10-4. 崖を覗くエリー
エリーは青錫級から始まって20段階ある配達者ランクの内、上から13番目のアダマンタイト級の中堅配達者だ。
しかしながら、今回は国家間の合同作戦(といっても参加国はつい最近まで同じ国の一部だったわけだが)に子王国代表の民間協力者として出向く形になる。
名前ばかりは青錫級、黒鉄級、赤銅級、白銀級、黄金級、白金級、ミスリル級を超える大ベテランにも見える。実際に者業に詳しくない一般人は誤解することもある。
そもそも、配達者ギルドのランク付けは、競合組織である冒険者ギルドに対抗し、あえて利用者の誤解を招くように決められた節もある。
冒険者ギルドがA~Fの6段階であることに対抗して、最低ランクをEに、上位ランクも盛りに盛ったのだ。
冒険者ランクのA級は、配達者ランクだと20段階中8番目のジリオニウム級以上になる……が、冒険者ランクの方もA級、B級といった上位になると同ランクでもピンキリになるため、現在では配達者ランクの方が明確な実力の指標として喜ばれているという。
前述の通り、エリーのアダマンタイト級は中堅、冒険者ランクで言えばC級程度。
仮にも国家代表が中堅ではまずかろう、ということで。
「オリハルコン級を飛ばしてヒヒイロカネ級にランクアップさせたわ。子王からの推薦で」
子王陛下の妹殿下ことローズマリーは茶飲み話のようにエリーの出世を告げた。
事実、場はエリー宅、緊急開催のお茶会における話題であった。
「ヒヒイロカネ級なら、冒険者ランクでいうとB級相当ですね。いわゆる上級を名乗れるランクですよ」
同席するジローが補足する。
「我がことながら、そんなにポンポン適当に上げていいのかな……」
「戦闘力的には問題ないと思いますけど」
「きゅいー」
「功績的にも問題ないわよ。この前だって【魔王】の後援組織を潰したんでしょ?」
【魔王】の後援組織、と聞いてもしばらくピンとこなかったエリーだが、そういえば【育成】スキル持ちのヒュームと、その一味を焼いたような覚えがある。
本人はレベル999にも届かない弱者だったので印象が薄くなっていたが、大量のレベル999犯罪者を世に送り出した、野盗コーディネーターのような相手だった。
【育成】が育てたカンスト勢は、レベルの割にスキルの使い方が乱雑な者が多く、エリーとしてはあまり良い印象がない。
「でも相手は水属性のスキル持ちなんでしょ? 相性最悪なんだけど」
「どうせレベル差とスキルの汎用性でゴリ押しできるわよ。私も同行するしね」
「勝手にメンバー増やしていいの?」
「合同作戦って言っても、大体日程合わせてそれぞれ勝手に動くだけだし、適当よ適当」
渋るエリーに、ローズマリーは軽く応じた。
「きゅいきゅい」
「どうしたのヒタチマル」
「キュイッキュ!」
「ヒタチマルも行きたいんじゃないですか?」
「キュフ」
ジローの通訳にヒタチマルが頷く。
「そうは言っても、国を沈めるようなテロリストと喧嘩しに行くんでしょ。普通に危ないと思うけど」
「大丈夫よ。何かあったら私がこの時間まで戻すわ」
難色を示すエリーに、ローズマリーはレベルカンスト当たりスキル保有者らしい理屈で提案する。
「あ、じゃあ僕もついて行っていいですか?」
「うーん、ロゼちーが何とかしてくれるなら良い、のかな?」
ローズマリーの提案にジローが乗っかり、エリーも場の雰囲気に流された。
「……はいっ、それではね、各々準備をしたら明日出発しましょう」
そうしてローズマリーが編集点を作り、出張のメンバーが確定した。
***
山を登り、冠雪の残る頂上から見渡す先は一面、広い海。足元は海面まで真っ直ぐな崖。
出来損ないの騙し絵のような光景だ、とエリーは乾いた笑いを零す。
この辺りは沈んだ国との国境線が山脈だったのだが、国境線がそのまま崖になった現在、このような奇妙な地形が生まれてしまった。
「本当に一面が水なんですね……」
「きゅきゅぅ……」
都会育ちのジローと山育ちのヒタチマルは海を見るのが初めてとのこと。
なおローズマリーは海底で1000年近く過ごしていたので、海という環境には同行者の誰より慣れている。
驚く2人を微笑ましげに見つめていた。
エリー達の住む元フルリニーアの海は水産資源、漁場としての面が強い。
この今は亡き――何とかいう国では、観光地だったそう。
森生まれのエリーは水泳の経験はないが、海水浴というのが人気だったらしい。大人から子供まで、夏には海に飛び込んで泳いでいたのだとか。
「こんな崖から飛び込むの? スキルのない子供だと這い上がるの大変じゃない?」
「以前は砂浜から遠浅の海が続いてたそうですよ」
「あー、砂浜ね。前にも見たよ。海の周りが砂になってるやつでしょ」
砂浜でなくともこれはこれで面白いと、切り立った崖沿いには観光客が集まり、山頂から顔だけ出して、恐る恐る崖下を覗いていた。
もちろん海水浴などを楽しむ格好ではないが。うっかり足を滑らせ、激しく岩に打ち付ける波に飲まれれば、二度と陸に戻ることは出来ないだろう。
何故エリー達がこんな所に来たのかと言えば、観光ではない。
近隣住民が言うには、この辺りがテロ組織の四天王とやらの縄張りだと言うのだ。
新生魔王城は海の真ん中に浮いているので、気軽に向かえない。
エリー1人なら魔法で空を飛んで向かうことも可能だが、今回は他国の精鋭集団との合同作戦であり、勝手に1人で突撃するわけにもいかなかった。
なので、とりあえず自国の領内にいる四天王に一当てして、敵方の幹部の実力がどの程度のものか、と確認に来た次第であった。
「観光客がいるくらいだから、そう危険な場所でもないと思いますけど」
山頂価格で温かいお茶を売る露店を見ながらジローが言う。
「新生魔王軍の犯行声明によれば、犯行動機は復讐だったとの話よ。だから無関係な自分達は狙われないと思ってるんじゃないかしら?」
「あれ。【魔王】を倒した【勇者】の国はともかく、フルリニーアの王都も大洪水で流されたんじゃなかったです?」
「ええ、まあ確かに、【魔王】凋落の原因になったと言えば、なったのだけれど……」
「復讐の基準がよくわからないから、先手を打って潰してしまおうという話なんですか、これ」
ローズマリーとジローは揃って肩を落とした。
隣で聞いていたエリーも面倒な話だとは思ったが、「気に食わないものは焼いてしまえばいい」とか「面倒なら全部焼いてしまえば良い」という気持ちは理解できなくもない。
なので、新生魔王軍にも対魔王連合軍の発起人にも、それなりに共感できてしまう。
「ねえ、早く四天王とやらを探さない? その人どんなスキルなの?」
何だか気まずくなったので、エリーは建設的な話をすることにした。
「そうね。そろそろ丁度良い時間よ」
その問いに返って来たのは、些か不自然な答えで。
「ウッホホウホホ」
答えを返したローズマリーの振り向く先には、全長12メートルはあろうかという、巨大な白いゴリラが直立していた。




