんけど。その子があんたのこと気になってたりすんなら、そりゃ面白くないんじゃないの、他の女の話とかさ。それで変なスイッチ入っちゃった可能性はあるよね」


「えー、えー、そうなのかなぁ。え、それって、俺どうしたらいい?」


「とりあえず実害出てないなら様子見するしかないんじゃない? ホントにあんたの気にしすぎの可能性もあるわけだし。ただ多分、変に拒絶はしない方がいいと思う。どんな行動に出るか分かんないし」


 その道の専門家でもないし、できるアドバイスなんかあたしにはない。言えてもなんかあったら警察に行けぐらいか。警察が当てになるかは分からんけど。


「そうか。ま、変に刺激しないように言動に気を付けとくよ。マジで俺の考えすぎだったらいいんだけど」


「一応聞いとくけど、今日ここに来ること、その子に言った?」


 聞くと、彼は少し考えてから「いや、言った覚えはない」と答えた。それから時計を見て、慌てて帰る準備を始めた。


「悪い悪い。長居した。帰るよ」


「いーえ、大したお構いもできませんで」


 玄関まで見送って「気を付けてね」と彼の背中に声を掛ける。彼はドアを開けてから振り返って言った。


「また来てもいいか? 完成したあの絵を見たい」


 じっとまっすぐに見つめてくる黒い目から、つい視線を逸らしてしまう。ごめんね、と口の中で言ってから答える。


「そっちが落ち着いたらね。巻き込まれたくないし」


 にやりと笑いながら言ってやる。冗談のつもりだったけど、当事者の彼にとっては冗談じゃ済まなかったようだ。


「あ、そりゃそうだな。うん、分かった。じゃ、また」


 と気まずそうな顔で納得した。


 彼がドアの向こうへ踏み出して、歩いていく。その背中をなんとなしに見ていると、彼が振り返って小さく手を振った。あたしも応じて手を振って、彼の姿が家を囲む塀に隠れて見えなくなったところでドアを閉めて。上下の内鍵とU字ロックを掛けて、そうして今度は声に出して言った。


「ごめんね」


 それから二週間ほど経った頃――――彼は死んだ。



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