3.始まりの前の刻
「那由多、じゃあ直樹の事よろしくね」
「あぁ、気をつけていってらっしゃい」
俺は、玄関でそんな挨拶を交わしつつ、お見送りをしている。
「直樹、ちゃんとお兄ちゃんの言う事聞くんだよ」
「うん」
「ゲームばっかりしないで、ちゃんと勉強もするんだぞー」
「うん、多分する」
「今度テストで0点とったらゲーム没収ね!」
「わかった、0点"は"もうとらない!」
「30点"は"がんばれ!」
「30点"を"頑張る!」
「とりあえず元気でね、ご飯ちゃんと食べてお兄ちゃんの言うことも、ちゃんと聞くんだよ」
「うん、母さんもご飯ちゃんと食べて元気でね」
いや、そこ30点でいいんかい。
昔はテストの点数も良かったのに。
0点を取った日を境に、そこからテストの点数が悪くなった。
実際のところ、姉もテストの点数なんか気にしていない。
仲の良さを見せつけられただけだ。
「じゃあ行ってくるね」
「「行ってらっしゃい」」
部屋の外へ出て、姉が見えなくなるまで、手を振り続けた。
それにこたえるように、姉も手を振り続けながらエレベーターが閉まり見えなくなった。
凄絶なる別れを交わした俺たちは、部屋の中へ戻った。
大袈裟に別れを表現してみたが、姉が仕事で、ひと月ほど出張に行くだけである。
姉の一人息子である、直樹を、最強職についた俺が、責任を持って預かるというお仕事だ。
最強職と言うのは、言わずもがな無職である。
そう、こういう物語の主人公、定番の最強職だ。
だがしかし、仕事を与えられてしまったため、無職ではない。
もし街で逆ナンでもされて「お仕事は何をされてるんですか?」なんて、質問があった時には「ええ、教育系の仕事をちょっとだけ、かじっております」なんて返答ができてしまう。
最強職では、なくなってしまったが、最強職の唯一の弱点属性である【風属性】に対して、これで抵抗を持つことができた。
ふふふ、今の俺は、風当たりにも強い最強職の上位に位置するかもしれない。
そんな、厨二病満載な妄想をしている俺をさて置き、直樹は座布団の上で胡座をかき、右手にコントローラー、左手に【世界の神々】と書かれた本を持ち、画面と本を交互に睨めっこしている。
これは、間違いなく俺の甥だ。
「そんな本読みながらやるのが楽しいのか?」
「実在するモデルから得られるヒントもあるんだよ」
直樹がやっているゲームは有名な【レジェンド・オブ・ファンタジア】というゲームだ。
あらゆる謎が散りばめられ、初見では取りこぼし不可避なアイテムや、武器、召喚獣が必ずあるという。
そして、このゲーム最大の謎は、脚本から監督までを務めた人物が、ゲーム完成とともに謎の死を遂げてしまい、もはや本当に伝説となっている。
ゲームの完成試写会の打ち合わせ日に現れず、連絡もつかないため、不審に思った担当マネージャーが自宅へ駆けつけたところ遺体として発見された。
遺体にはなんの外傷もなく、ベッドで寝ているのかと思い、起こそうとして体に触れた瞬間、自分の体温との違いに気づき、やっと異変に気づいたらしい。
「綺麗に魂だけ抜けたようだった」と担当マネージャーが泣きながら会見していたのが記憶にも新しい。
この事件が起きたのは1年ほど前で、最近行われた一周忌後の会見による発言である。
その会見の言葉に因んで、ネット上では、作中の最終章【反魂事変】で、ラスボスが主人公の仲間五人の魂を抜き取り、反魂させ操られたことから「反魂事変だ!」などと騒がれている。
反魂とは違う気がするが、ネット民はお祭り騒ぎがしたいだけなのだろう。
さて、話はちょっと戻るが、部屋を出てエレベーターがあると言うことに「さては金持ち?」と、お思いでは無いだろうか。
実はここ地上41階建てのタワマンなのだ。
他の物語の主人公であれば、テッペンに住んでいるのだろう。
ふふふ、だが俺は違う、32階だ!
しかも賃貸だ!
