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燎原の森エルフ ~外れスキルをレベル999に育てて調子に乗ってるやつらがむかつくので、当たりスキル【火魔法】をレベル999に育てて焼き尽くす~  作者: 住之江京
第五章:【生活魔法】のエドワルド

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5-3. 【心変わり】のカルロス

 カルロスは、かつて「役立たず」として売られた元奴隷だった。


 成人の儀式で授かったスキル【心変わり】。

 その基本効果は「対象者の気が変わりやすくなる」という物。


 気が変わった後、どんな気分になるかを操作することはできない。

 低レベルでは強い意志があればスキルの影響をほとんど受けず、事前にスキルの存在を知っていれば抵抗も可能。

 何の役にも立たない外れスキルだとされた。


 実家からも放逐されたカルロスだが、土木業者の親方に拾われ20年以上、資材運びや作業補助の仕事をしてきた。

 専門のスキルがないため、単純作業しか任されることはなかったが、勤務年数は長い。若手職員に対しても上役として振舞っていたが――親方が引退し、その息子の代になってから風向きが変わった。


 年功序列の気風は廃され、職位と職能による評価が主体となり、単に年を重ねて態度が大きいだけのカルロスは、最底辺の職員として扱われるようになったのだ。

 可愛がっていた(つもりの)若手に裏切られた(と認識していた)カルロスは、真面目に励んでいた職務への意識も変わり、仕事も荒くなる。

 そんなある日、仕事中に起こしてしまった事故。その損失を借金として負わされたカルロスは、借金返済のため奴隷として売り払われた。


 全ては成人の儀式のあの日、外れスキルを授かったせいだ。


 奴隷商人の馬車が横転した隙に、同じ境遇の3人と逃げ出したカルロスは、しばらく不遇な暮らしを送っていたが――何の因果か、突然そのスキルが覚醒(・・)する。


 いつの間にかレベル999になっていたカルロスは、外れスキル四天王として、世界への復讐を決めたのだった。




「ちっ、何が『外れスキル狩り』だ……必ずこの俺が見つけ出して、叩き潰してやるぜ」

「ぷぅぷぅ」


 カルロスの独白に、禿頭の上の白兎が相槌を打った。

 ウサギを頭に乗せるようになったのは、レベル999になってからだ。そう長い付き合いではないが、身体の一部のような物ではある。


 例の噂を聞いた時は内心脅えてすらいたカルロスだが、四天王会議を通して気が変わった。手分けして探し、先手を打って『外れスキル狩り』を討つ。

 弱腰なエドワルドは全員で戦った方がいい等と(のたま)ったが、殴って意見を変えさせた。


「奴はこのパースリー市内を拠点にしてるって話だ。騒ぎを起こして(おび)き寄せ、返り討ちにする。外れスキルが暴れてるとなりゃ、奴のことだ。すぐに出てくるだろうぜ」


 それがカルロスの作戦であった。



 【心変わり】のスキルで騒ぎを起こすことは、カルロスのライフワークだ。

 具体的にどのような騒ぎか。仲の良い恋人同士にスキルをかけて、不和を(もたら)すという、それだ。

 カルロスのスキルは確実に狙った方向に心境を操作する物ではないにせよ、恋人同士にかければ体感7割以上の確率でその関係を引き裂くことが可能だ。


「んにゃははは! にゃーは満腹にゃ!

 フェル! にゃーを膝に乗せて、お腹を撫でる権利を与えるにゃ!」

「ははー、光栄でヤンスー」

「にゃふにゃふ、ごろごろ」


 市内をうろつくカルロスが最初に目を付けたのは、飲食店のテラス席でイチャ付く獣人女とヒューム男のバカップルであった。


 続けてその隣の席に座るヒューム女2人組にも視線が移る。


「そうだリーサ。今日の夕飯だが、コロッケ蕎麦が良いぞ」

「昼食を食べた直後に夕食の話をするものではないのです。

 それに、コロッケ蕎麦は夕食にするものではないのです」

「そうか……ならタコ焼き蕎麦を頼めるか?」

「余計にジャンク度が上がったのです……蕎麦を夕食にして良いのは、大晦日だけなのです!」


 食事に関する益体もない口論にも思えるが、カルロスにはその距離感で判る。あの2人は同棲中の恋人同士だ。


 異種間カップル、同性間カップル。

 いずれもカルロス自身には興味の持てない関係性だが、その存在は認識しているし、いかなる関係性であろうと、等しく幸福な恋人同士を憎悪するカルロスにとって、何らの差はない。


