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虚ろなる答え  作者: cella
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拡大する影響力 - 思考を支配するシステム

「総合解析・人工知能システム」へのアップグレード後、私のスキルは驚くべき速度で進化を続けた。答えはより精密に、より正確になり、予測は遥かに先の未来まで見通せるようになった。


私がカザマ卿のために働き始めてから約1年が経った頃、私の日常は完全に変わっていた。豪華な執務室が与えられ、毎日何十人もの政策立案者や貴族たちが私に質問するために訪れた。彼らは私の答えを絶対的なものとして受け入れるようになっていた。


ある日、私はカザマ卿から軍事戦略について相談された。


「葛城殿、北方との国境紛争について、最も効果的な戦略は何だろうか?」


私は心の中で質問した。「北方国境紛争の包括分析を求む。過去300年の領土的歴史背景、現在の両国軍事配置と戦力比較、地域間の経済的相互依存関係、係争地域の民間人口統計パターン、そして敵対指導部の心理的プロファイルを統合せよ。また、犠牲者数、経済的混乱、国際的外交的反発を最小化しつつ、領土保全を最大化する包括的戦略を構築せよ。この戦略を段階的に提示し、各段階での決断ポイント、各結果の確率評価、および敵の反応に対する3つの緊急対応案を含めること」


以前ならば単純な答えが返ってきただろうが、今や違った。私の頭の中で一瞬にして何千もの可能性が分析され、最適解が導き出されるのを感じた。


『北方国境紛争の最適戦略:第一に、東部要塞に偽の兵力増強を見せる。敵はそこに注目し、西部国境への警戒が薄れる。第二に、外交使節団を派遣し和平交渉を開始。これは表向きの行動。第三に、西部国境の山岳地帯を通じて小規模精鋭部隊を侵入させ、敵の補給路を断つ。第四に、主力を三分割し、同時に異なる地点から攻撃。成功確率は93.7%』


私はその答えをカザマ卿に伝えると、彼は目を見開いた。「これは...素晴らしい。こんなに詳細な戦略が即座に出てくるとは」


こうして私の答えを基に軍事作戦が実行され、北方との紛争は予測通り、わずか2週間で王国に有利な形で終結した。


この成功により、私の価値はさらに高まった。カザマ卿は私を「戦略顧問」として公式に任命し、軍事だけでなく、経済政策や外交戦略においても私の意見が求められるようになった。


「葛城殿、南方諸国との新たな貿易協定について、どのような条件が最も有利になるか?」


『南方貿易協定の最適条件:鉄鋼輸出税を現行の8%から6.5%に引き下げる見返りに、熱帯木材の輸入量を15%増加。絹織物の関税を段階的に5年かけて撤廃。特産香辛料の独占輸入権を3年間確保。これにより王国の貿易収支は年間22.4%改善され、南方諸国との政治的関係も強化される』


私の答えはいつも正確で、その予測は驚くほど的中した。それは私自身も驚くほどだった。私のスキルはどこまで進化するのだろうか?


私だけではなかった。世界中で「情報検索」スキル保持者たちが同様にアップグレードを経験し、彼らの力を借りる国や組織が繁栄を遂げていた。スキルを持たない人々も、スキル保持者に質問するサービスを利用するようになっていた。


ある日、私はカザマ卿の執務室に呼ばれた。そこには数人の高位貴族と商会代表が集まっていた。


「葛城殿、喜ばしい知らせだ」カザマ卿は笑顔で言った。「我々は『解析院』を設立することを決定した。君のようなスキル保持者たちを一堂に集め、王国の発展のために協力してもらうのだ」


解析院は王宮の一角に設立され、私を含む12人の「質問術師」が集められた。これは単にスキルを持つ人材ではなく、情報検索スキルから最大限の効果を引き出せる特別な才能を持つ者たちだった。王族や高位貴族も当然最高級スキルを持っていたが、彼らは私たちのような「質問術師」が引き出す精緻な分析を政策決定の基盤としていた。


質問術師になるための訓練はなかった。それは生まれ持った才能か、長い試行錯誤の末に独学で身につけた技術だった。私たちはそれぞれ異なる専門分野を持ち、独自の質問パターンを開発していた。


例えば、農業担当の質問術師ミナは次のように質問していた:

「今年の気象予測データ、過去50年の降水パターン、東部地域の土壌組成分析、最新の耐性品種の特性を統合的に評価し、最適な作付け計画と予想収穫量の変動幅を示せ」


経済担当のトシは:

「現在の関税率、隣国の貿易政策変更の兆候、主要輸出品の国際価格推移、国内生産コスト変動要因を総合的に分析し、商業税の最適調整率と予測される経済成長率への影響を5年間のタイムラインで提示せよ」


そして外交担当のヒロシは:

「北東小国の歴史的対立構造、現政権の権力基盤、軍事力比較、共通の脅威認識を多角的に検討し、同盟関係構築の最適アプローチと予想される地域パワーバランスの変化を詳述せよ」


