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(1) ヒロシ、並行世界へ


突然の通り雨だった。

つい先ほどまで快晴だったのに、いきなり激しく雨が降り出した。

今日の天気予報は晴れマーク、降水確率は10%だったのが、その10%に当たったということだろうか。


俺はいま山間部のとある村で自転車を漕いでいる。

雨具の準備もなければ雨宿りする場所もなさそうである。

俺はこの村の人間ではない。休日を利用して街の方から車でやってきて、車を停めても大丈夫そうな場所に駐車し、山の中を自転車で走り回ることを趣味としている。

特に有名観光スポット巡りというわけではなく、単純に走るだけだ。 


どうしたものかと考えているうちに、あっという間に雨は止んで、青空も見えている。あんな雨を降らせるような雲を今日は一度も見ていないし謎な天候だった。

ずいぶん濡れたが走っているうちに乾くだろう。もう10月だから昼間とはいえ少し肌寒いが。


そう考えていた直後に前から車が来た、センターラインを跨いでノロノロとかなり遅い速度で走ってくる。


なんの変哲もない直線の道路だ。そのままの軌道で走っていれば衝突することはないだろうが、居眠り運転だろうか。念のため自転車を止め、万が一のときは道路脇の畑に退避できるように準備した。


車を注意深く観察し、車も軌道を変える事はなくそのまますれ違ったが、その瞬間、俺はギョッとした。誰も乗っていなかったからだ。


誰かがDレンジにしたまま車から降りてしまったのだろうか?

呆然としながら走り去る空車を見送ったが、どうすることもできない。追いかけて車に飛び乗り停車させるプランも頭を過ったが、そんなことして大怪我したらバカだ。


忘れることにしよう。

「しーらね」と声に出して自分に言い聞かせ、目的地に向かって走り出した、が、異変はこれだけでは終わらなかった。

山間部の村なので交通量はたいしたことないのだが、道路のあちこちで車がガードレールにぶつかったり、田んぼに落ちていたり、で、どこにも人の姿がなかった。どれも車のエンジンはかかったままである。


さすがにここまでくると一つの嫌な仮説が頭をよぎる。


(人間が消えた?)


そう考えるしかなかった。


押し寄せる恐怖に体が震え、心臓が激しく脈打ち、喉がカラカラに渇いた。こういうのは苦手だ。


(自分は?自分はどうなる??消えるのか?)


一刻も早くここから離れよう。頬をつねらなくても、ペダルを激しく漕ぐ大腿四頭筋からの悲鳴は、夢じゃない。

俺は寝てても自転車に乗って何処までも走る夢はよく見る。一夜にして北海道一周もした。夢の中なら俺はいつも疲れ知らずなんだ。

今は脚が痛い。


この事を誰かに伝えるべきだろうか?どこに?警察か?

自転車を停め背負ったリュックを下ろし、まずは未開封のペットボトルを震える指先でなんとか開封し、一気飲みしたが、途中で咽せてしまった。


ゲホゲホしていると、背後から、


「たいへんなことになってますねぇ」と呑気な声がした。


(人!!人間がいた!)


慌てて振り返ると、白装束に身を包んだロン毛のイケメンが立っていた。イケメンというか美人と言った方がいいかもしれないくらいに美しい。この世のものとは思えないほどに。


