髪を飾る赤い花
ブックマークと評価、いいね! 感想を頂き、ありがとうございます。
大変嬉しく思っております。
ルーカス様の胸ポケットから覗き見える赤いカーネーション。彼が、それに手をやる仕草が目に飛び込む。
「毎年、この祭り。僕がアリアナに着けていたでしょう。これで今までと何も変わらない。だから、もう怒っていないで機嫌を直して。どうしてか、シャロンに惑わされたけど、あれは気の迷いだ」
この人は、どれだけ自分の都合を押しとおす気なのか、理解できない。彼に拒絶を示そうと、全力で左右に首を振った。
愛しい人の証。例え、ほんの少しの時間でも、この人から、そんなの着けられてたまるか。
掴まれた右手を振り払いたくて、何度も抵抗するが、彼が握る手は少しも緩む気配はない。
ルーカス様への恐怖心を抱えながらも、流されたくなくて、抵抗する私。
さっきからずっと、私の頭に浮かぶのは、笑顔で立ち去ったブライアン様だ。それが、少しも離れない。
こんなことなら、エリーに赤いカーネーションを着けてもらっていれば良かった。
「……やめて、そんなの要らない。着けて欲しい人は、あなたじゃない。私、ここで待ってる人がいるんだから」
せっかく待っていたのに、これではミナトが見られない。我儘まで言って向かわせたのに。何て言えばいいんだろう。悲しくて既にじんわりと目頭が熱い。
そんなとき。視界の端に、人の姿を感じた。
「やめろ。どう見ても、彼女が嫌がっているだろう。アリアナの元へ戻って来るのが遅くなって申し訳なかった。どれもこれもアリアナに似合うと思えば、1つと選べず、籠ごと買ってきた」
フェンス際で向かい合う、私とルーカス様。その瞬間、2人同時に声のする方向へ顔を向けた。
すると、赤い花があふれた花売りの籠を持つ、ブライアン様が、私に向かって頬笑んだ。
彼の姿を見た途端。私は、ふっと緊張が解け、深い安心から、泣きたいのか笑いたいのか分からない顔になった。
どうしよう。きっと、不細工な顔なのに戻せない。
自分から、ブライアン様の腕に飛び込みたかった。私、どんなに強がったって、やっぱり彼のことが好きなんだ。
……けれど、彼がここに来たことで、直ぐ先の未来、全てを確信した私はもちろん、それはしなかった。
「だが、どうしてバーンズ侯爵家と関係のない人間が、ここにいるんだ?」
ブライアン様がルーカス様へ白々しい声を掛けるが、彼の鬼気迫る姿に、ルーカス様が慌てて私の手を離した。
「クッ、クロフォード公爵様! アリアナと、どっ、どのような、ご関係で?」
目を見開き驚くルーカス様。それとは対照的なブライアン様は、まるで彼を相手にしていない。
「この祭りで赤い花を彼女に贈ろうとしているんだ。いちいち説明しなくても分かるだろう。お前の出る幕はない、邪魔だ、さっさと立ち去れ」
「えっ。いや、そんなことが、まさかクロフォード公爵様と、あるわけ……」
予期せぬブライアン様の登場に青ざめたルーカス様は、動揺を隠しきれず、私とブライアン様を交互に見ていた。
だが、どうしてここにいるのかと、驚く気持ちは私も同じだ。
「ブライアン様。どう考えたって、戻ってくるのが早過ぎますよ」
弓馬の進行役は、まだ、ミナトの名前を呼んでいなかった。
「屋敷でアリアナを待っている間、侍女から花を髪に飾る指導を受けたからな。早くその姿を見たくて走って戻ってきた」
そう言いながらブライアン様は、私の髪に赤い花をいくつも挿し始めた。
「アリアナに赤い花がよく似合って、凄く綺麗だ」
彼の笑顔でとろけそうだ。どうしよう、凄く嬉しい。
口を結んでいないと、顔がドンドン緩んでいくのが分かる。
その様子を目にしたルーカス様が、動きだした。
「たっ、大変失礼いたしました。僕はこれにて失礼します」
耳に響く大声で叫んだ途端、よろけながら立ち去った。
2人の甘い空気が、その声でぶち壊しだ。
「も~う。ブライアン様ってば、褒美の馬はいいんですか? 何もしないで戻ってきたでしょう」
「さっき見ていたときに、信用のおける出場者が中々いい結果を出していたからな。今年は、彼が優勝だろう。問題はない。それよりも、フェンス越しに見えたアリアナの様子が、何かおかしかったから」
「それだけで、わざわざ戻ってきたの」
「当たり前だろう。何か起きているかもと、心配でたまらなかった。もし、あの男の姿があのとき見えたら、手に持っていた弓で射ただろうな。運のいい男だ」
「ブライアン様が打てば、絶対に当たるでしょう。むしろ、それは怖いから、そうならなくて良かったです」
「くくっ、確かにな」
「もう、笑い事じゃないですよ! ……ふふっ」
いや、あれだけおかしな元婚約者の姿を見たら、笑いを堪えることなんて、できそうにない。
「花売りの人、籠がなくて今ごろ困っていますよ。一緒に謝りに行きましょう。そのあと、私、ブライアン様に大事な話があります」
「今は聞かせてもらえないのかな?」
「帰り際の方がいいかと思うので、今はまだ駄目です」
伝えるべきか否か。あと少しだけ悩みたい。
籠を返そうと、大通りで周囲を見回し花売りを探しているときだ。
「あら、アリアナじゃない。ルーカス様を見なかった? 彼も来るって言っていたんだけど。でも、どうしたの、その髪? 恋人も婚約者もいないのに滑稽ね」
髪に赤いバラを挿すシャロンが、扇子で口元を隠しながら声を上げて笑っている。
……やだ。ヒロインの彼女と出会えば、今、私と背中合わせにいるブライアン様が変わってしまう。
少しでも先が気になる、面白いなど、気に入っていただけましたら、ブックマーク登録や☆評価等でお知らせいただけると嬉しいです。読者様の温かい応援が、執筆活動の励みになります。