嘘……。信じられない
ブックマークと評価、いいね! を頂き、ありがとうございます。
この国最大の祭り、花の祭典は、人、人、人でごった返す。だから近くにいるはずの花売りが、なかなか見当たらず、2人で視点を変えて探しているのだ。
その状況で偶然、ヒロインのシャロンに遭遇する。そんなこと、どう考えてもあり得ない。
これは必然で、クロフォード公爵様とシャロンのイベントだと確信した。
シャロンが得意気に顎を上げた姿。私を見下す視線。止まない高笑い。そんなの、どうだっていい。
……それよりも、言葉にならない喪失感が私の胸を締め付ける。
ブライアン様を見ると、自分の感情を、どうやっても誤魔化せないくらいに惹かれてしまう。
それなのに、その彼が、ルーカス様のように変わっていく姿を私は見たくなかった。
どうやっても……、この世界はシャロンの味方をする。
やっと、ブライアン様へ馬鹿なことを伝える覚悟を決めたのに。
これでは、もう終わりだ。……何だか、泣けてくる。
私は絶望を覚悟し、はぁっと、小さなため息を漏らした。
背後から、小さな砂利を踏みつけた音が響く。
シャロンに気付かず時が流れて欲しかったのに、彼が向きを変える音で、私の視界が霞み、涙が浮かぶ。
ブライアン様は、どんな顔でシャロンと向き合うのか? それを確かめたくて、彼に顔を向けると、彼はそっと私の背中に腕を回した。
「アリアナを泣かせるのは誰かと思えば、さきほどアリアナに言い寄ったルーカスという男の婚約者か?」
「クロフォード公爵様! えぇぇっ、アリアナとご一緒というのは、どうしてでございましょう⁉ 何か騒ぎがあったのですか? もしかして、ルーカス様がアリアナに何かをしたのでしょうか? そっ、そんなはずない」
素っ頓狂な声を上げるシャロンに、思わず吹き出しそうになった。彼女に声を掛けたのは、王城騎士団長でもある公爵様だから、当然だ。
状況を理解できないシャロンは、目をパチクリさせた後に、ルーカス様が奪われたと思い、必死の形相を私に向けた。
あんな男、違うから。口を開きかけた私より先に、ブライアン様が淡々と話し始める。
「私がアリアナの髪を飾り、更に美しくなったと満足している。でも、どこかおかしいのか? 着ける位置を直す、教えてくれ」
「あああっ! 滅相もありません、おかしくありません! アリアナに似合っています。でも、どどどうしてアリアナの髪にクロフォード公爵様が赤い花を!」
「君たちは揃いも揃って、鈍いのか? この祭りでアリアナの髪を見たら分かるだろう。君が探している男なら、アリアナに振られ、どこかへ消えた。それを知る私には、君の無意味な赤いバラがおかしくて仕方ないが笑う気はない。だが、彼女を泣かせたことを許す気はない」
それを聞き、真っ青になったシャロンは、立っているのもやっとなほどに震えている。
「おっ、おふたりには大変申し訳ないことを申し上げました。何卒っ、何卒ご勘弁くださいませ」
そう言いながらシャロンは、左耳の上に挿した赤いバラを引っ掴むと、ぐしゃりとつぶした。
あぁー、バラがかわいそうと思う中、土下座文化のないこの国で、シャロンは、まるで日本の土下座のように、地面に座り込み必死な謝罪を続けた。
おそらく、公爵の彼が「許す」と言うまで続ける気だろう。
しばらく経っても起き上がらないシャロンを、ブライアン様と顔を見合わせ放ってきた。
行き交う人々が舞い上げる土埃をかぶるシャロンを見て、私の心はスッキリしつつも、完全に胸のつかえが取れていない。
もう今しかない。私の顔を不安そうに覗き込むブライアン様へ、恐る恐る問い掛けた。
「あの~、シャロンを見てもブライアン様は何も感じませんか?」
「感じたさ」
きっぱりと言い切る口調。
「……やはり、そうですか」
「アリアナが誰彼構わず恩情を与えるから、愚か者が付け上がるんだ。友人は選ぶべきだろう」
