(2) ヒロシ、異世界へ
「どこから来た」
気がついたのが先か、尋ねられたのが先か、とにかく俺は意識を取り戻した。
白装束の男とのことは、はっきりと意識のど真ん中にあった。
順当にいけば、俺は異世界に来ているはずだ。
しかし、テンプレ回答を返してみる。
「どこって、ここはどこ?」
「ここは勇者フローデリヒの村じゃ」
勇者の村?
どうやら俺は地面に寝転がっているようだ。土の感触、草の匂いを感じる。
声の主を探してみて、ギョっとした。どう見ても日本人には見えない彫りの深い顔立ちの初老の男性。
さすがに面食らった。起きあがろうと踠くが、身体に力が入らない。全身が痺れている。正座をしたあとの足、それの全身版という感じ。
身体を捻り、半分うつ伏せ気味の体勢から腕の力だけで身体を起こす。腕にも力が入らないが、なんとか座る。
男性の顔を改めて見てみると、もう一つの違和感。耳の先が尖っている。
俺は、手を顔の横に置き、手のひらを見せながら、人差し指と中指、薬指と小指をくっ付けたまま、後は開く。
「何じゃ、それがお主の挨拶か?」
(これは違った)
そもそも日本語を話しているようには聞こえないのだが、何故か理解できる。
「ワシの名前はジンクムント」
「俺は、ヒロシ」
「ここは勇者フローデリヒの村、百年ほど前の話になるがフローデリヒが魔王を封印した際に、国王から譲り受けた領地じゃ」
魔王……、完全に俺が知ってる世界じゃない。
「フローデリヒは国王から魔王封印の褒章は何がいいか聞かれて、のんびり暮らせる土地が欲しいと答えたんじゃ」
「こんな広大な領地を求めたわけではないがの」
なんか話がクドそうだ、が、郷にいれば何とやらで、現実問題として生きて行くには、とりあえずこの人を頼るのが最善策なのは間違いではないと思った。
とりあえず相手の機嫌を損ねないよう、言葉づかいには注意しよう。
とは言っても、会話できてるのは白装束の男に貰った唯一の能力、のおかげ。
この能力の翻訳精度にかかってる。のだが大丈夫だろうか?
異世界到着早々、他力本願の術。
周りを見渡すと離れた場所に集落のような建物が見える。木造の小屋という感じの家ばかりだ。
「これでも多い時は六百人近くがここで暮らしておったが、いまはワシ一人じゃ」
「ワシは魔王討伐でフローデリヒとパーティを組んでおったが、ワシだけが長寿な種族でな、仲間はみんな死んでしもうた。
「で、話は戻るが、おぬしは何処から来たんじゃ?」
「自分でもよく分ってない、です。この世界の人間ではないと思う。ある男に会って、その男に異世界に飛ばされ、気がついたらここだったという…」
詳しく話すと話が長引きそうなので、端的に話してみた。
「ふむ」と老人は眉を顰め、顎を撫でるような仕草をする。
こんな荒唐無稽な話で納得するのかと、ちょっと拍子抜けだ。
「この村は結界が働いていてな、外から侵入することはできないはずじゃ。おぬしが目覚めるまえに結界を確認したが完全に機能しておる」
結界が破られたことにショックなのだろうか。
空を見上げた。広々とした青い空が見えるだけだった。
「上空も同じじゃ、空からはここは周りの森と同じようにしか見えん。無理やり降りようとしても結界外の森に強制移動される」
「なにせ、魔王を封印した勇者の死は魔王復活を意味するからのう、防護に万全を期してあった」
勇者を守るための結界のようだ。
この勇者の村に住んでいるのはこの人だけってことは、その勇者も今はいないということだよな。
「それじゃ、いま魔王は…」
「復活してしまった」
あちゃー、やばい世界に来てしまったのかぁ。
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