6-6. 見送るジロー
エリーの葬儀には、僅かな知人だけが訪れた。
エルフ領に住む家族へは連絡だけは送ったものの、葬儀の日には間に合わない。
同居人のジローが喪主を務め、同じく同居人のヒタチマルが身内として参加。
他に参列したのは、配達者ギルドの受付係。
何度か関わりのあった配達者パーティ『白き花弁』の4人。
糸蒟蒻から救われた村の門番。
ローズマリー・アシュレイ・パースリー。
それだけだ。
「うっ……うっ……僕が、僕が不殺令なんて出さなければ……!」
「キュー……」
ジローは葬儀の間、始終泣き続けていた。
それを慰めるように寄り添うヒタチマルも、ハクビシンの感覚ながら飼い主との別れを悼んでいるように見えた。
この地域での葬儀は、参列者が棺に思い思いの花を入れ、別れの言葉を告げて帰った後、身内のみで死体の処理を行う。
死者の生前の希望通りに、火葬や土葬、水葬、鳥葬(※遺体を台上に配置して野鳥に食べさせる葬法)、樹木葬(※遺体の上に植えた樹木に養分として吸わせる葬法)、ダイヤモンド葬(※遺骨を高温・高圧で結晶化させて人工宝石にする葬法)などを施すのだ。
身内以外の参列者が残っても構わないが、滅多にあることではない。
他の参列者が帰った後、ローズマリーは葬儀場に残り、ジローとヒタチマルを遠目に見ながら泣いていた。
「うっ……うっ……まさか、『外れスキル殺し』が悪人って話が誤解だったなんて……」
ローズマリーは葬儀の間、始終泣き続けていた。
エリーの死後、【蒟蒻召喚】のコニーから救われた門番が状況を説明し、ローズマリーの誤解を解いたのだ。領主家の貴族相手に怒りを表す訳にはいかなかったが、話の間、門番は不満の色を隠し切れずにいた。ローズマリーは、自らの過ちを悟った。
しかし時既に遅し。ローズマリーが牽制のつもりで時間停止状態から頭上に落とした馬車に首の骨を折られ、エリーは死んでしまったのである。
「うっ……うっ……それにしたって、やっぱり法治国家で私刑は良くないと思うけど……」
公的に盗賊認定、テロリスト認定された者以外を、司法権を持たない一般人が自己判断で処刑すべきではない。
正当防衛にせよ何にせよ、事後報告では恣意的に情報を操作できるので、法治主義には則さないのだ。
ジローは、何か知らない人が滅茶苦茶泣いてくれてるな、と思いながらローズマリーを遠目に見ていた。
帰る様子もないので、葬儀を先に進めることにする。
「私が死んだら、この種火を使って火葬してね」
エリーは生前にそう言っていた。
通常、スキルによる生成物やスキルの効果は、スキル使用者の死によって消滅する。
しかし、そこはレベル999だ。例外はあるし、実例もある。
例えば「自分が死んでも消えない種火」という条件を指定すれば、そんな概念を持つ存在も、生成し得る。
勿論、摂理に反している以上は膨大な魔力が必要になるが、【火魔法】使いは何かを燃やした火を魔力に変換することで、比較的容易にリソースを確保することができた。
ジローとヒタチマルは棺の蓋をする前に、改めてエリーの顔を見た。
「ううっ……死に顔でも、顔がいいなあ……」
「キュー……」
「さようなら、エリーさん……ありがとう……」
「キューキュキュー……」
特別な設備などは必要ない。
単に種火を木棺に乗せるだけで、すぐに大きな炎が燃え上がった。
鮮血のように赤い炎が高く昇り、大きな鳥を象った。
炎は甲高い鳴き声と共に舞い降り、再び棺を包み込む。
瞬く間に灰の山と化したその跡から。
「ううっ……なんか首が痛い気がする……」
傷一つないエリーが、ひょっこりと起き上った。
***
【火魔法】レベル999、≪フェニックスブラッド≫。
魔法の開発者はあくまで回復魔法と強弁したが、後世の【火魔法】使いからも疑問を持たれる、そんな魔法だ。
その効能は、あらゆる傷、病、疲労、不調からの完全回復で、実際の効果には「人を焼き尽くした灰から、健康な状態の肉体を再生する」という常軌を逸した過程を有する。治すために一旦灰にする。狂気の所業と言えよう。
あらゆる傷や病からの完全回復――それは、死すらも例外ではない。
不足した魂を補うのに代償は必要だが、それでも死者蘇生は破格だ。
この魔法によって再生された者は、本当に依然と同じ存在なのか?
