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前世の心残り

ブックマークと評価、いいね! を頂き、ありがとうございます。

3万文字程度で完結作品ですので、クライマックスです。最後までよろしくお願いします。

 屋敷へ戻るなり、エリーがバタバタと走って出迎えにきた。


 私の顔を見た途端、おいおいと大号泣を始める侍女。彼女の感情の蛇口は、いつだって壊れっぱなしだ。


「うっ、うっ。お嬢様ぁ~、なんて素敵なんでしょう。クロフォード公爵様の深い愛情に、私は感動して涙が止まりません。お美しいぃ、お美しいですわっ」


 エリーの興奮がいつにも増しておかしいのは一目瞭然で、そこまで喜ぶエリーに、無駄な意地を張る必要はもう見当たらない。

 私を慕ってくれる彼女にだけは、素直になりたいから。


「も~う、知らなかったわ。エリーはいつの間に、ブライアン様に赤い花の話をしてたのよ」


「それはもちろん、お嬢様へ公爵様のお迎えを伝える前ですわ。お嬢様が羨望される髪の装飾をするのは、私では駄目でしたとお伝えしたところ、お嬢様の好みを随分熱心に質問されたので、手ほどきいたしました」


 エリーが信じられないことをぬけぬけと言い出すものだから、一瞬で私の顔が引きつったのは間違いない。

 どこまでも図太い神経の、この侍女は、公爵相手にも我を貫くのかと、開いた口が塞がらずにいる。

 

 そんな私の様子さえ一向に気にする様子のない侍女は、うっとりと私の髪を見ている。

 そうなれば、エントランスに立たされたままの私は、自分の髪がどうなっているのか気になって仕方ない。一刻も早く自分の部屋に向かいたいところ。


「エリーのお陰でブライアン様に髪を飾ってもらえたのね、ありがとう。エリーが喜ぶくらい素敵なのは分かるけど、……実は、自分の髪をまだ見てないの、だから早く確認したくて」


「そう言うと思って、持っています!」


 得意気な顔の彼女は、エプロンのポケットから取り出した手鏡を、私に、さっと握らせた。


 ブライアン様が花売りに籠を返したときには、まだいくつか花が残ったままだった。だとしても、相当に花を着けてもらった自覚はある。


 ワクワクとした緊張が高まる中、私は渡された手鏡を覗き込む。その瞬間、ボッと顔が真っ赤になった。


 私の髪が、まるで結婚式の花嫁のように美しく飾られているのだ。

 花の祭典で、たまに見かけるその美しい姿に憧れはあったものの、毎年、元婚約者が私に挿してくれたのは、いつだって一輪のカーネーションだけだった。


 ……こんな自分は初めて見る。自分の花が愛おしくて、映る手鏡を思わず撫でてしまった。


 編み込まれた金髪に、たわわな赤い実と緑の葉もいいアクセントになり、凄く素敵だ。


 それに、何度鏡の角度を変えて見ても、盛られるように着けられた花の中に、一輪もカーネーションが見当たらない。

 それは、ブライアン様の気遣いなのか、嫉妬なのか分からない。


 だけど、1つだけ確かなことは、もうこんな姿で祭りに参加することはできない。

 だから、ブライアン様との大切な想い出を、しっかりと目に焼き付けておいた。


 赤い花は未婚の娘の特権。それも、観賞用に丹精込めて育てた花は安くない。半日も持たずにしおれる高価なものを、こんなに贅沢に着けられるのは、そうあることではないから。

 しばらく見入っていた私にエリーが問い掛けてきた。


「お嬢様、朝とはまるで別人のような顔をしていますね」


「ふふっ、そうでしょう。エリー聞いて。今日のブライアン様、優しくて、とってもカッコ良かったのよ。イケメンは全速力で走っても、息が上がらないのが分かったわ。もーぅ、キュンキュンし過ぎて死にそうだったのよ。ざまぁに大笑いもしてきたし、すっごく楽しいお祭りだったわ」

 高ぶる感情のままに、今日の出来事を話し終えると、エリーがくすくすと笑いだした。


「何を言っているのか、さっぱり分からないくらい興奮されるお嬢様を見るのは初めてです。余程楽しかったんですね」


「そうよ。多分、私の人生で最高の1日だったわ」


「……で、ところでクロフォード公爵様は、まだですか? ご主人様は、今年は随分と早い時間に祭りを切り上げて戻ってきました。お部屋で、公爵様のお越しを、まだかまだかとお待ちですよ」


