高校生VSコンビニ店員 〜恵方巻の押し売りを凌ぎきれ!〜
俺は売木と言う名の男で、まぁいわゆる何もできないごくごく普通の高校生なんだけど、今日はワケあってコンビニに来ている。
時間は深夜12時といったところで、外はド寒いのだが、夜食である俺の大好きなゲロッグ社の『コーンフロマイティ』というシリアル食品が無くなっちまったもんだからやむなしに買いに来ているのだ。
スーパーより若干値段がするものの、あれがないと腹が減ってゲームが続けられない。いわば俺にとっての命の糧なのだ。どんなに辛くても、俺はフロマイティを欠かすことは出来ない体になってしまっている以上しょうがない。
入ってすぐにフロマイティをカゴに入れて、ついでにポテチも、あと暖かいお茶でも買っておくか。こんな時間スーパーは閉まっているけどコンビニは24時間やっているから便利だよねぇ。文明の発達を称賛せざるを得ないぜ。
しっかし、この時間のここのコンビニは誰もいないんだな。駐車場から察したけど俺以外誰もいなくて店員が暇そうだ。天井から流れる謎のコンビニラジオのみが垂れ流されておりなかなか寂しいぞ。
『もうすぐ、節分。おには〜そと! 皆さんはいかがお過ごしでしょうか? 北條です!』
お、この声は俺の大好きな声優、ホクジョルノじゃないか。こんなコンビニでまさか声が聞けると思わなかった。相変わらず可愛い声だぜ。
もうすぐ節分かぁ…… あれだろ? 鬼に向かって豆を投げる日本屈指の謎イベント。昔の人は寒すぎて頭がどうかしていたんだろうなァ…… 昔は暖房とか無さそうだったしそれも十分頷ける。暖房やコタツない冬とか俺だったら確実に発狂してるもんなぁ。
さてと、フロマイティも調達したし、とっととレジで会計するか。
「いらっしゃいませぇ」
つり目でボブヘアーの若い女性店員がダルそうに挨拶してきた。そりゃダルいだろうなぁ、こんな誰も来ないコンビニだし…… 忙しいのも大変だが暇すぎるのもこれはこれで退屈だよなぁ。人間って中々ワガママな生き物なこと。
「袋いりますかぁ?」
「頼むぜ」
「あと、今恵方巻を販売していまして、そちらはいかがでしょうか?」
なんだか次いでに恵方巻を売り込まれた。あぁ、そうか、コンビニはこの時期恵方巻を売りまくってるんだよなぁ。
「それはいらねえな」
「チッ」
おい、聞こえたぞ舌打ち。そんなに断られたことが癪に触ったんか。
「はぁ…… マジかよ。買ってくれないの、君?」
「買わねえよ! こんな寒い中寿司なんて食う気おきねえよ!」
反論すると、姉ちゃんはまたも深いため息をつく。
「早く会計してくれよ。どんなに渋い顔されたって恵方巻は買わねえぞ」
「そうですか…… あ、温めますか?」
「シリアル食品を温めてどーすんだよ! そのまま持ち帰らせてくれ」
なんだか知らないけど、女店員は相当疲れているようだ。俺のシリアルを燃やす気かこの店員は。
「はぁ…… ねぇ、君。本当の本当に恵方巻買わないの? 不味くはないと思ってるんだけど」
「いらねえって! 俺そもそも生物食えねえんだよ!」
刺身とか苦手だし、ポップに表示されている恵方巻も見事に中にマグロが刺さっており買って俺が食えるかどうかも怪しい商品だ。
ていうか、しつこいなコイツ。いらねえって言ってるのによ。
「チッ」
「んだから聞こえてるぞそれ!」
「はいはい、袋いりますか?」
「そう何枚もいらねえよ! 持ち帰る分だけで十分だ」
なんなんだコイツ。俺を帰らせねえ気か。
「はいはいっと」
「ちょ、ちょとまてや! しれっと恵方巻入れるな!」
ドサクサに紛れてレジ袋に恵方巻を入れようとした店員の手を止める。しかも金額が恵方巻分上乗せされているし、こいつ…… いつの間にバーコード通したんだ…?