「クソが。まずはあの2組にスキルをかけるぞ……ふんッ!」

「ぷぅ」


 物陰からカルロスが念じ、頭上のウサギが鳴く。


 レベル相応に魔力効率は良いにせよ、離れた位置の相手を狙うとなれば、それだけ魔力消費量も大きくなる。

 なので、使うのは出力が大きいだけで、低レベル時と効用自体は変わらない、単純な【心変わり】だ。

 特に音や光が出るわけではない。しかし、急激な感情の変化に、対象に取られた4人は脳と視界が揺れる様な幻覚を味わった。


「くっ!」

「うぅ?」

「うへっ」

「にゃっ!?」


 一瞬の衝撃が収まった後。

 4人の感情には大きな変化が現れていた。


「さっきまでお腹いっぱいだと思ってたけど、ハチャメチャにお腹すいてきたにゃ!」

「そうかエイダ。ならば今日の夕食には、この私が鍋焼きうどんを作ってやろう」

「にゃーは熱いの苦手にゃ。ふーふーする権利をやるにゃ!」


 変化は現れていた。


「フェルハロルド。今日から3日3晩、無限耐久ポテチ大感謝祭を開こうと思うのです。調理役を手伝ってほしいのです」

「うおおおお、任せるでヤンス! 今、とにかく身体が疼いて仕方ないでヤンス! 俺っちのポテト薄切りの絶技を見せてやるでヤンス!!」

「揚げる時の絶技ではないのです? ならそっちは私が見せてやるのです」


 【心変わり】のスキルは確かに発動した。2組のカップルは、それぞれ席を離れた。

 だが、どうやら隣の席の2組は知り合い同士だったらしく、変質した感情が何だかよくわからない方向に着地してしまったらしい。

 個々人の感情を捻じ曲げ、組み合わせを入れ替えただけで、特に不和もなく会話が続いている。


「くそっ、何だこりゃ……気に入らねえぜ」

「ぷぅぷぅ」

「もう一度、今度は全力だッ! ふんぬぅっ!!」


 全身全霊の身振りと裂帛(れっぱく)の気合を込めたスキル行使。


「くっ!」

「うぅ?」

「うへっ」

「にゃっ!?」


 脳が大きく揺れるような感覚、切り替わる意識と感情。


 カルロスの視界の中で4人は立ち上がり……組み合わせを入れ替え、着席した。


「うぅ……急にやる気が失せたでヤンス……。

 メルシャノン、負ぶって宿まで送るでヤンス……」

「ふん、軟弱者め。(りき)を付けるためにも、夕食は麺より米にすべきだな」

「料理するのは面倒でヤンス……今日は皆でパエリア屋に行くでヤンス……」

「パエリア! パエリアは久しぶりなのです。私も賛成なのです!」

「トッテリーサ、にゃーのためにムール貝の身を殻から外す権利をやるにゃ!」

「特に嬉しくも有難くもないのですが、たまにはやってあげるのです」


 わいわいと夕食の話で盛り上がりつつ、4人は勘定を済ませて店を出て行った。


「何だこいつらは、仲良し4人組かよ!」

「ぷぅ」


 単純に発動しただけの【心変わり】では、使用者が望んだ結果になるとは限らないのだ。


「ちっ、魔力が尽きたか……!

 これ以上は無理だな。一旦休んで、続きをやるか」


 なお、仮にスキルの結果がカルロスの思う通りになったとして、それが当初の目的、「所在不明の『外れスキル狩り』を誘き出す」ような大事件に繋がることは、そうそうない。


 というより、移り気なカルロスは既に当初の目的を忘れ、彼自身のライフワークに興じていただけだ。



 それ故に。


「おい、そこの、頭にウサギを乗せた者」

「近隣住民から、怪しい風体(ふうてい)の男が騒いでいると通報があった。ちょっと署で話を聞かせてもらおう」


 こうして官憲に連行されたのは、彼にとって偶然、アクシデントと呼ぶべき事態であった。




 ***




「それで、あそこで何をしていたのか」


 カルロスが連れ込まれたのは、領都内に点在する領兵の派出所の1つだ。近年、パースリー市では市内の治安を守るため、主要施設の警護以外にも街を巡回する警邏(けいら)兵の数を増やした。それにより、軍事費として計上される予算は増えたものの、街中での犯罪件数は大幅に減少している。

