9-5. 宴席に着くエリー
討伐依頼の打ち上げの宴は、田舎の山村ゆえに豪勢な物ではなかったが、慎ましくも楽しい時間となった。
武力、索敵、移動、輸送などの各方面を力技でソロ進行可能なエリーだが、最近は他パーティとの合同で受ける依頼も楽しくなってきた。
ソロだと魔法で現地に飛んで、焼いて、休む間もなく飛び帰る……という過密スケジュールになりがちだが、合同パーティは他人のペースに合わせて進むので、時間的にも精神的にも余裕が大きい。
地元では友人の少なかったエリーも、同業者との交流を通して対人能力が磨かれてきたと自負している。
常に新しい発見があるし、そうでなくとも、賑やかな雑談は良いものだ。
「いやー、まさかまさか、ビッグボアの正体がビッグボアだったとは驚きでヤンス!」
「予想外だったにゃ」
エリーの向かいの席では、『白き花弁』のフェルハロルドとエイダが鳥肉の焼いたのを突きながら感想戦を行っていた。
キンクロハジロを食らう者。
それは大きな蛇でも猪でもなく、巨大な猛禽だった。
依頼元の村への道中は何事もなく、エリー達ビッグボア討伐チームは目的地の山村まで辿り着いた。
エリーも魔法で周囲を警戒していたが、人を襲うような魔物や動物はおらず、むしろ静かすぎるほどだった。
一行はまず、依頼主の村長に討伐対象の「ビッグボア」が猪なのか蛇なのかを確認する。
前述の通り、村長の答えは意外なものだったが――今更獲物に合わせて装備を整えることはできなくとも、相手に対する心構えが変わるのは大きい。
相手が鳥なら上空も警戒範囲に入る。確認なしで戦えば、討伐隊から犠牲者が出た可能性もあっただろう。
キンクロハジロ自体はそれほど大きな鳥でもないが、ビッグボアは通常でもそれを噛まずに呑み込める程度には大きい。
今回の討伐対象は特別に大きな個体で、人を襲って腸を食らうこともあったという。
魔物と違ってスキルを持たない動物でも、単純なパワーによる破壊力は侮れない。
とはいえ、単純なパワーによる破壊といえば、エリーの十八番であった。
「何にせよ、無事に討伐できて何よりだね」
エリーは小さく呟くと、大皿から炙った鳥の脚を取り、噛り付く。
山椒か何かで味がついているらしい。可もなく不可もない、焼いた鳥の脚の味だ。
宴会の食卓に乗っているのは、そのビッグボアの肉ではない。
討伐依頼の打ち上げで、獲物の肉を食材にすることは滅多にないのだ。
相手がゾンビやゴーレムの類は言うに及ばず、そうでなくとも多くは人食いの魔獣や動物だ。食った「人」が同族――自分がエルフならエルフ、ヒュームならヒューム――でなければ「まぁいいか」と思う者も中にはいるが、やはり少数派である。
村で獲った鳥獣の肉や山菜、芋などを使った家庭料理が主で、村中から掻き集めた酒類が少々。
先ほどは「豪勢ではない」などと感じたが、実家で暮らしていた頃の食事と比べれば、品数の多さだけでも驚愕に値する。
自分も贅沢になったものだな、とエリーはぼんやり考えた。
「エリーさん。エルフの人も、お肉を食べるんですと?」
「え、はい、食べます」
突然かけられた声に視線を落とせば、隣に座るハーフリングが少し見上げるような角度でエリーの口元を眺めている。
座席の位置から察するに、村人ではない。
討伐隊にハーフリングは2人、男女各1名いたはずだ。
確率は2分の1。
しばらくは、このまま様子を見ることにする。
「菜食主義や不殺生食主義の人達もいますけどね。あと普通に偏食の人も。ハーフリングはそういうの無いんですか?」
「あー。好き嫌いの多い人は多いですとー」
そう言って果実酒を煽るこのハーフリングも、宴席だと言うのに、ずっと焼いた薄切りパンばかりを食べていた。最初の乾杯の後に自分の荷物袋からごっそり取り出していたので、持ち込み食材なのだろう。偏食にも程がある。
エリーが自分の皿を見ているのに気づいたハーフリングは、「あっ」と慌ててパンを隠すように伏せた両手を皿に重ねて。
「こ、これは好き嫌いとは違いますとっ! えぇと、その、しょ、職業病ですと!」
言い訳するように早口で言った。
それを聞いて、エリーは思い出す。
そういえば、ハーフリングの内の1人は【トースト感知】なるスキルを持っていたな、と。
「スキルの関係ですか、ヒセラさん」
「は、はい、そうですと!」
良かった、と内心エリーは安堵する。
半分くらいは当てずっぽうだったが、どうにか当たっていたらしい。
宴席でパンばかり食べている理由も、隣に座るハーフリングの名前もだ。