「なによ! そんなに恵方巻がダメな理由があるの?」
「俺は生物が食えねえってさっき言ったじゃねえか! 明らかにその寿司のド真ん中に干瓢がブッ刺さってるだろォ!」
なんでコイツ俺に対して逆ギレし始めるんだよ。何もせずに会計してくれよ、頼むからさあ!
「男のクセに好き嫌いって、ダサいと思わない?」
「思わねえよ! 好き嫌いって、俺は別に食材の分別はしてねえぞ! 生物がダメなだけでそんな魚、焼けば俺でも食えるわ! なんなら俺はパクチーやパセリですらご丁寧に完食するタチだぞ」
「じゃあ、なんで恵方巻はダメなのよ! 解体して干瓢部分は焼いて食べればいいじゃない! はい、これで断る理由が無くなった!」
パンパンと手を鳴らし一人で完結させようとするボブ頭店員。生意気にも袋から出そうとしていた恵方巻を再度袋の中に入れようとしているし……
「なんで俺が寿司を解体させてまでそんな奇特な食い方しねえといけねえんだよ! もう解体する時点で寿司としてのアイデンティティ失ってるじゃねーか。値段も1,300円しやがってよォ……断る理由なんぞ腐るほどあるぞ、生魚だけに」
捲し立てれば、鋭い視線がキッと返ってきた。10:0でお前の言い分がおかしいと俺は言い切れるぞ。
「なによなによ! それで論破したつもり!? 恵方巻一つぐらいいいじゃない! アンタが食べれなくても家族の為に買ってあげるとかあるじゃない!」
あぁ、くっそ、ゴネ始めたぞ…… コイツめんどくせえ…… なんで他の客が来ねえんだよ、早く来てレジに並んでくれよ……
「じゃあ、恵方巻一つぐらい見逃して別の奴に買うようにセールスしろよ! 言わしておけばイカれた暴論ばっか言いやがって、恵方巻食える顧客なんていくらでもいるんだからそいつらに買わせろよ!」
「アンタ直々寿司のネタを絡んで反論してくるわね、やっぱり寿司が好きなんじゃない! 出鱈目な嘘つかないでよね!」
「俺はガチで生物苦手なんだよ! お前が駄洒落好きなだけだろうが!」
こんなド寒い日に親父ギャグやるほど俺の頭は狂ってねえ。言葉狩りもいいところだ。
「ふざけないでよね。アンタ今日がなんの日か分かってるの? 日が変わって節分よ」
両手を腰に当ててツンとした生意気な態度をとってくる店員。いや、おかしいだろこの流れ……
「んじゃお前だけソロで豆まきやっとけや! 早く会計してくれ!」
「うるさいわね! 恵方巻買ったら会計するわよ!!」
あくまで譲らねえと言うのか…… このままじゃフロマイティが買えずに俺の買い物が終わっちまう。 それだけは絶対に避けたい。
「俺はガチのマジで生物が食えないんだ。この場を凌ぐために適当な言い訳を繕ってる訳じゃねえよ。家族も全員刺身が食えなくて、俺がやりたかった料亭のお座敷遊びがいまだにできてねえんだよぉ……」
俺は先程とは打って変わってあえて下手に出ることにした。同情を誘うように拝むポーズもしてやるぞ。コイツにそんな態度を取るのは凄い癪だけどフロマイティには代えられない。俺はフロマイティの為ならなんでもできる。
あ、ちなみに家族全員刺身が食えないと言うのは嘘ね。なんなら俺の親父は刺身が大好きだ。
「あらそう、それは残念ね」
これを聞いた店員も流石に諦めたのか、そっけない返事をする。やった、ようやく会計をしてくれる。
「じゃあ、アンタ、これなら食べられるわよね」
「はぁ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。あれ、精算してくれるんじゃねえの? それどころか、なんかまた新たな恵方巻が目の前に置かれたんだけど……
「な…… なんだこれは……」
「鰻の恵方巻」
即答である。いや、聞かなくても分かってた。中に刺さっているのは紛れもない鰻そのものだ。
「ば…… ばかやろう…… こんなものが……あったなんて知らねえぞ……」
「これならアンタ食べれるでしょ? 美味しいわよ、鰻の恵方巻」
ドヤ顔を見せつけてくる店員。こ、こんな展開許されてたまるか……
「でも流石に鰻だから値段はさっきのものよりかは高くなるわね。一本3,000円!」
「はぁ!?」
ふ、ふざけるな……! 3,000円とか、鰻だから値段がするのかも知れねえけど高校生が恵方巻に費やせる金額じゃねえ…… フロマイティの上位版であるプレミアムフロマイティがいくつ買えるっていう話だ。
じょ、冗談じゃねえ……!!
