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恋と掟と魔法使い  作者: 又蔵 雲國斎


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1-1

 魔道とは、人の道の外にあるべきもの。


 師である祖父が魔法使いとしてもっとも大切にしている言葉だ。


 文面だけ見ると勘違いされるかもしれないけど、魔道とそれを扱う魔法使いを特別視する意味じゃない。


 魔法の力で人の人生、その営みと理を捻じ曲げてはいけないという戒めだ。


 わたしの両親が事故に巻き込まれた時も、当時のわたしならともかく、祖父の技術があればその命を救うことができただろうし。一昨年病気で亡くなった祖母だって救えたはずだ。でも、祖父は自らの戒めに従って誰も救わなかったし、わたしにも救わせなかった。


 家族を失うことは悲しいことだけどそれが人の営みなんだと、祖父は静かに笑って受け入れた。


 その祖父も最近体調を崩して入院した。お医者さんからは年齢のこともあるから絶対大丈夫とは言えないと言われた。今のわたしなら祖父の体を治すこともできるし、なんなら体調を崩す前よりも元気にできるだろうけど、もちろんそんなことはしない。師として尊敬する祖父の教えに従って、ただ見守るだけだ。


 それが、人の営みなのだから。




                /




 魔法使いには、人の世の法と同じように破ってはならない掟がいくつかある。


 たとえば魔法の存在を人に知られてはならない、という掟。魔法のことを話してはいけないし、魔法を見られてもいけない。正体がバレるなんてもっての外。


 それをしてしまえば、魔法協会が選定した「執行人」によって制裁を科されることになる。制裁の内容は掟破りの程度によるけど最悪の場合は当然、命を奪われる。魔法使いにとっての命――魔力の源たる心臓を奪われて。


 わたしの場合は両親も祖母も一般人で、祖父だけが魔法使いで、子供の頃にお前には才能があると言われて弟子にされた。幼い時分のことだから、深くは考えずに「すごい」「おもしろそう」ぐらいの感覚で魔法を教わることになったのだけど、勧誘を断ったらどうするつもりだったのかと後々に聞いたら、その時はお前の記憶を操作してなかったことにした、と返された。


 これは家族だからとかではなく、基本的にそういう処置をするそうだ。才能ある者に声を掛け、断られたら記憶を操作する。


 なんとも勝手で乱暴なことだと思ったけど、魔法の才能は血筋に影響されるものじゃないから、自分の技術や知識を後世に残そうと思ったらそういう方法を取らざるを得ないわけだ。


 魔法とは、そうやって人の道の外で密やかに受け継がれ、発展していったものなのだ。


 ところで、魔法使いになって人に出来ないことができるようになって嬉しい反面、実は困ったこともいくつかある。


 たとえば見えなくてもいいもの、見たくないものが視えるようになってしまったこと。これはまあ、別に視えるってだけですぐに実害があるわけじゃないけど、ぶっちゃけ非常に煩わしい。死者の思念(つまり幽霊)だったり、生者の思念(つまり生霊)だったり、人の身に宿る病魔だったり、あるいは呪いだのの悪意だったり。そんなものがわたしの意思とは無関係に情報として視覚に入ってくるのは、慣れはしてもなかなかしんどい。


 なのでそういった類が集まりやすい場所……特に病院なんかは極力近寄りたくない。


 近寄りたくはないんだけど、今まさに祖父が病院でお世話になっているのだから、お見舞いに行かないわけにもいかない。


 そんなわけで、極力余計なものを見ないように視線を伏せがちに廊下を歩く。不意に「こんにちは」と声を掛けられて顔を上げれば、祖父の病室でも何度か見たことがある若くてかわいらしい看護師さんが前から歩いてきた。彼女の背後に頬がげっそりとこけた中年男性が付いて歩いているけど、気付かないふりをして挨拶を返す。


 こないだからずーっと付いてるなあの人、とすれ違いざまについ視線で追ってみたら、中年男性がちらりとこちらを振り返ってきたから慌てて視線を戻して歩く。嫌な気配は感じないし、悪霊の類ではないだろうと思うことにして祖父がいる大部屋に入る。


 祖父は起きて本を読んでいた。わたしが貸した少女漫画だった。入院生活初日になんでもいいから暇つぶしになるものを持ってきてくれと言われたから、学生時代に読んでいた漫画を渡したら存外気に入ったようで、見舞いに来るたびに次のを持って来いと要求されるようになってしまった。


 ちなみに今回は最近若い女の子に人気の青春漫画を持ってきてみた。後ついでに祖父の好物の抹茶羊羹も。


 気が利くなぁ、さすがは自慢の孫と言われた。


「ところでおまえ今、中級……なんだっけ」


「第二位。こないだ昇級したって言ったじゃん」


 そうかそうか、さすがは自慢の孫と言われた。


 まだボケてはいないはずだけど、少し忘れっぽくなってきたかもしれない。魔法で脳機能を回復させる程度のことも、やっぱり祖父は許さないだろうか。個人的にはそれぐらいはいい気がしなくもないけど。今度こっそりやってみようか。さすがにバレるかな。


