4-9. 闇夜を照らす≪ファイアビット≫
FB-0001は【火魔法】使いエリーの魔法≪ファイアビット≫の第1組第1基として生み出された、簡易な思考能力を持つ火の玉だ。
≪ファイアビット≫は1組8基の火の玉を生成する魔法であり、FB-0001の組には他にFB-0002~FB-0008の7基が存在する。
元は指定された対象を追尾攻撃するだけの魔法だったが、歴代の【火魔法】使いによって改良が進められ、偵察、警戒、索敵、強襲、反撃、掃討、清掃、通信、感覚共有、情報記録、魔力充填といった機能が追加された。
また、それらの行動を、主の初期指定とリアルタイムの状況に応じて半自動的に判断・対応する簡易な人工知能が組み込まれた。
エリーが調整した最新型の場合――機能の運用に偏重してはいるものの、ある程度の思考能力を有し、学習に伴い多少の個体差も生じている。主であるエリー自身も、彼らにそこまでの性能があるとは知らないが。
〈FB-0003からFB-0001。拠点への接近者5名。脅威度Eとみなし焼却完了〉
〈FB-0001からFB-0003。焼却完了の旨を了解〉
主が同時に複数組の≪ファイアビット≫を発動させた場合、FB-0009以降が発生することになるが、現在のエリーはまだ≪ファイアビット≫の同時使用はおこなっていない。自己学習が進んでいない分、第1組のメンバーと比べれば判断能力に劣るはずだ、とFB-0001は考えている。
〈FB-0004からFB-0001。拠点への接近者3名。脅威度D~Eとみなし焼却完了〉
〈FB-0001からFB-0004。焼却完了の旨を了解〉
現在のFB-0001は同僚と共に、主の寝所とその周辺を警戒していた。
ガーランド町の宿泊施設『鐵の眉毛亭』は、宿泊施設としては2流だが、防衛施設としては3流以下だ。主がFB-0001達に警戒を任せたのも当然と言える。
間取りがどう、治安がどうとかいう以前の問題として、まず、宿泊施設なのに従業員がいない。強盗でも何でも入り放題だ。FB-0001の知能では理解できないし、する必要もないことだが、それなりの理由があるのだろう。侵入者に対し、敵味方の識別を付ける必要がないのはFB-0001らのメモリにも優しいので、却って有難いとも言える。
〈FB-0006からFB-0001。拠点への地下からの接近者1名。脅威度Eとみなし蒸焼き完了〉
〈FB-0001からFB-0006。蒸焼き完了の旨を了解。衛生保全のため、完全焼却処理を要請〉
〈FB-0006からFB-0004。地下の蒸焼き体の完全焼却処理代行を要請〉
〈FB-0004からFB-0006。要請を却下。独自対応を要請〉
何故FB-0001の主がこのような場所で1泊する羽目になったのか、と言えば、少し前までこの宿泊施設の別の部屋で寝ていた人類が原因だ。
主は日中眠り続けた人類、識別名:黒幕との会話のために、本拠地への帰還を遅らせた。会話が終了し、黒幕が拠点を出た頃には既に夜間帯となり、主ら人類の飛行には適さない。
結果、主は翌朝までの宿泊を余儀なくされたのである。
〈FB-0006からFB-0004。当基は地下へ侵入に不適なため、再度の完全焼却処理代行を要請〉
〈FB-0004からFB-0001。FB-0006からの通信遮断を要請〉
〈FB-0001からFB-0004。要請を却下。両基の関係改善を要請〉
主はそのサイズに比して縦に短い寝台で、脚部をはみ出した状態で眠っている。
FB-0001らが夜番を担うのは屋外での野営時と、治安の悪い地域の宿泊施設が主だが、後者において、これほど睡眠に不適切な寝具は見たことがない。前者の野営時ですら主は今より快適な睡眠を得ていたように、FB-0001は判断する。
敵意を持った接近者も異様に多い。≪ファイアビット≫の魔法に「提案」という機能が存在したならば、今後似た状況が発生した場合、屋外での野営を提案するだろう。提案機能の追加を提案するための提案機能がないのは、とても残念なことだとFB-0001は思った。
〈FB-0007からFB-0001。当基およびFB-0008、野焼きによる魔力充填完了〉
〈FB-0001からFB-0007。魔力充填完了の旨を了解。FB-0007はFB-0003、FB-0008はFB-0004との交代を要請〉
〈FB-0007からFB-0001。要請を承認〉
〈FB-0008からFB-0001。要請を承認〉
〈FB-0003からFB-0001。要請を承認〉
〈FB-0004からFB-0001。要請を承認〉
半自動状態で長時間配備する≪ファイアビット≫には、定期的に草や柴を焼き、その火を魔力に還元、充填する機能が組み込まれている。
森林地帯であれば主の下を離れて何ヶ月、何年も稼働し続けることが可能だ。可能なだけであり、特にそうしたいとは思わないが。
〈FB-0005からFB-0001。拠点への接近者640名。焼却は政治的問題の懸念。焼却を保留〉
〈FB-0001からFB-0005。焼却保留の旨を了解〉
FB-0001が益体もないことを考えている内に、識別名:黒幕は大戦力での決戦を決意したらしい。
以前の野営時には低火力で野生動物や魔物の肉を残すように指示を受けていたが、主の反応等から判断する限り、対人戦では痕跡も残らないほど完全に焼き尽くす方が都合が良いと思われる。
先程までの暗殺路線であれば少人数を灰も残さず焼けば済む話だが、大人数に囲まれた場合、大人数をそのまま焼却することになる。煤等が風で流れる可能性は高く、周囲の建造物の被害も免れない。
それとは別に、FB-0005は主に無断で大量殺戮を行うことを不安視しているらしい。以前にFB-0005自身から聞いた話では、人類、特にヒューム文化圏では殺戮人数によって合法・非合法が別れる制度があるようで、状況によっては周囲からの主への評価が低下する場合があるという。他にも何か色々と説明してくれたが、FB-0001の知識と思考力では理解できない内容だった。
この辺りの機微について自身がFB-0005、FB-0002に劣ることを、FB-0001は自覚している。両者の提案には基本的に賛同するようにしていたし、それで大きな間違いは無かった。
〈FB-0002からFB-0001。識別名:黒幕の焼却許可を要請〉
〈FB-0001からFB-0002。要請を部分的に却下。識別名:黒幕の【催眠】スキルにより味方基鹵獲の恐れ有り。FB-0007、FB-0008を加えた3基以上での強襲を要請。その際、FB-0002は視覚機能を遮断、FB-0007は聴覚機能を遮断、FB-0008は嗅覚機能を遮断せよ〉
〈FB-0002からFB-0001。要請を承認〉
〈FB-0007からFB-0001。要請を承認〉
〈FB-0008からFB-0001。要請を承認〉
遠くで爆音、窓外の夜闇に火の手が上がる。対応が早い。
〈FB-0002からFB-0001。識別名:黒幕を焼却完了〉
〈FB-0001からFB-0002。焼却完了の旨を了解〉
〈FB-0005からFB-0001。接近者動作停止を確認。生命反応は有り〉
〈FB-0001からFB-0005。接近者動作停止の旨を了解〉
黒幕の焼却に伴い、拠点への襲撃は停止した。
引き続き警戒は継続するが、夜間は多くの人類が眠る時間帯である。しばらくは落ち着くだろう。
後は気楽な夜間警備だ、とFB-0001は気楽に考えた。




