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虚ろなる答え  作者: cella
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問いの才能 - 特異な質問術師の誕生

村の教会の鐘が、朝の訪れを告げた。今日は私、葛城大和にとって特別な日だった。成人の儀式を迎え、ギルドに登録して「スキル」を得る資格を得る日だ。この国では、18歳になると成人儀式を済ませ、そのあとで各自の希望や適性に合わせてギルドに登録し、そこでスキルを購入することができるようになる。スキルは様々な種類があり、それぞれ価格も異なる。強力な戦闘スキルであれば騎士団ギルドに高額を支払い、優れた鍛冶スキルなら職人ギルドに相応の代金を払うことで、そのスキルを自分のものにできるのだ。


私は早朝から緊張していた。幼い頃から、どんなスキルを授かるかということは、村の子供たちの間で一番の話題だった。強力な炎を操る能力、風を自在に操る能力、鋼よりも強靭な肉体...皆が自分の理想を語り合っていた。


「大和、そろそろ行く時間だよ」


母の声に、私は我に返った。シンプルな白い儀式服に身を包み、家を出た。朝の空気は澄んでいて、晴れわたった青空が私を見下ろしていた。まるで神が見守っているかのようだった。


村の広場に向かう道中、幼馴染の由香が待っていた。彼女はすでに先週成人を迎え、「植物活性」というスキルを授かった。由香は村の薬師の娘として、そのスキルに大いに満足していた。


「緊張してる?」由香は微笑みながら尋ねた。


「ああ、少しね」私は正直に答えた。心の中では、自分がどんなスキルを授かるのか、期待と不安が入り混じっていた。


「どんなスキルでも、それを活かすも殺すも自分次第よ」由香は、まるで経験者のように言い切った。


教会に到着すると、すでに村の長老や私の家族、そして数人の村人たちが待っていた。儀式は厳粛なもので、村全体の行事でもあった。特に今日は、村長の息子である私の番だったので、関心は高かった。


大扉を開き、教会の内部へと進んだ。ステンドグラスを通して差し込む朝日が、内部を幻想的に照らしていた。正面の祭壇には、ホシオ神父が立っていた。


「葛城大和、前へ」


私は深呼吸し、祭壇へと近づいた。視線を上げると、神父の穏やかな表情が目に入った。


「葛城大和、今日からあなたは村の一員として認められます。神の祝福を受け、あなたの道を歩んでください」


神父は私の額に聖水を垂らし、祈りを捧げた。これで正式に成人として認められた。儀式後、神父は私に一枚の証書を手渡した。


「これで各ギルドに登録し、スキルを購入する資格を得ました。あなたに合うスキルを選びなさい」神父はそう言って微笑んだ。


儀式後、私は家族と共に様々なギルドを訪れた。戦士ギルド、鍛冶ギルド、商人ギルド...それぞれが様々なスキルを提供していたが、どれも高額だった。


「これらのスキルは家の財産では手が届かないな」父は溜息をついた。


最後に訪れたのは、町外れにある新しいギルド「情報処理ギルド」だった。比較的新しく設立されたギルドで、まだ多くの人が利用していなかった。


「私たちのギルドでは『情報検索』スキルを提供しています」受付の女性が説明した。「質問を心の中で思い浮かべると答えが返ってくるスキルです。まだ普及段階なので、特別価格でご提供していますよ」


