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恋と掟と魔法使い  作者: 又蔵 雲國斎


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10/14

4-2

 初めて人を殺したのは十八歳の頃。


 もちろん私情による殺人では決してない。師の教えを引き継ぎ、自分の魔法を追及する中で、さもかくあるべきとばかりに自然に制裁執行人に任命されていた。別になりたかったわけでもないし、興味があったわけでもないけど特別断る理由もなく引き受けて。それから間もなく最初の指令が来た。


 人を殺すのは簡単だった。相手はいわゆる武闘派だったけど、殺すだけでいいならなんの苦労もなかった。心臓を失って形を保てなくなって、プリンみたく崩れていく制裁対象を見て、あ、わたしって結構強いんだ――なんて間の抜けた感想を持って。


 こんな簡単なことで十代の若者からすれば莫大と言っていい報酬が貰えるんだから、なんて割のいい仕事だなんて軽く思っていた気がする。


 制裁完了の報告をして、少し経った頃だったか。ベッドに仰向けになって心臓を引き抜いた右手を見つめていたら、唐突に手が震え始めた。震えを止めようとしたら呼吸が苦しくなった。


 心臓の温度、弾力、鼓動、リアルなその感触がまるで右手だけ時間が巻き戻ったようにありありと甦ってきて。わたしの手に握られた心臓を見た時の、制裁対象の愕然とした表情が一時停止したように記憶の中に張り付いて。


 気付いた時には便器に顔を突っ込んで盛大に嘔吐していた。


 もうこんな思いをするのはごめんだ。もう誰の命も奪わない。奪いたくない。制裁執行人なんてもう辞めてやる――!


 そう強く思ったのは、実のところ最初だけ。二度目の指令が来た時はもう気持ちも落ち着いていて、事前に心構えが出来ていたからかそれほどダメージはなかった。


 それが幾度も繰り返されれば、次第に命を奪うことに心も体も慣れていくのは当然で、いつしか殺した相手の過去や事情、罪を犯す動機なんてものに思いを馳せる余裕まで出ていた。もっともそんな余裕が出たからと言って相手に感情移入して殺すのをためらうとかそんなことは全くなく、むしろ魔法使いとしてのわたしを次のステージへ推し進めてくれる原動力となってくれた。


 人という生き物の興味深さ、奥深さ。どれだけ多くの人と関わりを持ち、どれだけ多くの人を識り、どれだけ多くの人を屠っても、到底理解なんてしきれない。複雑で難解。だからこそ人生をかけて追求する価値がある。


 幼少期の母からの誕生日プレゼントをきっかけに始まったこの魔法使いとしての人生が、やがて人間の探求に至るなんて――本当、人の人生とはなんて不可思議に満ちてるんだろう。




                /




 ゆっくりと瞼が開く。外的な刺激で強制的に覚醒させられたものじゃなく、自然な目覚めだった。そのおかげか瞼の重さも思考の白濁もさほどなく、自分の意識が夢の中にはないことはすぐに理解できた。


 薄暗い部屋、ベッドの縁に腰かける彼の背中が見えた。


 わたしが起きたことには気づいていない。わたしも声を掛けずに横たわったままその背中を見つめる。


 ここまで彼という存在を見てきて色んな彼を知って。一つ、理解したことがある。


 きっと彼はわたしになにか隠している。もちろん魔法に関してはたとえ恋人が同じ魔法使いであっても秘匿するのが通常。わたしだって自分の魔法について彼に話したことはない。だけどそれとは別に、彼はわたしに隠しごとをしている。


 話したくないこと、話せないことなら仕方ないけど、それに気付いてしまってからはどこか彼との間に距離を感じるようになってしまった。出会った頃から彼はなにも変わらないのに、わたしばかりが彼にたくさんを望むようになってしまった。彼のことをもっと知りたいと思うようになってしまった。


 待っていたらいつか話してくれるだろうか。心の内を全て明かしてくれるだろうか。その時が来たとして、もう彼が手の届かないところに行ってしまっていたりしないだろうか。そんなことばかり一人で勝手に考えてしまって心が苦しくなって、人を好きになることが楽しいこと、嬉しいことばかりではないという現実を思い知らされている。


 彼がのそりと立ち上がる。彼の重みを失った弾みでベッドが小さく軋む。そのままわたしに振り向くこともなくキッチンへ歩いていって、水道水をマグカップに注ぐ。黙ってその様子を見届けて、瞼を閉じた。


 時計を見ていないけど今何時だろう。眠くないけどもう少し寝ようか。そろそろ新しい靴が欲しい。あ、あのドラマ録画しとかないと――とかとか、彼が立てる小さな物音をBGM代わりに取り留めのないことを考えていると、衣擦れの音が聞こえてきた。それから遠慮がちに足音が遠ざかっていって、内鍵を回す音がして玄関が開いて、閉まる。部屋の中に静寂が戻る。


