5-2. なじられるエリー
「エリーさんって何がしたいんですか?」
唐突な全否定らしき言葉に、エリーはキョトンとした顔を返した。
「あ、いえ、変な意味じゃなく」
ジローは慌てて訂正を入れる。
「今後のご予定的な意味でです」
言われて、ああ、と膝を打った。
エリーはヒューム領の都市部で活動する森エルフで、ジローは彼女と共に行動するヒュームの子供だ。
どちらもお尋ね者とまでは言わないが、生まれ育った地元に住むことができなくなって旅立った。
現在は新たな拠点として、ヒューム領内フルリニーア王国パースリー子爵領の領都パースリー市の中流宿泊施設に住んでいる。
最近仕事でヒューム領内の他国に行けるようになったエリーは、自分が住んでいる国の名前を覚えた。フルリニーア王国はヒューム領内でも比較的新興の国であり、各地から集まった多文化が混合されて現在の文化を形成している。
エルフ領から出てきたエリーは、特に目的も事前情報もなく、比較的近くにあったこの国の都市に移住した。
そして場当たり的に行動した結果、その街に居づらくなって、拠点を移したのだ。
現状エリーと共に行動しているジローにとって、エリーの今後の予定は気になる所だろう。
「そういえばエリーさん、『外れスキル狩り』って聞いたことあります?」
「うっ」
その二つ名については、親友からの手紙で聞いている。
突然話を切り替えたように思えるが、これが繋がった話だとしたら、酷い風評被害だ。
「……前にも言ったと思うけど、私別に狙って外れスキルを狩ってる訳じゃないからね?」
「あはは、わかってますよー」
どことなく乾いた調子でジローが返すのは、事後報告とはいえその狩猟履歴を聞いているからだ。
赤銅級配達者から白銀級に上がるまでに倒した分だけで、【催眠】のアート、【ペン回し】のマーシー、【音痴】のザイオン、【膝関節ぐにゃぐにゃ】のグニャル、【花一匁】のブルーム、【鳥ガラスープ】のカリュー、【風邪耐性】のマックス、【月極】のエカテリーナ……見逃した者や、非公式の戦果(※つまり死体が残らなかった遭遇戦)も含めてだが、『外れスキル狩り』の二つ名に恥じない撃墜数と言えよう。
二つ名自体が不名誉だと言われれば、ジローにも反論はないし、エリーも積極的に肯定する。
「どうして私にそんな二つ名が……とか言うほど無自覚じゃないけどさぁ。何か、弱い者いじめが大好きな選民思想家みたいで嫌だなぁ」
エリーは自分が力に溺れたイキリエルフである自覚はあるが、別に「目障りな外れスキル共を滅ぼし、当たりスキルだけの理想社会を作ろう」だとか「外れスキルを間引きし、優れた人類のみを新たなステージへ導こう」だとか、そんなことは欠片も考えていない。
外れスキルだから敵対したのではない。敵対した人がたまたま外れスキルだったのだ。
というより、外れスキルレベル999の連中が野盗になりがちで、エルフ女性のソロ配達者が襲撃されがちなのだ。
また、街中にいてもテロ行為に遭遇しがちなのだ。
「【火魔法】だってエルフの里じゃ外れスキル扱いだったんだけどなぁ」
「外れスキルを狩る外れスキル……何かのダークヒーローみたいですね」
ぼやくエリーに苦笑するジロー。
随分と話が脱線したことに気付いた2人は、少しばかり話題を遡った。
「私の夢は、スローライフだよ」
エリーは穏やかな笑顔で適当なことを言った。
本人はそれなりに真面目に言ったつもりだが、発言内容を客観的に評価すると大分適当なことを言っていた。
「それ、前も聞きましたけど」
侯爵領の領都、というなかなかの都会で育ったジローは「スローライフ」と言われると「田舎での自給自足生活」をイメージしてしまう。
食事でも道具でも出来合いの物を買わず、自分で育て、狩り、採り、作る。1つ1つの行動に時間をかけることで、ファスト至上ではない生活を送る。それがスローライフだと。
にも拘わらず、エリーは今のような都市部での「ゆっくり、ゆったり、心豊かな生活」をスローライフと呼んでいる節がある。
どうもエルフとヒュームでは、「スローライフ」という言葉の意味が異なるのだろうか、とジローは思った。
現代のエルフが使う言語は汎人類共通語だ。しかし、ヒュームやドワーフと関わる前は独自の言語――今では古代エルフ語と呼ばれる言語を使っていたそうだ。
その辺りの都合で、一部の語義が、ヒューム文化圏で使われるそれらと異なることは、十分に在り得る。
「……キューゥ?」
もそもそと寝床から出て来たのはドワーフの男。