もしかしてブライアン様は、シャロンを見ても、これっぽっちも揺らいでいない? これならいけるかもしれない。
「ブライアン様。私、少しおかしなことを言いますが信じてくれますか?」
「話によるな。悪いが何でも信じる性格ではない」
「信じるか信じないかはお任せしますが、直ぐに領地の小麦を収穫してください」
「あの辺で疫病でも流行っているのか? 全く耳に入ってこないな。疫病なら現地で情報を掴んでいるだろう。わざわざ私が指示を出す話ではない」
「……いえ、間違いなく小麦が被害に遭います」
「私の領地は、前期の収穫は全て備蓄に回し、多少の収穫減は問題にならない仕組みだ。アリアナの頼みでも、私は領民に、不確かな指示を出す気はない」
あーなるほど。
今期の小麦が壊滅する被害に遭っても、ブライアン様のルートは平穏な理由が見えた気がする。となれば、間違いない。
「来年、弓馬の褒美は災害復興にかこつけて元に戻ります」
「ははっ。真面目な顔で何を言い出すかと思えば。王太子だって、ありありな嘘はつかない。もっとましな言い訳を考える。一体、どうしたんだ?」
やっぱり無理か。「甘いマスクの覇者」で、一筋縄では落とせないブライアン様が、私の戯言で動く気がしない。
あの乙女ゲーム。悪役令嬢のアリアナの話なんて、シナリオで詳細に語られない。
だから、詳しいことは分からない。
でも、今の我が家の財政状況は潤沢だ。例え婚約者が見つからなくても、私を隣国の好色おやじに差し出す理由が見当たらない。
……だけど、この国の弱みに付け入れば、貿易でのし上がった変態成金に私を、むしろ積極的に嫁がせてもおかしくないのだ。
この国が台風の被害で小麦を失えば、この先、優雅な夜会を開催するわけがない。
それなら私は、既に変態おやじの御眼鏡に適った高飛車令嬢だろう。
心当たりはある。紫の豪奢なドレスを着た私が階段から落ちた日、あのときもうロックオンされたはずだ。
「10日後、大きな台風がこの国の東側を通ります。東には我が家の領地もありますが、ブライアン様の領地もありますよね」
「ああ、アリアナの元婚約者のゲルマン侯爵領と、さっきの令嬢のハエック男爵領に挟まれている」
「お願い。花の祭典の2週間後に収穫を始めるのが慣習だけど、それでは間に合わない。この国の小麦が、台風で全滅します。今から知らせを送れば間に合うし、2週間早めても収穫に大きな問題はないはずです」
「この話はどこから知ったと言うんだ?」
「上手くお伝え出来ません。……言うなら勘」
この10日のうちに何とかするか、駄目なら逃げるか、その二択。
渋い顔をするブライアン様は、私の話を信じる素振りは見えないか……。
「……勘? 申し訳ない。私は、自分の見たものしか信じない」
「ごめんなさい、今の話は忘れてください。花の祭典、ブライアン様と来られて楽しかったし、着けてくれた赤い花も、凄く嬉しかった。我が家の父は、今、領地にいるから2週間後じゃないと帰ってきません。取りあえず、この花がしおれる前に侍女に見せてあげたいから、今日は帰りましょう」
いっときだけ私に夢を見せてくれたブライアン様が、ルーカス様とシャロンに一泡吹かせてくれたのだ。
ああー、今年の祭りは最高だった。
2人の顔を思い出し、笑えてきた私はブライアン様にとびきりの笑顔を向けた。
屋敷で大喜びするであろうエリーに、ちゃんとお礼を言わなくては。
私の相当におかしな話を、出会って2週間しか経たない騎士隊長様が、簡単に信じるはずもない。
8年婚約していた、ルーカス様だって信じてくれなかったんだもの。
少しでも先が気になる、面白いなど、気に入っていただけましたら、ブックマーク登録や☆評価等でお知らせいただけると嬉しいです。読者様の温かい応援が、執筆活動の励みになります。