7.メーメーの刻
やあ、どうも、初めまして。
俺はセツナ・グルートだ。
無職だった、27歳の男だ。
甥っ子の直樹と二駅先のお祭りで、買い物をしてたら、異世界へ飛ばされてしまった。
そして手に入れた、能力はアイテムボックス。
コイツ?コイツは俺の神魂のルメル。
アイテムボックスの能力を司るのが、コイツのおかげみたいだ。
おっちょこちょいで、ドジをする度に腹が立つんだ。
何もしなければ、可愛いマスコット的存在なんだが、困ったもんだよ。
もうこれ以上、ドジを踏まないでくれと願うばかりさ。
俺は、空を飛んできた三人組のうちの、一人に余命宣告され、名前を授けられた。
どうやら、この名前を持てば、俺は生き長らえることができるらしい。
今日からは、セツナ・グルートとして生きていく予定だ。
だが、俺はこの名前を語るのに抵抗がある。
甥っ子の直樹を頼まれた、直樹の母。
つまるところの、俺の姉。
姉の名前が【刹那】だ。
自己紹介をしてみたが、なんかムズムズするな、やっぱり。
こんな偶然あるかね。男とも、女とも、取れるような名前だけれども。
三人組と別れた俺は、仮の寝床を作るために、地均しをしていた。
80平米程の面積をバックパックで整地していたが、フラフラ感は訪れなかった。
これは、俺に魔力が付与されたのだろうか。名前のおかげなのか。女神へ感謝だ。
整地を終え、休憩していると、木の影から話し声が聞こえてきた。
「今回もハズレだったメー。あんなの天災になっちゃうメー。今回は二柱だなんて異例だメー」
「だが、階級としては申し分ない。本旨を引くのも近いぞ。天災の対処は奴等が勝手にやるだろう。こんなところで消耗してられん。もう一柱の方は、奴等に対処された可能性が高いな。生贄の現地調達は望めん」
ん、なんか不穏な会話してない?
聞くからに、悪玉な内容がプンプンと漂う。
てか、こっち向かってきてない?
ヤバくない?
あいつは味方って雰囲気じゃないんだけど。
嫌な予感がする。
「ルメル、宿化しろ」
「やだ、もう、隠れないもん」
拒否されるが、今回に関しては譲れない。
俺の第六感が、警笛を鳴らしている。
「いいから、早くしろ。宿化しないと飯抜きな」
「それは…わかったよ…」
そして、ヒュンと、座布団にしている、バックパックへ吸い込まれるように消えた。
餌に吊られる程度の意志でよかった。
『もう、セツナが宿化してって言うからじゃないか』
そういや、これ聞かれるの忘れてた。
ルメル、お前は隠れてるわけじゃない。戦うために、お前が必要なんだ。
『あ、そっか。宿化してる方がセツナは戦えるもんね』
あぁ、そういうことにしておく。
木の影から、不穏な奴が姿を現す。
はぁ、何で、こういう奴って、イケメンが相場なんだろう。
緩く、うねりのある金髪は、凛とした顔立ちを照らすかのように、うねっている。
黒いマントに、真っ白な布を、Vネックのように羽織り、茶色いパンツに黒いブーツで纏めあげ、オシャレ雑誌のモデルと間違われても、過言ではない。
相対する俺は、何も着飾らない。自然体の象徴。
自然の良さを活かした仕上がりとなっている。
どちらも、オシャレの最先端に、いるに違いない。
そして、頭の横に浮いてるの。
あれ、神魂じゃない?
真っ白な、モコモコの毛から、真っ黒な顔がニョキっと顔を出している。
頭部にはルメルと同じように巻角が二本生えている。
羊だな。
メーとか言ってたし。
ルメルと全く同じサイズ感だな。
姿を現した男は、真っ直ぐにこちらを見て歩いてくる。
また、俺に用か…
「いたな」
「なんだここはメー。木が鬱蒼としているはずだメー」
「あいつが何かやったんだろう」
確かに、俺がやりました。
てか、俺を探してた?
いたなって、俺に会いに来てるじゃん。
「なんだお前は、俺に何か用か?」
威厳を保ちつつ、先制して問いかける。
「貴様、何故裸なんだ?変態か?」
俺の質問は、ガン無視ですか。
異世界から来た事は隠すべきか。
どうする、なんて答えるべきか。
「俺の民族は皆、自然体の象徴だ。服で着飾る事は、神への冒涜にあたる」
この世界に、そんな宗派や民族がいるのか知らないが裸の民族くらいいるだろ。
「貴様の世界には、変わった神がいるんだな」
バレてるぅううー!