「お、お前…… 自分が今何をしているのか分かってるのか!? 明らかに人間がやることじゃねえだろ……」
戦慄してしまい、上手に呂律が回らない。むしろそれを見た店員はかなり楽しそうな顔をしている。
そうか、そんなに俺が苦しむ姿を見るのが楽しいか、そりゃそうだろうなあ!
「さぁ、なんのことか。 でも生物嫌いなキミでも鰻は食べれるよねぇ?」
挑発のつもりか、シラを切りやがって。負けるものかっ!
「無理だぞお前!! こんな値段がするもの買えるか! 俺を破産させる気か!? 考え直せ! お前のマーケティングは間違ってる! 俺は資産家じゃねえぞ……」
「はぁ? そんなの知ったことかって話じゃない? 高校生でも3,000円ぐらい持ってるでしょ、持っていなければゲームとか売ったり家族や友人から借金したりして工面できるでしょ? こっちも恵方巻ノルマに困ってんの!」
馬鹿だろコイツ。どこの世界に恵方巻を買うため借金する輩がいるんだよ! それ程私生活が逼迫してる奴はそもそも豆まきすらやらねえよ。
「待て待て…… マジでちょっと待て。俺の事情も多少酌量してくれ、そんな事が罷り通ったらなんでもありになっちまうじゃねえか」
「生物が食べれないアンタの事情を酌量して、食べれる鰻の恵方巻を出してあげたんじゃない。むしろ感謝してほしいわ」
お前が作ったわけじゃねえのによく言うぜ。
「お前の事情は良く分かる! ここはフランチャイズ店だから本部からとにかく恵方巻売れとゴネゴネ言われているんだろ? その事情は十分分かる!!」
「あら、それなら話が早いじゃない、在庫の恵方巻全部──」
「無理に決まってるだろ!!」
おっそろしい事を言いかけた店員の言葉を遮る。
「俺は恵方巻を買いに来たんじゃねえ! このゲロッグ社が誇る史上最高のシリアル食品、コーンフロマイティを買いに来たんだ! お前の気持ちも分かるけど、俺もそこまで金持ってねえんだ。常識に考えて分かるだろ、俺なんてバイトもしてねえただの高校生だぞ」
言い切ると店員は黙ってつまらなさそうな顔つきで俺を見つめた。
「わかったか。鰻が出ようと穴子が出ようと蝗が出ようとそこは変わらねえ」
「ふーん」
口を尖らせて、いかにも不満気なトーンの返しだ。そうあからさまに態度に出すなよ、仮にも俺は客だぞ、ごく一般的な接客接待でいいからはよ会計してくれ。
『節分といえば恵方巻ですね! 美味しい恵方巻はいかがでしょうか? 私は鰻の恵方巻を節分待ちきれず食べちゃいましたっ!』
僅かな沈黙から割り込むようにコンビニラジオの声が流れる。
「ほらあ、ホクジョルノが買えって言ってるよ」
「言ってねえよ、都合のいい時だけホクジョルノを利用するな」
「アンタもホクジョルノみたいな声優好きそうだしねえ。同じの食べたら? ファンとしての嗜みじゃない?」
くっ…… 確かに俺はホクジョルノが好きだけど、明らかにそれとこれとは話が別だぞ。最もな風に言ってるけど、俺は騙されない。
「だから適当なこと抜かして俺を貶そうとするな!」
「そう……」
ふーんと鼻声を交えながら店員は「お腹すいた」と小声で漏らしフロマイティのパッケージを開け始めた。
「お、おい…… それ」
「なによ、少し落ち着きなさい。ヒートアップしすぎよ。アンタも食べる?」
