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10 新南群島の海軍基地

 やがて空の彼方にかすかに大型爆撃機らしき黒い点が見えたが、この日もこれまでと同じように、アメリカ側は遠巻きに新南群島の基地化を見つめるだけに留めるようであった。

 足柄からは距離があるため、発動機の轟音もかすかにしか聞こえない。

 上空の警戒にあたっていた瑞雲も、B17が領空を侵犯してこなかった以上、必要以上に追いすがることはなった。

 フィリピンからアメリカのB17が飛来することは、南遣艦隊が新南群島に入港して以来、日常的な緊張感に過ぎない出来事になっているのだ。

 新南群島に派遣された海軍設営隊は、最早B17の存在を気にすることなく環礁で飛行場の建設を続けている。

 この新南群島は、ほとんどが島ではなく岩礁で構成された諸島であった。満潮時には、それらの岩礁の多くが海面の下に沈んでしまう。

 長島を中心に構成されているティザート堆(ティザート環礁)も、やはり長島以外は潮の満ち引きの関係で純粋な「島」と呼べる箇所は少ない。

 新南群島の漁民たちも、基本的にはこの長島に生活の拠点を置いている。世界恐慌の影響で一度中止となった燐鉱採掘事業も、現在では再開されていた。

 南遣艦隊が新南群島の中でも特にこのティザート環礁を根拠地としているのは、そうしたことに理由がある。

 ただ、長島は東西約一二八九メートル、南北約三六五メートルと小さく、艦隊の乗員たちが大挙して上陸するのには向かない。当然、娯楽施設にも乏しく、彼らの士気を維持するためには定期的に台湾の馬公に寄港しなければならなかった。

 新南群島は地理的に重要な戦略的要衝である一方、海軍根拠地としてははなはだ向かない地形なのである。

 少なくとも、艦隊泊地としての利便性は南洋群島のトラック泊地に遠く及ばない。

 現在、海軍設営隊を中心に行われている新南群島の基地化も、アメリカが脅威を覚えるほどのものではないと日本側は認識していた。

 まず、艦隊の泊地として必要な重油タンクおよび航空機用揮発油タンクの建築が行われている。これはそれぞれ一万トン、四〇〇〇トンの燃料タンクとなる予定であった。

 続いて、環礁内の岩礁の一部を埋め立てて飛行場の建設も行われている。ただし、陸攻などの大型機の発着は想定せず、あくまで対潜警戒用の九七式艦上攻撃機が配備出来る程度の規模の予定である。

 すでに艦攻としては第一線を退いている九七艦攻ではあったが、対潜哨戒機として依然として現役の地位にあった。飛行場完成の暁には、すでに編制されている第九三二航空隊が進出してくる予定である(九〇〇番台の航空隊は、海上護衛用)。

 なお、陸上通信施設など基本的なインフラ設備についてはすでに一九四〇年、フランスがドイツに降伏した直後から建設されており、それに伴って海軍根拠地隊も新南群島に駐屯していた。

 ただし、環礁内の水深の関係から、長島の港に接岸出来るのは排水量三〇〇〇トンまでの艦船のみで、やはり艦隊泊地としての使い勝手には限界があった。

 南遣艦隊に水上機母艦である瑞穂、神川丸、そして飛行艇母艦である神威(かもい)、秋津洲が加わっているのも、飛行場完成までの間、上空および対潜警戒の任に当たるためである。

 瑞穂、神川丸は最新鋭の水上爆撃機である瑞雲、そして零式水上偵察機を搭載しており、神威と秋津洲は島を拠点とする二式飛行艇への補給を担当している。

 瑞穂は、帝国海軍に唯一、残された純粋な水上機母艦であった。瑞雲ないし零式水偵を二十四機、搭載する能力を持つ。

 帝国海軍は他に千歳、千代田、日進という三隻の水上機母艦を建造していたのであるが、これらはすべて空母へと改装されていた。瑞穂だけが空母へ改装されなかったのは、最大速力が二十二ノットと他の三艦に比べて低かったからだ(建造当初の目的通り甲標的母艦への改装も検討されたが、瑞穂一隻では搭載出来る甲標的の数が限定的であるとして断念されている)。

 戦時、海上護衛用の空母として改装する計画もないことはなかったのであるが、そちらに関してはすでに徴傭船舶を充てることが計画されていた。

 一九三七(昭和十二)年から実施された優秀船舶建造助成施設において、日本は戦時に陸海軍が徴用することを前提に、多数の高速商船を建造していたのである。高性能船舶を建造するにあたって国が補助金を出すというこの制度は、有事の際の徴用を目的としていた他に、一九四〇年の東京オリンピック(夏季)、札幌オリンピック(冬季)での訪日外国人の増大を見越した政策であった。