何なんださっきから、何で異世界から来たってバレバレなの。
保護してくれよ。
情弱すぎて、情報負けしそう。
「文化が違うからな。それで、なにか俺に用か?」
「そうだな、俺も時間がない。手短に済ませてもらう」
すると男は、俺に左手をかざしだした。
「なんだ、なにをしてる?」
「神魔吸魂」
何かの技のような言葉を言い放つと同時に、キュィィィイイイ!という異音が木霊する。
すると、ルメルが、バックパックから、飛び出し、男の掌にくっ付いた。
「おい、お前!何をしてる!やめろ!」
咄嗟に立ち上がり、ルメルを掴もうとするが、その手はルメルをすり抜ける。
「ほう、いい客が着いたようだな。神クラスではないが、コイツは期待できる」
とりあえず、抵抗しなければならない気がする。拳で。
ケンカなど、した事もない俺が、拳を振り上げる。
ヤツの右頬めがけ、会心の一撃となるはずだった俺の右手は、既の所でヤツの右手に掴まれた。
掴まれた右手は引っこ抜くことが出来ず、そのまま右手を潰され激痛が走る。
「あぁぁぁぁあああ!」
痛い痛い痛い痛い痛い!
ヤツの右手の中で、俺の右手がグニャグニャになり引っこ抜けた。
堪らず叫ぶ。
「ルメル!」
…
「おかしい、何故吸えん」
少しの攻防の末に、ヤツがぼやく。
「多分、魔力が足りてないメー。もっと魔力を込めるメー」
更に、キュィィィイイイ!という異音が木霊する。
痛みを堪えながら、耐えてくれ、と願う俺。
「む、これ以上の消耗はできん」
ヤツが手を降ろしたのと、同時に異音が消えた。
「あぁ、死ぬかと思った」
珍しく、ルメルに同意である。
「何が目的だ?俺を殺すのか?」
「何故吸えん。貴様、気味が悪いな。お前には使い道がある。また来る」
「ほんとだメー。気味が悪いメー。また来るメー」
捨て台詞を吐いて、ヤツはそのまま直進していった。
次のデートの約束まで貰っちゃった。
「ルメル大丈夫か?」
「うん、何ともないみたい。意識が、無くなりそうになったんだけど、8がロックしてきて、何か大丈夫だった」
全く訳がわからん。今に始まったことじゃないが。
気にしたら負けだ。
「まぁ、無事でよかった。飯楽しみにしてろ」
「やった!もうお腹ペコペコだよお」
食わなくてもいいんだろうが、気にしたら負けだ。
一難去り、落ち着いてきたところで、右手が疼いてきた。
脳が痛くなるほど、右手が痛い。
バックパックに右手を突っ込む。
やばいなーこれ。自然回復で治るのかな。
これ、全治何ヶ月なんだろ。
俺の右手が、一歳年上になっちゃう。
右手を引っこ抜いてみると、痛みは消え、見た目も元通りかと思ったが、ちょっと、歪んでない?
中指とか、第一関節から、あさっての方向を向いてる。
痛くないんだけど、なんか痛い感じ。
ヒーラーとかいたら、治してもらおう。
いや、いいこと思いついた。
もう一回、グニャグニャに骨折って、固定しながら自然治癒したら、いけるかも。
一瞬、そんなサイコパスな考えが頭を過ったが、無理だ。そんな勇気持ち合わせてないっす。
そういや、夜飯のことも考えて、一度、クマの様子でも見にいってみるか。
最悪の晩飯は、熊肉になる。
木で隠れてて、ここからだと見えないが割と近い。
クマ、息絶えてるかな。
そんなことを考えつつ、クマの方へ向かうと、クマを観察するように、おいしそうなオレンジ色の頭髪をした女性がしゃがみこんでいた。
あっ、断末魔の女の人だ。
「どうしよう。服もないし。また、目の前に、出て行ったら悲鳴あげられちゃうよな」
そんな、俺の何気ない一言に、ルメルが仰天の返答を返す。
「そういえば、セツナってさ、何で着てた服、着ないの?バックパックにセツナが前の世界で着てた服、入ってるよね?」
その一言に俺は、ひらがな一文字すら、発することなく。
ただただ、開いた口が塞がらなかった。
日本語って難しいよなぁ。文字だと特に。
「そういえば、あれ大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
こういう会話とか。
でも、それがいい。