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恋と掟と魔法使い  作者: 又蔵 雲國斎


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3-2

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 ……。


 …………。


 ………………いや、ちょっと待って。え、いやいや、こいつが? あたしに? 違う違う違う違う。嘘でしょ、いつから? ってかなんで? 意味分かんないんですけど。


「あ、だからって別に今さらどうこうってことじゃないんだけど、うん」


 あたしが黙っちゃったからか、彼が少し慌てたように付け加える。


「おまえ、絵ぇ上手かったしなぁ」


「嫌味か貴様」 


「いや、おまえ上手かったよ。なんつーか、自由な絵ぇ描くなぁって。あの頃のおれ、「生きてる絵が描きたい」なんて言ってたけど、それがどんな絵なのか全然分かってなくて。結構悩んでたんだよ。描きたい絵と描ける絵の乖離(かいり)っての? そういうの。でも周りからは天才だなんだってさ、そんな風に言われたら悩んでるとこなんて見せらんないじゃん」


 いつもきらきらした目で絵と向き合って、自分が進むべき道をまっすぐに見つめてて。絵を描くために生まれてきたような男の、それは思っても見なかった素顔だった。


「だからおまえの、型に囚われずに「描くことが好きだから描いてる」って感じが、なんかいいなぁって思ってたわけ。で、まあ、そんな風に見てたらいつの間にかおまえのこともね」


 いいなって、と彼は照れ臭そうに言った。


 胸が変にざわざわしてきて落ち着かない。このあたしが、あたしに描けないものを描くあんたにどれだけ嫉妬してきたと思ってるんだ。どれだけあんたの背中を見てきたと思ってるんだ。


「で、そういうのをいろいろ思い出して描いてみたわけ、これを」


「あたしはね、ずっとあんたみたいな絵が描きたいって思ってた。でも描けなくて、あの頃からずっと悩んでんの。心から納得できた絵なんか未だに一枚もない。学生時代に描いた絵も全部燃やして灰にした。挙句に今まさに途方に暮れてるとこ。それが、あんたがかつて憧れた女の素顔だよ」


 自虐的に笑って言うと、彼はきょとんとした後にぷっと吹き出した。


「なんだそれ。お互い様って奴か」


「違うでしょ。少なくとも今のあんたはちゃんと描けてる。いい絵だよ、これ」


 自分で認めることと他人に認められることは全然意味が違う。それはあたし自身もよく分かってる。その上であたしはこの絵を、このギャラリーに展示されてる絵を「いい絵」だと評価する。


「そうか。だったらいいんだけどな」


 言って、彼はどこか寂し気に笑った。まるで、過去の自分に、あるいは過去の憧憬に別れを告げているかのような、そんな笑顔だった。


 ――なんてね。


 それからはただの雑談。このギャラリーは以前に参加した企画展示会でお世話になった場所だとか、一週間の利用料だとか、総額いくら掛かったとか。もう何人か固定のファンが付いてくれてるだとか、今は彼女はいないだとか、あたしにも彼氏はいないだとか。


 また知り合いらしいお客さんが来て、彼もそっちに挨拶に行くことになって、「またね」と特に会う約束もせずにギャラリーを出た。


 そのまま一階のカフェに入ってアイスティーとスフレパンケーキのセットを注文。一息吐いたところで、慣れない場所に立ちっぱなしで意外と体が疲れていたことに気付かされる。


 こういう時は魔法を使ってさっさと疲労を抜くに限る。ストレスを我慢したっていいことはない。


 しかし驚いた。まさか彼があたしのことを、なんて。人は見かけによらないというか、結局人ってのは自分の目に見えてる部分でしか他人を評価できないんだなって、この歳になってあらためて思い知らされた。その辺はまあお互い様なんだろうけど、今日彼の絵を見て、彼と話をして、一つ分かったことがある。


 それは、あたしが描きたい絵とはなんなのか、ということ。これまでずっと「完成された世界」を描くことを目標にしてきたけど、その「完成された世界」がどういう世界なのか、それがやっと掴めてきた。頭の中の霧がすっかり晴れたような気分だ。きっかけを与えてくれた上階の彼に心で感謝して、パンケーキを口に運ぶ。ふわふわのケーキが口の中で甘く蕩ける。


 うん、やっぱり今度百貌を誘って来よう。これめっちゃ美味しい。




 さて、描きたい絵が分かったところで、後にやるべきは実際にどうやってそれを形にするか、だ。絵そのものを結界として、絵の中に一つの世界を作り上げる。その結界をどう構築するか。ここを間違えるとせっかく描いた絵も全部台無しになってしまう。


 絵を描く際に魔力を込める必要がある以上、あまり失敗しているとあたしがしんどいからね。魔力を使って疲労や怪我なんかの回復はできても、魔力の回復手段は休養以外にない。多分これから作ろうとしてる世界は膨大な魔力が必要になるし、あまりに製作期間が長引くのは避けたいところ。


 目指すべき世界とは、完成された世界とは、すなわち「未完の世界」。今まで作ろうとしてたのは、自分自身が全くイメージできない類のものだった。イメージできないものを描けないのは当然。それをなんとか形にしようと躍起になってたのがこれまでだ。


 でもそうじゃない。あたしが描くべきだったのは、永遠に完成しない絵。あたしに気付きを与えてくれた彼の言葉を借りるなら「生きている世界」だ。現実世界と同じように時間という概念が存在し、現実世界と同じように移ろっていく世界。