紙コップにフロマイティを入れてプラスチックのお匙を使いシャクシャクと食べ始める。あまりの不思議な行動に脳が追いつかなくなってしまった。
あれ…… 俺のじゃねえよな。まだ金払ってねえし。
「んじゃ少しくれ」
「お茶飲む?」
成り行きで暖かい緑茶も渡された。
誰も来ないコンビニのレジで二人同時にフロマイティを食べる。なんとも奇妙な絵面だけど相変わらずフロマイティうめえ。
沈黙の時間が3分ほど続くが、それを破ったのは店員であった。
「ねえ、アンタ。本当に買えないの? あんまり客にこういうこと話したくないんだけど、ウチ結構きついんだよね。店長から毎日どやされててさ。今回のシフトで一本も売れなかったら減給プラス自爆購入だって責められててさ」
「苦労してんだな。無理だぞ…… とずっと主張してきたけど、この店マジで誰も来ねえんだな…… 閑古鳥じゃねえか。全然売れてねえんだな」
「そうなのよ。近くに新しくコンビニが出来て、そこの店員が若くて可愛いからみんな持ってかれちゃったらしいわ」
そういえば、少し離れた所に新しく出来たのは聞いたことがあるが、店員が可愛いなんて…… めっちゃ気になるし、今度から向こうに行こうかな。
「アンタ、今よからぬことを考えたでしょ?」
「そんなもんだろ。こっちにも可愛い店員用意すればいいじゃねえか」
その言葉に店員は強いため息を吐いた。「薄情なやつ」と添えられて。
「フロマイティうまかったぜ」
「さて、そうと分かったところで買ってくれるわよね!」
は? 同情誘うケースなんて俺もう何回も経験しているのだが。そんな付け焼き刃のサル芝居で俺の心は1ミクロンたりとも揺れはせんぞ。
「いや、買わねえぞ」
俺の回答を聞けばすぐさまに「なんでよ!!」と癇癪を起こし始めた。
「ほんっとに頑固な男ね! 絶対彼女いないでしょアンタ!! さっさと折れて購入しなさい!」
「彼女いないとか関係ねえだろ! 俺ほど蒟蒻のように柔らかい頭の持ち主はおらんぞ! お前が考え直して引き下がれよ!!」
ぐぬぬ…… と歯を剥き出しにする店員。鋭い犬歯が見えた。
「さっきから大人しくしていれば、客の分際でアタシに暴言ばかり吐いて。許さないんだから! 絶対買わせる、買わせるまでお金受け取らないんだから!!」
こ、この野郎! ついに本性を見せたな。初めからそんな魂胆だったんだ。俺を帰らせない気だったんだ!
「しつこいなぁ!! んじゃ俺はお前の店番時間が終わるまでそこで立ち読みでもしようかな。 朝になる頃エリアジャーマネに怒られて泣いて喚くお前の姿が目に浮かぶぜ」
「なっ、そんな…… ちょ、ちょっと待って。そんな残酷なことある!?」
流石に買い手である俺の方が有利なのか、返す言葉がなくなり地団駄を踏み始める店員。
「もう諦めて清算してくれ。お前ももう疲れただろう? こんなこと何度やったっていたちごっこだぞ」
俺が締めに入ろうと説得をするも、依然として店員は唸ったままだ。
「あ、そうだ」
ふと思いついたかのようにそんな声をあげる。
あ、絶対良からぬ考えだろ。
このタイミングで「あ、そうだ」はまずありえん。「諦めて会計するわね」が通常の流れだ。
「この2つの恵方巻、通常なら足して4,300円だけど、今なら特別に4,000円にしてあげる」
は? なんでそのタイミングでセット販売の流れになるんだ?
