8.進化の刻
口を開けたまま静止していた俺は、もう一度問いかける。
「ルメル、俺の耳がおかしかったのか?今なんて言った?」
「バックパックにある服、何で着ないの?」
空耳じゃない。
俺の服あるのか…?
「待て、俺の服が入っていたとして、何故、俺の服が入っていると知ってる?」
「バックパックに何が入ってるか思考したら、頭の中にリストみたいなの出てこない?木とか出してたし、てっきり、気づいてやってるんだと思ってたよ」
それが本当なら、寒がってた時に言えよ。
聞かなきゃ、教えてくれない風潮やめてくれんかね。
もうコイツに対して、怒っても仕方がない。
気付けなかった俺が悪いんだ。
生まれたてのルメルが気付いて、27年間の知恵と経験を持った俺が気付けなかったんだ。俺が悪いさ。
言われた通りに中に何が入ってるか、思考してみる。
すると、吹き出しの中に文字が浮かんでくる。
あぁ…確かにある…
――――――――――
服(上)
インナー
服(下)
下着
靴
木(107)
土(3.2㎥)
水(0.00012㎥)
小石(0.05㎥)
草(0.07㎥)
――――――――――
入れた順でソートされてるっぽいな。
あー。何か脱力感がすごい。
寒い思いも、恥ずかしい思いも、傷ついた思いも。
全部回避できたルートがあったかもしれないと思うと脱力感が半端ない。
だが、後ろを向いても、前には進めない。
ガンバレ俺。
そこに、名誉挽回する絶好の機会が転がっているじゃないか。
まずはそこから、始めよう。
それにしても、物の容量まで表示あるのか。高性能だな。
とりあえず、服を出して着る。
黒のトレーナーと。
ジーンズ風の、履きやすい青白いパンツと。
黒の肌着、上下。
サンダル。
こんな事になることが知っていたら、俺だって、スニーカーを履いたさ。
だが、二駅先をプラプラするだけなんだ。サンダルで行くだろう。
だって、靴履いたら足が蒸れちゃうもん。
あれ、元々入れてた財布とか、鍵とか、水はどこ行ったんだ?
帰った時に、それらがないと困るんですけど。
今は使えない物だからいいけど。
そして、久しぶりに服を着る。
暖けー。服って偉大。
やっと人間に進化できた。
「あー。なんか、やっと人間に戻れた気がする」
「でも、服着たら、神への冒涜になるんじゃないの?いいの?」
おいおい、敵を欺くために言ったのに、お前がそれ信じるなよ。
訂正するのもちょっとめんどくさい。
「あぁ、いいんだ。俺が神だから。それより、ルウ、次からは俺が聞かなくても教えてくれよ」
「セツナは、か、かみなの!?うん、わかった。そのルウって何?」
出任せをまた信じてるような気もするが、まぁいいか。
「ルメルのこと」
「ルメルだよね?」
「うん、長いからルウって呼んだだけ」
「なにそれ!それ、すごくいい!んふふ。じゃあ僕もセツって呼ぼうかな。んふふ」
愛称がそんなに良かったか。
そんなに喜ばれると、こっちが恥ずかしくなってくる。
では、気を引き締めて、名誉挽回しますか。
覚悟を決めて、交差した木の横でしゃがんでいる、オレンジ色の髪をした女性の元へ。
近くまで行って声をかけると、また叫ばれそうなので、視界に入る位置から声をかける。
「あのぉ、先程はすみませんでした」
「ギャァッ!あれ。あなた、まだいたの?というか、服あったのね。山賊にでも襲われたのかと思ったわ。違うならよかったわ」
一瞬だけ、断末魔が顔を出したようだが、思ったよりも拒絶されていないようで、一安心だ。
やっぱり、山賊とかいるのか。異世界だな。
「ちょっと、訳あってあの時は服がなかったんです。あなたの断…悲鳴を聞いて、緊急事態だと思い、あの姿のまま、目の前へ出てしまいました。失礼しました」
「そう…まぁいいわ。あたしも助けてもらったのに逃げて悪かったわね」
ふぅ、よかった。なんとか弁明できたようだ。
あれ、さっき見た時には手ぶらだったと思うんだが、肩から麻袋をさげてるな。一旦帰ってまた来たのかな。
少し、額の辺りが汗ばんでキラキラしてるような。
「あの、後もう一つ、謝らないといけないことがありまして。足の方は大丈夫ですか?怪我とかしてないですか?ひょっとすると、というか、多分というか、恐らく、あなたの足が木の下敷きになったのは、俺のせいです。すみませんでした」
「足の方は、鉄板入りの靴だから大丈夫。ただ、いきなり木に足を踏まれて、ビックリしただけよ。木に踏まれたのが、あなたのせいって言うことは、その、あなたの頭の上にいる、かわいい子の能力かなにか?」
かわいい子、と言われて、ニヤニヤしてるんだろうな。
見てみると、ニヤニヤしていた。
「僕は、ルメル。セツの神魂だよ。木が出てきたのは多分、僕の能力のせいだ。ごめんなさい」
ちゃんと謝ってえらいぞ、ルメル。
だが、初めましての人に愛称で俺を紹介するんじゃない。
「俺は、セツナ・グルート。よろしく」
「あたしは、アリア・メッシュノルド。こちらこそ、よろしくね。あなたは何処の生まれなの?見た事ない不思議な格好してるわね」
こっちに来てから、初めて、まともに挨拶ができた気がする。
何人かと会ったけど、挨拶してないな。まぁ、まともじゃない人にしか、会ってないわけで。
「異世界から、今日こっちに来た」
最初は、転移者だと秘密にしようと思っていた時期が俺にもありました。
でも、バレバレなんだもん。隠さなくてもいいや。
正直に言うと笑いながら、彼女は言う。
「突然変な事言うのね。まぁ、誰にだって、言いたくないことの一つや二つはあるわ。あたしにもあるもの」
いや、別に言いたくない事なんてないけど。
正直に言うと信じて貰えない。
なんだこれ。
隠した方が良かったか。
「ところで、ここへは何しに来たの?」
「え、えと、ハープシー様へちょっとね」
ハープシー様って、あの石碑に書いてあった名前か。
知合いだったのかな。
無粋に聞ける内容じゃなさそうだな。
「何でクマ見てたの?」
「そう、それよ。ちょっと変なの。この辺りは石碑のおかげで、魔物なんて寄り付かないはずなのに。こんな近くに魔物がいるなんてありえないわ」
「このクマ魔物だったのか」
ルメルも野生動物と魔物の区別ができないのか。
そもそも、俺も違いがわからんが。
「ブラッドベアっていう魔物ね。あまり強くないから訓練中の剣士や、冒険者の格好の的ね。ブラッドベアも知らないなんて、ほんとにどっから来たのよ。そしてこのブラッドベア、不自然に木に押しつぶされてるけど、これ、あなたがやったの?」
このクマが、RPGの序盤で出てくる、スライムに位置付けされてるってこと?
