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本当の来客

たくさんのブックマークと評価、いいね! を頂き、本当にありがとうございます。

皆様の応援、とても嬉しく思っております。

最後までよろしくお願いいたします。

 私が意識を取り戻した直後は、記憶になかったメイド姿の女性。

 彼女は私の侍女、エリーだ。

 気心知れた侍女だったのに、混乱に乗じて忘れかけていた。


 鼻息の荒いエリーが、シャロンを追い払ってからというもの、私をじーっと睨んでくる。

 記憶を取り戻した直後の私は、まだ、混乱が冷めきっておらず、思考が追い付いていない。

 それでも侍女から向けられる威圧に観念し、エリーの小言を受け入れる覚悟を決めた。


「エリー、何か言いたいことでもあるのかしら?」

 平静を装う私は、冷静に問いただした。


「当然ですっ! お嬢様が、いつも優しくし過ぎるから、周りの人間が付け上がるんですよ。階段から落ちたのも、ゲルマン侯爵令息を助けたからですって。今回、体の打撲だけで済んだのは不幸中の幸いだって、侍医も言っていましたよ。一歩間違えれば大惨事です。何をやっているんですか! その挙句、男爵令嬢にまで言われ放題。そんなこと、侍女のわたしが我慢なりません」


 エリーが、息巻いて話し終えると、頬を膨らませ怒った顔をしている。

 そう言われても困る。私は心の奥の記憶にあった、信念を貫いて生きてきただけだ。


「……私はただ、『人に優しくしなさい。そうすれば、いずれ自分に返ってくる』と、母の教えに従って生きてきただけなのよ」


「アリアナお嬢様……。それ、本気で言っていますか? いつも自分の我が儘を貫き、自慢することに命を懸ける、侯爵夫人のミイナ様が、『人に優しく』なんて、言う訳がありません! どこで聞きかじった言葉を誤解しているのか知りませんが、もう、こんなことは二度とおやめください。お嬢様が頭を強く打ったと報告を受けて、……もしかして、意識が戻らないかと、どれほど心配したことか……、うっうっ」


 今度は、違う感情の高ぶったエリーは、大号泣を始める。

 私思いなのは嬉しい反面、いつだって喜怒哀楽の激しい彼女に世話が焼ける。


「なっ、泣かないでエリー。ありがとう、そんなに私のことを心配してくれていたのね。でも、ほらっ、体を動かすのは、まだ少し痛いけど、こんなの直ぐに治るわ。それに、エリーのこともちゃんと覚えているくらい、記憶も問題ないもの。……まぁ、社交界の騒ぎなんて、しばらく顔を出さなければ、皆の記憶からなくなるし。問題ないわ。ねっ!」