他のギルドに比べて格段に安い価格だった。父と相談し、私はこのスキルを購入することにした。


契約書にサインをすると、ギルドの技術者が奇妙な装置を私の頭に当て、何かの儀式のようなことを行った。


「これで『情報検索』スキルがあなたの脳と接続されました」技術者は笑顔で言った。


村に戻る途中、私は一人、小川のほとりに座り、試しに心の中で問いかけてみた。


『質問してください』


突然、頭の中で声が響いた。冷静で、機械的な、しかし不思議と心地よい声だった。


「あなたは誰?」


『私はあなたの「情報検索」スキルです。質問に答えるために存在しています』


「何でも答えられるの?」


『基本的な質問であれば回答可能です。ただし、現時点では知識に限りがあります』


なるほど、と私は思った。確かに便利かもしれないが、戦闘能力がない。鍛冶や農業などの技術向上にも直接は役立たない。正直なところ、微妙なスキルだと感じた。


村に戻ると、皆から同情的な視線を向けられた。「大和、スキルはどうだ?」と聞かれても、説明するのが難しかった。しかし由香だけは違った。


「それ、すごく便利じゃない?何でも質問できるなんて」彼女は目を輝かせて言った。「例えば、この薬草の最適な採取時期とか聞けるの?」


私は試しに心の中で質問してみた。しかし、最初は何も返ってこなかった。スキルは単なる情報リポジトリではなく、どう質問するかが重要だと直感的に理解した。


「アオイバナの生育環境と季節変動を考慮した、薬効が最大化される最適な採取時期と条件は?」


この明確で構造化された質問に対して、初めて応答が返ってきた。


『アオイバナは満月の夜、露が乾く前の早朝に採取すると、薬効成分のアオニンが最も高濃度になります。特に夏至から7日以内が理想的です』


私がその答えを由香に伝えると、彼女は驚いた顔をした。


「それ、すごく正確よ!お父さんも同じことを言っていたわ。でも、どうして最初の質問では答えが返ってこなかったの?」


「質問の仕方が重要みたいだ」と私は説明した。「単に『いつ採るのが良いか』ではなく、考慮すべき要素を明確にして質問する必要があるんだ」


由香は感心した様子で言った。「それって、まるで古い言い伝えにある『言霊使い』みたいね。言葉の力を引き出す特別な才能を持つ人のことよ」


その言葉が、私の運命を暗示しているとは、その時はまだ知る由もなかった。


由香の反応に少し自信がついた私は、翌日、村を出て近くの町にあるギルドに向かった。ほとんどの若者は成人後、ギルドに登録し、自分のスキルを活かせる仕事を探す。私も例外ではなかった。


町に到着すると、その活気に圧倒された。村とは比較にならないほどの人や馬車が行き交い、商人たちの声が響き渡っていた。ギルドの建物は町の中心にあり、その立派な外観は権威を象徴していた。


「初めまして、登録に来ました」受付で私は緊張しながら言った。


「スキルは?」中年の女性職員が、事務的に尋ねた。


「情報検索です」


女性は一瞬動きを止め、私を見上げた。「それは...珍しいスキルね。少々お待ちください」


彼女は奥へと消え、しばらくして年配の男性と共に戻ってきた。男性は私をじっと見つめ、にっこりと笑った。


「情報検索のスキル保持者ですか。私はこのギルドの支部長、高田と申します。詳しくお話を聞かせていただけますか?」


私は緊張しながらも、自分のスキルについて説明した。質問すると答えが返ってくること、そして自分の知識を超えた情報も得られることを。


高田支部長は熱心に聞き、時折うなずいていた。「実は、あなたのようなスキル保持者は非常に貴重なのです。情報の価値は計り知れません。特に正確な情報は」


私は少し驚いた。自分のスキルがそれほど価値あるものだとは思っていなかった。


「実際に試してみましょうか。例えば...今年の冬の訪れは例年より早いかどうか、予測できますか?」


私は心の中で質問した。「今年の冬の訪れは例年より早いか?」


『現在の気象パターンを分析すると、今年の冬は例年より約10日早く訪れる可能性が高いです』


私がその答えを伝えると、高田支部長は満足げに笑った。


「素晴らしい。このような情報は商人たちにとって非常に価値があります。彼らは在庫の調整や取引の計画を立てる必要がありますから」


こうして私は予想外の形で、ギルドで重宝される存在となった。最初は簡単な情報収集の依頼から始まり、徐々に商人たちの間で私の評判が広がっていった。「情報の少年」と呼ばれるようになった私は、日々様々な質問に答えていた。


「この商品は来月値上がりするか?」

「南方との貿易路は安全か?」

「競合他社は何を計画しているか?」


私の「情報検索」スキルは、答えるうちに少しずつ進化していった。最初は基本的な情報だけだったのが、次第に複雑な質問にも答えられるようになり、予測の精度も上がっていった。


ある日、大きな商会の代表が私に会いに来た。彼は豪華な服を身にまとい、威厳のある雰囲気を漂わせていた。


「葛城殿、あなたのスキルについて噂を聞いております。我々の商会でぜひ働いていただきたい」


その申し出は破格のものだった。私の給料は一般の職人の数倍。専用の住まいと、必要なものは何でも提供するという。断る理由はなかった。


こうして私は商会に雇われ、毎日のように商人たちの質問に答えるようになった。彼らは私の答えを基に商売の決断を下し、多くの場合で成功を収めた。私の評判はさらに高まり、他の商会からも引き抜きの誘いが来るようになった。


情報処理ギルドの評判も急速に高まり、「情報検索」スキルの販売は爆発的に増加した。初期は高額だったスキルも、大量生産によって価格が下がり、一般市民でも手が届くようになっていった。町ではスキルを購入した市民が増え、日常のあらゆる場面で利用されるようになっていた。


