17 困難な満洲防衛
内線作戦とは、敵軍に対して自軍の後方連絡線を内側に保持しつつ敵を各個撃破するという戦術である。
基本的には防衛側のとる戦術の一つであり、帝国陸軍の満洲防衛構想は基本的にこの内線作戦に基礎を置いていた。
しかし、四四〇〇キロにおよぶ長大な国境線を守りつつ敵を各個撃破するには、当然ながら機動力が求められる。そのために必要なものの一つである鉄道輸送網が、満洲西部では貧弱であることに、関東軍の満洲防衛計画の問題点があった。
帝国陸軍の中でも対ソ戦の最前線に配置されている関東軍は装備の面でも優遇され、多数の戦車、自動車を保有してはいたものの、全軍の機械化は依然として達成されていない(ただし、この当時においては列強諸国の陸軍で全軍機械化を成し遂げた国はないので、日本が特段遅れているというわけではない)。
機動力を頼みとした内戦作戦を行うにしても、おのずと限界があったのである。
そして当然ながら、従来通りの東部で攻勢、西部で守勢という作戦を実施するとなると、必然的に機械化部隊は東部方面に回されることになる。沿海州の迅速な占領によって本土空襲を阻止するというのが、従来の陸軍の対ソ作戦構想であったからだ。
しかも問題であったのが、沿海州への攻勢作戦には幾多の困難が存在していることだった。
まず、日ソの兵力差やソ連側の防御陣地の観点から、構想されているような迅速な進撃が可能なのか大いに疑問であった。
さらに、地形的な障害もあった。
満洲国は、北部、西部、東部を山岳や河川に囲まれた国家である。北には小興安嶺山脈、伊勒呼里山脈がそびえ、西部には大興安嶺山脈が、東部には長白山脈を中心とする東満山脈が連なっていた。さらにこの他にアルグン川(西部)、黒龍江(北部)、ウスリー川(東部)が満ソ国境を隔てている。
密生した森林地帯も多く、到底、迅速に満ソ国境を通過して沿海州を制圧することは不可能であった。
逆にソ連側は、大興安嶺南部の平原地帯を突破して容易に満洲国へと侵攻することが出来た。大興安嶺南部の地域には大部隊を阻止出来る地形的障害がほとんどなく、ここを突破されれば新京や奉天までもが陥落の危険に晒されることになる。
「沿海州への攻勢作戦、西部国境線を維持しての内戦作戦、どちらも困難と判断せざるを得ません」
梅津の意見に、笠原総参謀長も同意する。
「一応、参謀本部の方では、沿海州については日本海側からの上陸作戦も検討しているとのことです」
「ああ、それは私も知っている」
実際、参謀本部でも東部国境を迅速に突破して沿海州を制圧するという作戦構想が困難なものであるとの認識はあった。そのため、代替案として沿海州上陸作戦が立案されていたのである。
世界初ともいえる揚陸艦神州丸(一九三四年竣工)が建造されたのは、そうした事情があった。
一九三二年の上海事変にて本格的な上陸作戦を経験した陸軍は、そのための専用の艦艇の必要性を痛感していたのである。
神州丸の後、陸軍はその発展型であるあきつ丸、にぎつ丸、熊野丸、ときつ丸などを竣工させ、上陸作戦能力を強化していた。
現実的な観点からいえば、沿海州進攻作戦は満洲国東部国境を突破して実施するよりも、上陸作戦として実施する方が適切であった。
ただし、これには日本海の制海権・制空権を確保していることが大前提である。つまり、海軍との協同作戦が不可欠であった。
そのあたりの折衝は自分たち関東軍ではなく、参謀本部の役目であろうと梅津は考えている。
「やはり我ら関東軍は、満洲国の防衛、それも全土防衛ではなく要地の防衛に努めるべきであろうな」
「しかし、第二次欧州大戦における独軍の電撃戦なる戦術を見てみますと、これまで築いてきた要塞がどこまで役に立つのか、疑問ではあります」
梅津の意見に、笠原は一つの懸念を示す。