ニートでこんなとこ賃貸でも住めないが、俺には現在不労所得がある。
18歳の時から社会人を始め、限りなく、いや、べらぼうに漆黒な不動産系会社で、去年まで死に物狂いで、社畜をしていた。
堅実に、地道に、最強職への道を歩いてきたのだ。
現在ではマンションを4棟持ち、好きなだけ寝てても生活ができるのだ。
もう二度とあんな仕事はしたくないが、思い出しただけでも溜飲が上がってくる。
「直樹、今日、二駅先の、お祭りで、フリーマーケットやってるんだけど、行くか?」
「行く」
秋になると、二駅先で銀杏並木の道にフリーマーケットが乱立するお祭りがある。
圧巻の景色で歩いているだけでも十分楽しめる。
お祭りは雰囲気だ、ただフラフラするだけでも楽しい。
「30分後に出るから準備しといて」
「うん、もうできてる」
「早いな、準備するから待ってて」
「うん」
実は、去年も直樹と一緒にこのお祭りへ行っている。
元々、今日このお祭りに行くとわかっていて下準備していたのだろう。
ソファの横に、リュクサックが立てかけられている。
まぁ、二駅先だから手ぶらでもいいんだけど。
俺は去年のフリーマーケットで、一目惚れして購入したバックパックへ荷造りを始めた。
このバックパック、質感や色感、サイズ感、全てが素晴らしい。
見た目は、高級感溢れる黒い皮で、バケツ上の形をしており、頭を紐でキュッと結ぶタイプだ。
だがしかし、見た目に反してとても汎用性が悪い。
重く、中に物が少ししか、入らないのだ。
だがしかし、気に入っているから使っている。
水と財布を入れ、鍵を入れたところで、もうパンパンである。
ホントなんだよこれ。形状通りであれば、あと3倍近く入ってもいいだろ。もっと収納力あってもいいだろ。
まぁ、これ以上持っていく物もないからいいけど。
準備も終わり、ひょいっとバックパックを背負う。
あぁ、重てぇ。
このサイズでなんでこんな重いんだよ。
気に入っているが、今日、お前はクビになるかも知れない、すまない。
クビにすることを考え、このバックパックを売っていた、胡散臭いオッサンを思い出す。
「おぉ、いいな、このバックパック」
「ガハハハ、兄ちゃんそのバックパックに目をつけるとはセンスがいいな」
「センスだけはいいんです」
「そのバックパックは手作りだ、丈夫だぞ」
「なんの皮で作ってるんですか?」
「ガハハハ、俺の皮だ」
「気持ち悪いんで、やめておきます」
「じ、冗談だ、サービスするからどうだ?」
「まぁ、一目惚れしちゃったんで買います」
「いい目をしてるな、まいど」
「はっ、思ったより重いな」
「兄ちゃん、似合ってるぞ」
「どうも」
今年もいるのかな、あの胡散臭いオッサン。
準備も整ったし、そろそろ出発するか。
「おっけー、行くぞ」
「うん」
家を飛び出し、電車に揺られ、ガタゴトと7分。
改札を抜けると、黄金色に靡いている銀杏並木。
並木道を歩いていると、ポツポツとフリーマーケットの露店が乱立し始める。
「いい景色だな」
「今年も綺麗だね」
「なんか欲しい物あったらプレゼントしてあげるよ」
「いいの?」
「あったら遠慮しないで言えよ」
「ありがとう」
いいお兄ちゃんだな、俺。
いや叔父さんか…
まだ叔父さんと呼ばれる覚悟はできていないが、叔父さんなんだよな。
初見で会った人の風姿判断では、「お兄さん」と、まだ、呼ばれる。
おじさんの境界線は年齢じゃない。他人にどう呼ばれるかなのだ。という事にしとこう。
まだなのか、もうなのか、わからんが、27歳だし、年齢的にもセーフだろう。
並木道を歩きながら、物思いに老けていると、まさかの逆ナンをされてしまった。
「お兄さん、そのバックパック格好いいですね」
まじか、俺にもとうとう春が来たか、秋だけど。
バックパックっていう部分は建前であり、本来付けたくなかった、照れ隠しの部分なんだろう。
その証拠に、あんなに眩しい笑顔で、俺の事見てくるし。
背景の銀杏並木に同化するほど、黄金色に輝く艶やかな頭髪に、負けじと黄金色に輝く瞳。その端麗な顔立ちをした美女に、俺は今、逆ナンをされている。
「ですよね。重くて、収納力なくて、汎用性悪いけど気に入ってます」
だが俺は紳士だ。
その言葉通りの返答を行うのが礼儀である。
いやぁ、とうとう来たか。
この国では、時代が俺に追いついてなかったんだろう。
その証拠に、国境を超えて来ちゃったよ。
しかも、絶世が付くほどの美女に。
「そのバックパックにこのチャーム付けませんか?絶対に似合いますよ」
まーた。
素直に俺に付けて欲しいって言えばいいのに。
まぁ、もう買うのは確定してる。
ただこの一時を、大事にしたいのさ。
「へぇ、綺麗な玉ですね」
ふふふ、お分かりだろう。
玉は俺の照れ隠し。
君がやった事を俺もやる。
知ってるかい?