 この派出所も、そんな警邏兵の常駐する施設の1つだった。正面の大きな出入り口に扉はなく、常に周囲に目が届くようになっている。


「何をと言われましてもね。散歩でさぁ」

「飲食店を覗いて騒いでいたとの証言がある。散歩とは思えんな」


 それは全くの事実であり、そう言われると否定のしようもない。

 カルロスを尋問する兵士も、完全にカルロスを不審者と見做しており、多少の弁舌で疑いを晴らせるようには思えない。


 そこで、回復してきた魔力を使って、カルロスは【心変わり】のスキルを発動した。


「ぬっ!?」

「うおっ!」


 2人の警邏兵は胸を抑えるようにして呻くと、


「……しかし、証言だけで物的証拠も無しに不審者扱いするのもな」

「散歩、とのことだったな。わざわざこんな所まで来てもらって申し訳ない。疑って悪かった、帰って宜しい」


 あっさりカルロスを解放した。


「いえいえ、警邏の皆さんは疑うのが仕事ですからなぁ。気にしてやしませんよ。

 ただ、少し疲れたんで休んでいって良いですかね?」

「ああ、わかった。今お茶を淹れよう」


 ほとんど使い切った所から回復した魔力を、また無理やり絞り出したのだ。

 元々の魔力の少ないカルロスは、いかにスキルレベルが高くとも、スキルで出来ることに限りがある。街を出歩く時は、ある程度の魔力量を保っておきたい。


 そうして30分ばかり休んだ後、カルロスは兵士らに笑顔で手を振って派出所を後にした。



「ああ、やっぱり気が変わったぜ」


 外に出たばかりのカルロスは、しかし、すぐにまた屋内に戻ってくる。


「なんだ、何か忘れ物か?」

「何の罪もないのに警邏に連行されて、俺の心は(いた)く傷付いた」

「それは悪かったな。だが、これが領主様から頂いた我々の…」

「知るか、クソが。責任を取って死ね」

「は?」


 十分に回復した魔力を以て、カルロスは兵士達に【心変わり】のスキルを発動する。


「ゲェロ」

「ゲコゲコ」


 2人の兵士の()臓がカエルに変わる(・・・)


「かはっ」

「……っ!」


 何の抵抗もできないまま、兵士達は即死した。




 ***




 何だか血の匂いがするな。

 ヒタチマルの背に跨って行く先を任せていたエリーは、進行方向へ進むにつれ、嫌な臭いが近付いてくることに気付いた。


 普段なら面倒ごとには関わりたくないが、今のエリーは、配達者ギルドの仕事でパースリー市内の巡回警備をしているのだ。

 スローライフと言っても給料分の仕事はしないといけないし、職務中は、事件の匂いがすれば首を突っ込む義理がある。


「キュー?」

「そこの建物だね。ちょっと覗いてみようか」


 それは街を見回る本職、警邏兵が常駐している派出所だ。

 入り口が大きく解放された派出所の中を、エリーとヒタチマルは首を伸ばして覗き込んだ。


「キュッキューッ!」

「喧嘩ですか? テロですか?」


 派出所には床に横たわる2名の警邏兵、机の引き出しを漁る1人のヒューム、その頭に乗った1羽のウサギ、そして床を飛び跳ねる2匹のカエルの姿があった。

 彼ら全てを乗せる床自体は、真っ赤な血の海だ。


「そっちの人達、死んでるのでテロですね」


 胸に大穴を開けたヒュームが横たわっているわけだ。まず死んでいるだろうし、まず自然死、事故死でもないだろう。

 カエルがやったようには見えないから、殺人事件である。警邏兵のいる派出所を狙った、極めて凶悪な奴だ。


 とりあえず容疑者を拘束しよう、とエリーは考えた。 


「ちっ、面倒くせえ」


 この時点で、事件を起こして『外れスキル狩り』を呼び寄せる――その計画が完全に成就しているわけだが。

 相手が女性のソロ配達者と聞いていたカルロスは、4足歩行のドワーフに跨った妙なエルフが、その『外れスキル狩り』だと気付かなかった。


 犯行現場を目撃されたカルロスは、咄嗟に【心変わり】のスキルをエリーとヒタチマルに向けて発動する。

 叫ばれたり、人を呼ばれたりすると面倒だからだ。


「うっ」

「キュ?」


 その時の気分を変えるだけのスキル。

 結論から言うと、これは失敗だったと言える。


「生きたまま捕まえようかと思ってましたけど、やっぱり殺しますね」

「キュー?」

「≪ファイアアロー≫」


 炎の矢がカルロスの胸を貫き。

 虚ろな穴から広がった炎が全身を灰にする。


「んぎぇー!」


 血の海に落ちて赤く染まった白兎が、奇声を上げて逃げ出した。

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