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前編

大魔導士の娘(前編)


 貧民街ビドンビルの一角に構える小さなバストロ・バー。

「いやぁ、政府のお役人様がこんなところにお越しいただいて、ご足労おかけします」手をこすりながら出迎えたのはお店のマスター。これ以上にない笑顔が顔に張り付いている。

「お酒とお料理、すべてこちらでサービスさせていただきますので」

マスターが言うと、役人たちはようやく固い表情を崩す。

「別に何かあると思ってきたわけじゃないぞ。ヴァランタン・マソン伯爵の名声を確認しにきているだけだ」

「そりゃあもう、今度の皇帝即位の件うかがっております。もちろん私たち伯爵様には感謝しておりますから、大賛成で喜び合っていたところです。貧民街の住民が飢えずにいられるはすべて伯爵様のおかげですから」

「そうか、分かっているならいいんだ、ところで・・あそこの受け付けのお嬢さんは一緒に飲まないのか?」

 役人たちに言われ、マスターは眉をひそめて耳打ちをする。「すみません。みてくれはいいんですが、なにぶん病を持っていまして…」

役人たちはとても残念そうな顔をした。それからさんざん飲んで食べた役人たちは夜23時になってようやく退店した。


 一部始終、その様子をお店の奥で確認していた背の低い男が不機嫌そうな声で言った。

「ケッ、俺たちのことを疑ってきたんじゃないのか?貴族街のヤツらは」

 店内で隠れていた長身の男がスルリと現れた。マスクで半分顔を隠した姿はまさに盗賊といった風貌だった。

「おいドニー。貴族街の方々に『ヤツら』はまずいぞ?普段から声に出さないように注意しろ」盗賊姿の男は言いながら、片手にもっていた胸当てをドニーに手渡した。

「え?これ新しい防具?新品じゃないか、もらっていいのか?」

「ああいいよ、プレゼントだ。貸しだぞ」

ドニーは嬉しそうに胸当てをいろんな角度から眺めていた。そして少ししてから怪訝そうな表情で言った。

「いいんだけどさ・、なんか装甲が薄くない?槍で突かれたら穴があきそうなんだけど」

「安心しろ、二重の装甲になっていて、槍が貫通することはまずない」

「じゃあ、斧でたたき割られたら?死んじゃうよ」

「その時は新品に替えてやる」

「意味ないよ!」

受付の女が盗賊姿の男に小声で耳打ちした。

「あれって、この前の仕事場でひろった中古品?」

「ああ、ちょっと小奇麗にしといた」

「やっぱり」

しばらくしてドニーは気を取り直し、新しい胸当てをせっせと磨き始めた。盗賊姿の男はつぶやいた。「簡単な奴だな」

「それにしても、今日は新しい顔がよくいらっしゃるわね」と受付の女は、いつのまにか店内入口に立っていたフード付きの魔術師にむけていった。


 魔術師は背中に大魔導書を背負っていた。彼女の背中を覆うほど大きなものだ。そのためその佇まいは少しアンバランスだった。その魔導書自体にも魔法がかかっているのだろう、ただならぬ気配を感じさせた。

 ドニーが興味深そうにフードの魔術師に近づく。それから素早くフードに手をかけて剥ごうとした。透き通った肌で、その顔は驚くほど整っていた。艶のある美しい黒髪に青色の瞳。

「あら、かわいいわね」

遠目から見ていた受付の女性が驚嘆の声をあげる。フードをもう一度かぶろうとしているのを制して言った。「別に顔を隠す必要ないわよ」

そして、受付の女は申し訳なさそうに付け加えた。「ごめんね。そこのドニーは生まれも育ちもヒドイから性格も手癖もひどくなっちゃったのよ。許してあげてね。ところであなた、お名前は?」