 もちろん私だって、自分も階段から落ちない算段だった。

 結果的に、そうもいかなかっただけだ。

 捨てられた挙句、階段から落ちて大失態を犯すなんて。

 不甲斐ない私は、精一杯の笑顔を作り、エリーを宥めた。


 こうなれば、少し前の私が、エリーを見ても誰か分からず困惑したとは、口が裂けても言えないだろう。



 ……エリーを説得しているけれど、本心では自分自身に言い聞かせている。

 内心では、私が醜態を晒したという、シャロンの言葉が気になって仕方がない。

 例えドレスが捲れていたとしても、パンツを見せたのとは違う。

 ドロワーズを履いていたわけだし。

 それっぽっちのこと、ミニスカート文化のある日本では問題ないが、この世界ではわけが違う。

 ……この先ずっと、後ろ指をさされる気がしてならない。


 できる事なら、もう二度と公の場には顔を出したくない。それが本音だ。



 前世の記憶がはっきりした今なら分かる。

 常に私の心の奥にあった、『人に優しく』の言葉。

 あれは、日本の母の口癖だ。

 それを信じ、他人の仕事を引き受けた結果、湊が死んだ日の朝、疲れ切った湊は寝坊して意識散漫だった。

 そして、アリアナの人生でも、中途半端な優しさで2人を守り、8年も婚約していたルーカス様に、あえなく捨てられた。

 ルーカス様の言葉を信じていたから、花束を貰って、彼と過ごす時間だけで幸せだった。何も知らないときまでは、……本当に愛おしかった。



 ……お母さんの嘘つき。

 優しくしたって、ちっとも返ってこない。それどころか、どっちの世界でも災難続きだ。



「アリアナお嬢様、早く着替えますよ。あの男爵令嬢に負けないくらい、着飾りましょう」

 押しかけて来たシャロンのせいで、相当に気が立っているのだろう。

 エリーはシャロンと、無駄な張り合いを始めた。


「何を言っているのよ。そんな必要はないでしょう。体も痛いし、ドレスは無理よ。どこに行くわけでもないのだから、適当な部屋着で過ごすわ」


「あっ、そうですよね忘れていました、では、このチュニックで良いですね」

 私を妙に急かす侍女の手を借り、まるで身重の妊婦が着るような、くびれのない、くつろぎモード全開の服装へ身支度を終えた。

 そして、寝室から居室へ移り、ソファーに腰掛けた私は、やっと一息ついた。


「ご当主様から伺いました。ゲルマン侯爵令息様とは、婚約を解消なさったと……。さっきの感じの悪い男爵令嬢様と、いつも3人で仲が良かったのに、何て言っていいか……」


「いいのよ、婚約の解消なんてよくあることよ、気にしないで。……何を考えているのか分からない煌びやかな世界は、もう懲り懲りだわ。そうだ! こうなったら、町で食堂でも開こうかしら」

「ふふっ。お嬢様が何を作れると言うんですか」


 エリーは、くすくすと笑って馬鹿にするが、私は至って真面目だ。


 他の社交場ならともかく、盛大な建国祝いの夜会での大失態。

 大勢の目にさらされたのは明らかだ。

 悪評付きの18歳の身。今更新しい婚約者など、到底見つかるわけがない。

 アリアナの人生だけなら、何も出来ないただのお嬢様。だけど今の私は違う。


 それに何よりも、一番の問題。

 それは、ゲームの中のアリアナは、隣国の好色おやじと結婚させられる末路だ。

 傲慢な女の鼻をへし折るのが趣味の、変態成金。

 その変態から、豪奢なドレスを身に纏う私は、どこかの夜会で興味を持たれてしまうのだ。

 プライドの高いお母様が、私のために仕立てたドレスは、どれもこれも豪華過ぎる。

 のんきに夜会に参加しては、鴨がネギを背負って行くも同然のこと。

 口に出すのもおぞましい、好色おやじとのエンディング映像。それが、現実のものに成るのだけは、御免だ。


 今に思えば。そんな歩くのもやっとなドレスを着て、階段から落ちそうなルーカス様を引っ張るのは、無理があり過ぎた。

 無鉄砲な自分が滑稽に思え、エリーの笑い声に釣られるように、私は笑い声を上げた。


「ふふっ。何だかおかしいわね」


「元気になって来たようなので、もう大丈夫ですね。お嬢様の目が覚める前から来客がお見えになっています。男性なので、お嬢様の用意が整い次第会わせる約束で、かれこれ1時間近くサロンで待っています。あまりお待たせするのは失礼なので、そろそろ案内しますね」


 ……男性。

 どうせルーカス様が、婚約指輪でも返せと言ってきたのだろう。

 よくもまあ、1時間も待てるものだと感心する。


「分かったわ。案内してもいいけど、その前に、そこの机の上にある婚約指輪を取ってくれる」

「指輪は要らないと思いますけど……」

「いや、きっとそうだもの」

 シャロンと海へ行く前に、私へ贈った唯一の品。婚約指輪を回収したいのだろう。


 ご機嫌なエリーは、私から遠く離れたテーブルの端に指輪を置いた。

「では、目障りでしょうから、余り見えない、ここに置いておきますね。それでは、クロフォード公爵様をご案内して参ります」


「えっ! ルーカス様ではないの? ま、ま、待って。私、クロフォード公爵様とは面識もないのよ。それなのに、どうして⁉」


「あーそうでした。お嬢様は意識がなかったから、ご存じないのですね。昨日、お嬢様を屋敷へ送り届けてくれたのが、クロフォード公爵様です。うちの貧弱な当主と家令を見て、ご自分で部屋まで運ぶ方が早いとおっしゃって、連れてきてくださったんです。あ~、あの姿を思い出すと興奮してしまうわ。横抱きにしているアリアナお嬢様を、それはそれは、慈しむように運ばれていたんですよ」

 目を輝かせ、活き活きと語り出すエリー。

 この侍女は、直前に何を言い出すのかと、苦々しく見つめたものの、予想だにしない事実を知らされ、激しく動揺した私の頭の中は、真っ白になった。


「それでは、何かお礼をしなくては。……どうしましょう、そんな準備もないじゃない。それどころか心の準備も出来ていないわ」


「公爵様は、余計な気遣いは要らないから、目が覚めたお嬢様の顔を見たいとおっしゃっています。ご主人様も昨日のご恩があるので、部屋への入室を許可されていますので、お気になさらず。では~」


 にこっと笑いながら、手を振って出ていったエリー。

 いやいやいや。「お気になさらず」じゃないでしょう。


 ……待ってよエリー。

 だって昨日の私って、シャロンの話では、とんでもない醜態を晒していたのでしょう。

 それを知った上で、クロフォード公爵様と、どんな顔で会えばいいのよ。



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