2.出会いの刻
あぁ、いい人生になるはずだった。
死の淵に立っているのだろう。
とうとう、幻覚まで見えるようになってしまった。
幻覚にしては、このマスコットのような、俺の頭一つ分くらいのサイズ感で、デフォルメされた竜はコミカルすぎて、頬が緩んでしまう。
巻角が頭から二つ生え、左目が純色を塗りたくったような黒色、右目が純色を塗りたくったような白色、のオッドアイである。一縷の汚れもない程に純白な体に、相反して、全ての闇の元凶かのような漆黒の翼が羽ばたいている。
「ふっ、かわいい幻覚だこと」
「いやいや、最強職ってなに?」
あまりにも、幻覚の現実味を帯びた応答に、ふと我に返る。
え、なんか会話してない?
幻覚と会話してない?
冷静さを取り戻した俺は、幻覚に話しかけてみる。
幻覚に話しかけるという行為が、そもそも冷静なのか疑問ではある。
「お前だれ?」
「質問を、質問で、返さないでよ」
「えっ、会話できるの?」
「そりゃできるよ。君の神魂だもん」
「神魂って何?」
「メトロキウス様が生み出した魂さ」
「メトロキウスって誰だよ」
「ロキ様は、この世の創造神さ。それに、僕の神魂主であるが故に、呼び捨てはまずいよ。ロキ様の能力の一つである、謁見の間で、神魂を覗くことが出来るんだから。それと、神魂主である君が死んだら、神魂である、僕の存在も消えちゃうんだから、死なないでよ。正確には、君というか、そのバックパックの神魂なんだけどね。物に神魂が宿るなんて、初めての事例だから、君が死んだら僕は消滅するのか、わからないから、とりあえず死なないでよ」
なんか、色々と登場してきた。
メトロキウス?神魂?
コイツ完全にイッちゃってるわ。
てか、そこで区切っちゃっていいの?
ロキ様って、もう違う神様になっちゃってるじゃん。
コイツというか、俺の頭がイッちゃってるのか?
というか、説明が足りなすぎだろ。
1を知らないのに、10を教えられても意味がわからん。
「死んで欲しくないなら、これからどうすればいい?」
「えっ、そんな事、僕知らない」
は?
久しぶりに、ひらがな一文字で返事をした気がする。
「ここはどこ?」
「僕も生まれたばかりだから、よく知らない」
「じゃあ、名前はあるの?」
「名前もない」
「じゃあ名前付けてやろうか」
「えっ!?ほんと!?」
喜色満面で返事をされるとは、思わなかったが、そんなに嬉しいのか。
名前か、そうだな、あれにしよう。
恍惚と、名前を呼ばれるのを待っている、ミニ竜へ名前を呼んでやる。
「ルメル」
「はっ、はい!!!」
喜色満面で返事をしたルメルには、甥っ子がゲームの主人公のペットに付けていた名前、だと言うことは伏せておくことにしよう。
「ルメル、質疑応答を行う」
「はっ、はい!!!」
まず、俺は分からない事が多すぎる。
俺の事をどこまで知っているのか、それからだ。
「俺は、何処からここへ来たのかわかるか?」
「君は、違う世界から召喚されて、ここへ来たよ」
何とここで、衝撃の事実。
俺はどうやら異世界へ転移してしまったらしい。
誘拐された訳では無い、という謎がここで解けた。
いや、でも意図して召喚されたなら誘拐だよな。
「俺の他にも転移してきた人っている?」
「君と同時にもう一人、この世界へ転移して来た人物がいるよ。僕は、君に引っ張られて地へ降りてきたから、どんな人物なのかは知らないけど。一年に一人の割合で、異世界から転移者がやってくるみたい」
まさか、甥っ子も一緒に転移してしまったのか?
