3-9. 思い出せないキョロリック
キョロリックは逃げ回る内に、今まで気付かなかったスキルの使い方を理解していった。
【劣化コピー】はスキルをコピーするだけのスキルではない。
低レベルの間は確かにそうだったが、レベルを上げてできることが増えたのに、それを考えもしなかった。
「流石はドスコイ食堂の新メニューでごわす。旨かったでごわすなぁ」
「まっことまこと! これはリピート必須でごわした!」
双子らしき巨漢のヒューム2人組がキョロリックと擦れ違う。
一瞬の間にキョロリックの姿が消え――巨漢が3人に増えていた。
よく見れば3人目は他の2人より少し細身に見えるが、他人から見れば誤差の範囲だ。
上手く複製できた、と人型の着ぐるみの中でキョロリックは安堵する。
【劣化コピー】で複製できるのは自分の姿だけではない。
野生のキッツネゲンガーが使う【ばける】スキルのように、自分自身の姿を変えることはできない。それはコピーではないからだ。
だが、複製品の内部に隠れることはできる。
高レベルな先駆者のいない外れスキルは、自分で使い道を切り開く必要があるのに、これは明らかな怠慢だったと、自覚した。
「見ぃつけた」
赤い線が走る。
エルフの持った炎の鞭が巨漢の着ぐるみを絡めとる。
「うおお!? 何事でごわすか!」
「おいどんの分身?が燃えてるでごわす!!」
キョロリックは即座に外殻を破棄し、近くを通る誰かの【跳躍】スキルを使って逃走した。
***
エリーは今回の依頼を受けた時、被害者である『白き花弁』に対しても事情聴取をおこなった。
主観を省いた情報を整理するに、どうやらキョロリックは、同じ村出身の幼馴染パーティで燻っていたらしい。
その話を聞いたエリーの所感は、「元のパーティに拘らず、もっと強い人のコピーをすれば良かったのに」という程度。
劣化するなら劣化を織り込んで、劣化してなお有用なスキルをコピーすれば良かったのだ。
『白き花弁』は悪いパーティではないが、所詮は白銀級から黄金級――下から数えて4番目か5番目の、平凡な配達者に過ぎないのだから。
それと、自分自身を鍛えもしなかったのはもっと駄目だ。普通、スキルの持ち主は自分のスキルを活かす身体を作っている。
【劣化コピー】で得られるのがスキルだけなら、逆に身体能力でコピー元を上回るという手もあった。
「でも、何だろ。急に覚醒したなぁ」
他人を複製した着ぐるみに隠れていたのは、つい笑ってしまった。
その次の、壁の模様を自分に複写して隠れようとしたのは、なかなか良かった。
「見ぃつけた」
自分の強みを理解したのか。できるだけ人の多い場所で隠れるようになったのも成長だ。
人が多ければ多いほど、選べるスキルも増える。
戦闘に向かないスキルでも、逃走に向くことはある。
「見ぃつけた」
屋台を複製して物陰に隠れるのも、魔力を視れないヒューム相手なら、案外これで逃げおおせたかもしれない。
「見ぃつけた」
地面に空をコピーして騙し絵にするのも面白い。
一瞬つんのめって転びそうになった。
「見ぃつけた」
アーバンコックローチの群れをコピーして嗾けて来たのも、相手によっては効果的だったと思う。
エリーは虫食系エルフなので少し驚いた程度だが、軟弱な都会っ子なら無力化まで可能だろう。
「見ぃつけた」
「ぜぇ……はぁ………くそっ………」
それでもヒュームの基礎能力では限界がある。
魔力欠乏で倒れたところを、キョロリックは遂に追い詰められてしまった。
にこにこと覗き込むエリー。
化け物だ。その力も、精神性も。
「ちゃんと魔力補給してませんでしたね?
もしかして私の話、聞いてませんでした?」
しかし、まだ終われない。まだ諦めるわけにはいかない、と。
キョロリックは、最後の魔力を振り絞った。
「化け物が……これでも、食らえっ……!」
息も絶え絶えのキョロリックが、エリーに向かって何かを投げるような仕草を見せる。
すると、突然エリーの全身に異常が生じた。
「おおっ? 何だか急に体が重く……うぇぇ魔力が抜ける……。
これってもしかして、自分の劣化を私にコピーしたんですか!?」
「へっ……そうだよ。は、走り回って……魔力も空っぽ……これでお互い最悪の体調だ……第2ラウンドの……」
「へぇぇぇ、素晴らしいです! まぁ私は回復させてもらいますけど!
ちょいちょいっと魔力を貰って、≪よく効くお灸≫っと」
「……ちっ、化け物がッ!」
エリーは空から降り注ぐ太陽熱を軽く魔力に変換し、体力回復用の魔法を自分にかける。心なしか周囲の気温が下がったが、エリーは活動に支障がない程度まで復調した。
そして流れるように、
「では改めて、≪フレイムウィップ≫」
捕縛用の炎の鞭を生み出し、一振りでキョロリックに巻き付ける。
「ひっ!?」
「大丈夫ですよ。死なない温度にしてますから」
「……ちっ……そうかよ……」
「いやぁ、素晴らしかったです、キョロリックさん! 判りやすい破壊力こそなかったですけど、これこそレベル999! って感じでした!」
キョロリックには、エリーが何が楽しんでいるのか理解できなかった。
「貴方はこのまま、配達者ギルドに連行します。ギルドからの移送先は知りません。元々が生死を問わずの依頼なので、死刑かもしれません」
「……だろうな」
「最後に何か言い残すことはありますか? 久々に気分が良かったので、伝言でもお使いでも、可能な範囲でやってあげますよ!」
自分の仲間を惨殺しておいて、何故こんな笑顔をしているのか、理解できなかった。
こいつはおかしい。異常だ。
視界が霞む。意識が遠のく。記憶が混濁する。
メリーとイザベラは逃がした。
その2人だけは、逃げられた。
大切な仲間達の顔が幻燈のように浮かんでは消える。
一度は元の仲間に捨てられた自分を、慕って付いて来てくれた皆の名を、噛みしめるように口にする。
「……マリーダ……」
「マリーダさん。吸血鬼の人ですね」
「ヴァネッサ……ルカ……ハンナ……」
「知らない名前ですけど、襲い掛かってきた3人ですか?」
不快な雑音は耳に入らないようにする。
ただ、大切な、大切な人達の姿を、脳に焼き付けるように思い浮かべる。
「……キャシー……」
「キャシーさん。【超加速】の人ですね」
「………それに……あのお方………」
あのお方。あの、お方?
「出た。まーた、あのお方ですよ」
不快なエルフの声が、不快気に歪んだのがわかった。
「その、あのお方って誰なんです?
外れスキルレベル999の人がよく言うんですよね、あのお方。
思わせぶりに。それ言えって言われてるんですか? あのお方に」
あのお方が誰か。
決まっている。とても大切な人だ。
それが何処の誰だったか、どんな人だったか、キョロリックにはまるで思い出せなかったにせよ……大切な人だったのは、確かだと思えた。