ミラーリング効果って言うんだぜ?
「弟さんとお揃いでどうでしょう、一つ千円のところ、二つで千円に、サービスしますよ」
そう来たか。
さすが、俺の時代へ到達した、お方だ。
まさかもう、行く末の義兄弟へ、親睦を深めにきたか。
俺が追いつけるか、不安になってきたぜ。
「直樹、どうする?このチャームお揃いでつけるか?記念にプレゼントするぞ」
「ほんと!?これ欲しい!付けたい!」
良かった。弟(甥っ子)の反応も好感触のようだ。
親族関係も問題無さそうでなによりだ。
「じゃあ記念にお揃いで付けようかな、きんた…金色のやつと、銀色のやつください」
危ねェー!
気持ちが先走っちまった。
あれ程略すな、と念押ししただろう。
「ありがとうございます。でも、同じ色にした方がお揃いでよくないですか?」
わかるよ。
弟にも、君と同じ色を付けて欲しいんだろう。
しょうがないやつだ。
ここは一つ、ストレートに言ってやろう。
「その色だけがいいんですよ」
決まったな。
君の瞳に乾杯。
俺は今、満塁ホームランで手を振りながらベースを周回中さ。
「同じ色の方が絶対いいですよ。同じ色の方が、きっと、より絆が強くなるんですよ!」
決めに行きすぎたか。
若干、取り乱しているようだ。
それほど、お揃いの色を付けて欲しいなら直樹に交渉だな。
「直樹、金色のお揃いの玉付けよう。絆が強くなるみたいだぞ」
「えー、やだ。銀がいい。兄ちゃんが銀に揃えればいいよ」
交渉決裂だ。
選択肢が10通りあるが、一つの選択しかない時があるのさ。
直樹もあと10年も経てば、その正解が導き出せるさ。
「すみませんね、お互いに譲れないみたいなので」
だが、これで俺の揺るがない意志が伝わったはずだ。
君の瞳には、一本の芯が通った男が映っているだろう。
「そうですか…わかりました」
君の弱い部分は俺だけに見せな。
なんか、しんみりしてるし、話題変えるか。
「お姉さん、外国人ですか?この玉のように綺麗な金髪してますね」
俺は、君の事をよく知らないんだ。
君の事、教えてくれるかい。
「ええ、一応外国人になるんですかね」
一応ってのは何だ?
在日的な感じ?
確かに、流暢な日本語喋ってるよな。
愛に言葉の壁は関係ないから、気にならなかったな。
「お名前なんて聞いてみたりしてもいいですか?」
純粋に気になってきた。
どっちよりの名前なんだろう。
「ええと…ルカです」
こっちよりか。
ちょっとタメを入れたのは、より記憶に残るようにしたんだろう。
「和のテイストを垣間見る、いいお名前ですね。私は教育系の仕事を少々かじってるんですよ」
聞かれてないが、もう自分から言っちゃう。
ガンガンいこうぜ。
「それは素晴らしいお仕事をなされてますね。ではお二つどうぞ」
そうだろう。
やはり、最強職の上位に位置するのが、今の俺だ。
「サービスまでしてもらっちゃって、ありがとうございます」
サービスは二人だけの秘密だろ?
言わないでくれ、わかっている。
「よろしくお願いします」
急激な展開に鼓動がでかくなる。
それは俺から言う台詞だろう?
完全に、やられちまったぜ。
満面の笑みを作り、両手にチャームを持ち、直樹と俺へ差し出される。
改めて、同じ言葉を返そうと、チャームを手に持った瞬間、目が眩むほどの、眩い閃光がチャームから迸った。
それと同時に、俺は意識を失った。
長所と短所に同じ事書く人いますよね。この主人公は両方にポジティブっていうワードが入りそう。