「アメリー」

「そう」

アメリーは受付の女の顔をまじまじとみつめた。彼女もまた希稀な美貌をそなえていた。

アメリーは言った。「どうして、あなたのような方がこんなところに?」

受付の女はその言葉を聞いてふふふと笑った。

「なんてかわいい子。わたしこんな子が妹に欲しかったわ。どうかしら、私と仲良くしよう?とても楽しいわよ?」

受付の女が顔を近づけると、アメリーは驚いて体をこわばらせる。

「そうだ、よかったら夕食食べていく?私がつくってあげるわよ」

すっかり黙り込んでいたドニーは受付の女に言った。

「それはやめるべきだなぁ。仲良くしようといったばかりなのに、嫌われることにな・・クルジィ・・・」

受付の女に首を絞められて、ドニーは顔を青くした。


「はいはい、話はやめにしてよ。彼女は私たちの仲間になるためにいらしたみたいよ」マスターが言うと、みなが魔導士のアメリーに注目した。

「それにしても、『こんなところ』だなんて、そんなこといっちゃ泣いちゃうわよ。本当に」

マスターはそう言ってアメリーに顔をむける。

「あなた、わたしが男なのに女っぽいって思った?」

「え、はい」

「やだー。美人なお姉さんだなんて、うれしくなっちゃう」

「え、うーん・・はい(美人、なんていってないんだけど…)」

「だいたいみなさんお金に困ってくるんだけど。アメリーちゃん、一応うちの『ギルド』で働きたい理由をおしえてくれない?」

マスターが問いかけると、アメリーは頷いて説明を始めた。

「私の母は卑怯な男のせいでずっと苦労をしていました。家を追われ、貧乏な暮らしを余儀なくされました。母は当時赤ん坊だった私を育ててくれた、朝から晩まで働いて。私は生まれてから今まで死に物狂いだった。必死にならなければ生きていけなかった」

 マスターは何度もうなづきながら言った。

「そこで、金稼ぎなのね?わかったわ。こんなかわいいこちゃん大歓迎よ」

 マスターは手を広げて歓迎の意を示し、満面の笑みを浮かべた。しかし口元は笑っていなかった。


――深い霧がおりている夜、盗賊姿の男ジャックと魔術師のアメリーは目的の場所に向かっていた。--

 またやっかいな奴がお供に来たものだ。新入りのアメリーという女だ。マスターが能力を試してみろといっていたが‥‥まだ若い。自分の生い立ちをべらべらと語っていたが本当だろうか。まぁいいだろう。この界隈に来る奴にまともな生い立ちの人間はいない。この社会からつまはじきにされたような者ばかりだ、特に貧民街で暮らすような人間は。それに俺たちに大事なのはお互いの素性ではなく、客の依頼をこなす能力を持っているかどうかだ。

「お嬢ちゃんはどんな魔術を使うんだ?」と俺が問いかけるとアメリーはいった。

「マジドクレア(創造魔法)」アメリーは端的にこたえた。

「では、どれほどのものが撃てるのだ?」

「一発」

一発?それほどに威力に自信があるということか?しかしな、と俺は首をかしげる。魔法というのは本来自己流の鍛錬ではなかなかその力を伸ばせないと聞く。魔法大学校などの特殊な施設での訓練が必須であり、努力で身に着けたというような話はきいたことがない。つまり金が豊富に必要ということだ。ようするに貧民街の住民には会得しようがないってことだ。そうすると、自分で語っていた生い立ち、食べるのにも貧していたという話と食い違うが…。もしかしたら政府側の人間なのか?

 少し考えて首を振った。だったらこんな若い女をわざわざ寄こさないだろう。


 目的の場所についた。そこは大豪邸だった。

俺は今回の作戦をアメリーに説明してやった。

「彼らは慈善事業を行っている団体だ。恵まれない人々に多くの物資を運んでいる。

しかしそれは表の顔さ。実態は奴隷探し」

「慈善事業?それはヴァランタン・マソン伯爵が行っている事業のこと?彼の団体がそんなことをしているの?」

「彼と関係あるかは不明だ。たぶん関係ないだろう。あいつは今皇帝の座につくために身辺を掃除しているからな。伯爵とは関係のない勢力、もしくは伯爵に隠れてやってることだろう。都合のよい奴隷を探してはお得意様に売って大儲けしている、というのが俺たちの見立てだ。」

俺は付け足して言った。「依頼人はその競合相手だ。派手に暴れて奴らに警告するのが目的だ、奴隷を助けようだなんて思うなよ。今回の仕事はそういうことじゃない」

アメリーは怒気を含んだ声で言った。

「なぜ助けない?助けられる力があるのに!」

やけに食って掛かってくるな。こいつ。

「俺たちにそんな力はないよ」

「じゃああなたは何のためにこんなことをしているの!?」

俺は少し考えてから言った。「借金を返すためだ、昔ヘマをやってしまったからな」

それに、とつけくわえた。「俺は死にそうになったら、自分だけでも逃げる。死んでしまったらもともこうもないからな。だからお前も自分の命は自分で守ってくれ、よく知りもしないやつに命を預けるなよ」