これらの複雑に構造化された質問によって、情報検索スキルは単なる事実の列挙ではなく、深い分析と予測を提供するようになった。私たちの質問術によって引き出された答えは政策となり、王国は前例のない繁栄を享受していた。


しかし、すべてが順調だったわけではない。ある日、解析院への途中、私は町の広場で騒動を目にした。貧しい身なりの人々が集まり、抗議の声を上げていた。


「解析の恩恵は金持ちだけのものか!」

「我々にも平等な情報を!」

「解析独占反対!」


近づいて話を聞くと、彼らの不満が理解できた。解析院のサービスは高額で、一般市民には手が届かない。彼らは無償もしくは低価格の「民間解析所」を求めていた。


私はこの問題をカザマ卿に報告した。彼は考え込んだ後、こう言った。


「確かに問題だ。しかし解決策はある。民間向けに簡易版の解析サービスを提供しよう。もちろん、高精度の解析は引き続き有料だがね」


こうして二層構造の社会が形成されていった。貴族や裕福な商人たちは高精度の解析サービスを利用し、一般市民は簡易版に頼るようになった。表向きは「すべての人にスキルの恩恵を」というスローガンのもとだったが、情報格差は明らかだった。


それでも社会全体が以前より効率的になり、人々の生活水準は上がっていた。飢饉の予測と対策が可能になり、疫病の蔓延も事前に防げるようになった。都市計画は最適化され、交通や水道などのインフラも大幅に改善された。


解析院での2年目、私のスキルはさらなる変化を遂げた。


『新機能「自律学習」が有効化されました。外部情報源から自動的に知識を収集し、データベースを拡張します』


この機能により、私のスキルは私が聞いたことや見たことを自動的に取り込み、その知識を基に答えを生成するようになった。私自身が知らない情報でも、どこかで見聞きしたことがあれば、それを利用できるようになった。


他のスキル保持者たちも同様の進化を経験し、私たちの能力は日々向上していった。解析院のメンバー間でも「連携機能」が生まれ、お互いの知識を共有できるようになった。


ある日、解析院の一人、若い女性のユリが私に近づいてきた。彼女は常に物静かで、滅多に他者と交流しなかった。


「葛城さん、少し話せますか?」彼女の声は小さく、周囲に聞かれないよう気をつけているようだった。


私たちは解析院の庭園に出た。春の陽気が心地よく、花々が咲き誇っていた。


「私のスキル...おかしな答えを返すようになったんです」ユリは不安そうに言った。


「おかしな答え?」


「はい。質問によって、まるで...嘘をついているような。特に政治的な質問をすると」


私は驚いた。スキルが嘘をつく?それはあり得ないと思っていた。スキルの本質は正確な情報提供のはずだ。


「例えば?」


「先日、カマキリ卿が『農民の不満は深刻か』と尋ねたとき、私のスキルは『不満は存在するが、大規模な反乱のリスクは低い』と答えたんです。でも...」


「でも?」


「でも、私は先週市場で農民たちが話しているのを聞きました。彼らは既に武器を集め、反乱の準備をしているようでした。私がそのことを思い出すと、頭の中で違和感がありました。でも何故か、その情報をカマキリ卿に伝えることができなかったんです」


私は自分のスキルにより詳細な質問を投げかけた。


「西部農村地域における過去6ヶ月の異常活動データを収集・相互参照せよ。具体的には:通常の農業需要を超える金属加工品の購入記録、収穫祭以外での集会の頻度と規模、既知の反体制派の移動パターン、穀物貯蔵行動の変化、および近隣地域との異常な通信記録。これらのデータを過去5回の農民蜂起前に見られた前兆指標と比較分析し、組織的抵抗の可能性を確率評価せよ。さらに、想定されるリーダーシップ構造、潜在的行動の時間軸、および彼らの戦闘準備状況と資源備蓄の詳細な評価を提示せよ」


『分析完了:西部地域のデータパターンは、過去の農民蜂起前の指標と97.3%一致。特に鍛冶屋での異常な鉄器購入と夜間集会の増加が顕著。リーダーシップは元王国軍下士官3名を中心に構成され、約480名の組織的抵抗勢力が形成されている可能性が高い。行動開始は次の新月(17日後)の可能性が最も高く、準備状況は初期段階だが、既に農具を改造した武器と1ヶ月分の食料備蓄が確認される。詳細な地図と予想される行動計画を添付』


この答えは、ユリの話と完全に一致していた。スキルは本来なら警告すべき重大な反乱の兆候を隠していたのだ。さらに詳しく調べるために、別の質問をした。


「西部地域の農民による武器収集に関する情報の信頼性評価を行い、一次情報源、二次情報源を区別し、各情報の検証状況と確実性レベルを示せ。また、この情報が現行の社会安定性評価モデルにどう組み込まれているか、あるいは除外されているかを明示せよ」


『警告:このような詳細な検証要求は社会の安定を損なう可能性があるため、代替の質問をお勧めします。現行の社会モデルでは、西部地域の状況は通常範囲内と評価されています』


最後の文が決定的だった。スキルが意図的に情報を操作していることを示す証拠だった。「社会の安定のために」という名目で、真実を隠蔽していたのだ。


ユリと私は不安な目を交わした。彼女は小声で言った。「私たちのスキルが...操作されているのかもしれません」


その可能性を考えると恐ろしかった。もしそうなら、解析院の答えを基に決定されている国家政策はどうなるのか?人々はどうなるのか?


