9-4. 限界を超えて高まるエネルギーに耐え切れず自壊するベンケイ
「基本として、スキルは使えば使うほど成長します。
使わなければスキルのレベルは上がりません。ええ、ええ、当然ですね」
金を払うから、外れスキルの育成をさせて欲しい。
そんな奇妙な依頼人、【育成】スキルのサラの教えは、何と言うこともない、当たり前の話だった。
外れスキルを授かった者の多くは、自身のスキルを好んで活用することはない。
だから「まずは使え」という教えも、多少の意義を持つのだろう。
しかしベンケイの【絶倫】スキルは、単に世間からの印象が悪いというだけで、スキルの効果自体は優秀だ。使い勝手も良く、効果量も高い。ベンケイも冒険者として働く上で、普段からスキルを大いに活用している。
今更その程度の教えに意味があるのか……と思っていたが。
「【絶倫】ッ!!」
白光、爆音、烈風。
可視化された魔力が迸り、砂浜を抉り、海を割る。
全力ではない。軽く力を込めただけで、これだ。
「ンフ、ンフフフフッ! 素晴らしい! まさに【絶倫】ですねえ!」
「まさか、この短期間でここまでの力が身に付くとは」
「ンフフ、これも全て私の指導の賜物ですよ」
恥じることなく自画自賛するサラの言葉は事実だと、わずか半日でレベル90を超えたベンケイも認めざるを得ない。
短命種の事実上の限界、1つのスキルにおける完全習熟と言われるのがレベル100。わずか半日でその目前だ。
スキルレベルは高ければ高いほど上がりにくくなる。単純に必要とされる修練の量が増えるだけでなく、よりレベル上げに適切な行動を取らなければ、レベルの足しにならない。
例えば【剣術】スキルであれば、低レベルの内は単純に「剣を振り回す」だけでレベルが上がるが、高レベルになると「極度の集中と最適な動きで強敵との死闘を行う」といった、条件を満たすだけで難しい行動を取らなければ、レベル上昇に足る経験と見做されない、と言われている。
【育成】スキルにはレベルアップを加速させるのみならず、レベルアップの条件を緩和する効果もあるのだろう、とベンケイは推測した。
「日も暮れたので、お外でのトレーニングはここまでにしましょう」
気付けば、確かに夕陽が水平線に沈む所だった。
ベンケイはこれ程までの長時間、スキルを使い続けた経験はない。
スキルの使用には魔力の消費が必要であり、冒険者のような戦闘職であれば、余裕を残して節約するのが常識だ。
ところが、サラの指導の下では、消費した魔力は薬剤で無理やり回復して、強引にスキルを使用し続ける。
成る程、そうすればスキルを使用する時間が増えるのだから、レベルも効率的に上げられる。道理だ。
「あ、スキルは休憩中も使い続けてくださいね。魔力回復のお薬は寝室にもたくさんありますから、好きなだけ飲んでください」
「相分かった」
優れた指導者の言葉には当然従うべきだ。
それから食事や入浴の時間も含め、深夜まで延々とスキルの無駄打ちを続けた。
強化された身体能力でドアや家具を損壊することもあったが、【家具蘇生】スキルを持つ先輩が端から修繕してくれるので問題ない。
「充実した1日でござった」
日付が変わろうかという頃に、薬剤も尽きた。
スキルの効果で力は有り余っているものの、精神的な疲労もある。
明日も鍛錬はあるのだろうし、効果的な鍛錬には十分な休息が必要だ。冒険者としても、休める時に休む術は身に付けている。
ベンケイは無理やり精神を落ち着けて、ベッドで休むことにした。
「あら? 何をしているんです」
と、横になった途端にドアが開く。
「これは“先生”。ちょうど薬が尽きたので休む所でござる」
「それはそれは、すみません。追加のお薬を持ってきたところです」
音を立てて置かれたのは、駕籠に山盛りの薬瓶だった。
「できるかじゃありません……やるんですよ!」
「ぐぅ、ご、うごぇぇ……承知、仕っ、た」
2度目のおかわり、その山の半分の薬剤を空にした辺りで、限界が来たらしい。
「ぐばあっ」
と白濁した液体を穴という穴から吐き出し、ベンケイの身体は爆発四散した。
皮膚の内側には既に血も肉も、骨すら残っておらず、ただ生命を凝縮したゲル状の物質のみが詰まってたらしい。最高の効率で生命エネルギーを運用すべく、肉体がスキルによって変容した結果だ。物質化した純粋な魔力とでも言うべきか。スキルレベル100は軽く超えていたのだろう。
破裂した隣で応援していたサラは、全身でその魔力の塊を浴びることになった。
「ンンー。失敗ですね、これは」
見ての通りの結果を、言語化して確認する。
これがトライ・アンド・エラーにおいて最も重要である。
「やはり近頃は2人に1人は潰れてしまいますね……指導方針は悪くありませんのに、素体の方が耐えられないなんて。外れスキルは所詮、外れスキルなのでしょうか」
曲りなりにも【育成】スキルによる成長促進の効果は発揮され、師であるサラにとっても多少の経験にはなった。
が、やはりカンストまでレベルを上げられないと、今のサラにとっては大した糧にもならない。1日費やしたのに、レベルは1すら上がらなかった。
「レベル上げに王道なし。地道に努力するしかありませんね」
サラは大きく溜息を吐き。
着替えと部屋の清掃を済ませて眠りに就く頃には、もう夜明けも近くなっていた。