ここまで話すと、アメリーはようやく口をつぐんだ。


 屋敷中央に大きな広間があり、そこには高そうな像やら壺やらがずらりと整列をしている、まるで悪人どもが絞首刑をうけるために列をつくっているみたいに。

「あそこをやってくれ。手加減はいらないぞ」

俺が言うと、フード女は無言で頷いた。

そして、それは一瞬のことだった。大広間に巨大な赤赤とした体の巨人がどこからともなく現れる。巨人は怒りに満ちた怒号を上げ、巨大な腕を振り回し、一瞬にして人間の構造物を飲み込んでいく。

「詠唱もなしに?」

 俺は驚きを隠せなかった。しかもこの巨人、建国時に現れたという幻の赤色巨人だろうか?暫くして、けたたましい音に気が付いた衛兵たちがやってきて騒ぎ始めた。


 なかなかに凄い奴だ。その若さから一抹の不安はあったがどうやら思い過ごしのようだった。「いいぞ。ずらかろう。逃げ道は仲間もサポートしてくれる」

逃げる途中でドニーと合流した。ドニーはこの間俺があげた胸当てをしていた。

「どうだい、似合う?この鎧」気分上場なドニー。俺があげたときよりずいぶんとテカテカと輝きを増していた。

衛兵はすぐ後に迫っていた。「思ったより早いな」

衛兵の放った矢がアメリーに当たりそうになる。ギリギリのところでドニーがそれを叩き落とす「あぶねぇ・・。あ!俺の胸当てに刺さってる!でも全然大丈夫だ!」

アメリーはドニーに感謝して言った。「ありがとう、助かった」

「ふん、当たり前だ」とまんざらでもなさそうなドニー。

「さぁ走って逃げるぞ」俺が言うと、走りながらドニーが尋ねてきた。

「ねぇ、鏡ない?」

「鏡?」

「髪型乱れてないか確認しようと思って」

「お前髪ないだろ」


 俺たちはいつの間にか敵にかこまれてしまった。思っていたよりも衛兵の数が多い。やはりこの屋敷には奴隷売買以外にもなにか隠していることがありそうだ。

「お前、こんな話聞いてないぞ。逃げ道ふさがれてないか?」

俺が言うと、ドニーは申し訳なさそうに言った。「すまねぇ、こんなに警戒網が厚いなんて気づかなかったんだ。おれはダメだ、ダメな奴駄目な奴」

それをきいていたアメリーがドニーに言った。「自分をダメなやつだなんていわないで」

「え?」

「自分のことをダメだなんていっちゃだめ。自分を誇るべきなの」

ドニーは戸惑って、無言になった。こいつはきっとそんなことをいままで言われたことがない。


 俺たちは追ってきた衛兵に四方を囲まれてしまった。

「しかたがない。もう一発ぶっ放してくれ。そうすれば楽に切り抜けられるだろう」

アメリーはこたえなかった。どうしたんだと問うとようやく口を開いた。

「一発だ・・」

「一発?」と俺は聞き返した。

「一発しか使えない。もう使えない」

…なに!?

俺は動揺してアメリーに向き直る。おいおい、冗談じゃないぞ。そんなことあるのか。お前一発っていっただろ!言ってたか・。いくら威力が高くても一発だけとは、そりゃねーぜ。


