6-8. お茶会に誘われるジロー
エリーの葬儀(仮)から数日後。
「エリちー、ふゎっふー!」
「ロゼちー、ふゎっふー!」
「何か想像以上に仲良くなってる……」
「キュー?」
エリーに誘われ、パースリー子爵邸での茶会に呼び出されたジローとヒタチマルは、妙なテンションで両手を打ち合う2人を見た。
「マリーに友人が出来たのは喜ばしいことだね」
しかし、隣でローズマリーの兄、パースリー子爵がしみじみと感じ入っているので、何ともツッコミを入れづらいのだ。
ジローは曖昧に「そうですね」と笑って相槌を打った。
ローズマリーが急遽主催した茶会のメンバーは、ホスト側がローズマリーとパースリー子爵。ゲスト側がエリー、ジロー、ヒタチマルだ。
茶会と言っても内輪向けの小さな集まりで、畏まる必要はない。とは言われた。
言われたが、貴族相手にそれを真に受けるのも危険というのも、貴族家の使用人だったジローは当然心得ていた。
なのでジローは、余所行きの笑顔で、只管にこにことしていた。
まだ未成年な上に、どちらかと言えば童顔なジローは、自分を更に幼く見せる手段も持っている。幼い子どもなら、多少のミスは許されるので。
「キュー!」
催眠術で自分をハクビシンだと思い込んでいるヒタチマルは、特に空気も気にせず、器用に両手を使って茶菓子を食べていた。
ドワーフが両手で茶菓子を挟んで食べるだけで「器用」と評するのはどうか、とジローは内心思うが、これも口には出さない。
なお、実際のハクビシンは食事の際に前足を使う習性はなく、直接口で餌を貪る、いわゆる犬食いのスタイルを採る。
これはドワーフ時代のヒタチマルが、斯くあると想像したハクビシンの仕草であり、現実のハクビシンとは無関係な行動だ。そうした些細な誤認識の重なりが、未だに「ヒタチマルが何の動物になっているのか」をエリー達が特定できず、催眠解除に至らない理由でもある。
「我がパースリー家は代々武門の家柄でね。恥ずかしながら、頭を使える者があまりいなかったんだ」
エリーはローズマリーと楽し気に話しているし、ヒタチマルはキューと鳴くのみ。
必然的に、子爵の相手をするのはジローの役回りとなった。
「今のマリーは魔法戦闘で私を打ち負かすほどの力と、幅広い知識に、失敗を恐れない実行力も持っている。
もう少し帰るのが早ければ、私の代わりに子爵家を継いでもらったのだけどな」
「戻っていらっしゃったローズマリー様を温かく迎え、きちんと能力に応じた役割を任せられる領主様は、度量の広い立派な方だと思いますよ」
「ははっ、そうかな。そう言ってもらえると嬉しいね」
魔法使いは知力が高いというイメージは、一部の魔法使いが書いた童話等によるプロパガンダに端を発する欺瞞に過ぎない。戦闘を重視する魔法系スキル保有者は、武器を振り回す物理戦闘職と同様、単純で豪快――脳筋である場合が多い。
話を聞く限り、パースリー子爵家もその傾向が強いようだが、子爵は十分に話の通じる相手のようだ。
未だ宿暮らしで正式な領民ではないジローだが、住んでいる街の領主が理性的というのは、大変有難いことである。
この街に来た当初は、すぐに移動する場合もあるだろうと、宿生活をエリーに推したが。この街なら腰を下ろしても良いかもしれない。
そんなことを思いながら、子爵の話に追従気味の相槌を打ち続けた。
理性的だろうが何だろうが、貴族はいつ何が理由でキレて平民の首を飛ばすか、全く判らないのだ。
「ローラも来たら良かったのにね」
「アウローラ様。末の妹様ですね」
「ああ。少し負けず嫌いな子でね。未だにマリーに負けたことを認められないようだ」
「なるほど」
事前に仕入れた知識を元にした適切な相槌。
ここで、相手の言葉には否定も肯定もしてはいけない。
否定は貴族への反抗であり、肯定は貴族への侮辱なのだ。
いずれにせよ死ぬ。
貴族家の使用人として育ったジローは詳しいのだ。
しかし、子爵との1対1の会話も、そろそろ辛くなって来た。
貴族は大抵顔のいい相手と縁を結ぶので、貴族の子女もまた顔がいい。子爵も同性ながら顔がいいので、美術品的な美しさがある。感動すら覚える。だが、癒し効果はない。
向こうの顔がいい女性2人の会話の方に、どうにか混ぜて貰えないものかと、ジローは笑顔で頷きながら耳を澄ました。
「ええっ! エリちー、付き合ってる人とかいないの!?」
「ヒューム領だと出逢いもないしねぇ」
「エルフ領にいた頃はあったの?」
「なかったけど」
恋バナだ。
異性の恋バナに飛び込むのはなかなか難しいが、客商売の経験はこういう時に生きる。相手の話題を奪わないタイミングで、上手くインターセプトするのだ。
「それで、ステラはまだマリーの事を、外れスキルなんて呼ぶのさ」
「なるほどです」