「そうなの。今日、ブライアン様は忙しくて来られないのよ。私が父に説明してくるわね」


 毎年、お父様は、お母様に振り回されるように花の祭典に出掛けている。

 そんなお父様がお母様を説得して、早々に帰ってくるほど、来客を期待しているのだ。


 今の父は、暴走中のエリーによって相当前のめりなのが見て取れた。

 ブライアン様は、傷心の私を外へ連れ出して元気付け、私が結婚に前向きになれば、直ぐに婚約に運ぶ。


 そんな風に、エリーから聞かされた父は、この祭りの後に、ブライアン様が訪ねてくると信じているのだ。

 ……それくらい私だって気付いていた。


 でも、お父様には、私の婚約のことで浮かれてもらっては困る。


 私だって、ブライアン様が好きで、好きでたまらないけど、自分のことだけを考えていたくない。


 前世でのたった1つの心残り。

 ここでも同じ道を辿るのは、どうしても、できそうにない。


 台風の被害に遭えば、私を差し出すほど困るであろう、お父様とお母様。2人へ、親孝行くらいしておきたい。

 ……このまま指を咥えて、何もせずに逃げるなんて、絶対にしたくない。


 ブライアン様と違って、私のことをよく知るお父様が「アリアナの言葉」で動かないのは百も承知だ。


 どう考えてみても、今の私の存在は、領地に無関心なお母様から、淑女教育だけを叩き込まれた、箱入りのお嬢様だろう。


 ブライアン様が私の言葉を信じて動きだせば、お父様だって従う気がしたけど、あんな突拍子もない話を真に受けてもらうのは、……やっぱり無理だった。


 そうなれば……。申し訳ない気持ちは山々だが、彼の名前を勝手に借りるしかない。


 私は何度も頭の中で台詞を考えながらお父様の部屋の前に到着した。ここに入ったら、もう、後戻りはできない。


 速まる鼓動が、自分の緊張を実感させる。だからと言って、いつまでも、ここに立ってはいられない。時間の惜しい私は、ワンピースのスカートをぎゅっと握って覚悟を決めた。


 そして、ふっと一息ついて緊張を吐いた私は、笑顔を作り、お父様の部屋の扉を開けた。


「お父様っ! 見てください。ブライアン様、いえクロフォード公爵様が、私の髪をこんな素敵に飾ってくれたのよ」


 その言葉を聞いたお父様は、私に駆け寄ると両肩に手を置き、喜びいっぱいの笑顔を浮かべた。そして何やら、首を伸ばし扉の外を窺っている。


 そうしたところで結局、後を追うようにここを訪ねる者はいない。廊下に誰もいないと判断したお父様は、私に目を向けた。


「良かったなアリアナ。あの馬鹿男と違ってクロフォード公爵様なら間違いはない。公爵様はどうした? 一緒ではないのか?」


「それがぁっ! 大変ですお父様。今、祭りの途中で、早く小麦を収穫しないと危険だと伝令が届いて、急遽、公爵様が屋敷に戻られました。それで、我が家の領地も大至急収穫すべしと言伝を預かってます」


「クロフォード公爵様がそのように仰ったというのか? 小麦の収穫を早めるって、どういった理由だ?」


「っさあ? 私にはよく分からなかったわ。だけどお父様、私が今から直ぐに領地へ行って小麦を収穫するように伝えて回るわ。だから、お父様の名前で文書を、書いてください」


「いや、待て。そんな大事なことを娘に言付けるって、あのクロフォード様がするか……。それは本当なのか? 腑に落ちん。この屋敷の前まで来たのに、公爵様がどうして私に直接言ってこないのだ」


「クロフォード公爵様も、ご自分の領地のことでお忙しく、直ぐに動きだしたからですわ」


 吐く息を荒くした私は、お父様の目を真っ直ぐに見つめ、決死の覚悟で言い切った。


 私だって、アラサー湊は伊達じゃない。係長の立場で、それなりに場数は踏んできたんだ。これくらいの交渉、ブレずに緊迫の演技の1つ、やってみせる!


「流石騎士団長様ですね、情報が早くて凄いことですわ」


「だがしかし、アリアナだけで領地に向かわせるわけにはいかないだろう。他の者を使う」

 そうなれば、我が家の家令や兄が出て来てもおかしくない。駄目だ、ここは絶対に譲れない。


「いいえ、お父様。私がブライアン様から聞いた情報を伝えに行けば彼からの評価も上がるわ。お母様ならそうしなさいと言うでしょう」


 私がどんなに畳みかけても、お父様はさえない表情を崩す気配はない。

 懐疑的なお父様は、机に向かって手を組んだまま、しばらく考え込んでいた。

 だが、再び私の髪に視線を向け時間を気にすると、バーンズ侯爵の正式な文書をしたため、机の端に置いた。


 その無言の行動は、持っていけとは言わないが、好きにしろ、ということだと受け取った。


 クロフォード公爵様の名前を使い、お父様を騙したんだ。

 こんな大それたことをして、私はもう、2度と戻って来られるはずもないし、端から、そうする気もない。


 お父様の手紙を握りしめた私は、間に合わせの従者たちと共に、領地へ向かうことにした。


 私に不審を抱いたブライアン様は、帰りの馬車の中、ずっと何も話さず、いぶかし気な表情を浮かべたままだった。


 そんな彼が、ここを訪ねてくるのは起こり得ない気もしている。


 だけど、ブライアン様には2週間後でないと当主はいないと伝えてきた。

 彼がお父様に会うのは、私が屋敷を去った後だろう。


 まぁ、彼もお父様も領地のことで忙しくなるはずだから、当面、私との婚約に気が逸れることはない。


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