4.戦いの刻
茂みの中からクマがあらわれた!
クマは、歯をむき出しにして威嚇している。
主人公は、ようすをうかがっている。
ルメルは、身を丸くしてバックパックへ半身を突っ込んでいる。
クマは、ウーッと唸り二足で立ち、臨戦態勢に入っている。
おいおいおい。
やばい。脂汗が止まらん。
裸一貫にバックパックでどうしろっていうんだよ。
クマは四足で走り出し、こちらへ突進する勢いで向かってきている。
ひぃいいい!
走ると足が痛い事など忘れ、無我夢中で木と木の間をくぐり抜ける。
木が鬱蒼と茂っているおかげで、狭い木の間をくぐり抜けると、通り抜けられないクマの勢いが弱くなる。
それでも、餌を前にしたクマは興奮しながら、回り道をして勢いよく向かってくる。
やばいこれ、狭い木の間が無くなったらアウトだ。
全力で走り、狭い木の間をくぐり抜け、それを何回か繰り返していると、アウトのパターンがついに来てしまった。
このまま走って逃げると追いつかれる。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
自分にそう言い聞かせ、覚悟を決めた。
振り向き頭をフル回転させ、クマと相対する。
普通の人間でも、クマと遭遇し、生身で戦ってクマに勝ったというニュースをたまに見る。
俺ならできる。
こちらへ勢いよく向かってくるクマ。
バックパックを両手に持ち替え、クマに向け、タイミングを計る。
まだだ、外したら終わる。
引っ張れ。
クマとの距離、約5メーター。
外したら、死ぬ。死ぬ。死ぬ。
震える手で、クマよりもちょっと下に、エイムを合わせる。
今だ。
その距離3メーター。
勢いよく真上へジャンプし、自分に当たらないように木を吐き出す。それも三本。
クマに対して真下に落とすほど、高くジャンプ出来るはずもなく、斜め向きに倒れるように木がバックパックから吐き出される。
突然の木の出現にクマが警戒を強め、避けようとする。
一本の木がクマ目掛け、倒れかかる寸前、華麗に横へ避けたクマ。逃げ道を塞ぐように出した、二本の木のうち、一本がクマへクリーンヒットする。
もがくクマ。
外した二本を回収する。
背中のど真ん中に、一本の木で押さえつけられているが、もがく勢いが怖すぎて、追加で二本だし、*の形で押さえ付ける。
命を懸けた、初めての死闘であった。
まだ、心臓が早鐘を打っているが、戦闘狂の気持ちが何となくわかる。
生き残った後のこの感じ。快感になるかもしれない。
クマの生殺与奪は俺にある。
これから先の事を考えると、命を奪う苦しみに慣れておかないと、身が持たない気がする。
でも、まだ自らの手で、他の命を絶つ覚悟が出来ていない。このままにしとこう。
人は虫くらいの生き物だと何も考えずに殺すが、サイズがでかくなると躊躇する。その境界線は謎だ。
「さすが僕の神魂主。やってくれると思ってたよ」
「お前、どこに居たんだよ」
「バックパックの中」
俺の大奮闘、見とけよ。
「どおりで、探しても見当たらないはずだ。というかお前自体に物理攻撃って効くのか?」
「僕は精神生命体だから、基本的に物理攻撃や魔法はすり抜けちゃうね」
「じゃあ、隠れる必要ないだろ」
「初めての戦闘だし、怖いものは怖いじゃない」
無敵の防御力を持ってるヤツが何を言ってる。
俺なんて、一発でも当たれば、黒ひげが飛び出すぞ。
「そもそも無機物以外は吸えないんだろ。バックパックの中に入ることが可能なのか?」
試しにクマを吸おうとしてみるが反応しない。
「神魂が一時的に、宿主へ宿化するのは普通の事だよ。宿っている間は、肉体でその能力が使える。ただ魔力の消耗が激しいからね。魔力が底を着いた状態で、神魂の能力を無理矢理、使ったら、神魂が宿主に飲み込まれて消えてしまう。それを神格化と言うんだ。神格化すると能力での魔力消耗が無くなるんだ」
