3-6. 鍋を突くエリー
火を制するものは料理を制する。
【火魔法】スキルを授かって以来、エリーの調理技術の上達には目を瞠るものがあった。
エリーは、調理には必ず浄化の炎を使う。
スキルレベル60で解放される「効果付与」を以て、「浄化」という役割を与えられた炎。これには死霊系の魔物に対する特効性能がある他、解呪や解毒の効果も含む。
火と浄化は関わりが強いので魔力コストも低い。
調理以外でも、湯沸かし、暖房、風呂の追い焚きなど――普通の火で済む場面では、何にでも浄化の効果付与をおこなっている。
浄化の炎で加熱すれば、食材が多少傷んでいても解毒できる。
浄化の炎で沸かしたお湯で洗えば汚れ落ちが良い。
寝る前に低温の浄化の炎を全身に浴びれば、心身共にサッパリした状態でよく眠れる。
恐らく、過去の高レベル【火魔法】使いは皆同じことをしていたのではないか、とエリーは思っている。
【火魔法】スキルに刻まれた過去の魔法に≪ホーリーヘアアイロン≫という「髪型をセットする魔法」が存在するのが、何よりの証拠だろう。
それはそれとして、料理の話だ。
本日の夕食はキノコ鍋である。
具のキノコを採取したエリー、同居人の少年ジローは、滞在中の宿泊施設の裏庭で、煮える土鍋を囲んでいた。
宿の主に許可を取り、適当にレンガを並べた竃(のような何か)に土鍋を据えて、魔法の火を以て加熱する。
鍋のすぐ近くでは、キノコの出汁が良い香りを漂わせていた。
「お肉入れるよー」
「お願いします!」
土鍋に浮かぶキノコと野菜。そこへ次々に薄切りの肉を投入する。
山菜を採取する時間はなく、期待していたウマコーンは灰も残らなかったが、エリーは市場で豚肉と野菜類を購入してきた。
火加減というほどのこともない料理。
しかし、浄化の炎で似た食材は甘みを増し、若干の健康増進効果を得る、気がする。
個人の感想であり、エビデンスは無い。
屋外での鍋パーティに興味を示す通行人もいたが、自分で採ってきたキノコが食材だというと、微妙な顔をしてすぐに離れていく。毒キノコが混ざっていることを不安視されたようだ。
森育ちのエリーに対して失礼な話だが、部外者に取り分を奪われるよりは良いだろう、と考えていた。
火の通った食材を胃の中に回収し、再度の具材投入。
それを何度か繰り返し、食材が尽きたところで、2人共ちょうど良い具合に腹が膨れた。
竃擬きの火を止め、後始末をしながら、いつも通りの食後の雑談に移行する。
「ジローは今日が仕事の初日だよね。どうだった?」
「特に問題はなかったですよ。オーナーにも覚えがいいって褒められました!」
「おー、えらい!」
エリーが配達者として働いている間に、ジローはジローで仕事を探していたのだ。
未成年とはいえ、元々侯爵家の従者として働いていたジローである。
「読み書き計算は一通りできますし、貴族対応も慣れてますからね」
ということで、中堅商家で時間雇いの仕事を探し当て、今日から実際に働き始めていた。
エリーはジローの保護者ではないので、必ずしも彼を養う義務はない。
当然、自分が同行するよう誘ったのだから、生活費も含めて面倒は見る気だった。しかし本人が働くというなら、その方が助かる。
「最初は雑用とかするの?」
「あ、いえ、貴族客の対応用の即戦力募集ってことだったので、そういうのは無しです」
「へぇ、何か凄いね。どんなことしたの?」
「今日は商品を覚えるのと、基本の接客を先輩に教えてもらいながら、って感じでした」
「ふむふむ。紅茶とケーキのお店だっけ」
「ですです。喫茶スペースもあるので、エリーさんも是非!」
「営業熱心、店員さんの鑑だねぇ」
「エリーさんほどの顔の良さなら、お客として座ってるだけで集客効果がありますので!」
そうこうする間に庭の片付けは終わり、借りた土鍋を宿の調理場に返却する。
エリーとジローは部屋に戻り、再び雑談を再開した。
「エリーさんはどうでした?