「ふざける──」
「ちょっと待って、最後まで聞いて!」
俺の言葉を止めながら店員はさらに続けた。
「アンタは今『ただでさえ恵方巻を買いたくねえのに、2つ同時に売り込もうとかコイツ脳内腐ってんじゃねえのか、くたばっちまえ!』って思ったかもしれないけど、一旦ちょっと聞いて!!」
「そこまでブチギレてないぞ」
なんだその言葉悪いすっとこどっこいは!? 誰の話だよ。
まあ、とりあえず聞けと言われたので俺は黙って聞いてみることにする。
「アンタは、生物食べれなくて、かつお金も沢山あるわけじゃない。そんな寒い冬の中、鬱陶しい恵方巻のセールスを受けて本当にかわいそうだとアタシは思っているわ」
……思ってるならそれ相応の対応をしていただきたかった。
「けれど、アタシの提案を聞けば今の問題も全部解決するの!」
人差し指を上に立てて、何やら不穏な申し出をしそうで俺は苦虫を噛んだような顔をしてしまっただろう。
「売るのよ! アンタが!」
「マジでお前どうした!? 訳わかんねえこと言っていちいち俺を困らせるな!? 疲れてるなら休んで他の人に代わってくれ!!」
もう俺、泣きそうな気分になってきたぞ。悲しいからではない、高校生にもなって夜のコンビニで満足にフロマイティ1個も買えないという自分自身の情け無さに対してだ。お買い物の最中にこんな難敵がいたなんて俺聞いてねえぞ。
「うるさいわね!! 黙って聞きなさい!」
こんな演説ずっと聞いていたら正気を失ってしまう!
「ここにある二つの恵方巻、まずアンタが4,000円で購入するの。流石のアンタでも電子決済で一時的には支払いできるでしょ?」
んあ〜〜 苦しい。聞きたくねえよぉ〜、絶対ろくな事じゃねえ〜
「そんでもって、この二つの恵方巻を通常価格である3,000円と1,300円で他の人に売るのよ! そうするとアンタの手元には300円手に入るの! 悪い話じゃないでしょ?」
「お前サルに向かって提案しているのか!? 俺はそんな話でウキウキするようなオツムじゃねえよ! 良識ある人間に対して聞かせる話をしてくれよ!」
「ちょっと、どうしてよ!? お金が手に入る話よ! 300円って言っても床に落ちてないわよ!! 利回りも7.5%となかなか悪くないと思うわ」
こんな訳の分からない提案を自信満々に言ってくるからより一層に腹が立ってくる。これなら泣きついてくれた方がまだマシだった。
「利回り上等でも元本割れリスク馬鹿高じゃねえか!! 誰が中古の恵方巻買うんだよ、話はそっからだ!」
「別にアンタが買ったら後は定価の4,300円以上で売っても誰も文句は言わないわよ。よくあるじゃない、とある中古品が高額になるケースとか、ネットでよく見るわ。これでアンタの金銭問題も解決よ!」
「その錬金術が使えるのはネット美少女かアイドルくらいだろ! ただの男子高校生である俺が所有した恵方巻なんてどう足掻いても価値下がる一方だぞ」
なんでその錬金術を俺が適用できるのか本当ならもっと深く問いただしたいところであるが、要はこうだ。『4,300円のものを4,000円で売るから君は他の人に4,300円で売りな。そうすると300円手元に入るからお互いウィンウィンじゃん。ハーピー節分! 福は内!』と言うことだ。脳みそがスポンジで構成された奴しか思いつきやしない名案だ。
「それだったらアンタがちゃんと一口も食べていないことを説明すればきっと誰かが買ってくれるはずよ」
いつから恵方巻が投資対象になったんだよ……
「店頭に並べた恵方巻すら売れないのになんでそんな発想が出来上がるのか俺は謎で仕方ないんだけどな……」
なんだかもう、色々呆れて物も言えなくなってきた。俺もそろそろ疲れてきたぞ。元より体力ないし、言い合いばかりで息切れも発生してきた。
家にも帰りたくなってきたしもう彼女の提案に諦めて乗ろうかな。相手にするだけ馬鹿馬鹿しい。というより付き合っていればいるほどオカシクなってきそうだ。病院に行くような症状が出ないうちにとっととこの場をソクサリしたい。
この節分の時期だ。適当に近所の人に売りつければ、彼女の言う通り最低でも300円はゲットできるかもしれない。
まぁ、最悪売れなくても家族へ『これは5,000円したけど、いつもの感謝の気持ちを込めて今回は4,500円でいいよ』って適当に言いくるめれば買ってくれるだろ。貧乏な息子が端銭はたいて買った恵方巻なんだ、喜んで出費してくれるに違いない。
「まぁ、とりあえず。この作戦が上手くいったら貴方はお金持ちまっしぐらよ! 1セットじゃなくて10セットぐらいまとめて買ったらいいじゃない! 遠慮しないでさぁ!」
小売店がこんな事を主張している時点でもう色々終わってると思う。お前の勤めてる会社それして経営続けてるじゃねえか。俺は下請けか!