 この結果、優秀船舶建造助成施設において建造された新田丸、八幡丸、春日丸、あるぜんちな丸、ぶらじる丸の五隻と、それ以前に建造されていた浅間丸、龍田丸、秩父丸の八隻の貨客船が、戦時において船団護衛用の空母として改装されることが決定されていた。

 あえて瑞穂を空母として改装する理由に乏しかったのである。

 そのため、一九四三年末現在、瑞穂は帝国海軍唯一の純粋な水上機母艦として生き残っていたのである。

 なお、優秀船舶建造助成施設に続く大型優秀船建造助成施設にて建造された橿原丸、出雲丸もまた一九四〇年のオリンピックを見越して建造が計画された船であったものの、第二次欧州大戦の勃発によって開催が絶望的となると、海軍が早々に買収して空母隼鷹、飛鷹に改装している。

 一方、特設水上機母艦の神川丸は元川崎汽船の貨物船で、第二次欧州大戦の勃発を受けて海軍に徴用されて水上機母艦に改装された艦であった。

 飛行場の建設と併せて、環礁内には水上機基地も設営されつつある。そこに繋留されている二式大艇への補給や整備の任務は今のところ旧式の飛行艇母艦(かつては水上機母艦)である神威と第四次海軍軍備充実計画(昭和十四年度予算)で建造された秋津洲の担当であったが、基地が完成すればその役割は第八五一航空隊に引き継がれることになる(八〇〇番台の航空隊は、飛行艇部隊。八五一空は台湾東港鎮(とうこうちん)を基地として、南シナ海を担当する部隊)。


「各種基地施設の整備は順調であるが、もし仏印に現在以上の海軍兵力が置かれることになった場合、どうなるか……」


 南雲はフィリピンの米艦隊や重爆隊よりも、そちらの方が気に掛かっていた。

 ドイツに降伏したとはいえ、フランス海軍はその戦力の大半が健在であった。イギリスなどはフランス艦隊がドイツ海軍の手に渡るのを阻止するための作戦を考えていたと言われているが、それを実行する前にドイツと講和してしまったらしい。

 南雲としては、その際に少しでもフランス艦隊の戦力が削がれていれば、と思わないこともない。

 現在、ヴィシー・フランス艦隊は戦艦リシュリュー、ジャン・バール、ダンケルク、ストラスブールといった最新鋭戦艦を擁しているのだ。これらの一部でも仏印に回航されることになれば、南遣艦隊はさらなる強化を行わなければならないだろう。

 さらに厄介であったのが、ドイツの同盟国たるイタリア海軍の動向であった。

 イタリアは伝統的にソ連海軍と繋がりが深く、例えばソ連のキーロフ級重巡(ソ連側は軽巡に分類)はイタリアからの技術支援によって設計・建造された艦であり、最新鋭の戦艦ソヴィエツキー・ソユーズ級や巡洋戦艦クロンシュタット級(これもソ連側は重巡に分類)もまたイタリアからの技術支援があって竣工にこぎ着けた艦であるという。

 また現在、イタリア海軍はドイツ海軍がH級戦艦一番艦フリードリヒ・デア・グロッセを竣工させ、ソ連もソヴィエツキー・ソユーズを、イギリス海軍もまたライオンを完成させて欧州主要国が十六インチ砲搭載の新鋭戦艦を保有する状況になったことから、自らも四十センチ砲搭載の新型戦艦イタリア、レパントの建造を行っているという。

 これ以前に竣工させた三十八センチ砲搭載戦艦リットリオ級四隻の存在もあり、イタリアは増大する海軍予算を削減すべく、旧式化した戦艦コンテ・ディ・カブールとジュリオ・チェーザレをソ連に売却していた。元々は解体して鋼材を得る予定もあったともいうが、解体費も相応にかかること、ソ連が買収を持ちかけたこともあって、二戦艦の売却に踏み切ったという。

 ナチス・ドイツを中心とする枢軸国、そしてドイツと不可侵条約を結び東欧に領土を広げるなど枢軸陣営に近いとみられているソビエト連邦。

 その不気味な魔手が大日本帝国にも迫っているように、南雲には思えて仕方がなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界でも独ソは不倶戴天ですかね?それだとイタリアが建造した戦艦同士の撃ち合いという熱い展開が見れそう!
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