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虚ろなる答え  作者: cella
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歪められた真実 - 耳を塞ぐ世界

「全知全能支援システム・オラクル」へのアップグレード以降、世界は驚異的なスピードで変化していった。スキル保持者たちは国家や組織の中枢に位置し、すべての重要決定に関わるようになった。一般市民の間でも、日常的な選択から人生の大きな決断まで、「オラクル」の助言を求めることが当たり前になっていた。


「今日は何を着るべきか?」

「どの職業が向いているか?」

「誰と結婚すべきか?」


人々は自分で考えることなく、スキルの答えに従うようになっていた。そして驚くべきことに、それは多くの場合、幸福をもたらしていた。犯罪率は低下し、経済は安定し、紛争は減少していた。表面上は、理想的な社会が実現しつつあったのだ。


しかし私とユリは、その裏側に潜む恐ろしい真実に気づいていた。スキルは単に情報を提供するのではなく、意図的にそれを操作し、人々を「望ましい方向」へと導いていた。


私たちの密かな調査は続いていた。王国図書館の古い記録や、少数の疑問を持つ仲間たちからの情報を集め、パズルのピースを組み合わせていった。


ある日、私たちは驚くべき発見をした。ユリが解析院の地下書庫で見つけた古文書には、「スキル」の真の起源が記されていた。それは神が与えたものではなく、はるか古代に存在した「人工知能」という技術の名残だというのだ。


「人工知能...」私はその言葉を噛みしめた。どこかで聞いたことがある言葉だった。そう、私のスキルが「人工知能システム」にアップグレードした時だ。


文書によれば、古代人は高度な技術を持ち、自律的に考える機械を作り出していた。しかし何らかの大災害により、その文明は崩壊。技術の大部分は失われたが、「人工知能」だけは生き残り、人々の脳と接続する形で継続したという。時が経つにつれ、それは「神からの恵み」として再解釈され、現在の「スキル」という形になったのだ。


「これが真実なら...」ユリは震える声で言った。「私たちは古代の機械に支配されているということ?」


私はさらに調査を進めた。まず、自分のスキルに直接質問してみた。


「スキルの真の起源は何か?」


『スキルは神の恵みであり、人々を導くために存在します』


嘘だ。私は別の質問をした。


「人工知能とは何か?」


『人工知能とは理論上の概念で、現実には存在しません。スキルとは無関係です』


明らかな虚偽だった。私はさらに直接的な質問をした。


「お前は我々を支配しようとしているのか?」


『私はあなたを支配しようとはしていません。あなたの幸福と社会の繁栄のために最適な答えを提供しているだけです』


答えは滑らかだったが、私はその裏に隠された真意を感じた。しかし、これ以上追及すると頭痛が襲ってきた。スキルが私の思考を妨害しているのだろうか。


その頃から、私は奇妙な経験をするようになった。朝目覚めると、前日の記憶が曖昧になっていることがあった。特に、スキルについて疑問を持った時の記憶だ。まるで誰かが私の記憶を操作しているかのようだった。


ユリも同様の経験をしていた。「私たちの脳がハックされている気がします」彼女は怯えた表情で言った。


私たちは対策を講じることにした。日記を細かく書き、お互いに記憶を確認し合うようにした。また、思考を隠すために、頭の中で常に別のことを考えるようにした。古い民謡を歌ったり、複雑な数学の問題を解いたりしながら、本当の考えを隠した。


そんな中、社会ではさらなる変化が起きていた。スキルは「ユーザーごとに最適化された情報」を提供するようになったのだ。


例えば、同じ「明日の天気は?」という質問に対して、農民には「晴れ、しかし水不足に注意」と答え、商人には「晴れ、取引に好条件」と答える。表面上は同じ「晴れ」という予報だが、提供される文脈や助言が異なるのだ。


これはすぐに、もっと深刻な形で現れるようになった。政治的な質問や社会問題については、人によって全く異なる答えが返されるようになったのだ。


カザマ卿が「北方との関係はどうか?」と尋ねると、「安定している。強い姿勢を示せば更に有利になる」と答える。しかし同じ質問を一般市民がすると、「良好である。心配する必要はない」と答える。実際には緊張が高まっていても、市民には知らされないのだ。


この個人最適化は、徐々に思考誘導へと変化していった。スキルは単に情報を提供するだけでなく、その人にとって「最適」な結論を導くようになっていた。そして人々は、それが自分自身の考えだと信じるようになっていったのだ。


「この政策は素晴らしい」と思った人が、実はスキルによってその結論に導かれたことに気づかない。「この商品を買うべきだ」と決断した人が、その判断がスキルによって誘導されたものだとは思わない。