視線が合うと、「こんにちは」と言ってきた。まったく慌てた様子はなく、完全な日常感覚の挨拶だった。


「この村の人ですか?」

言いたいことはたくさんあったが、水を飲んだばかりだというのに喉は渇れ、声も震えてうまく喋れない。顎関節までガクガクと小刻みに震えているのがわかった。


「違いますよ。たまたま近くにいただけです」

どこまでも平静な話し方だ。


「簡単に説明しましょう」と白装束の男は言い、

「この世界は分裂したばかりです。並行世界というのはご存知ですか」

「パラレルワールド?」

そうとも言いますねと男は言い、ここはそれの分裂に失敗した世界なのだと説明した。


「あなたの様な『生命体』の複製に欠陥が生じたようです」

ときどき起きるのですよ、ひどい時には何もない虚無な宇宙空間のみが作られることがあると男は言う。

「完全な失敗作は数秒でなかったものにされます。この世界は中途半端に完成しているから、あなたの時間感覚で言うなら10日くらいはこのままかな」

男は淡々と話した。

「不快にさせたのなら申し訳ありません。例外はありますが不完全なモノはこの次元では残れないのです」


「2つに分かれてしまった後と言えど、複製されたもの同士があまりに同位性なければ、片方は消されます」


男は右手を握って見せてきた。人差し指だけを伸ばし、

「これがほんの10分前まであなたがいた世界だと考えてください」

そこに握った左手を添え、左人差し指を出す。

「2つに分かれました、こちらが現在のあなたがいる世界です」


俺が考えていた事を見透かすように、

「残念ですが戻れません」

「本来ならどちらも並行世界として存在していくはずでした。あなたは今も自転車を漕いでいたはずです」

右手人差し指をかざして、「こちらの世界には、いまも元気に自転車を漕いでいる『あなた』がいるのです」


同じ世界に同じ人物が2人存在してしまう。それがどれだけ困った事かは容易に想像できた。


絶望だった。


「私にできることは、この世界が崩れ始める前にあなたを『もうひとりのあなた』がいないどこかの世界へ送ってあげることくらいです」


そんな事ができるのかと思った。


「まぁ、本来はしてはいけないことなんでしょうけど」


「ただし、新しい世界であなたは何も持たない状態から始まります。それ以上は私に求めないでくださいね。それを踏まえた上で選んでください」


与えられた選択肢は3つだった。


(1) 自分が生まれる以前の時代に分岐した別の並行世界。地球上であり日本という国は存在する可能性は高い。ひとつの世界が分岐しても10年も経てばかなり違った経路を辿る。俺はすでに27年も生きている。似ている部分もあるかもだけど、細部ではおそらくほとんどの事象が違ってる世界になりそうだ。


(2) 全くの別世界。人類と酷似した生命がいて、生命維持可能であり、ある程度の文明が存在する世界がある。


白装束の男は、「私は全ての並行世界を知り尽くしてはいない、むしろ内情はそれぞれほとんど知らないから、それぞれでベストな選択は保証できない。むしろ最悪になるかもしれない」と言った。


あと、共通認識の同調さえあれば相手と意思疎通可能な言語能力は付けてくれるらしい。白装束の男と俺が会話できているのがそれであり、それを付与したままにしてくれるということだ。


時間軸移動は余計なエネルギーを消費するから、同じ時間軸に存在する世界に限定する。思いっきり科学が進歩した未来や、大昔の過去などの願いは受け付けないということ。


それと、

(3) 住人のいないこの世界でこのまま。(ただし数日後に世界消滅の可能性大)


の3つだ。


他にもこの世界に取り残された人間がいないか探しに行きたいので、考えたいのなら後回しにすると言われた。


確かに今の日本だと戸籍一つないとまともに生きていけない。仮に自分が暮らしていた日本に『自分が何者か説明できない人間』が現れたとしたら、日本という社会は優しくしてくれるだろうか?

ならば、なまじ中途半端に知った世界よりも、日本なんて存在しない世界の方が諦めもつくかもしれない。


なにせ俺は今まで生きてきた社会に何の希望も期待も感じてない。


そんなことを考えて(2)を選んだ。

どちらにしても、生き延びられる自信なんてまったくないのだけど。


最後に質問はないかというので、「あなたは何者か」と尋ねた。

白装束の男は微笑んで、

「あなたが考えているような『神』という存在ではない。神なんて存在には会ったことすらない。創造主ならもしかしたら存在するかも知れないですが」


「ただ、あなたが認識できるこの次元、それを越えて行動のできる存在、というところかな。私と同じ存在はこの宇宙に無数にいる。あなたの体の中にも似たような存在はたくさんいますよ」


「火事があれば見物に行く野次馬、困っている人を見れば助けるお節介者だと考えてくれればいい」


「では、送るよ」


……………



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