子爵の言葉にも返事をしつつ。
素早く、自然に、自分の視線を小さく動かし。
子爵の視線を、向こうの2人に誘導する。
「ん? 何だか向こうも盛り上がっているね」
「そうですね」
ジローの指示や提案ではなく、子爵自身が、自分の意思で向こうの会話に興味を持つように。
「逆に聞くけど、ロゼちーはいないの?」
「いないけど」
「貴族なら婚約者とか」
「いないわよ。修道院からの出戻りに」
会話が完全に切れる直前、ここだ。
「エリーさん顔が良いんですから、ヒュームの男にはモテモテじゃないんですか? いっそ逆ハーレムとか作らないんです?」
前の話題と関連しつつ、少し位相を変えた話を提起する。
「えぇ……普通に嫌だけど……」
填まった。ジローは確信する。
エリーがそれに反応したことで、会話は2人2人の2グループ(+食べているだけのヒタチマル)から、4人で1グループ(+食べているだけのヒタチマル)の枠組みに切り替わった。
後は適当に笑顔で相槌を打つなり、顔がいい人達を眺めていればいいのだ。
「やっぱりエルフって性欲が薄いのかしら?」
子爵は笑顔のまま咳払いをするし、貴族の娘が実兄の前でする話かとも思ったが、発言者の中身は精神年齢70歳を超える修道女だという。まあそんなこともあるか、とジローは笑顔で聞き流すことにした。
「どうだろ。知らないけど。
ヒュームの間じゃそんな話があるの?」
「そう言われると、ちょっと色々ヒュームの印象が悪いわね」
エリーの返しに、ローズマリーは少し考え込む。
ちなみにだが、この「エルフは性欲が薄い」という説について、端的に言えば、これもまたプロパガンダによるデマであった。
かつて、異種族の友人に高齢独身社者弄りをされた1人の森エルフが、それをごまかすために咄嗟についた嘘。それが「エルフは種族的に性欲が薄い」だ。
当時のヒューム社会では、高齢での独身者は非生産的存在とされ、何をするにも肩身が狭い立場にあった。現在ではそうした考え方はある種の誤謬に基づく物として、僅かずつ認識が改まりつつあり、病気や怪我、加齢等による身体機能の低下・喪失を悪し様に蔑む者は正しく批判の対象となるが、それでも生殖能力のない交雑種への無意識な文化的忌避感等は消えていない。
当然ながら当時のヒューム社会は現在より更に状況が悪く、短命種の感覚では超々高齢となる森エルフが、周囲の友人から受けた無邪気な突き上げは想像する絶する面倒臭さであり。それ故、森エルフは出鱈目な種族特性をでっち上げた。
それが時を経て、何故か広範に、誤った常識として広まってしまったのだ。
実際のところは「人による」が正しい。
エルフ社会の貴族的立場に当たるハイエルフは元より、一般エルフでも子沢山の家はあるし、エルフ社会で当たりスキルとされる【木魔法】持ちのハイエルフは、多くの子孫にスキルを遺伝させるためハーレムや逆ハーレムを作ることもある。
そのような事実は、エルフ以外に敢えて喧伝するものでもないし、エルフであるエリーも系統立った比較研究ができる程には異種族文化に詳しくなかった。
エルフ研究者でも文化人類学者でもないローズマリーもまた、そのような情報は持たない。
ゆえに、自分の持つ偏った知識の中で思考し、判断し。
「いえね。エリちーがお兄様と結婚してくれたらいいな、と思ったのよ」
まぁいいか、と自分の本題に入ることにした。
「は?」
エリーは目を丸くした。
「ん?」
子爵は笑顔を固めた。
「おー」
ジローは、それは顔のいい子どもが生まれそうだなと思った。
「キュフー」
ヒタチマルは腹を膨らませ、満足そうに息を吐いた。
当事者同士の反応が悪いことに気付いたローズマリーは慌てて補足する。
「あ、お兄様の側室の1人とかじゃなくて、きちんと正妻よ?」
ただ、それぞれの立場と意見はあるものの、この場にいる者の中で、現在その点を気にしている者は誰もいなかった。
「マリー。待ちなさい、ローズマリー。急に何の話だい?」
「お兄様、これは神様の思し召しなのよ。だってお兄様の婚約者は、あれでしょ」
「うっ」
「聞いてよエリちー。お兄様ったら、婚約者に逃げられたのよ?」
「ええっと?」
ふわっとした指摘に子爵が怯み、反応の難しい振りにエリーが怯む。
ジローは第三者としてにこにこ話を聞いていた。
「マリー。身内の恥を晒すものでは……」
「お兄様がちゃんとコマメに相手をしないからですよ! それも、よりにもよって反社の男に誘われて出奔したとか!」
「うぅ……」
「歳の近い魔法使いの伝手なんてもう無いでしょう。お父様が存命なら、どうとでもなったかも知れないけど……」
他所の家族の会話のテンポは難しいな、とジローは思った。
ジローには事情がわからないが、なるほど、子爵の元々の婚約者が何かやらかしたらしい。