いかんいかん、こんな採算性の合いそうにない投資に手を染めるわけにはいかない。
「いらねえ、1セットでいい……」
「ついに買ってくれるのね! やった! ようやく……」
根負けした俺の発言を耳にした瞬間に飛び跳ねながら喜びを表現する店員。屈辱的他ならない。
素早い手つきでバーコードを読み取り、会計を終わらせる。
うぅ…… この会計を終わらせるだけに俺はどれだけ苦労したか。なんなら恵方巻買っちまったぞ、他所に売る予定だけどさあ。
もう、何も言うまい。
「って、おい。俺のフロマイティ新しいのを寄越してくれよ! お前がレジ袋に入れたフロマイティ、さっきお前が開封したやつじゃねえかっ!!」
あぶね。虚になっていたから気が付かなかったけど、コイツさっき開けたフロマイティをそのまま袋の中に入れやがって。危うく持ち帰るところだったぞ。恵方巻事故は仕方ないとしてもフロマイティ事故だけは絶対にあってはならない事だ。
「は? それ、レジ通した瞬間からアンタのものだったんだけど…… 新しいの欲しければもう一個買いなさいよ」
マジかよ。あれ俺のフロマイティだったの? 金払ってねえのに、俺のだったの??
「それ聞いてねえぞ!! てっきりお前の奢りかと思ってさっきは何も言わなかったけどさあ」
「なんでアンタに奢らないといけないのよ。ほら、とっとと帰った。アタシは忙しいの」
吐き捨てると、店員はわざとらしくセコセコと仕出をし始めた。
「はーーーーあ!?」
開けられたフロマイティを袋に入れ、俺は駆け足で外に出た。ふざけるな、俺のフロマイティ勝手に食いやがってよぉ…… 中身が少し減っちまったじゃねえか……
くっそぉ、売ってやる! 何がなんでも売ってやる!!
なお、家に帰る頃には外の寒さも相まってか頭もかなり冷えた。落ち着いたあと、よくよく考えてもやはり転売は不可だと察してそのまま泣きそうになりながら二つの恵方巻を家で食べた。
当然だが鰻の恵方巻はかなり美味しく、3,000円の価値があるのも十分頷ける味であった。また、もう一つの苦手な生物が入っている恵方巻も勇気を振り絞って食べたがこれも意外に美味しく、食わず嫌いは良くないと思った。
食べ終わるころにはお腹も満たされ、気分もおおらかになり、恵方巻の件はなんだかどうでもよくなってしまった。
けれど、あの時どうして訳の分からない口車に若干乗ってしまったのかは今になっても謎である。自分もきっと追い詰められていたのだろう。
柄にもなく節分に恵方巻を2本も食べたので、今年一年はきっと幸福に満ちた一年になるはずだ。無病息災、恋愛運上昇間違いなしだ!! 悪い鬼は外に出て、良い福だけが俺の身に降りかかるはずである。
……って思わねえとやっていけねえよ!! なんで俺恵方巻買ったんだよ!! しかも2本!!
ちょっとしたクイズを4問用意しました。よければお付き合い下さい。
Q1:本作の主人公である男子高校生の苗字を答えてください。
Q1解答 :売木
Q1解説:冒頭に1回しか登場していない為、そこそこ難しい問題。なんなら冒頭で名乗って以降、彼の名前は一切呼ばれておらず果たしてこの設定が本短編に必要だったのか謎なところ。高校生であるという設定も十二分に活かしきれなかったのが本作の課題である。
Q2:主人公が大好きな食べ物の商品名を答えてください。
Q2 解答:『コーンフロマイティ』
Q2 解説:作中何度も登場しているため比較的優しい問題かと思われる。『コーンフロマイティ』は米国ゲロッグ社が経営不信に陥った時、社運をかけて開発した伝説の完全食のことである。商品発表後 その栄養価の高さはもちろんのこと日持ちの良さ、味の良さ、そして何より「短時間で大量に作ることができる」点が「地球の貧困問題を大きく改善する」まで期待され、学者によっては「フロマイティの登場より人類史において初めて食糧難が解決された」とまで言われたまさにモンスターフード。本商品の登場によりSDGsの問題をいくつか解消。今となっては知らぬ者はいない世界的なシリアル食品として一般家庭をはじめ、忙しいビジネスマンから一国の大統領まで、広く慕われ食べられている食品である。
しかしながら、あまりにも完全食すぎるため、本主人公をはじめこれ一つで人生の食生活を済ませようとする者が現れ始めており「咀嚼量が少なく、顎の力が弱まり後々いびきなどの症状が現れ、最後には生活習慣病となる可能性がある」「唾液分泌量が少なくなりがち、口臭やドライマウス、口内炎の原因となる」ことなど健康上の影響が懸念されるといった意見が見え始めた。
いずれにしても、フロマイティとゲロッグ社が存続する限りは人類が食糧で争う日は来ないであろう。
Q3:普通の恵方巻の定価はいくらか?