強すぎない?それ強すぎない?
「だから、異世界だって。まぁ、死ぬかと思ったけど何とか倒した」
「はいはい。でも、こんな大木操るなんて、凄い能力ね…」
つまんない、オヤジギャグへの反応みたいになってきてない?
これ別に、ネタじゃないからね。
「それで、用事はすんだの?ハープシー様へっていう」
「あぁ、そうだった。石碑に行くわよ」
わざわざ、こんな森の奥まで来て何するんだろ。
森を出てないから、近郊なのか、奥なのか、知らんけど。
石碑の場所まではすぐそこだ。
歩いて数十秒、鬱蒼とした景色から、一歩踏み出すと、だだっ広い石碑まで拓けた場所に出る。
「ちょ、ちょっと!なによこれ!何も無いじゃない」
アリアは、驚いたように声を上げこちらを見る。
「吸っちゃった」
口を開けたまま、こちらを見ている。
口の中に虫入るって。
「吸っちゃったって、一体あなた何者なのよ。まぁハープシー様は優しいから…このくらいじゃ怒らないわね…」
石碑を見たせいか、感傷に浸りながら、てくてくと石碑まで歩いていくアリア。
能力の話を続けようとしたが、哀愁が漂うその背中を見た俺は、口を閉ざして、その背中を追った。
アリアは墓の前で膝をつき、黙祷するように目を閉じると、暫しの沈黙が続いた。
掌を重ね、膝をついたまま、アリアはハープシー様へ語りかけ始めた。
「ハープシー様、私は本日、免許皆伝を頂きました。あの時、私に力があればと、今でも毎日、思い悔やみます。私のせいで。なんて言うと怒りますよね。私は旅に出て剣の腕を磨こうかと思います。もう、二度と、あのような惨劇が起きないように。どうか、私の行く末を、御見守りください」
なんか、ジーンとする。
後ろから、抱きしめてやりたい。
俺これ、聞いててよかったのかな。
でも、ずっと後ろの木陰で、じーっと見てるのも、それはそれで、変質者だよな。
「さてと、用も済んだし行こう。あなたはどうするの?」
「特にやる事はないけど、街に戻るなら付いてっていい?」
これでやっと、念願の街に行けるかもしれない
「嫌よ、ついてこないで」
やっぱり、念願の街に行けないかもしれない。
いやいや、この流れで断られる?
青信号で横断してたら、急に赤になったけども。
点滅がなかったんだけども。
「え、だめ?ちょっとだけでも。街の入口まで。ちょっとだけ。いや、街が見えるところまで、でもいいからさ、ちょっとだけ」
「無理」
え、まさか、今の流れで、お誘い失敗すると思わなかったんだけど。
ここはさ、お誘いというか人助けの区分に入ると思うんですよ。
「わかったよ…せめて街の方角だけでも教えてくれたら嬉しいな」
しつこい男は嫌われるみたいだし。諦めよう。
「方角は、ここから北へ、真っ直ぐ進めば街道までの道に出るわ。それで、この後どうするの?」
え?この後?どういうこと?
付いてったらだめなんだよね?
どういうこと?
「もうすぐ、日が暮れそうだし、知らない道だから、この辺で寝床作って今日は野宿かな」
「なんで街に行かないのよ。山賊に襲われたらどうするの」
何なんだ。街に今日行って欲しいんだろうか。
もう一回聞いてみるか。
「なら、ちょっとだけ、付いてっていい?」
「無理」
どうして欲しいんだ。
「アリアはこの後どうするの?」
「特に決めてないわ」
あれ、さっき報告終わりに、用事も済んだし行こう。って言ってたよな。
どこかに行く予定だったよね。発言からして。
もしかして、あれか。誘惑なのか。これは、誘惑なのかもしれない。
誘って欲しいのか。そうなんだろう。
誘わないのも失礼だよな。
俺も男だし。
アリアは女だし。
「じゃあ、仮の寝床作るから、ちょっとだけ、一緒に野宿してく?」
「じゃあ、そうする」
えっ?
いやいや、野宿の誘いはイケちゃうの?
しかも、おそろしく速い即答。
オレでなきゃ聞き逃しちゃうね。
いや、そうか。最初から一緒に野宿したかったんだな。こいつめ。
女心って難しい。
よし、今日はちょっとだけ、張り切って家を作るぞ。
今夜は、熱い夜になるぜ。
ちょっとだけ。
最近、自分の口癖は「ちょっと」だなって気付いた。ちょっとだけ。