少し話しただけでも、子爵側に大きな問題はあるようには思えないが……ジローは自分に人の内面を見る目が無いことは自覚している。顔が良ければ大抵のことは許せる性質なので、何とも言えない。ただ、パースリー子爵家サイドの話を聞く限りでは、その元婚約者が悪い男に引っ掛かったのだろう。
仮にその貴族令嬢が実家に戻っても、反社会勢力との繋がりがある相手を、今更領主家に嫁入りさせる訳にもいくまい。
そこまでは判ったが、エリーはエリーで、貴族の当主に嫁ぐのは問題があるのではなかろうか。
ジローは笑顔のまま、内心で首を傾げた。
口には出さない。第三者が告げるには社会的にセンシティブな内容だし、恐らくエリーが自分で説明するからだ。
「エリー嬢は確かに素敵な方だと思うが……」
「素敵な上に魔法も上手い。ご両親も【火魔法】スキルで、根っからの魔法使い家系。何が問題なのよ」
実際、エリーは困った顔で口を開いた。
「いや、まずヒュームの貴族にエルフが嫁ぐのは不味いでしょ。跡継ぎがハーフになっちゃうし」
「大丈夫よ。うちの国、別に貴族家が純血のヒュームじゃないと駄目って法律は無いもの」
「えっ、無いの?」
国法を大体暗記しているローズマリー以外には確認できないことだが、確かにそのような法はない。
過去にはエルフの側室にハーフエルフの子を生ませ、長く家を支えさせたヒュームの貴族家もあった。
ただし、実際にハーフエルフが貴族家の当主となった事例は存在しない。
「ヒュームとエルフの交雑種だと生殖能力がないから、その代で血筋が途絶えちゃうでしょ。大丈夫なの?」
「えっ」
「えっ」
そう。同じ人類、遺伝子的にも近いヒュームとエルフ。
しかし、その交雑種は(染色体数の違いが原因と言われているが)1代限りのミックスとなり、次代に遺伝子を繋ぐことができないのである。
これはドワーフやハーフリング等の近縁種でも同様の話である。
常識と言えば常識。
その常識を、子爵も妹も知らなかったのだ。
何故ならパースリー子爵家は魔法戦闘一辺倒の家系であり、その手の一般常識すらも伝わっていなかったのだ。
何だかおかしな方向に話が進むと思っていたら、そういうことか、とジローは納得し。
この家と、この領主、思ったより問題がありそうだぞ、と考え直した。
まぁそれはいい。平民の子どもが口を挟むべき内容ではないのだ。どれだけポンコツに見えても、貴族は気軽に平民の首を刎ねる存在なので。
「うーん、まあ養子でも取ればいいんじゃない?」
「いや、いやいやマリー。知ってるだろう。
パースリー家は、家より血を重んじる家系だよ?
魔法使いの家系、それがうちの代々の誇りなんだよ?」
「えー? だって国法的には問題ないのよ?」
「うぅ……国法がそういうなら……そうなのか……?」
「聖書にも生命は皆等しく尊く、愛は種を越えて公平だって書かれてるわ」
「ううぅ……神がそういうなら……そうなのか……?」
法と神の威光に丸め込まれそうになる子爵。
エリーは仕方なく。
「えぇと、法と神が許しても……当人の意思として、申し訳ないのですが……」
言わずに済むなら言わないでおこう、と思っていたことを口にした。
子爵の表情が固まる。これは流石にまずいぞ、とジローは焦りを覚えた。
「あ、ごめんなさい! 領主様が悪い訳じゃなくですね!
恋愛対象に異種族はちょっと無理かなと!」
同じく焦ったエリーが補足し。
「エリちーが高慢エルフっぽいことを……!」
ローズマリーが妙な所に驚愕した。
「あ、異種族蔑視とかでもなくてね。友人なら普通なんだけど、恋愛ってなると、こう、種としての本能というか……不気味の谷現象というか」
「あーわかります、わかります。僕もエリーさんの顔は好きですけど、結婚しろって言われたら顔が良すぎて畏れ多いですね!」
「たぶん何か違うけど、ジロー、久しぶりに喋ったね」
「あっ、しまった」
そのまま会話はわちゃわちゃと流れ、エリーと子爵の婚約話は有耶無耶のまま、無かったことになった。
ジローが会話に参加したので、ローズマリーが巷の商業に関する聞き取り調査を始め、話題は二転三転。
各々が慣れて来たこともあり、楽しい会話の時間が続く。
茶会はほとんど何の問題なく進み、参加者達には楽しい思い出が残り、互いの友誼も深まった。
唯一問題があるとすれば、その雑談の一部を漏れ聞いたメイドが、会話の内容を曲解したこと。その程度だろうか。
「やっべぇー……マジやっべぇー……。
これはアウローラ様に即報告案件だわ……」
ローズマリーがエルフを使って当主を篭絡し、子爵家を乗っ取ろうとしている。謀反の疑いあり。
そんな誤報を3兄妹の末妹にしていたのだが。
まあ、些細な問題ではある。