 わたしが今いる中級第二位とこの間までいた第三位では、たった一つの違いだけど魔道においては天と地ほどの差がある。第三位は修行過程を終えた魔法使いなら誰もが与えられる位階だけど、対して第二位は「才能の位階」と言われ、魔法使いの中でも優れた才能を持つ者だけが到達できる位階とされている。つまり、その第二位を与えられたわたしは、少なくとも凡庸ではないと認められたということでもある。


 祖父も同じ第二位で、今のわたしよりもずっと上の歳で到達したそうだから、わたしでも死ぬ気で頑張れば生きている間に一位まで上がれるかも……なんてのは見るべきではない夢だ。


 第三位と第二位に天地の差があるように、第二位と第一位にもまた天地の差があるのだ。わたし程度の才能じゃどう足掻いてもここが限界だ。


「で、おまえ彼氏の一人でもできたのか」


「毎回聞くよねそれ」


「そらおまえ、こちとら心配なのよ。昔っから全然そういう話聞かねーもん。え、ひょっとしてまだ一度も――」


「あるよ失礼な、あるよ。ただ長続きしたことないからいちいち報告しないだけだよ」


「なんだそりゃ。男見る目がないのかおまえの性格が悪いのかどっちだよ」


「なんかそれどっちにしてもわたしが悪いみたいな言い方じゃん」


 男を見る目がないからだよ。うるさいな。


「あーあ、生きてるうちに孫の顔が見てえなぁ……ちらっ」


 ちらっじゃないっての。わたしだってできればそうしたいけど、相手がいなきゃどうしようもないんだからどうしようもない。


 とまあ、こんな感じでいつも通りの他愛ない会話をして、病室を後にする。


 廊下でまた頬のこけた中年男性を引き連れた看護師さんとすれ違う。背後の人と目を合わせないように挨拶をして、ロビーへ向かう。そのまままっすぐ帰るつもりだったけど、ふとお店のコーヒーが飲みたくなって院内にあるカフェに立ち寄った。


 中庭が見える窓際の席に座って、コーヒーをすする。あったかいコーヒーのその熱が食道を通って、じわりと胃袋に広がる。この感覚がなんとも言えず好きで、わたしは季節を問わずホットコーヒーを飲む。逆にアイスコーヒーは個人的にコーヒーを飲んでる気がしなくてあまり好きじゃない。


 ある友人からは夏のクソ暑い日に目の前でホット飲まれたら見てるだけで汗が出てくるからやめてくれなんて文句を言われたこともあるけど、冷房の効いた室内で飲むホットコーヒーも乙なもんよと返したら何故か納得された。


 それはそうと、ここのコーヒーはなかなかわたし好みで気に入った。一緒に頼んだBLTサンドも悪くない。


 はぁ、と深い溜め息が出た。ほぼ無意識だった。わたし自身のこととか、祖父のこととか、考えなきゃいけないことはたくさんあって、でもできればあまり考えたくはなくて。仕事をして、魔法の研究をして、祖父の見舞いをして、ここ最近はずっとその繰り返しで。恋人を作るどころか友達と遊ぶことさえしばらくご無沙汰。こんな風に一人でゆっくりする時間も、すごく久しぶりに感じる。


 少し疲れたな。


 そう思うなり急にずんと体が重くなった気がして、それをごまかすように窓の外に視線を向ける。


 どっ、と心臓が跳ねた。


 視線の先、中庭の遊歩道に母親らしき女性と歩く一人の青年がいた。


 口元の微笑み、木漏れ日に細められた目。風に柔らかく揺れる髪。一寸視線を逸らすだけで消えてしまいそうな、儚げな横顔。服の上からでも分かるほっそりとした肢体。窓枠に収まるその全てがまるで一枚の絵画のようで、とても綺麗だった。


 わたしの視線に気付かず遠ざかっていく青年の姿を無意識に追ってしまう。嫌だな……やっぱり、見たくないものが視えてしまうこの目が憎たらしい。


 彼の痩せぎすな体の奥、そこに潜む命を蝕む病魔が、目に焼き付いてしまった。病気には詳しくないけど、相当に進行していることは彼から感じられる命の脆弱さから分かる。まだ若いのに、治療が上手くいっていないのだろうか。それとも現代医療では治せない病気なんだろうか。今ならまだわたしでも病魔を取り除くことはできそうだけど、祖父の教えもあるし、手を出すべきじゃない。


 窓の外にもう彼の姿はない。それでもわたしはそこから視線を外すことができずにいる。心臓の辺りがざわざわして、高揚感と心地よさにスプーン一杯の不安を加えてかき混ぜたような、足元が落ち着かないこの感覚。


 あぁ、これはきっと恋だ。


 少しだけぬるくなったコーヒーを口に運んで、今一度中庭に視線を向ける。


 誰もいなくなった遊歩道で、花壇に咲くスクラテリアだけが小さく風に揺れていた。

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