第3話
俺の部屋の真ん中、高さ1.5メートルくらいのところに女の顔が浮かんでいた。正確にいうと、顔、肩、腕までは見えていて胸から下がすっぽり抜け落ちている感じだ。頭のすこし上にはぼんやり光る輪のようなものがある。天使だな。でも汗だくで髪も乱れまくっている。ぜえぜえ息切れもしてるし、ありがたさはこれっぽっちも感じない
俺がベッドに座ってじっと見ていると、天使のような女はそそくさと両手で髪を整え、汗を拭うと、咳払いを一つして
「私は天使、神の御使なるぞ」
とおごそかに言った。いや、いまさらありがたい感じを出すのは無理だろ
「そこなる人間、ひとつ頼みがある」
まだその調子で続けようとするので、ちょっと頭にきた俺は
なに?その穴から抜けられないから引っ張って欲しいとかそういう頼み?
と聞いてみた。すると、とたんに天使は涙目になり
「そうです〜助けてください〜っっ」
と、すがるように俺に泣きついた。まあ、すぐに助けたりしないけどな。俺はそんな単純な人間ではない。天使の格好をしているからって、いいやつかどうかなんて分からないだろう。そもそも、まともなやつなら真夜中に他人の部屋にいきなり出てきたりはしない
俺は幽霊とかお化けとか、その類のものに対して怖いと思ったことはない。怖いとか怖くないとかそれ以前の問題として、他人のプライベートな空間にいきなり現れるのが許せないから、恐怖より先に怒りが込み上げてくるのだ。こいつもそう、人の睡眠を妨げて一体何がしたいんだ。この時間にわざわざ出てくる合理的な理由があるのか?
「あるんですうっ!合理的な理由があ〜!」
こいつ出てきた時もそうだったが、俺の心を読んでるな。解き放っても害しかもたらさない気がする。引っ張り出して欲しいみたいだから、逆に押し込んでお引き取り願うのも手だな
「うあああああ〜!それだけはやめてくださいっ〜!」
はあ?神の世界かなんか知らんけど元いたところに帰るだけだろ?押し込んでやるから穴塞いどけよ
そう言って俺は天使の頭を思いっきり押し込もうとした
「やめてください〜!本当に本当に困るんです!」
天使は両腕をぶんぶん振り回して抵抗する。俺に当たって地味に痛い。あーもうなんなんだこれ
『コン、コン』ドアをノックする音が聞こえた