 それから乱戦になった。隙を突かれ、アメリーが衛兵に捕まってしまう。

「こいつを捕まえて、絶対にヤツラの素性を吐かせろ」

「好きにしていいんですか?」

「いいぞ。ただし絶対口を割らせろ」

「こんな上玉久しぶりだ」


俺は迷った。このままアメリーをおいてずらかるか。

こんなところで死ぬわけにはいかないんだ。俺と、俺の家族の誇りを取り戻すために・・・。

 ――無理にでも私たちを誇ろう。そうすればいつか誇らしい私たちになる――

妻の口癖が頭をよぎった。ああ、そうだったな。そうじゃなきゃ意味がないんだ。


 俺は衛兵たちの群れに煙玉をいくつか投げ込む。それは瞬時に爆発し、あたり一面が煙幕でみえなくなった。俺はアメリーの手を引いて、そこから逃げる。

「全く、よく知りもしないやつに命をあずけるなと言っただろ!」

逃げる行く手に衛兵が立ちふさがる。腕のたちそうな大柄の男だ。と思ったのもつかの間、突如大男が白目をむいて倒れる。倒れた先には細いレイピアを携えた女が立っていた。

「遅れてごめんね~」

「う、受付のお姉さん?」アメリーが驚きの声を上げる。

「名乗っていなかったわね、私の名前はイザベルよ、よろしくね」

「よ、よろしく」アメリーが答える。

「忙しくて遅れちゃったよ」

それを聞いていたドニーが言った。「女の人は忙しいからね」

イザベルがドニーに向き直る。「どういうこと?」

「俺がデートに誘ったら、決まって用事で忙しいっていうからさ」

イザベルはドニーに返事をせずに、俺に向き直る。

「それにしても、らしくないわねジャック・・こんな失敗は」

「すまない。とにかくここを切り抜けよう」

後方から衛兵の声がする。もう立て直したらしい。しかし、逃げ場は見当たらなかった。

「おい、いたぞ」「逃すな」「俺のものだぞアイツは?」「は?俺のもんだ」


イザベラは舌打ちをして衛兵に向き直った。

「やるしかないわね。それにしても、私の妹をやってくれたね。容赦しないぞ、こら、ばっちこーい!」

「イザベラさん?」アメリーが驚いている。無理もない。ほとんど人格が変わっている。

「助かる。お前がいれば千人力だ。それから、アメリーは妹じゃないだろ」

俺はようやくここでアメリーがけがをしていることに気が付く。右腕をおさえている。よく見ると腹にもけがを負っていた。

「止血しないと死ぬぞ」俺は応急処置を施してやった。しかし虫の息だ、額にうっすら汗をかいている。俺はアメリーを肩に担いだ。このままにはしておけない、しかし状況はすこぶる悪い、絶体絶命のピンチだ。

「おい、こっちにもベッピンな女がいるぞ。とらえろ」と衛兵の声。

イザベラは剣を構えて衛兵たちに向き直った。

「たかが30分の快楽をもとめて命をおとすなんてかわいそう子達ね」

それを聞いていたドニーが言った。「え?それどんな30プ・・・ブベェ!」

言い終わらないうちにイザベラのこぶしがドニーの顔にめりこんでいた。


 アメリーはかすれる声でいった。「いい、私はもう置いて…逃げて…」

俺は驚いてアメリーの顔をみた。彼女は自分のことより俺たちの心配をしたというのか、出会って間もない俺たちを…。

俺は小さな声でアメリーに言った。


「…決して見捨てない、絶対だ」


 俺が言ったその瞬間、周囲に青い光がまたたいた。それから、青色の肉体を持つ泥人間が無数に現れた。そして泥人間たちはゆっくりとした動きでつぎからつぎへと衛兵たちに覆い重なっていく。まるで巨大な氷の塊が大きな口をあけて飲み込んでいくみたいだった。

驚いた、アメリーがやったのか。一発だって言っていたのに二発撃ちやがった。

「いいぞ、今ので逃げ道ができた。いくぞ」

俺たちは用意していた逃走ルートにたどり着き、それから難なく衛兵の追っ手を逃れることに成功した。


バストロ・バーにて。

「それにしても、ずいぶんと華奢な体ね」とマスターはアメリーを治療しながら話しかける。

「回復・・魔法・・?」

「ジャックのやつが止血してなかったら死んでたわよ、あなた」

 マスターは彼女が背負っていた魔導書をじっとみつめた。なるほどな、とマスターは無言で頷いた。政府にも、政府の事をよく思っていない者がいるということらしい。それもこのような魔法を授けることができるくらいの腕の立つ者だ。何人かは思い当たるが、さて誰だろうか。

 マスターは口元に笑みを浮かべた。ずいぶんとコマが集まってきたものだ。腐った政府、そして、ヴァランタン・マソンの化けの皮をはがし、ぶっ潰すためのコマが。



「さぁ、ご飯作ったよ。今日はしっかり働いたから、みんなお腹いっぱい食べてね?」

イザベラが張り切っている。戦いが終わった後とは思えない体力だ。ドニーはよほど腹が減ったのか、がっついて食べている。こいつ、味覚はないのか?

俺は答えた。「いや、俺はもう昼に食べたので、夕食はいらないよ」

「あら、昼につくったスパゲティ、そんなに気に入って食べてしまったの?」

「いや、お腹くだしてさ」

イザベラが即座に投げたお玉を難なくよけるジャック。そしてそのままドニーの顔面にヒットした。「ボブゥ!!なんでお”れ”が・・・」


前編おわり


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