(4) ヒロシ、ギルドへ行く
その後もギルドについての説明は続いた。
まとめると、
[公認ギルド]…公立
・規則に厳しい。
・ランクやポイントは国内共通。
・納品クエストは基本依頼分のみ。(レアな場合は融通は利くこともある)
[非公認ギルド]…民間
・質は様々。悪徳な組織も少なくはない。
・ランクやポイントは公認とは非共通。
・報酬は安い。
・公認から出禁状態の冒険者多い。
話している間に錬金術ギルドに到着したようだ。
(上記まとめはこの時に聞いたものだけ)
ジンクは入口に貼り付けられたプレートを指差し、これが公認ギルドの証だと教えてくれた。
錬金術ギルドの扉を開くと、ギルドの中は思っていたよりも閑散として小ぢんまりしていた。
俺の中でギルドは酒場併設のにぎやかなイメージがあった。
ジンクはカウンターに向かうと、
「シエラ、納品を頼む。あと、空瓶を小400、中200、大200、貰っていく」
シエラと呼ばれたギルドの女性は、「小瓶以外を持っていくのは珍しいですね」と言った。
「実は弟子を取ったんだ。ヒロシと言う」
俺はペコリと頭を下げた。
「これから納品を彼に頼むこともあると思う、もちろん当分はワシが作ったものだけだが、一応、ジンクムント工房としてギルドカードも作って貰えるかな」
まだ俺自身としては何も作れないので、俺用カードは発行できないようだ。
「あとポーション材料も少し買って行こう」
ギルドを出た俺とジンクは次に冒険者ギルドに向かう。
ジンクが作った上級ポーションなどは、いわゆる高級品で、初心者冒険者などはおいそれと手が出せない代物。
そういう時はかけだしの錬金術師や薬師が作った低級ポーションで我慢するのが当たり前らしい。
それを納品できるのは冒険者ギルドや民間の薬屋くらいだという。
需要があるのは圧倒的に冒険者なので、冒険者ギルドではよく売れるらしい。
冒険者ギルドは人が多くて賑やかだった。
俺のイメージに近かったが、酒場ではない。
空気感は公共職業安定所に近い。
冒険者ギルドでは、俺用のギルドカードを作ってもらった。
契約書類みたいなものを差し出されたときはビビったが、文字はなぜか理解できたし、記入する所は薄い文字が浮かび上がって見えたのでそれをなぞってみた。
小学校低学年の書取りドリルみたいな感じだ。
後は半透明の滑らかで平らな石に手のひらを合わせる。静脈認証みたいなものかと思ったが、魔力を波形化し、読み取り、ギルドカードにも情報が書き込まれる仕組みらしい。個人証明にもなるようだ。
カードのデータ記録媒体は魔石を加工利用したもので、記録媒体の経年劣化は起きる。カード発行から5年以上は効果は保証されない。5年を超えたら速やかに新しいカードに更新しなければならない。
5年以内にデータが消えた場合は無償交換保障はされるが、全てのポイントが戻ってくるとは限らない。
(カード発行同意書にサインしてるので仕方ない)
まぁ、登録完了したということは俺にも魔力があるということになるので、それは素直に嬉しい。
今日の目的はカード発行だけだったので、これで冒険者ギルドを出ようとした時だった。
外から、「誰か、助けてくれぇ!」と叫ぶ声がした。
ジンクが外に飛び出す。
「どうした!?」
冒険者風の男が、
「仲間が大怪我を」
冒険者の男はそこで息を飲み込んで、呼吸を整えている。
「南の門の所だ、門衛に見てもらっている」
ジンクの体が宙に浮かんだかと思うと、直立の姿勢のままスゥゥーっとすごい速さで前進した。
出来の悪い特撮でも見ているかのようだ。
冒険者も走ってそれを追う。
俺も走って追いかけるが、ジンクとの距離は開くばかり、やがて見失い、仕方なく冒険者の後を着いていく。
やがて高くそびえる城壁が目に入り、門の内側で何人かの人間が集まっている。そのうちの1人がジンクで、あとは門衛らしい。同じような服装をしている。
怪我人は右脇腹からの出血がひどい。
ジンクが「何にやられた」と聞くと、ギルドまで助けを求めに来た冒険者は「ギザタイガー」と息絶え絶えに答える。
「毒はないな」
と言い、空間倉庫からポーション瓶を3本取り出し、栓を抜く。
ポーション瓶を少し傾けるとそこから噴霧状になった霧のようなものが、怪我を負った冒険者の深い傷口に散布される。瓶はただの瓶であり霧吹きのような仕掛けはない、これも魔法の一種なのだろう。
さらにジンクが傷口に手をかざすと、傷口周辺が僅かに輝いているように見える。
「ヒロシ」とジンクに呼ばれた。近づくと、
「いい機会だからよく見ておけ」
「ポーションの回復効果と回復魔法は併用するとお互いの回復効果を高めることができる」
ジンクは門衛に「清潔な布はないか」と聞き、門衛の1人が兵舎らしき建物に走っていく。「あと、担架を」別の門衛が走り去った。
ギルドまで助けを求めに来た冒険者はジンクに近づき、
「ありがとうございます。助かりました。治療費を請求してください」
ジンクは難しい顔で、
「今回の治療費はサービスしておく。しかし、君も怪我した男も地属性修練が低すぎる。地属性の防御特性を軽く見るな」
怪我をした冒険者は担架に乗せられ、傷口に布を当てがいポーション液を染み込ませる。
「しばらく安静に過ごせ」
そう言うとジンクは立ち上がった。
来た方向に歩きながら、
「地属性の防護能力は非常に重要だ。駆け出しの冒険者は、攻撃力に転化しやすい火属性や風属性を求めがちだが死んだら何にもならん」
それは俺に対するチュートリアルにも聞こえたし、単なる独り言にも思えた。
「さて、あとは日用品と食料を買って帰ろう。今日はヒロシの歓迎会だ。ウタゲだ」
こちらの世界での会話は、こちらの世界の耳から入る音、翻訳されて頭に入る言葉、両方を聞くことができる。
俺の父親は野球ファンで、俺が子供の頃は家で観戦する時、テレビから副音声、ラジオのテレビチューナーから主音声を流していた。あれと同じようなものかも。
しかし、さっきの『ウタゲ』の部分はシンクロした。
「『ウタゲ』って……」
「ああ、フローデリヒがこういう時によく使ってた言葉だ、祖国の言葉らしいぞ」
「俺の故郷の言葉でもあります。宴会なんかのことです」
ジンクはホォという表情をした。
市場で食料品をたくさん買い込んで帰り際、城の通用口で、冒険者ギルドでやったような手続きを再度行い、空のポーション瓶、納品したポーション代金、俺用の通行証を受け取った。
空間ゲートを通り抜けたところで、ジンクが立ち止まって固まっている。
その先には、薄暗くなった室内に女性の姿が確認できた。
俺は、なんだ、他にも住人いるんじゃん。
そう思ったが、女性の方もジンク以上に驚いている。
というか怯えている。
女性が逃げ出そうとしたとき、
「待って!」
「君、もしかして並行世界から…」
そう言ったところで、女性は立ち止まり、俯いた。
根拠は女性の服装だった。俺にとってはあまりに見慣れたファッション。向こうの世界、つまり日本ではかなり普通の格好だった。
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