鍋にするほど余ったなら、キノコ採取は大成功だと思いますけど」
「鍋にしたのと納品したのは別の種類だよ。そっちも一応、問題なく依頼達成できたんだけど」
「けど?」
「キノコの群生地で変な人達に遭遇してさ。そいつらが群生地を滅茶苦茶にしちゃって。ギルドに報告したら何か私が怒られて……」
「うわぁ。災難でしたね」
思い出しても腹が立つ。
エルフは長寿ゆえに、種族的に気が長く、些細なことはすぐに忘れる。
だが、エリーはそれに比べてカッとなりやすく、火種も長く燻る性質をしていた。
普通のエルフなら「変な虫に噛まれたな」程度の感覚で済む話を、エリーは怒りと共に記憶する。短命種の人格を無意識に軽視する長命種の中で、珍しい価値観とも言える。
エリーは愚痴を交えて、ジローに今日の出来事を語って聞かせた。
「ヒュームの男1人にヒュームの女2人、それと獣人の女ですか。何か聞いたことあるような……」
「結構いるんじゃないの? 昨日の魔物狩りで会ったパーティもそんな構成だったよ」
「そんなにはいないと思いますけど……そっちは、ちゃんとした人達だったんですよね。A級パーティでしたっけ、凄いですよねぇ」
「今日のやつらは白金級って言ってたけどね」
「S級!? トップクラスじゃないですか!」
「全然そんなことないよ。下から6番目だし」
「えっ?」
「えっ?」
「Sが一番上じゃないんですか? SSとかSSSとかあるんです?」
「いや、白金の上はミスリル級、アダマンタイト級、オリハルコン級、ヒヒイロカネ級って続くんだよ」
「何ですか、その得体の知れないランク名は」
全20等級のランク名を、配達者のエリーも全ては覚えていない。
配達者でもないジローが知らなくても無理はないかな、とエリーは思った。
「配達者ギルドって変な組合ですね」
「ランク名でわかりにくかったら、金属名で覚えればいいんだって。アダマンタイトがQuick級、オリハルコンがLightning級みたいな」
「オリハルコンとアダマンタイトってどっちが強いんです?」
「さあ? エルフは金属精錬とかしないから……」
「そうですか……あっ。ところで、エリーさん」
「何?」
「顔が良いですね!」
といった所で、この話は流れてしまった。
***
ジローが職場で聞いた、【劣化コピー】のキョロリック率いる白金級パーティ『七色の翅』の噂を持ち帰ったのは、それから数日後のことだ。
「ざまぁとか復讐だーとか言って、方々で無茶してるみたいですよ、その人達」
「こわ……見掛けたらすぐ逃げるんだよ、ジロー」
「それがですね。その被害者のパーティの人が、うちのお店の常連さんでして」
「え、まさかお店が襲撃されたの?」
「そのまさかです。オープンカフェだったんで、建物の損傷は少なかったんですけど。常連さんも大怪我で入院しちゃって」
「通報しよう。職場も変えよう」
「どっちもしました。今は同じオーナーの別のお店で働いてます」
迷惑な話だし、不愉快な話だ。
ただ、エリーは事件の当事者ではない。
ジローが怪我でも負っていれば相応の報復をしたが、そういう訳でもない。
それを横から噂を聞いただけのエリーが、何となくの正義感で征伐するというのは、どうも正しくない気がする。
確かに、何となく腹は立つが。
出会った時の印象も、まあまあ悪いが。
だから、大怪我で入院をした被害者が、面識があり、共闘もした『白き花弁』の面々だったことを後で知り。
配達者ギルドで、【劣化コピー】のキョロリックと、その仲間達に対する生死を問わずの犯罪者配達依頼が張り出されたことを知った時は。
「なるほどなぁ。依頼なら仕方ないね」
と、それを正式に受注することにした。