「神格化した方が強いってことか。いっちょやってみっか」
戦闘中、隠れてた仕返しに意地悪を言ってみる。
「話聞いてた?僕…消えちゃうよ…」
俯いて、哀愁ただよう表情で返事をするルメル。
しょうがない、さっきのは水に流してやろう。
「宿主じゃない俺でも、神格化って、できるのか?」
「僕が、バックパックに宿ったまま能力を使い続ければできるのかな?そのあたりは、やってみないと分からないね。それと、神格化するのもメリットだけじゃなくて、神魂での外部への干渉ができなくなるから、肉体のみでしか能力を使えなくなるんだ。能力との相性にもよるだろうけど、双方が使えなくなる神格化は、自ら望んでする人はそんなにいないよ。だから、僕を飲み込まない方がいいんじゃないかな」
神格化する気など元々ないけど。意地悪が結構、効いてるみたいだな。
一人でいるよりかは、ルメルが居るだけで、それなりに寂しさが紛れる。
多少は感謝してやってもいいか。
孤独という、精神攻撃は恐ろしいのを先程、身をもって体験した。
機嫌でも取ってやるか。
「ルメル、お前飯って食うの?」
「食べなくても良いけど、食べることもできる」
「好きな食べ物とか、あるのか?」
「まだ、何も食べた事がないから、何が好きなのかわかんないや」
「じゃあ、街に着いたら、お前の好きな食べ物でも探すか」
「ほんと!!絶対だからね」
なんか、宿題作っちゃったな。
まぁ、いいか、生きて街に付けるかわかんないし。
そんな事よりも、早く次の疑問が聞きたくてウズウズしている。
「なぁ、お前の能力って神格化すると、どうなる?お前の説明だと、バックパックが既に宿化した状態じゃないか?」
ルメルの説明を聞いてから、この疑問がずっと頭の隅でモニョモニョしていた。
ルメルの好物の話なんか、右から左だったわ。
「それについては、やって見ないとわからない。僕もその疑問はずっとあったんだ。」
わからんのか、じゃあ、やるしかないだろ。
「やってみていいか?俺の魔力が、どの位の底なのかわからんが。」
「やってみる!僕もどうなるのか知りたい。魔力が底をついて、神魂の能力を使うには気を失うくらいの気力を注がないと、能力が使えないから、自分でもわかると思うよ。間違っても気を失わないでよね」
コイツ、まだチクチクしてくるか。
好物食わせるまでネチネチして来そうだな。
それよりも、ドキドキしてきた。ただでさえチート級のバックパック。
これ宿ったら、どうなるんだろう。
ふぅ、落ち着け。その前に足を突っ込んで自然治癒しとこう。
「じゃあ、宿化頼む」
「かしこまった」
ヒュンとバックパックへ吸い込まれていくルメル。
それでは、バックパックを空に掲げ、いざ、参らん!
…
…
…
何も起きんな。
『木とか吸ってみようよ』
ふぇっ!?
宿化しても会話できんの?
『テレパシーみたいな事できるんだね』
うわ、これ思考読まれんのか。
逆に困るんだけど。
こっちみんなや。
『僕だって、君の思念が勝手に流れ込んでくるんだから、どうしょうもないよ』
ルメル、言葉だと言いづらかったけど。お前が来てくれて助かったよ。ありがとう。
『え、ちょっと、何企んでるの?ま、まさかね…』
じゃあ、木、吸うぞ。
『う、うん』
スンッ!
っと、消えた木。
それと同時に、石碑があった方から、甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「ギャァァァァァアアアアアア!」
それは、断末魔の叫びのような。
性別すら判別不可能で。
この世のものとは思えない。
身の毛がよだつほどの悍ましい叫びだった。
ブクマ!ブクマ!初の一件ありがとうございます!チョーーー嬉しいです。チョーーー大好き。