ソ連軍との兵力差や長大な満ソ国境に常に悩まされてきた関東軍は、これまで多数の要塞を建設してきた。試製四十一センチ榴弾砲を設置した虎頭要塞、西部防衛の要である海拉爾要塞など、十四の要塞を国境地帯に建設している。
しかし、ナチス・ドイツのフランス侵攻作戦のように、要塞地帯を迂回されてしまえば意味をなさない。こうした第二次欧州大戦の戦訓が、ますます関東軍の対ソ作戦方針を困難なものとしていたといえよう。
「加えて申しますと、陸上兵力だけでなく航空兵力の差も考えねばなりません」
「緒戦における沿海州の航空撃滅戦は、我々関東軍が主として担わなければならんだろうからな」
梅津は、渋面を浮かべつつ自らの参謀の言葉に応じた。
地上作戦を支援するためには、航空撃滅戦が欠かせない。それが、三〇年代の日本陸軍の認識であった。
そして、ノモンハン事件や第二次欧州大戦の戦訓から、陸軍はより強くそう認識するようになっていた。
しかし、シベリア・沿海州地域に展開するソ連軍機が戦闘機や爆撃機などを含めて四〇〇〇機から五〇〇〇機と推定されるのに対し、陸軍が満洲・朝鮮地域に配備している航空機はおよそ二〇〇〇機であった。これに、海軍の基地航空隊一〇〇〇機を含めて、ようやくソ連航空兵力の半数を上回れるという計算である。
「陸上兵力、航空兵力、どちらをとっても我が軍の劣勢は明らかか」
「遺憾ながら」
苦渋に満ちた声で、笠原総参謀長は目を伏せた。
「せめて日ソ中立条約が有効な内は、ソ連が満洲に侵攻しないことを祈りたくはありますが……」
「まあ、スターリン首相の演説や光風島事件を見る限り、彼らが日ソ中立条約を遵守するかどうか、極めて疑わしくはあろうな」
「あるいは、現在モスクワで継続中の日ソ漁業交渉や北樺太油田交渉などが妥結に至れば、多少は緊張が緩和される可能性もあるかと」
「とはいえ、満洲防衛の任を担う我らがただ外交交渉を眺めているだけというわけにもいくまい」
梅津は嘆息しつつそう言った。
つくづく、自分は貧乏くじを引いたといえる時期に関東軍司令官に就任したのではないかと思ってしまう。とはいえ、関東軍総司令官である以上、日ソ関係の緊張化が続いている以上、万が一に備えないわけにはいかない。
「参謀本部には、従来の対ソ作戦計画の大幅な見直しを上申せざるを得ないだろうな。出来れば年度が明ける頃には、満洲防衛を主体とした新たな対ソ作戦方針を策定していきたい」
「承知いたしました。その方向で、作戦課の者たちに検討を加えるように命じましょう」
「それと、出来るだけ早い時期に参謀旅行を実施して、実際の地形などを視察すべきだろうな」
「はい。では、それも今後の予定に組み込みましょう。満洲国の各省や満鉄にも便宜を図ってもらうよう、申し伝えます」
「うむ、よろしく頼む」
梅津は頷き、そう言った。
「それともう一点、これは内閣と陸軍省への上申となるだろうが、満洲鉄道網整備についての今後の方針について、今後は対ソ戦を考慮した路線の強化を優先したい旨、要望する必要があろう」
これまで満洲国の鉄道網は、どちらかといえば日満の産業の一体化のために日本本土向けの鉄道輸送網の充実を優先してきた。これは日本政府および陸軍省の方針に従ったもので、対ソ戦を重視する立場から北満の鉄道網の充実を唱えてきた参謀本部や関東軍の意向はほとんど反映されていなかった。
もちろん、北満油田開発のための大連―哈爾浜間の鉄道路線は強化されていたが、旧中東鉄道以北の地域は、それ以南の鉄道敷設事業に比べて遅れていた。
哈爾浜や斉斉哈爾から北部国境の街・黒河に至る路線、そして牡丹江から松花江随一の河川港である佳木斯に至る路線が開通しているに過ぎなかった。一応、この二路線は哈爾浜北方の綏化で接続されているとはいえ、どちらも単線でしかない。
「すべてが我々の杞憂であることを祈りたいが、どうであろうな」
独り言のように呟かれた梅津の言葉は、虚空の中へと溶けて消えた。