 実現はもちろん簡単なことじゃない。だけどこれを成し遂げることができれば、きっとあたしは後世に名を残す魔法使いになれる。百貌にだって肩を並べられる。ううん、あるいは超えることだって。


 紙にひたすら思いついた方法を書き並べて、一つ一つを検証していく。面倒な作業ではあるけど、やっていくと新しい思いつきや気付きがあったりして結構楽しい、はずなんだけど。


 事はそう上手く運ばない。工房に籠って小規模の結界をいくつか作って試してみたけど、思ったようにいかない。結界そのものを維持するのは容易ながら、結界内部における時間の流れ、循環がどうにもスムーズにいかない。通常の結界なら内外で時間が遮断されることはないけど、この結界は絵の世界に空間という概念をもたらすもの。そこに時間の概念を加えることがとにかく難しくて、一旦は上手くできたと思っても途中で止まってしまったり、流れが乱れてしまったりする。


 原因は魔力じゃなくてそれを循環させる(システム)にある、ということは分かってるのにそれを解決する方法が現時点で思いつかない。


 魔法で時間に干渉すること自体難しいのに、自分の手で独自の流れを持つ時間を作り出そうというんだから、もうこればっかりは手探りでやっていくしかない。


 と、いうわけで気分転換に百貌を誘って外食に。


「ふーん、時間の概念ねぇ……」


 イタリアンで昼食を取った後、お口直しに甘いものをということでこないだのカフェに。


 アドバイスをもらうためじゃなくて、ただ聞いてほしくて今挑戦している結界絵画について話をしてみた。通常、魔法使いは他の魔法使いに自分の技術について話したりはしない。技術や発想を盗まれる危険性だってあるからだ。下級位で学ぶ基礎体系や師から引き継いだ技術以外は自分で編み出し、磨き上げていくのが魔法なのである。


 あたしが百貌に自分の魔法について話すのは、彼女が人の技術を盗む人間じゃないと知ってるから。というか、この子は人の魔法にまったく興味がない。協会から使用制限を掛けられるほどの規格外の魔法を持ってるからなのか、あるいは自分自身が規格外の域に達してるからなのか、それは分からないけど。とにかくあたしの技術を称賛してくれることはあっても、技術そのものに対してちっとも関心を示す様子がない。


「確かにね。空間に干渉することはそんなに難しいことじゃないけど、時間となるとね」


「うん。それも結界の中でだけ流れる固有の時間となるとなおさらね。淀みのない時間と空間の繋がり、その循環を作るのが思った以上に難しい」


 スフレパンケーキにフォークを差しながら愚痴る。もしこの話を他の誰かに聞かれたらどう思われるだろう。漫画家かなにかと勘違いされるかな。ネタ作りだったらどんなに楽だろうね。適当にそれっぽい設定用意すればいいんだから。でもこれは現実の話で、しっかり技術の話なのだ。


「さすがにそこはわたしもアドバイスはできかねるけど、たとえば……そうね。結界全体で時間と空間を制御するんじゃなくて、別個に制御できるシステムを作る、とか」


 ちと安直かな、と百貌は言った。


 アドバイスなんか受けるつもりなかったし、この子もそんなつもりで言ったんじゃないのは分かってるけど、やっぱあんた天才だわ。


「つーか嘘でしょ。あたしなんでそんな単純なこと思いつかなかったの。うわーやだやだ、あたしひょっとして自分で思うよりずっとアホなんじゃねーかしら」


 頭ん中に詰まってんのはパンケーキですか、とパンケーキを口に放り込む。甘くて美味い。ちくしょー。


「まあしょうがないんじゃない? 人間って一人で考えてると自分で思ってる以上に考え方が偏りやすいし。どうしてもね、知らない間にできた固定観念みたいなのに足を引っ張られがちになっちゃうのよね」


 結界絵画はあたしが編み出した魔法だ。だからあたしが誰よりもこの技術を理解し、誰よりもうまく使いこなせて当然。なのに、結界内部の現象はすべて結界で制御するものと勝手に決めつけて、勝手に囚われてしまっていた。柔軟な発想ができなくなってたわけだ。


「外側にいるから思ったことを口に出せるだけで、わたしがあなたの立場だったらやっぱり同じように苦しんでたかもよ」


 言いながら目の前の良き友人はパンケーキを恍惚としながら頬張る。気に入ってくれて良かったよ。


「ありがとよ親友」


「どういたしまして親友」


 帰ったら早速検証を始めてみよう、ということで百貌と分かれて帰路に就く。もちろん自宅に向かう間も頭の中での計算は欠かさない。今までの方法だと空間を制御する式と時間を制御する式を織り合わせて一つの結界としていた。で、それが上手くいかなくて頭を抱えてたわけで。今まで通りに空間そのものを結界で制御しつつ、加えて百貌の意見をそのまま採用するなら結界内にもう一つ時間を制御するためのなにかを用意する必要がある。


 それについてはすでにいくつか案はある。その中で個人的に一番上手くいきそうだと思うのは、結界世界に疑似的な意思――あるいは生命と言えるものを与える方法だ。


 魔法は万能なんて言うけど、さすがに本物の命を作り出すことはできない。現状できていないという方が正確だろうけど、疑似的な「それっぽい物」を作ることは可能ではある。


 空間に時間、さらに疑似生命まで……うーん、これは大仕事になりそうだ。


 これまでにない大規模な研究だけど、やるべきことがしっかり見えてきたからか、とても気持ちが弾んでいて足取りも軽い。


 そんなタイミングで通りがかったコンビニから彼が出てきた。

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