5.悲鳴の刻
なんだ、今の悲鳴は。
神格化するフラグを建ててみたんだが、今のにフラグ折られちゃったかな。
もし、魔物が出現していれば、間違いなく今の俺では勝てない。
そもそもこの世界に魔物はいるのか?
「ルメル、この世界にも魔物って存在するのか?」
「もちろん、いるよ」
だよな。異世界に来て、魔物が居ない平和な世界です。
なんて、返されたら、物語がすぐ終わるよな。
さて、様子を見に行くか。どうするか。
それに、俺の宿化の能力は、結局なんだったんだ。
普通に、いつも通り吸い込んだだけだよな。
「どうする?声がした方へ、行ってみるか?もし戦闘になったら、俺の勇姿ちゃんと見とけよ。てか、今思ったら、中に入ったら宿化するじゃねーか」
「お任せするよ。う、うん、多分…入る無い」
そういや、クマと戦ってた時、宿化してたのか。
特にあの時もこれといった、異変は無かったよな。
てか、「入る無い」ってどっちだよ。保険かけたなコイツ。
隠れるために、無自覚で宿化するとか、そんな神魂、居ていいのか。
おっちょこちょいすぎ。
とりあえず、気になるし見に行ってみるか。
足音を殺し、忍び足で石碑のあった方へ向かう。
裸足のおかげで、忍び足もちょろいぜ。
茂みを掻き分け、木の影からこっそりと、石碑の方を索敵する。
そこには、足の甲を木の下敷きにされ、蹲って呻いている女性がいた。
剣士のような、出で立ちをしている。
美味しそうな、オレンジ色の髪を肩まで下ろし、毛先は緩くウェーブがかっている。
お尻にバックルを着け、右腰には、真っ赤な柄の剣が地面を這っている。
木は倒れずに直立し、何故か、その木に、足を下敷きにされていた。
俺は敵がいるかもしれないという、可能性など忘れ、気づいた時には体が動いていた。
何故かって、女性が蹲って呻いている。それ以上の理由なんてないのだ。
「おい!!大丈夫か!!何があった」
光の速さ(気持ちだけ)で、バックパックを構え木を吸い込み、すぐさま背負い直し、蹲った女性の目の前に立ち、肩を掴み、そう問いかけた。
そう、それは、女性が顔を上げた時だった。
断末魔の叫びのような。
この世のものとは思えない。
身の毛もよだつほどの、悍ましい悲鳴だった。
「ギィィィィイイイイヤアァァァァァア゛ア゛ア゛」
彼女は、俺に目もくれず、起き上がり全速力で走り去っていった。
…
空気が凪いでいる。
まるで時間が止まったかのように。
世界が停止した中で、彼女がいたはずの眼前では、今もゆらゆらと、振り子は弧を描いていた。
「助けてあげたのに、何で逃げてったのかな。お礼の一つくらいあってもいいよね」
ルメル、言うな、それ以上言うんじゃない。
傷口を抉らないでくれ。
「だが、彼女が事故ってたのは、きっと俺らのせいだぞ」
「え、どういう事?」
あの、不自然な状況を見て、もう答えは出ている。
この石碑の周りには、木なんか生えていなかった。
そして、木の根っこは地面を這っていた。
決定的なのは、直立した木に、足を下敷きにされていた事だ。
無かったものが突然出てきて、踏まれたとしか思えない。
つまり、あの木は俺らが飛ばしたんだろう。
宿化の能力も何となくわかった。
ルメルの能力は、宿化すると外部へ干渉するんだろう。
能力を検証していた時、宿化した能力を使おうと、思考し、木を吸った。
本来、この吸う時に、【吸う思考】と、【吐き出す思考】もしなければ、いけないはずだ。
だが、吐き出す思考をしなかったため、ここへ来てから、強く頭に残っていた場所が、俺が棒立ちしていた、この地点なのだろう。
「宿化した能力は恐らくだが、外部へ干渉し、双方向で吸いながら吐ける能力だ。吐き出すイメージをしなかったから、印象に強く残っていた、この地点に、吸った木が吐き出されたんだろうな」
「すごい、天才なの?」
天才だったら素っ裸で、女性の前に出るような行動は取らないんだがな。
「まぁ、そうなるな。ところでクマとの戦闘の時って、いつ入って、いつ出てきたんだ?」
持ち上げられ、気持ちが良かった為、つい肯定してしまった。
「えーと、クマが二足で立った時には、もう、体半分入ってたから、そっからかな。出た時はクマに木が当たった後だね」
初っ端から、隠れてた気はした。
まぁ、この件に関しては、散々言ったからいいが。
ルメルの言う通りであれば、木を吐き出す行動しか、していない。
吐き出す思考を入れたから、宿化した異変に気付かなかったというわけだ。
くそ、これを知ってたら、クマなんか余裕で倒せたな。やっぱり情報って大事だよな。
なんか、一段と、強くなった気がする。
木の補充しとくか。
魔力の消費量と、底が分からない以上、なるべく節約しなければ。
戦闘中に双方向で、吸いながら吐くよりも、吐くだけの方が魔力の節約ができるだろう。ストックしとこう。
能力を初めて知った時に、調子に乗って、木を吸いまくり、フラフラした。
あれが、魔力の枯渇気味サインなんだろう。
フラつくまで吸ってみるか。
そうだ、魔力が枯渇気味になった、この状態の事を【フラる】と名付けよう。