パーツの不足を適当な可燃物で埋められる点から見ても、再生というよりは再生成という方が近いのでは?
そんな不安しかない魔法。
死んだはずの外れスキル四天王が蘇ったのを見た時、エリーはこの魔法を保険として残しておくことを決めたのだ。
まさか、本当に使う羽目になるとは思っていなかったが。
「え……エリーさん!?」
「キューッ!!」
「エリー!!」
一瞬呆けていたジロー、ヒタチマル、ローズマリーが慌てて駆け寄る。
「エリーさん、死んだはずじゃあ!?」
「キュキュッキュー!?」
「そうよ、どうして生きてるの!」
「えっ、私死んでたの? あと誰か服貸してください」
呑気な調子で問い返すエリーに、ローズマリーが自らの着ていた上着を脱いで渡す。
「あ、ありがとうございます……あの、失礼ですが、どちら様で……?」
エリーに異種族の見分けは難しい。
流石に同居人のジローとヒタチマルくらいは解るが、初対面から体感時間1、2分で殺された相手の顔を見分けるのは無理だった。
「エリーざーん! 良がっだぁ、エリーざーん!」
「キューッ! キューッ!」
「もう不殺令なんて解除でずううう!!
好きなだけ、じゃんじゃん殺してぐだざいいいい!!」
「キュッキュー!!」
「えぇぇ……」
泣きながら物騒なことを言う同居人に、エリーは困惑を隠し切れなかった。
「まずは! まずは、エリーさんを殺した犯人を見つけ出して、復讐しましょう! 特徴は覚えてますか!?」
「全然覚えてない。何か急に死んじゃったし。
あと、私今、魂の代償でスキルレベルが1に戻っちゃってるから復讐とか無理だよ。出来ても鼻毛を焼くくらいだよ」
「ええっ!? 危ないじゃないですか! じゃあ早くレベル999に戻しましょう! 森を焼いたらいいんでしたっけ!?」
「他所様の森を勝手に焼いたら駄目でしょ」
と、何だか不穏な話になってきた所で。
「ちょっと待ちなさい!」
ローズマリーが割り込んで来た。
「な、何ですか? というか誰ですか?」
「え、ジローも知らないの? 喪主でしょ?」
知らない人に困惑するジローに、エリーも困惑する。
この場で冷静なのはヒタチマルだけだった。
「知りません、何か招待してないのに来たので。御香典は沢山くれたんですけど」
「それは、えっと、ありがとうございます?」
「どういたしまして……じゃないわよ! 聞きなさい!」
全員が混乱していては話も進まない。
聞きなさいと言われたので、エリーは黙って聞くことにして。
ジローもその様子を見て口を閉じた。
エリーは黙ったまま思考を回す。
よくよく見れば、先程借りた服も随分と質がいい。
語尾は「ですわ」ではないが、それでも貴族か、その縁者の可能性がある。
貴族に反抗すると言いがかりで処刑される場合もあるそうだし、今はレベル1で、奥の手だった≪フェニックスブラッド≫の種火も使ったばかり。ジローやヒタチマルに累が及ぶ心配もある。
素直に従う意外に選択肢はないのだ。
「まず、私はローズマリー・アシュレイ・パースリー。現パースリー子爵の妹で……貴女を殺した者よ」
何だか聞き捨てならないことを聞いたが、エリーもジローもヒタチマルも、とにかく黙ったまま話を聞くことにした。
「まず、貴女を殺したことについて。
私の勘違いもあったみたいだし、素直に謝るわ。ごめんなさいね」
「勘違いで殺されて、ごめんで済んだら官憲は要らないんですけど……」
黙ったまま聞くつもりだったのだが、流石にエリーの口から小さく本音が漏れてしまった。
「エリーさんっ! しっ!」
「あっ、何でもないです!」
「……いえ、貴女が怒るのも尤もな話だわ」
ですよね、という言葉は、どうにか飲み込んだ。
「だけどね、貴女も悪いのよ?」
エリーとジローは。
ヒタチマルのもふもふの髭を撫でながら、落ち着いて、話を聞くことにした。