 瞼を開けば、まるで最初から誰もいなかったみたいに、全部幻だったみたいに、わたしだけが物音一つしない部屋に取り残されていた。人一人がその場からいなくなるだけで空間というのは、心というのはこんなにも空白だらけになってしまう。一人でいることが当たり前だった頃のわたしには信じられないことだけど、それだけ彼という存在が日常において大きな比重(ウェイト)を占めるようになってしまったのだ。


 ……駄目だ。やっぱり眠れそうにない。起き上がってスマホを見ると、時間は四時を過ぎたところだった。一応朝ではあるけど、外はまだ暗くていまいち朝という認識が持ちにくい時間帯。彼はこんな時間にどこ行ったんだろう。眠れなくて散歩に行ったのか、コンビニになにか買いに行ったのか。


 リビングの電気を付けると急に尿意を催してきたのでトイレに行って、冷蔵庫のお茶を飲む。よく冷えたお茶が食道を通って胃に下っていく感覚が心地いい。


 さて起きたのはいいけどなにをしよう。普段こんな時間から活動することがないから、なにをしたらいいのか分からない。持っている本も全部読み終えて暗記してるし、録画したテレビ番組も全部見た。スマホゲームも人に勧められてやってみたけど、性に合わないのかなにをやっても長続きしない。彼の影響で始めたテレビゲームも、彼と一緒にやるから楽しいのであって一人だとちっともやる気がしない。


 しょうがないからストレッチでもしよう。全身を丁寧にやれば一時間以上は掛かるから、その間に彼も帰ってくるだろう。


 ――――結局、彼が帰ってきたのは二時間ほど経った頃だった。


 どこに行ってたのか、とは聞かなかった。彼もなにも言わなかった。ただ「おかえり」と「ただいま」だけ。お互いをなにも知らない二人から始まった関係なのに、彼のことを知れば知るほどになおさら彼が分からなくなっていく。だからだろうか、今以上に彼を知るのが少しだけ怖い。


 一緒に朝食を食べて、今日はどうしようかと予定を話し合って、これといって行きたい場所もないからとその時の気分に任せてのんびり過ごすことになった。


 正式な交際が始まって最初の内は会うたびにデートをしたりちょっとした旅行に行ったり、彼と過ごす全ての時間が輝いていて特別な時間だった。でもその時間がだんだん当たり前になっていって、それに伴ってどこにも行かずに部屋でだらだら過ごすことが増えていった。それが不満なわけじゃない。彼の様子からしても、きっと恋愛っていうのはそういうものなんだろう。


 なにしろわたしは誰かを好きになることも誰かと恋愛をすることも初めてなのだ。わたし自身がどうしたいかとかどうしたらいいかとか、正直全然分からない。だから基本彼に合わせるか、後は先生に相談するか、ぐらいでしか恋愛のやり方を学習する術がない。


 ちなみに先生には助手(弟子?)が二人いるけど、あの人達とは事務的な話しかしないからコイバナなんてできる気がしない。あの人達はなんだろう……妙に距離があるというか、意図的にわたしから距離を取っているように感じる時がある。冷たいというか無関心というか、ひょっとして嫌われてるのかと先生にそれとなく訊いてみても、あの子達はアレが素だから心配いらないよと笑って言われて終わった。


「――――あっ」


 一位でゴール直前に緑の甲羅を当てられた。スリップしている間に横を彼が操作するキャラクターが追い抜いていって一位の座はものの見事に奪われた。


「はっは、ダメ元で投げたら当たったな。日頃の行いかなこりゃ」


「なんですかそれ。わたしの行いが悪いってことですか」


「違う違う。オレの行いがいいんだよ」


「まあ、それはそれは。じゃあたとえば最近はどんな善行を積まれました?」


「そりゃオマエ、オレが元気に生きてること自体が善行みたいなもんだよ」


 はいはい、と苦笑して立ち上がって台所へ向かう。「コーヒー飲みます?」と聞くと「おー」と返ってくる。先生の家でもいつもコーヒーを淹れるのだけど、あそこに置いてある器具はどれも値が張りそうというか、一般家庭には置いてなさそうなデザインのものばかりで仕事として使わせてもらうだけでもなんだか楽しくて、わたしも真似してそれっぽいものを集めてみた。懐事情と相談しながらだからそんな高級なものではないけど、好みのデザインのものを揃えるだけでもコーヒーを淹れるたびに少し楽しい気分になる。