同時にとなると、その可能性は高いな。最優先で転移者の情報収集だな。
「さっき、物に神魂が宿るのは初の事例って言ってたけど、人間には皆、神魂が宿るのか?」
「いいや、人間に神魂が宿るのも極めて異例で、街が一つあれば、一人いるかどうかってくらいの確率だよ」
じゃあ、これはあれだ。
異世界から来た人はプレゼントがあるという定説の、プレゼントがルメルなのか。
当たりなのか、よくわからんな。
「じゃあルメル、俺は、なんか特殊能力的な素晴らしい技とか、使えるんだよな?」
名前を呼ぶ度に、ニンマリとニヤニヤする、ルメルである。
「んふふ、君は使えない。本来、異世界から来る人は、この世界へ入る際に、肉体を保つ為に転移者の肉体へ神魂が引っ張られ、更にこの地へ降りた時に、もう一体、神魂が宿るのが基本みたい。君は僕だけで、宿っているのは、そのバックパック。だから能力が使えるのは、そのバックパックになるよ」
ちょい、ちょい、ちょい、ちょい!
大ハズレ中の大ハズレじゃね!?
何それ!?
他の転移者は、肉体強化プラスアルファで、能力付与もあるってこと?
俺って、ただの一般人じゃん。
俺が能力を使えないとしても、バックパックに期待が高まる。
満を持して、聞いてみる。
「何の能力が使えんの?」
「じゃあ、バックパックにそこの木を収納してみてよ」
えっ、おいっ、まさか…
まさか、まさか、まさか、だよな。
あの、チート級の…
アレなのか?
期待と興奮から、心臓が早鐘を打っている。
震える手で、バックパックを木に当ててみた。
すると…何も起きなかった。
もし誰かに、今の状況を見られたらと思うとゾッとしてしまう。
木にバックパックを当ててる人がいる。なんて噂が流れたらもうダメ。外歩けない。
「何もならんのだけど」
「ちゃんとバックパックが吸う感じとか、木を収納するように思考しないと、能力は発動しないよ。君以外が使う事はできないし、使っても普通のバックパックになるからね」
それを聞いた瞬間、木に当てているはずの手が、空を切った。
えっ、ちょ、おい、やりやがった。
アイテムボックスじゃねーか!
チート級のアイテムをゲットした俺は、更なる性能に疑問を抱く。
「ルメル、これ収納した物に時間経過はあるのか?それに容量制限や、どのくらいの大きさまで収納できるんだ?」
「んふふ、僕の能力を舐めないで欲しい。時間経過することもできるし、停止することだって出来る。それは、しまうときに、どうしまうかを思考すればいい。容量については、無限。大きさについては、無機物であれば、どんなに大きくても吸える」
チート性能じゃないですか。
「じゃあ、出す時はどうなる?」
「出したい物を思考すればいいよ。ゼロ距離で吸った時の状態で出てくる」
まじか。もうマジ神。何より愛用のバックパックを解雇せずに済み、一生モノの汎用性を手に入れた事が嬉しすぎる。
興奮でアドレナリンが分泌し、足の裏の訴えなど、すっかり忘れて歩きまわり、木を何本も吸いまくる。
なんだかフラフラしてきて、足の裏の訴えが強くなってきた頃、我に返る。
といっても、俺がクマに、ひと噛みでもされたら終わりじゃね?
嗚呼、神よ何故こんなにも世界は不平等なのでしょう。
それで、アイテムボックスを手に入れたところでどうするよ。
ピンチな状況からは、一転してないよなこれ。
俺に鋼の肉体と、目からビームでも出せたら一転したんだけどな。
「なぁ、足痛いんだけど治癒能力とか流石にないよな」
「治癒能力は流石にないけど、足をバックパックの中へ入れて時間経過するように思考するといいんじゃないかな。」
なるほど、自然治癒ね。
言われた通りにバックパックを地面へ置き、片足を突っ込んで、時間経過するように思考してみる。
徐々に突っ込み中である、右足からの訴えが消えていく。
だが副作用として気になるのが、肉体の時間経過って寿命とか縮むんじゃないだろうな。
確か、人間の寿命って心臓の打つ回数が決まっているから、なんて話も聞いたな。
心臓部分さえ入れなければ、そんなに気にしなくてもいいか。
足の裏の怪我なんか、せいぜい全治1週間だろうし。
なんかもう、投げやりになりつつあるが、これで痛いのを我慢すれば歩けるな。
よし、じゃあ近くの街を目指して歩くか。
両足が完治したので、歩きだそうとした時、後ろの茂みがガサガサと音を立てて、ソイツはのっそりと現れた。
クマさんに出会った。
文章力の低さに定評のある筆者ですが、子の成長を見守るように、生暖かい目で見守ってくれたら嬉しいです。