「貴女の二つ名、『外れスキル狩り』に『燎原のエルフ』。弱者を虐げ、通った後の全てを焼き尽くす。そんな邪悪な二つ名を持った人が、目の前で殺人を犯したら、誰だって悪事の現行犯だと思うでしょ?」
言いたいことはわかるが、二つ名はエリーが好んで付けたものではない。それにだ。
「だって、相手は村1つを壊滅させようとした凶悪犯ですよ? 私も殺されそうになりました。スキルレベルも相当高いし、魔力を吸収までするし、再生能力も高くて、生きたまま捕えるのは無理でした」
結局、我慢できずにエリーは反論してしまうのだった。
「だからって、貴女の判断で殺したら駄目なの! 貴女に何の権利があるのよ!」
「えぇ? 盗賊やテロリストの現行犯殺害は事後承諾で認められるって、配達者ギルドで聞きましたけど!」
ジローはヒタチマルの髭を撫でながら、心臓が締め付けられる感覚を覚える。
これは死ぬかもしれない。
個人的には贔屓目もあり、エリーの言い分が正しいように思うが、相手は貴族だ。
いざとなったらヒタチマルの【豪腕】で不意打ちに弾き飛ばし、エリーを連れて逃げるしかない。
「盗賊だ、テロリストだって、判断したのは貴女の主観でしょ!
たとえそれが事実だったとしても、主観は主観、絶対じゃないの!
私刑で済んだら司法試験はいらないのよ!!」
「シホーシケン、って何です?」
と、不意に。
知らない言葉に一瞬だけ、エリーの苛立ちが静まった。
エルフの里には司法試験は存在しない。
裁判は王(という名の里長)の主観により行われ、量刑は王(という名の里長)の価値観に基づいて決まるのだ。
虚を突かれたローズマリーも、一瞬だけ熱が冷める。
「司法試験というのは、王国で公式に認められた裁判権を得るための試験よ。法律の条文や過去の判例を暗記したり、それに基づいた論文を書いたり……つまんない上に、死ぬほど面倒臭いやつよ。それに合格しないと、立件も弁護も量刑も宣告もできないの」
フルリニーア王国の貴族領では基本的に領主が裁判権を持つ。その裁判権は司法試験の合格によって正当性を保証される。ゆえに、領主貴族家では、必ず1家に1人以上の司法試験合格者が必要となる。合格者が1人もいない場合、国から裁判官が派遣され、領主家の裁判権は剥奪されるのだ。
長らくパースリー子爵家は領主裁判権を持たなかった(というより、その存在すら忘れ去られていた)が、ローズマリーも必死に勉強し、何度か時間遡行でやり直しながら、最短期間で合格を勝ち取った。
とはいえ、実際には大半の領主貴族は金銭で資格を購入している。そして裁判権さえあれば、どう裁くかは裁判長の判断次第となるため、実体としてはそれほど「法治」という趣もない。エリーやジローが聞いている通り、貴族の気分で平民が裁かれることも間々あった。
相手が地位や権力を持つ者なら忖度もするし、金銭による減刑や逆告訴も珍しくはない。
フルリニーア王国が本当に法治国家と言えるのか、といえば疑問は残るが――独学で教師を持たなかったローズマリーは、本に載っていた建前だけしか知らないのだ。
なお、ローズマリーからエリーへの馬車落としも私刑のようなものだが、こちらはきちんと裁判権を持った貴族による物なので、何の疑いもなく合法である。
ローズマリーが自分が殺した相手の葬式にのうのうと参列できているのは、自分に全く非が無い……とまでは言わないが、過失割合は1:9程度だと、心の底から確信しているからでもあった。
「へええ。お貴族様も大変なんですねぇ」
何だかよくわからないが、大変だったのはわかった。
エリーはそう思った。
「そうよ、大変だったの……だからこそ!
貴女みたいなやり方を、簡単に認めるわけにはいかないわ!!」
ローズマリーはそう言って、エリーに人指し指を突き付けた。
言葉の圧は強いが、雰囲気は先程までより落ち着いている。
ジローは、とりあえず命の危機は脱したかなと判断し、ヒタチマルは何も考えずに「キュー」と鳴いた。




