「窓辺の識り」
何かを生み出すために、生き続ける人たちへ。
空間。
その場所には窓が有った。
他にも色々と雑多なものが存在している。
一つ一つはありふれた他愛の無い物だ。
意味が有る物も無意味な物も様々だ。
「だから語ることは特に無い。」
その場所に何者かが一人、窓の側に佇んでいる。
珍しくもない見てくれの他愛の無い者だ。
姿を形容する事は出来るが、きっとソレに意味は無い。
ソレらは既に目に映る貌に意味を見出してないから。
あるいは他者が勝手に形を決めるのだろう。
「だから語ることは特に無い。」
何者かは窓の傍らで忙しなく手を動かしていた。
時折手を止めて考えたり、窓から見える情景に目をやる。
そうした後、ふたたび忙しく手を動かしていた。
何者かの手元には文字盤が見える。
それを知るものが見れば何かはすぐ理解できるだろう。
それを知らぬものが見れば神器のように映るのだろう。
故にそれはただの道具であり、神器であった。
「だから語ることは特に無い。」
何者かはひとしきり手を動かし、満足したように動きを止める。
何者かが別の何かを手に取りそれを動かすと『世界』が出来た。
『世界』は他にも多次元的に存在していて、それぞれが別の法則で構築されている。点も線も面も。三次元でも四次元でも。過去も現在も未来も。実像と虚像でも。まったく同じ『世界』は存在しない。
少なくとも観察された事は無い。
ありとあらゆる『世界』が自在に存在し。
それらは何者かによって創造されたものだ。
何者か達は創造した『世界』を何者か達に何かしらの形で披露する。
何者か達は披露された『世界』を好き勝手に味わう。
五感を用いて、記憶と知識を以て、世界を吟味する。
『世界』がどの様な知見を何者かにもたらすかは、往々にして未知である。
それが何者かにとって既知であっても、別の何者かにとっては未知であるからだ。既知の者にとって忘れ去られたものであったり、味わってはいけない禁断の未知かもしれないからだ。
取るに足らない稚拙な『世界』であっても、それは咀嚼してみなければ何が起きるかは判らない。
何者か達は何かを期待して『世界』を貪る。
それがただの退屈しのぎなのか、ただの知的好奇心なのか。
ただの絶望的な飢えを癒すためなのか、ただの暴食行為なのか。
ただ欲望のままに何者か達は食すのだろう。
それで良い。
何者か達は『全知全能の神』などでは無いのだから。
何かの為に何かを貪り、何かを思う。
そして『識る』。
無限の一端を。
それだけが全て。
先ほど『世界』を作った何者かは作業を終えた直後は満足そうだった。
しかし時が経つにつれ表情が曇る。
きっと気づいてしまったのだろう。
『世界』の誤りに。
『世界』の矛盾に。
『世界』の不足に。
『世界』の過剰に。
何者が何を思って『世界』を構築したかは、その者にしか判らない。
少なくとも何かしらの意図を持ってして何者かは『世界』を作るが、当の本人にとっても自らの『世界』に何が欠けているのかが判らない。
ならば、次に行動すべきは何だろう?
『世界』を壊して作り直すのも良いだろう。
『世界』をいじくり回して修正するのも良いだろう。
『世界』をほっぽりだして諦めるのも良いだろう。
その度に、何者かは再び『識る』。
無限の一端を。
それだけが全て。
この空間に居る何者かが取った行動は…
いや、その前に「何者か」に記号を与えておこう。
『彼女』で良い。
意味は後ほど判るだろう。
『彼女』もまた世界の一部であり、形作られたものなのだろうから。
『彼女』は自身の創造した『世界』を披露した直後は満足。
しばらくした後、不満に思う。
そして行動するのだ。
『彼女』は多角的に行動することにした様だ。
『世界』の誤りを修正しつつ、矛盾を正した。
不足を補いつつ、過剰を削って見る。
繰り返し繰り返し。
既に披露してしまった『世界』が壊れてしまわないように。
何度も何度も少しずつ。
やがて少し形の変わった自分の『世界』を眺め、再び満足そうにする。
そうして『彼女』はしばらく待った。
期待をするかのような雰囲気を纏いながら少しの時を過ごす。
逸る気持ちを抑えつつも待ち切れない様子で少しの時を過ごす。
幾ばくかの時が過ぎたあと『彼女』はしびれを切らしたかのように再び動き出すことを決めた。
再び文字盤を手繰る、世界を作った時の『別の何か』も手繰る。
その後、窓の外を眺めた。
しばらくソレを繰り返した後、『彼女』は安心したように息を吐く。
ようやく、『彼女』の顔には小さな微笑みが浮かんだ。
あなたが産んだ『世界』が、あなたにとって良きものであるように願います。