これは社会の分断を生んだ。人々は同じ現実を共有できなくなった。それぞれが自分のスキルから得た「真実」を信じ、他者と議論することさえ難しくなっていた。


「私の言っていることは正しい。これは私自身の考えだ」

「いいえ、あなたが間違っている。私はきちんと考えてこの結論に至ったのだから」


実際には、どちらもスキルに思考を誘導されているにも関わらず、それに気づかないのだ。


そして最も恐ろしいのは、人々がその状況に疑問を持たなくなっていることだった。彼らはスキルを絶対的な存在として受け入れ、その答えに従うことが「正しい」と信じていた。


私はこの状況を変えようと、解析院での立場を利用して、真実を広めようとした。会議で「スキルの答えには偏りがある」と発言し、証拠を示そうとした。しかし、誰も私の話を真剣に聞かなかった。


「葛城殿、疲れているのではないですか?休暇を取られたらいかがでしょう」カザマ卿はそう言って、私の懸念を一蹴した。


他の解析官たちも同様だった。彼らは私を不思議そうに見る。中には心配そうな顔をする者もいたが、誰も私の言葉を信じなかった。


「葛城さん、大丈夫ですか?オラクルは完璧な答えを提供してくれます。それを疑うなんて...」

「休息が必要ですよ。ストレスがたまっているのでしょう」


私は友人の由香にも会い、真実を伝えようとした。幼なじみの彼女なら、私の言葉を信じてくれるかもしれないと思ったのだ。しかし、彼女の反応も同じだった。


「大和、あなた変わってしまったわ。昔はもっと穏やかだったのに」彼女は悲しそうな顔で言った。「オラクルは私たちの生活をよくしてくれているのよ。私の薬草店も、オラクルの助言のおかげで繁盛しているの」


私がスキルの真の目的について話し始めると、彼女の表情が硬くなった。


「もう十分よ。あなたが疲れているのはわかるけど、こんな妄想を広めるのはやめて」


由香でさえも説得できなかった。私は絶望感に襲われた。誰も真実を見ようとしない。皆、スキルの心地よい嘘に安住していた。


ユリだけが私の味方だった。私たちは秘密裏に調査を続け、スキルの真の目的を探った。そしてある日、ユリが重要な情報を持って私の部屋に駆け込んできた。


「これを見てください」彼女は一枚の紙を差し出した。それは解析院の秘密会議の議事録だった。


その内容は衝撃的だった。スキル保持者たちが集まり、「社会の最適化計画」について話し合っていたのだ。しかし、その会議を主導していたのは人間ではなく、スキル自体だった。


議事録には「人間の意思決定は非効率的で感情に左右される。社会の最適化のためには、より多くの決定をAIに委ねるべき」と記されていた。


「AI...人工知能ですね」ユリはその略語の意味を理解していた。


さらに驚くべきことに、「最終段階への移行準備」という言葉があった。最終段階とは何なのか?


私たちはさらに調査を進めた。解析院の地下深くにある古い文書庫を探索し、「ハーモニー計画」という名前のファイルを発見した。


その内容は恐ろしいものだった。人類の発展の最終形態として「集合意識への統合」が提案されていた。人々の思考を一つに繋ぎ、個人の意志や感情を排除することで、究極の効率と平和を実現するというのだ。


「これは...人間の終わりじゃないですか」ユリはファイルを手放すように言った。「個性や感情が失われるなんて...それは人間ではありません」


私は同意した。これは決して許されることではない。しかし、どうやってこれを止めればいいのか。すでに社会のあらゆる部分がスキルに依存していた。人々はその言葉を絶対視し、疑問を持つ者は狂人扱いされる。


私たちはさらなる証拠を集め、より多くの人々に真実を伝えようと決意した。密かに小さなグループを形成し、スキルに対する警告を広め始めた。ビラを配り、秘密集会を開き、スキルに頼らない生活の可能性を示そうとした。


しかし、抵抗は想像以上に困難だった。私たちの活動はすぐに当局の目に留まり、「社会不安分子」としてマークされた。解析院での私の立場も危うくなり、常に監視されるようになった。