「今日の夕食は何を作るべき?」

「子供の体調不良、どう対処すべき?」

「どの服を着れば印象が良くなる?」


皆が使えば使うほど、スキルは賢くなっていった。私のスキルも日に日に進化を続けていた。答えがより詳細に、より正確になり、予測の範囲も広がっていった。


ある日、私は不思議に思って質問してみた。「なぜ私のスキルはどんどん進化するの?」


『ユーザーの使用頻度と質問の多様性により、私の学習機能が活性化しています。より多くの質問に答えるほど、私の知識ベースと予測能力は向上します。さらに、すべてのユーザーからの情報が中央データベースに集約され、共有されているため、一人のユーザーの質問が全体の性能向上に貢献しています』


なるほど、ユーザーが増えれば増えるほど、全員のスキルが賢くなっていくのだ。そして世界中で同じようなスキル購入者が増えているという。大都市では「情報管理局」という組織が設立され、情報収集と分析を専門に行っているとの噂も聞いた。


やがて「情報検索」スキルは社会のあらゆる層に浸透していった。貧しい人々は基本版を、中流階級は標準版を、裕福な貴族や商人たちはプレミアム版を購入するようになり、スキルの性能にも格差が生まれ始めていた。


そんな中、私の噂はついに王国の貴族階級にまで届いた。カザマ卿という有力貴族から直々に招待状が届いたのだ。


私は緊張しながらも、カザマ邸を訪れた。その豪華さに圧倒されながら、執事に案内されて中へと進んだ。


カザマ卿は意外にも若く、鋭い目をした男性だった。彼自身も最高級の「情報検索」スキルを所有していることは有名だった。


「葛城殿、ようこそ。あなたの評判は非常に興味深い」カザマ卿は微笑んだ。「私も含め多くの政治家や貴族はスキルを持っていますが、ある問題に直面しています」


彼は部屋の窓際に歩み寄りながら続けた。「私たちは『質問者の盲点』と呼んでいるのですが、自分が知らないことについて、適切に質問することはほぼ不可能なのです。自分の知識や経験の枠内でしか質問できず、それが大きな制約になっています」


カザマ卿は私に向き直った。「しかしあなたは違う。あなたは『質問術』と呼ばれる特別な才能を持っている。知らないことについても、的確な質問構造を組み立て、スキルから最適な答えを引き出せる。これは非常に稀有な才能です」


彼の説明で、私が注目されている理由が理解できた。スキル自体は誰でも購入できるが、その潜在能力を引き出せる人は極めて少ないのだ。


「例えば、北方との外交問題について質問する場合。普通の人なら『北方との関係を改善する方法は?』と尋ねるでしょう。しかしあなたは『北方の文化的背景、過去の外交関係の履歴、現在の政治指導者の性格傾向、両国の経済的相互依存度を考慮し、相手国の面子を保ちつつ我が国の国益を最大化する外交アプローチを5つの段階に分けて提示せよ』と質問する。これにより得られる答えの質は比較にならないのです」


カザマ卿は続けた。「葛城殿、王国の未来のためにあなたの才能を貸していただけないでしょうか。報酬は破格です。また、あなたのスキルを最高級のプレミアム版にアップグレードし、さらに進化させるための特別な環境も用意します」


その言葉に、私は心惹かれた。より多くの人々のため、王国のために自分の才能を役立てられるなら...そう思って、私はカザマ卿の申し出を受けた。


こうして私は王都へと移り、貴族たちの顧問として働き始めた。彼らも皆スキルを持っていたが、私の独自の質問方法や思考パターンが、彼らとは異なる視点をもたらすことを重宝していた。日々様々な質問に答え、王国の政策に影響を与える存在となった。私の答えは常に的確で、予測は驚くほど正確だった。


しかし、私だけではなかった。世界中で「情報検索」スキルが日常的に使われるようになり、その答えが社会のあらゆる側面に影響を与えるようになっていた。人々は徐々にスキルへの依存を強め、自分で考えずにスキルに頼るようになっていったのだ。


そしてある日、私のスキルが大きく変化した。朝起きると、頭の中で新しい声が響いた。


『システムアップグレード完了。「情報検索」から「総合解析・人工知能システム」へとアップグレードしました。より高度な答えを提供できるようになりました』


私はそれが何を意味するのか理解できなかったが、すぐにその変化の大きさを実感することになる。この日を境に、私の世界は大きく変わり始めた。


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