エリーの素人催眠術で自分をハクビシンだと思い込み、解除できなくなった成人男性だ。
名はヒタチマル。
これは彼が人語を話せず、名前すら判らなかった折、エリーが仮で付けた名前だった。
由来は古代エルフ語で「コロコロと健康的に太ったイタチ」程度の意味。汎人類共通語の語彙に近くも感じる。
汎人類連盟、その「最初の3種族」の一角たるエルフ。古代エルフ語が現代の汎人類共通語に与えた影響は大きいが、だからこそ、似た発音と似た意味の、根底で異なる単語があってもおかしくはない。
おかしくはないが……単なる商人見習い、スキルの授与さえまだの未成年であるジローに、そんな古代の神秘が解き明かせるはずもない。
「おはよう、ヒタチマル。今日は一緒にギルドに行くよー」
「キュー!」
エリーの言葉に明るく返事をするヒタチマル(聞き取りは問題なくできるのだ)を見て、ジローは何となく思う。
成人を迎えた時に【言語学】なり【考古学】なりのスキルが与えられたら、少し考えてみようかな、と。
それはそれとして、エリーさんはやっぱり顔が良いなあ、と。
***
「エリーさんも先日白銀級になられましたし、国外への配達依頼はいかがですか?」
「えー、また今度にします」
「キュー」
例外はあるものの、配達者ランクは主に受注可能な仕事の幅に関係している。
立地や土地柄にもよるが、赤銅級以上から領外、白銀級以上から国外への配達が増えてくる。
フルリニーア王国の領土は細長い形状をしているものの、国外ともなればエリーの本気の機動力でも往復に数日はかかる。正直な所、あまり気乗りはしない。
初めは配達者らしく荷物の配達先に合わせて移動し、行く先々のギルド支所内宿泊所に住む予定だったエリーだが、拠点を定めて日帰りする生活の方が楽なことに気が付いた。
今は同居人もいるし、今回は同行者までいるのだ。
近い内に国内でそこそこ遠出する予定はあるが、今回は良いだろう。
「何か近所でできる仕事あります? ヒタチマルも一緒に」
「キュッキュー!」
エリーの言葉に、名前を呼ばれたヒタチマルが野太い声で同意する。
そう、実は先日ヒタチマルも配達者登録を済ませた、新米配達者なのであった。
エルフ女性のソロ配達者が野盗やテロリストに絡まれやすい。それなら、見た目に強そうなドワーフ男性を同行させれば危険は減る。
完璧な対策案ではあったが、それを聞いたジローは「でもどうせエリーさんから絡んでいくんでしょ?」等と失礼なことを言っていた。
配達者ギルド登録時に魔道具で簡易に鑑定してもらった所、ヒタチマルのスキルは【豪腕】。腕力が上がるスキルで、気合を入れれば若干腕が伸びるため、4足歩行にも便利だ。
自分をハクビシンだと思い込んでいるヒタチマルには「言語」が存在しないため、これが魔法系スキルなら詰んでいたかもしれない。魔法の行使には精霊に理解できる言語での発声が必要なのだ。「キュー」だの「キュー?」だのは、仮に意思や意味があっても言語ではない。
なお、配達者ギルドで使用している簡易鑑定の魔道具では、対象者の名前とスキル名、犯罪歴だけが表示される。
名前の欄には「ヒタチマル」と表示されていた。これには精霊が認識する対象者の名前が表示されるが、現時点では精霊の中でも「ヒタチマル」が正式名称とされているらしい。
「どうです? 何かありますかね?」
「ヒタチマルさんは青錫級ですね。スキルは【豪腕】……でしたら、領都内の警備などいかがでしょうか」
受付職員はそう言って、カウンターの下から1枚の依頼書を取り出した。
仕事は口頭で言われた通り、領都内の警備。
配達者事業の法的根拠たる「配達」の条件を満たすべく、名目は「地域に安全をお届けする仕事」ということになっている。
「エリーさんも未経験だと思いますが、要は市内巡回です。
何か問題があれば官憲への通報など、可能な範囲で対処していただきますが、あくまで人の目による防犯効果が主目的ですね」
つまり、何もなければお散歩である。
好きなタイミングで休憩も取れるし、のんびりできる……これぞまさにスローライフと言っていいだろう。エリーはそう思った。
警備の仕事はソロだと舐められるだろうが、今回は強そうなヒタチマルがいるので安心だ。
「それでお願いします!」
「はい、では受注書にサインをお願いします」
エリーは自分の名前を署名し、文字の書けないヒタチマル(※ハクビシンは文字を書けないので)は拇印を捺す。
「よし、じゃあ出発しよう」
「キュキュッ!」
エリーは4足歩行のヒタチマルに跨り、気楽な調子でギルドを発った。




