嘘……。信じられない②
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花の祭典から9日目。
領地の屋敷を管理する執事たちの手を借り、農民らを動かした。
意外なほどに信頼の厚いお父様のお陰で、渋る者もなく、粗方の小麦は収穫を終えた。
ついでに、日本で耳にした台風対策を、思いつく限り指示を出し、来たる災害に向けての備えは万全だ。
もちろん私も収穫を手伝い、そのおかげで庶民の暮らしぶりも見えてきた。
もう、思い残すことはない。
明日、台風によってこの地が被害に遭えば、私は家財を失い逃げてきたと十分な言い訳ができる。
若い娘が1人で現れてもおかしくない、他の領地で身を隠して暮らせる算段だ。
全てをやりつくした感のある私は、畑の真ん中でポツンと独り佇んでいた。
見渡す限り、既に収穫を終えた小麦畑が一面に広がる。
その上を見ると、真っ青な空が広がり、とても清々しい気分にさせるのだ。
本当にこんな天気で、明日、台風が襲ってくるのだろうか? 正直なところ自信がない。
もしかして、本当に私の勘違いに終わるかもしれない。
領民たちを思えば、「台風が来ない」それに越したことはない。
なのに、大嘘をついた娘になるのが怖くて、良からぬことを願う自分がいる。
領地の屋敷に、お父様からの知らせもない。
おそらく、まだ私の嘘に気付かないまま経過しているのだろう。
王都から連れてきた従者たちは、昨日のうちに王都へ帰した。
私だけ残る理由を適当に誤魔化せば、案外何とかなるものだ。
嵐が過ぎてから、この地を去る。
そんな覚悟をしたのに、ブライアン様への未練なのか、彼の香水の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
「やっと見つけた。間に合って良かった」
そう聞こえた声と同時に、私は突然、背中から抱き締められ、心臓がドクンッと大きく跳ねた。
耳にかかる息がくすぐったい。
背後に感じる大きな温もり。振り返らなくても分かる、この声と香りの主。
頭から離れない彼を、私が忘れるわけがない。
「ブライアン様……。どうしてこちらにいらっしゃるの……」
彼の名を騙ったことが既にバレてしまった。言い訳の見つけられない私は、彼の腕の中で震えながら答えた。
すると、ブライアン様は、私の腰に手を当てたかと思えば、私を持ち上げ、体の向きをくるりと変えた。
対面した私の目に入るのは、初めて出会った日と同じく、騎士服を纏ったブライアン様だ。
あの日と違うのは、少しだけ疲れたように見えることだろうか。これまで見た、穏やかな表情とは少し違う。
「それはこっちの台詞だ。明日、台風が来るのに、何故、王都に戻っていないんだ。1日中アリアナを探していたんだぞ。中々見つからないから、どれだけ心配したことか」
「それほどまでに私を探して、……どうして」
「もう馬車では道中何があるか分からないだろう。私の馬で、急いで一緒に帰るぞ」
はぁい?
この世界。どうしてか私の理解を超えた出来事ばかりが起こる。
ごめんなさい、またしても、意味が分かりません。
「台風の話は信じていなかったのに……、どうして急に」
彼を責める気はない。理解できずにいる私は、おずおずと口を開いた。
「アリアナが、階段から落ちる元婚約者に気付いたことや、弓の扱いだけで同一人物だと見抜いた、その勘を放っておけなかった」
「それだけで、私の馬鹿げた話を信じてくれたんですか?」
「いや、半信半疑……。だから、もう一度確かめたくて、次の日、バーンズ侯爵家を訪ねたんだ。そうしたら、いないはずの当主がいて、……いるはずのあなたがいなかった。それで、嫌な予感がした」
語尾が震えたブライアン様。彼は、お父様と既に話をしてきたのか。
姑息な嘘が露呈し、気まずくなった私は、ブライアン様の顔を真っ直ぐ見られず、顔を背ける。
「……申し訳ありません、私、ブライアン様を騙すような真似をしてしまって」
「それで確信した。私をハッキリ拒む程、意思を伝えるあなたが、私に嘘で誤魔化し、屋敷を飛び出した。これを見過ごすことはできなかった。アリアナの指示どおり、領地の小麦の収穫は終えたし、私も一度王都へ戻る」
「でも、こんなに天気だし……。もしかして」
「いや、台風前の前兆で、周囲の者が体調不良を訴え始めた。間違いなく台風はくるだろう。小麦が壊滅するとなれば、どこが安全か分かりかねる。アリアナをここに置いたままでは、私が安心できないから」
「待ってください。私、お父様にも大きな嘘をついて来たんです。もう帰るなんて、できない」
「私は侯爵に話を合わせたから嘘はついていない。だが、アリアナの手柄を私が横取りしてしまうだろう。謝るのはこちらだ。それに、報告が遅れてしまったが、アリアナは、もう私の婚約者だ」
予想外の言葉に驚いた私は、口に手を当てると、ブライアン様を見つめたまま、固まってしまった。
「まさか、私からの赤い花を喜んでいたのも、嘘なのか……。それなら早まってしまい申し訳ない」
下を向くブライアン様を見た私は、慌てて彼の両肘を掴み、聞いてと合図を送る。
「いえっ。全然、想像していなかったから、嬉し過ぎて……。私、ブライアン様を思い出さないときはない程、大好きだから」
それを伝えた途端、私の体は、彼の大きな体に優しく包まれた。
彼の首筋が、私の顔の近くに迫り、彼の香りが私を更にくすぐった。
「良かった……。アリアナの話を信じなかったから、もう愛想を尽かされた気がして、先に婚約を結ぶ狡いことをしてしまった」
「私なんて、唯の我が儘な箱入り娘なのに……。どうして、そんなに私のことが」
「階段から落ちる直前の、アリアナの笑顔に惹かれたんだ。元婚約者の彼に、それを向けていたのが悔しくて、馬鹿げた嫉妬をするほどあなたが愛おしく感じて。近づく口実まで作り、何としても私のものにしたかった」
もしかして、私が階段から落ちた翌日。仕事の一端だと思った訪問も、端からそのつもりだったのかと、目をパチクリさせてしまった。
「だが、箱入り娘とは誰のことだ? 領地内の至る所で的確な陣頭指揮を執っていたと耳にした。今にも逃げ出しそうなじゃじゃ馬の間違いだろう」
「もーう、それは、私だって必死だったんです」
じゃじゃ馬なんて聞き捨てならない。怒った私は、彼からバッと離れた。
「くくっ、見失う前に連れて帰らなくては。さあ、お手をどうぞ、愛しの婚約者様」
もう素直になるって決めた私は、差し出されたブライアン様の手にそっと手を置いた。
そして、白い歯が見える笑顔を向ける彼に、私も同じ笑顔を向けて、こくんと頷いた。