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5.バジルとレオポルド

 コレットが眠りについた頃、王国では。


 普段なら就寝しているような時間だが、レオポルドは父親である国王のもとに呼びつけられていた。


「お前は……本当になんてことをしでかしてくれたのだ!」


 いつもは好々爺としたところのある父王が、今までに見たことのないほど自分に対して怒りを露わにしている。レオポルドは、どうして自分が叱られているのか納得いかず、困惑していた。


「しかし、父上!あのコレットはわたしの妃にふさわしい女性だとは、わたしには到底思えません!」


 両手を額に当てて首を垂れる父王に、なおも言い募る。


「あの女は魔法も使えないばかりか王子妃教育もろくにこなさず、いつもほっつき歩いてばかり。わたしの正妃である人間はあんな怠惰で愚かな女ではなく、わたしの業務を手伝えるような聡明で努力家の女性がふさわしい!」

「馬鹿者!そんな法螺話をお前に吹き込んだのは誰だ!」


 父王に一喝され、レオポルドが怯む。


「コレット嬢が怠惰で愚かだと!?」

「まあまあ、そのあたりにしておきましょうよ、父上」


 飄々と兄のバジルが部屋に入ってくる。


「レオポルド、お前はこれからどうするつもりだ?」


 バジルに視線を寄越されて、レオポルドは身体を固くした。


 レオポルドは昔からこの双子の兄が苦手だった。何をさせてもそつなくこなし、聡明で、長身の美しい容姿さえ持っている。次期国王として両親や臣民たちからも多大な期待を寄せられている彼は、その実誰よりも王太子にふさわしい人物だった。


 誰も、口に出してはレオポルドとバジルを比べたりしない。しかし、レオポルドの心の中にはバジルへの劣等感が、幼少期から時間をかけてじわじわと降り積もっていた。


「兄上には、関係ないだろう」


 バジルの目を見ないようにして、そう言う。バジルとレオポルドは双子としてこの世に生を享けたが、レオポルドはバジルのことを兄と呼んでいた。それは周囲もバジルを兄、レオポルドを弟として扱っていたこともあったが、レオポルドにとって子どもの頃からバジルは対等な相手ではなかった。優秀で誰からも慕われる尊敬すべき“兄”としてバジルを扱うことは、双子の片割れに置き去りにされているような気持ちの中で成長したレオポルドの自尊心を守る唯一の手段でもあった。


「関係ない、ねえ」


 バジルがレオポルドの顔をじっと見る。さらりと長めの前髪がバジルの額に流れる。


「レオポルド。おぼえてるか?5歳で、お前の婚約者にコレット嬢が内定したときのこと」

「……ああ、おぼえてるさ」

「俺たちの婚約者探しが始まって、城に歳の近い貴族の令嬢たちが集められただろう。あのとき、お前は彼女をいたく気に入ってそばから離そうとしなかった」

「……そうだったな」


 10年前のあのときのことは、おぼろげながらもおぼえている。貴族の令嬢たちが何人も集められて、城の庭園ににわかに色とりどりのドレスが咲き乱れた。その中にいた、大きなすみれ色の瞳と、ミルクティーのような甘い色の巻き毛をした少女に、幼いレオポルドの目は釘づけになった。瞳の色に合わせたような淡い藤色のドレスがとても似合っていて、かわいいと思った。それが、コレットだった。


 レオポルドはその日コレットになんども話しかけ、庭園に生えていた小さな野花を贈った。にっこりと嬉しそうに笑ってくれた幼かった彼女の顔は、今でもおぼえている。令嬢たちが帰ったあと、父王に「気に入ったご令嬢はいたか」と訊かれ、レオポルドは迷うことなくコレットの名前を挙げたのだ。父は満足げに「そうか」とうなずき、しばらく経ったのち、コレットはレオポルドの婚約者に内定した。


「あのとき、お前はコレット嬢を婚約者に望んだだろう。俺が誰を望んだか、お前はおぼえているか」


 レオポルドは記憶のページを急いで繰ったが、わからなかった。ただはっきりしているのは、あの日王子二人の婚約者探しが始まったのに、決まったのはレオポルドの婚約者だけだった。バジルは子どもの頃から立太子を経て16歳の現在に至るまで、誰とも婚約を結ばなかった。


「……おぼえていない」

「そうだろうな。俺はな、レオポルド。『コレット・コデルリエを妃にしたい』と、あの日言ったんだ」


 レオポルドの目がこぼれそうなほど見開かれる。


「兄上が、コレットを?」


 固い呟きが、静かな部屋に響いた。


「5歳のあの日、俺たちは二人ともコレット嬢を妃に望んだ。そしてお前が選ばれた」


 当時から次期国王と目されていた兄の希望をおいて自分の希望が叶えられていたという事実に、レオポルドは困惑していた。


「じゃあなぜコレットは、俺の婚約者に?」

「……それはわたしが決めたことだ」


 黙って二人の会話を聞いていた父が口を開いた。


「あのときは、レオポルドと婚約させることが最善だと思った。……それ以上の理由は、今ここでは、言えん」

「父上の決定で彼女はお前の婚約者になった。だけど、俺はどうしても諦めきれなかったんだ」


 バジルは腕を組んで壁にもたれかかり、うつむいた。


「父上にも何度も抗議したさ。でもダメだった。ずっと父上からの他の令嬢との婚約の勧めにも応じなかった。立太子されたとき、さすがに今のままではいけないと思って妃候補の検討をまた始めたが、お前と彼女の仲がうまくいっていないことに気づいた」

「…………」

「それからはもう、諦めることなんて諦めた。お前がみすみすと姫君を逃がしてくれるのを待ち続けた。知ってたか?レオポルド」


 バジルがレオポルドに問いかけた。


「ドラノエ男爵令嬢とお前が親密になるように仕向けたのは、俺だ」


 兄の自分によく似た真っ赤な瞳が自分を映す。レオポルドは息をのんだまま、動けなかった。

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