 おかげで以前は気が向いた時にしか飲まなかったコーヒーも、ほぼ毎日飲むようになった。まあ、そこはコーヒー好きの彼の影響も否めなくもないけれど。


 テーブルに二人分のコーヒーとお菓子を置くと、一人でレースを続けていた彼もゲームをやめてテレビの電源を切った。


「亜莉亜、オマエさ、この一帯に魔法使いの知り合いっている?」


 コーヒーブレイクの雑談が少し途切れた時、彼が唐突に言った。なんの前振りもない問いのその意図を掴むことができず、とりあえず素直に応答する。


「何人かはいますけど、どうしてですか?」


 なんだろう。うなじの辺りがじりじりする。でも自分の勘がなにを訴えているのかが分からなくて、とにかく妙に嫌な感じ。


「いやなんとなく。ほら、オレこの辺来てまだ浅いだろ? だからオマエの他にどんな魔法使いがいんのかなーって。面白い奴いたら紹介してもらいたいし」


 まあ確かに。彼はわたしと出会った時はまだこの町に来て数日というところだった。でもあれからもうそれなりに時間は経ってる。彼に魔法使いの知り合いがいないのはともかくとしても、なんで今そんな質問をするんだろう、という疑問を抱かずにはいられない――けど、それはこの場では飲み込む。


「面白い、とは違うかもしれませんが、卓越した技術を持つ方はいますよ。他の皆さんも勉強熱心で尊敬できる方ばかりです」


「そりゃなぁ、悪いことする奴は制裁されていなくなるからな」


 残ったコーヒーを飲み干して、彼は不敵に笑った。


「なんとなく興味本位で調べてみたんだけど、この区域の制裁執行人はずいぶんと仕事熱心で優秀みたいだな。重い掟破りを犯した魔法使いが綺麗さっぱり消されてる。その中には腕の立つ武闘派もいたみたいなんだがな」


 興味本位という割にはそんなことまで? と思いながら口を挟まずに次の言葉を待つ。


「なあ亜莉亜。この区域の制裁担当者って知ってたりすんのか?」


 彼が無表情でじっと見つめてくる。その視線はわたしを疑う類のものではなく、ただこちらの反応を確かめようとしているものに思えた。だからわたしは答えた。


「制裁執行人については秘匿事項ですよ。たとえ知っていたとしても、はいともいいえとも言えません」


 まじめだねぇ、と彼は破顔して菓子を口に放り込む。それを見てわたしもこっそりと胸を撫でおろす。


 良かった。彼に嘘を吐かずに済んだ、と。隠しごとをせずに済んだ、と。


「百貌の魔女って聞いたことある?」


 きゅっと心臓が縮み上がった。まさか彼の口からその二つ名を聞くなんて、まるで想定してなかった。


 横目でわたしを見ていた彼の目が、にやりと笑った。


「知ってるみたいだな」


「それはまあ、有名な方ですから」


 知らない人はいないとまでは言わないけど、この世界でそれなりに活動している人なら一度くらいは名を聞いたことがあるという人は多いだろう。


「確かになぁ。でも百貌って二つ名を知ってる奴はいても、会ったことがあるって魔法使いには不思議なくらいに出会ったことがないんだよなぁ。実在すんのかね、そんな奴」


 さっきせっかく隠しごとをせずに済んだと安堵したばかりなのに、さらなる難題が発生してしまった。


 どうしよう。わたしは百貌の顔を毎日見てる、と正直に言うべきなんだろうか。別に百貌について語ることが禁じられてるわけではないけど、彼のこの会話の意図、目的がはっきりしない以上はどうしても少なからずのリスクが生じる。


 彼を疑うのではなく、どこにどんなリスクが潜むか分からない以上は、下手な言動は避けるべきだ。


「これだけ有名な方が実在しないなんて、逆にありえるんでしょうか」


 もし誰かが作った架空の存在だったとして、そんなものを作るメリットってなんだろう。想像が付かない。


「あの、ところで百貌の魔女がどうかしたんですか? この会話の流れに関係が?」


「うーん……いやな、なーんか。実在するとしたらこの辺りにいる気がするんだよなぁ、百貌。確信があるわけじゃないけどなんつーか……男の勘って奴?」


 多分、勘なんかじゃない。彼はほぼ確信に近いものを持ってる。こんなタイミングでわたしにその話を振ってきたということは、百貌の正体までは突き止めていなくとも、わたしの身近にいる可能性は低くないと考えているはず。それを確かめるために、雑談の流れで百貌の名前を出してわたしの反応を見ようとした、というところか。


 つまり、百貌の魔女の関係者ではないかと、わたしは彼に疑われているわけだ。


 ぶっちゃけた話、彼の推測通りにわたしが百貌の関係者だったとしてそれがなにか問題があるかと言われればまったくない。百貌は別に悪党でもなんでもないのだから、それを知られたところでなんの痛痒もない。


 ただこの会話のおかげでわたしも一つ確信めいたものを持った。


 彼は百貌の魔女を捜してる。きっとこの町に引っ越してきたのもそれが目的。百貌の正体を明かすのは簡単だ。でも、たった一つの判断を間違えた時になにを失うことになるのか分からない、という怖さがこの口をつぐませる。なぜ彼が百貌を捜しているのか分かるまでは言うわけにはいかない。


 あぁ……結局隠しごとが一つ、できてしまった。

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