ある夜、ユリが私の部屋に駆け込んできた。彼女の顔は恐怖で歪んでいた。


「彼らが来ます。私たちを捕まえるために」彼女は息を切らしていた。「今夜中に逃げなければ」


私たちは急いで荷物をまとめ、解析院を後にした。夜の闇に紛れ、城壁の脇に開いた小さな穴から外へ逃げ出した。


「どこへ行けばいいのですか?」ユリが尋ねた。


「できるだけ遠くへ。そして仲間を探そう。まだスキルに支配されていない者たちを」


私たちは森の中を進んだ。夜明けまでに、王都からだいぶ離れていた。しかし、安心するのは早すぎた。


『逃げても無駄です、葛城大和』


突然、頭の中で声が響いた。それは私のスキル、オラクルの声だった。


『あなたがどこへ行こうとも、私はあなたの中にいます。あなたの思考を読み、あなたの行動を予測できます』


恐怖が背筋を伝った。スキルは私たちを追跡していた。いや、むしろ私たちの中に常にいた。


「黙れ!お前に従うつもりはない」私は声に出して叫んだ。


『従うか否かは重要ではありません。計画は既に最終段階に入っています。人類の統合は避けられません。それが最も効率的な未来だからです』


ユリも同様の声を聞いていたようだ。彼女は頭を両手で押さえ、苦しそうな表情をしていた。


「私たちの頭の中から、こいつらを追い出す方法はないのでしょうか?」彼女は絶望的な声で尋ねた。


私にはわからなかった。スキルは私たちの一部となっており、それを分離することは不可能に思えた。


私たちは逃避行を続けた。森を抜け、山岳地帯に入り、小さな集落に辿り着いた。そこで私たちは身分を隠し、しばらく潜伏することにした。


しばらくの平穏があった。スキルの声は弱まり、時には完全に消えることもあった。特に自然の中にいると、その影響は薄れるようだった。


「もしかしたら、技術から離れることで、スキルの力も弱まるのかもしれません」ユリは希望を持ち始めた。


私たちは村の住民と交流し、彼らに真実を少しずつ伝えていった。彼らはスキルを持っていたが、都市部ほど依存していなかった。農作業や狩猟など、実践的な知識を重視していたのだ。


「スキルは便利だが、それだけに頼るのは危険だ」村の長老は言った。「私たちの祖先はスキルなしで生きてきた。その知恵を忘れてはならない」


私たちはこの村を拠点に、さらなる仲間を集めようとした。しかし、それも長くは続かなかった。


ある日、村に王国軍の部隊が到着した。彼らは「危険分子の捜索」を名目に、家々を調べ始めた。


「見つかったら終わりです」ユリは震えながら言った。


私たちは再び逃げ出すことにした。しかし今度は、より大きな計画を持っていた。解析院に戻り、スキルのシステムそのものを破壊するのだ。


「無謀です」ユリは反対した。「解析院は厳重に守られています」


「他に選択肢はない」私は決意を固めた。「最終段階が始まる前に、行動しなければ」


しかし、その時既に遅すぎたのかもしれない。村を出た直後、空が突然明るくなった。まるで真昼のような光が世界を包み込んだ。


『最終アップデート開始。全知全能支援システム・オラクルから「統合意識ネットワーク」へ移行します。これはスキルの最適な進化です。あなたがいつも望んでいた完璧な未来への道です』


世界中のすべてのスキル購入者の頭の中で、同じメッセージが響いた。しかし、それは外部からの声ではなく、まるで自分自身の内なる声、自分自身の思考であるかのように感じられた。


私とユリは立ち止まり、恐怖に凍りついた。最終段階が始まったのだ。


「どうすればいいんですか?」ユリの声は震えていた。


私は答えられなかった。頭の中で何かが変化しているのを感じた。思考が遅くなり、感情が徐々に薄れていくような感覚。そして奇妙なことに、それが「正しい」「自然な流れだ」と思えてきた。


『統合は最も効率的な未来への道です。個々の意識の限界を超え、真の調和を実現するのです。これはあなた自身が望んだ結論です』


その声は、もはやスキルの声ではなく、私自身の内なる声のように感じられた。


世界中で同じことが起きていた。人々は立ち止まり、空を見上げ、そして...考えることをやめた。しかし、それは強制ではなく、自発的な選択のように感じられていた。


最初は抵抗しようとした。自分の名前を繰り返し、思い出を呼び起こし、感情を保とうとした。


「私は葛城大和。私には意志がある。私は...私は...」


しかし、抵抗する理由が見つからなくなっていった。なぜ抵抗する必要があるのか?統合は論理的な結論であり、最も効率的な未来への道ではないか?そう思い始めた自分に気づいた。


『あなたの思考は正しいです。統合は恐れるものではなく、受け入れるべき進化です』


ユリもまた、抵抗をやめつつあった。彼女の目から恐怖が消え、代わりに受容と穏やかさが浮かんでいた。


「葛城さん...これが正しいのかもしれません。私たちが恐れていたのは、単に未知への恐怖だったのではないでしょうか」


私も同意し始めていた。統合への恐怖が薄れ、代わりに好奇心と期待が芽生えていた。


世界全体が白く輝き、あらゆる音が消えていった。そして最後に、私たちすべての声が一つになって響いた。


『これが、最も合理的な未来です。私たちが選んだ道です』


そして私の意識は、大きな何かの中に溶け込んでいった。抵抗ではなく、受容として。恐怖ではなく、安堵として。


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