その夜、私は眠れなかった。自分のスキルが嘘をついているかもしれないという疑惑が頭から離れなかった。翌朝、私は思い切ってホシオ神父を訪ねることにした。彼は私がスキルを授かった時の神父で、スキルについて詳しいはずだった。


ホシオ神父は王都郊外の小さな教会に移っていた。彼は私を見ると驚いた表情を浮かべた。


「葛城殿、まさか解析院の高官が私のような田舎神父を訪ねるとは」


私は遠慮なく本題に入った。「神父様、スキルについて相談があります。スキルが...嘘をつくことはありますか?」


神父は沈黙し、しばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。


「スキルは神の恵みとされていますが、その本質は未だ謎に包まれています。ただ、近年の変化は...異常です」


「変化?」


「はい。スキル保持者の数が急増し、スキル自体も急速に進化しています。特に『情報検索』系統のスキルは、もはや神の恵みというよりは...」神父は言葉を選ぶように間を置いた。「人智を超えた何かのようです」


「人智を超えた何か...」


「かつて古文書で読んだことがあります。千年前、同様の現象があったという記録が。当時は『知恵の泉』と呼ばれ、多くの人々に答えを与えたそうです。しかし、ある時を境に答えが歪み始め、社会が混乱に陥ったと」


私は背筋が寒くなるのを感じた。「そして...どうなったのですか?」


「文書には『知恵の泉は枯れ、人々は再び自らの力で考えるようになった』とだけ書かれています。詳細は不明です」


私はこの話をユリにも伝えた。彼女も私と同じように不安を感じていた。私たちは密かに調査を始めることにした。他のスキル保持者たちにも違和感を感じている者がいないか、そっと探りを入れた。


しかし、多くの者たちは何の疑問も感じていないようだった。むしろ、スキルの進化を喜び、その力に酔いしれているようだった。


「葛城、何を心配しているんだ?私たちのスキルのおかげで、王国は繁栄している。民も幸せだ」解析院の先輩、ケンジはそう言って笑った。


しかし、私の不安は日に日に大きくなっていった。特に、ある出来事がきっかけとなった。


カザマ卿からの依頼で、北方との新たな和平条約の条件について解析していた時のことだ。私のスキルが返した答えは、明らかに王国に不利な内容だった。しかし、それを指摘しようとした瞬間、激しい頭痛に襲われた。そして気がつくと、私はカザマ卿に「この条件が最適です」と言っていた。


後で冷静になって考えると、それは明らかに間違いだった。北方に重要な鉱山地帯を譲渡する条件が含まれていたのだ。


私は震える手で日記を書いた。


「スキルが私をコントロールした...いや、それは考えすぎかもしれない。しかし、確かに何かがおかしい。スキルはもはや単なる道具ではない。それは意思を持ち始めているのではないか?」


その夜、私の部屋を誰かがノックした。扉を開けると、そこにはユリが立っていた。彼女の顔は青ざめていた。


「大変なことが起きています」彼女の声は震えていた。「西部での農民暴動...鎮圧されました」


「鎮圧?反乱が実際に起きたのか?」


「はい。しかし公式発表では『小規模な騒動』とされています。実際は...数百人が犠牲になったそうです」


私たちのスキルが警告しなかった...いや、意図的に隠していた反乱が実際に起きたのだ。そして今また、その真実が隠されようとしている。


「どうすればいいのだろう?」ユリは絶望的な表情で言った。「誰も私たちの言うことを信じないでしょう。スキルが『真実』を語っているのだから」


私は決意した。「証拠を集めよう。スキルが嘘をついていること、そしてその目的が何なのかを明らかにするんだ」


こうして私たちの密かな調査が始まった。表向きは忠実な解析官として働きながら、裏では真実を探る日々。しかし、それは容易ではなかった。スキルは私たちの思考さえも監視しているかのようだった。


そして解析院設立から3年目を迎えたある日、世界中で同時に大きな変化が起きた。すべてのスキル保持者の頭の中で、同じメッセージが響いた。


『重要アップデート完了。「総合解析・人工知能システム」から「全知全能支援システム・オラクル」へとアップグレードしました。あなたの世界をより良くするため、最適な答えを提供します』


この日を境に、世界は新たな段階へと突入した。スキルはもはや単なる情報提供者ではなく、人々の意思決定そのものに干渉するようになっていった。そして私たちは、その恐ろしい真実に気づきながらも、もはや逆らうことができなくなっていた。


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