…
やっぱダサいから却下で。
自分の限界を知るのは大事な事だ。
飲みの席で、酒を一気飲みして、救急車で運ばれるヤツは、限界を知らないからだ。
この世界では、救急車が来ないから、限界を超えたら死ぬだけだ。
来ないよな?まさか、街に行ったら車が排気ガス吐きまくって、渋滞してたりしないよな。
という事で、フラるまで、木を吸いまくった。
思ったより、吸えてしまった。
その数、100本くらい。
もしかして、魔力総量上がっちゃってるんじゃないのこれ。
いやー、結構な禿頭にしちゃった。
ごめんな、樹海よ。
俺を守るためだと思って、許してくれ。
石碑を中心に、半径50メーター程の、原っぱが出来上がった。
原っぱといっても、ボコボコしていて、茂みも残っているので、小汚い原っぱである。
結構疲れた。
肉体的にフラついた可能性も、微レ存。
それにしても、視界を遮るものがないというのは、安心感が違うな。
魔力回復も兼ねて、ちょっと休憩だ。
地面をちょっと整地しよう。
座り心地を良くするため、雑草や小石を吸い上げ、土もちょっと吸って穴を作る。
今度は、小石、雑草、土、の順に戻し、乾いた土を最後に戻す。
そこへ、バックパックを座布団代わりに敷いて、胡座をかく。
あー。いいわ。
やっと落ち着けた。
ん、そういや、このバックパック、かなり乱雑に扱ってるのに傷一つないな。
あのオッサン、結局はぐらかしたまま、何の皮なのか、答えないし。
魔力回復したら、この辺り一帯を整地して、木を組み上げて、仮の寝床でも作っとくか。
なんせ、どのくらい離れた、場所に街があるか、わからんからな。
そろそろ、日が暮れた時の事も考えとかないと、まずい頃合だろう。
最悪の食料は、あのクマ焼いて食うしかないな。
まだ生きてんのかな。
クマって、美味いんだろうか。
毒とかないよな、流石に。
てかあれだな、水分の方がやばいな。
というか、今、穴掘った時、土ちょっとだけ、湿ってたよな。
フラフラ感も無くなってきたから、ちょっと試してみるか。
バックパックを地面に向け1メーター程地面を吸収する。
直接吸える距離は、せいぜいこのくらいまでだな。
今度は吸った物を、水分だけ、吐き出すように思考する。
この時に、ウイルスなどが入らないように、純粋な水のみを思考する。
逆さに持ったバックパックから、水がチョビチョビと垂れてきた。
おお、やった!
水分問題解決!
今後も生きる上での、ライフラインを確保できたのはでかい。
頭上に掲げ、垂れてきた水滴を口に含んでみる。
若干の土臭さはあるものの、いける。
もっと深くまで吸えたら、地下水とかあるんだろうか。
この深さだと、直近の雨で含まれた水分だろうな。
んー待てよ。
宿化したら、意識した場所も、吸い込めるんじゃないか?
もし、俺が名探偵だったら、黒い画面に稲妻が走っている気がする。
「ルメル、水飲むか?」
「必要ないけど、ちょうだい」
水分も食料も必要ないなんて、便利な体だな。
口を上に向けた、ルメルに水を垂らしてあげた。
「お、おいしい…初めて水を飲んだよ」
これでうまいのか。
この水でうまいって、初めて食事したら美味さで、悶絶するんじゃないだろうか。
「よかったな。おかわりいるか?」
「急に優しくされると、怖いんだけど…」
怖いといいつつも、おかわりを飲むルメル。
「じゃあ、ちょっと試したいことあるから、宿化してくれ」
「あぁ、そういうことね」
ヒュンと入っていき、バックパックへの宿化が完了した。
穴の横へバックパックを向けて、穴の底を吸って、バックパックから吐くように思考してみる。
…
何も起きないな。
流石に、意識した場所を吸えたら、チート過ぎるよな。
『あぁ、そういうことね』
何をやるのか知らない、ルメルが理解したように口を挟んでくる。
試しに、ストックした木を指定した場所へ排出してみると、ドサッという音と共に、砂埃を上げて問題なく落ちてきた。
吐くだけなら、問題なくできるようだ。
『できちゃったね。木の事件は、やっぱり僕らのせいになるのかな』
十中八九、俺らが飛ばした木だろうな。
木を回収し、休憩に戻ろう。
「ルメル、もういいぞ」
「ダメだったかー」
水を飲みながら、寛いで、ルメルと戯れて、どのくらいの時間がたっただろう。
一時間も経ってないと思うが、完全にフラフラ感は消えた。
どれ程の魔力が復活しているのか。
また、木でも吸って検証してみるか。
そう思い、立ち上がると、視界に映る穴。
整地された地面に、水を確保するために掘った、穴。
その数、四つ。
えっ?
穴増えてね?
増えた穴を凝視する。
違う、穴じゃない。影だ。
影の元を辿るように、天を仰ぐ。
そこには、太陽の光を遮るように、三つの人影があった。
歳のせいか、あの単語なんだっけ?ということが度々あるんだけど。
小学生でも、無意識に口から出てくるような単語を忘れちゃって、調べたんだけど。
後書きで、ネタにして書こうと、思ってたんだけど。
その単語が何だったのか、忘れちゃったんだけど。