5-7. 業務報告するエリー
「お疲れ様でーす。市内巡回の報告書、サインお願いします」
「キュッキュー!」
「お疲れさまです。白銀級のエリーさんと、青錫級のヒタチマルさんですね。確認いたします」
街を四半日ぶらついて、エリーが遭遇した事件は3つ。
まずは派出所襲撃テロ。
被害者2名、被疑者は灰にしてしまった。
別の派出所に通報と簡単な説明をしたものの、犯人の首が残っていないので、討伐褒賞は出ない。
次に訓練所襲撃テロ。
被害者多数、被疑者は高所からの落下で死亡。
これはヒタチマルが現場侵入時に公営施設を破壊した負い目もあり、何もかも見なかったことにした。なので、報告書にも書いていない。
塀が派手に壊されていることもあるし、誰かが通り掛かればすぐ気付くだろう。
そして、溜池悪臭テロ。
被害拡散前に異臭の元は焼却処分、被疑者は取り逃がした。
「はい、内容に問題はありませんね。それでは規定通りの報酬を口座に入金しておきます」
受付職員は報告書に確認のサインを記入し、カウンターの内側でポンポンと何かしらの判子を捺していた。
これで今日の仕事は終わりだ。少しだけ気が抜けて、エリーはつい、失言を漏らしてしまう。
「何だかやたらと事件に出会した気がしますけど、いつもこんな物なんですか?」
「やたらと、ですか?
報告は2件だけですが、他にも何かありましたか?」
3件と2件の差は意外に大きい。受付職員とエリーの間に微妙な齟齬が生まれ、そこを疑問に思われてしまったのだ。
「い、いえ、ちょっと回って2件は多いなーって……」
「まあ、確かに。警邏兵が増えてからは犯罪件数も大幅に減っていますし、それ以前の統計から見ても、少し多い気はしますね」
とはいえ、ごまかしの利かない程の失言でもない。
「私もギルド関係者の中で変な二つ名がついちゃうくらい、変な奴らに絡まれてますし」
「あ、あはは……領主様にも治安維持の強化と、原因の究明を打診させていただきましょう」
若干の私怨が混ざった駄目押しを入れて、エリーとヒタチマルは帰途についた。
「ということで、街の中も結構危ないからね。ジローも気を付けるんだよ」
「やっぱり僕、エリーさんの運というか、間というか……巡り合わせが悪すぎる気もしますけど?」
ジローはじっとりと呆れた視線でエリーを見遣る。
「きっと顔がいい分、そういうのが悪くなってるんですよ」
「えぇー?」
自覚のないメリットとのトレードオフとしては、テロ遭遇率上昇は破格のデメリットではなかろうか。
デメリットなので勿論、悪い方向での破格だ。
エリーとしては反論せざるを得ない。
「いや、でも事件自体は起きてるんだよ? 私と関係なく」
「そうですよねぇ。別にテロが起きたのはエリーさんのせいじゃないですし」
「キュイキュイ」
エリー達は知らないことだが――今回の事件のみに限れば、エリーが原因の一端を担っていると言えなくもない。
しかし、根がテロリストである外れスキル四天王は、エリーがいなくとも同様の事件は起こしたことだろう。
そう考えると、やはりエリーのせいではないとも言える。
「上司にも一応、警備体制の見直しを提案してみますね」
「そうだね。私もしばらく市内巡回の依頼を続けてみようかなぁ」
「キュー!」
「ヒタチマルもよろしくね」
そんな風にして、血生臭くも平穏な1日が終わろうとしていた。
エリー達はまだ知らない。
そんな平穏の裏で、外れスキルの影が蠢いていることを。
***
パースリー子爵領、第2領兵訓練所。
時は遡り、エリー達がその場を逃げ去ってから数分後のことだ。
訓練所の広場に横たわる死体の中の1体が、徐に両目を開いた。
厳密にいえば、目を開いた時点で、既にそれは死体ではなくなっていたのだが。
レベル999であれば、こじつけ次第で、死後の自己蘇生も不可能ではない。ただし、こじつけに無理があるほど魔力の消費も莫大になる。
その場の口数、つまり人口を世界に誤認させ、生者を1人水増しする。
無茶苦茶な理屈だが、スキルの成否を判定する精霊が認めた以上は、それがこの世界の理屈となる。
消費魔力は周囲の死体の口を魔力に変換することで補ったが、それでも全く足りなかったので――恐らく、数十年分は寿命が縮んだことだろう。
蘇った【口下手】のツグミは、やっぱり死なんて全然良い物じゃないな、という旨のことを思い。
首が折れたせいで動かせない視界の中、ぼんやりと、仲間の助けが来るのを待っていた。
***
「んぎぇー!」
血塗れの白兎は、只管に街中を駆け巡っていた。
自らの主を殺害した者達から逃げるために。
ウサギを追う者は誰もいなかったが、被食者は目に入る、耳に入る全てに怯えていた。
ウサギが死ねば、主は本当に死んでしまうのだ。
自分にもしものことがあれば絶対に逃げ切れと、主からは再三教えられていた。
ウサギはウサギであり、ただのウサギではない。その知能は「人が想像する、動物の知能」に準じていた。
だから、その程度の言葉を理解することはできた。
主であるカルロスが【心変わり】スキルにより、自らの心臓を変成して生み出した存在。それが、この白兎だった。
警邏兵の心臓をカエルに変えて殺したような、「心臓を何かに変える」という効果。これは「心変わり」の言葉の意味から大きく離れているようにも思える。
しかし、実際は【心変わり】スキルレベル100相当の、つまりスキル創造の当初から精霊が想定していた程度の効果となる。
故に至近距離での発動ならば、魔力消費は意外に小さい。カルロスの最大魔力の半分程を消費するが、逆に言えば、その程度で発動することができる。
自らの心臓をウサギに変えて抜いた直後、心臓を失ったカルロスが死ぬより先に、【生活魔法】のエドワルドが最低限度の健康を取り戻す。
そうして、彼の心臓は2つに増えた。
普段使いの心臓と、ウサギの形をしたスペアだ。
「んぎぇー! んぎぇー!」
「ここにおったか」
「んぎぇー!?」
突然進行方向に山積みとなったギョウジャニンニクに、ウサギの脚が止まる。
ウサギにとってもまた、ユリ科植物は危険な毒物なのだ。
「一旦戻るぞ」
見上げた先にいたのは、外れスキル四天王の1人、【行者ニンニク】のテッサイ。
主ほど懐いた相手ではないにせよ、ウサギにとっても見慣れた相手だ。
「ぷぅ」
とウサギは一鳴きし、テッサイの伸ばした腕に収まった。