Q3 解答:『1,300円』
Q3 解説:本文を読み込めば解答が可能な問題。是非ともできて欲しいところ。なお、「消費税込」なのか、「税抜」なのかは記述されておらず謎。とはいえ、一般的な慣習からして「税込」であると考えるのが妥当であろう。
Q4:コンビニ店員が提案した「鰻の恵方巻と普通の恵方巻、通常価格4,300円のところを4,000円で買取り、他所で定価である4,300円へ売却。マージンである300円の利益を得る」という手法について本作主人公の立場を踏まえ、有効であるか最もらしい理由をつけて吟味してください。
Q4解答例:極めて難しい手法と考える。恵方巻自体極端に低い換金性能、流動性を持つという性質もある他、「消費期限」「なまもの」「季節性食品」ということを考えると当該資産価値を有する期間があまりにも短すぎる。そもそも恵方巻自体に資産価値があるのかどうか疑わしいところだが仮にあったとしても柔らかくデリケートな品物な為、保有している間に何らかの弾みですぐに減損してしまう可能性が極端に高い。
また、一般高校生が一度保有した恵方巻はプレミアム価値の付加どころか減価の一途であり、定価ですら売れない可能性が非常に高い。
上記で述べた「短すぎる売買期間」と重ね合わせ検討してみればコンビニ店員の提案は理論上では可能だとしても、あまりにも無理があると考えるのが妥当である。
Q4 解説:このあたりは面倒臭そうな文章問題であるが、最もらしい意見を書けばバツにしにくい内容。適当に書いておこう。
とはいえ、やはり「恵方巻の売却は難しい」「無理だ」といった意見が書きやすいであろう。文章に辻褄が合えば「有効である」といった意見も可。
難しい要因として
・恵方巻は流動性が低く、お金に変えにくい
・消費期限が短か過ぎる為、限られた時間で売らないといけない。一定の時間が経てば価値も減少するため、手放し優先「割引」を用いないといけなくなる事態に陥る。「節分」が過ぎたら尚更。
・商品が柔らかい為、保有リスクが高すぎる
・そもそも恵方巻の価値判断が難しく、本作恵方巻値段「4,000円」は相場に対し割安だとも言い切れない
・普通の男子高校生が保有した恵方巻にプレミアム価値が付加されるとは到底考えにくい
・上記プレミアムを付与させるため自分磨きを行い有名人になろうと考えてもあまりにも時間が無さすぎる
・買い持ちしかできない為、他リスクヘッジが練りづらい
・割安買いでマージンは取れても恵方巻そのものの価値は下がる一途で上がらないことを考えるとマイナスに振れるリスクしか存在しない
・日本特有の食品である為諸外国には売りにくい
上記内容を触れれば概ね正解だろう
また有効である要因として
・利回り7.5%は見過ごせない
・不明瞭であるが主人公に人脈があるものと仮定し、それを活かせば可
・親族間売買を目論む
・わらしべ長者さながら物々交換で積立る
・キャッシュレス決済を活用しポイントを稼ぐことも可能
・翌日、ネットやテレビの影響により空前の恵方巻ゴールデンクロスが発生して高騰する可能性を狙う
……まぁ、苦しいがこの辺りでようやく妥当性が見出せるのではなかろうか。
ただ、「無病息災を祈り購入する」「コンビニの店員がかわいそうなので買う」といったエモーションに依存し過ぎた意見はバツである。
感想欄に解答及びクイズの感想をお待ちしております。