3-3. 共闘するエリー
イヌルトは犬型の魔物だ。
2足歩行で器用に武器を扱う、茶色のもふもふ。
水浴びを好み、野生環境でも柔らかな毛質を保っている。
このもふもふで犬好きの人類を誘き寄せ、集団で襲って食らうのだ。
その種族スキルは【ほえる】。
仲間と連携を取ったり、敵の精神を乱したりと、低レベルから厄介な効果が多いスキルである。
犬系の獣人と、イヌルトやイヌベロスといった犬系の魔物と、動物の犬。それぞれを分けるのは、その所有スキルだ。
個体によって異なるスキルを持つのが人類。
エルフやヒューム、ハーフリング、獣人などを指す。
そして、1種1スキルを前提とするのが魔物。
人語を解する者から、思考能力を持たない者もいる。
なお、スキルを持たないのが、普通の動物や植物である。
エリーが地元で狩っていたフォレストチキンも普通の動物なので、スキルは持たない。身体能力も低く、子どもでも狩れる良い獲物だった。
「あ、いたいた」
エリーは川辺に集まるイヌルトの群れに悠々と近付いてゆく。
風上からの接近なので、相手も当然エリーに気付き、周囲を囲むように動き始める。
毛皮が焦げると困るので、また≪ヒートヘイズ≫で仕留めればいいだろう。温度は発火点ギリギリ、密度を上げて。
警戒されないよう、もっと引き付けてから。
「わおーん!」
「わふわふ! ぶっ殺すわん!」
錆びた剣や尖らせた枝を構えた犬型魔物が、正面から一斉に飛び掛かってきた。
応戦すれば背後の茂みに隠れた伏兵が参戦、挟み撃ち。逃走すれば伏兵による不意打ち、といったところか。
どの道、エリーのやることは変わらない。
引き付け、タイミングを見て、
「≪ヒートヘイ…」
「うおおおおおッ!! 助太刀するッ!!」
「ぎゃいんっ!?」
「…ズ≫?」
と魔法を発動する所に、猛然と人影が割り込んできた。
「え?」
「気を付けろ、イヌルトに囲まれているぞ!」
「あ、はい」
知ってます、という言葉を飲み込み、エリーは闖入者の姿を確認した。
全身鎧姿の、たぶん人類。全身鎧なのでわからないが。
背丈はエルフやヒューム程度、声の高さから恐らく女性。
上段に長剣を構え、四方に視線を飛ばしてイヌルトを威圧している。
「わふ……」
「くっ……数が多い……」
じりじりと睨み合うイヌルトと剣士。
少し離れた位置から弓の音が聞こえ、イヌルトの悲鳴が上がった。
剣士の仲間だろうか。
どうしたものか、とエリーは思った。
エリーが無防備に囲まれたと見て、この剣士は助けに来てくれたのだろう。
必要かといえば不要だし、獲物を横取りされたとも言える。
が、これもエリーの呑気な振る舞いが招いた勘違いだし、人の善意自体は尊ぶべきものだ。
少し考えて、エリーは共闘の形をとることにした。
「正面の3匹をお願いします。私は魔法で反対側を片付けます」
「魔法使いか! わかった、こちらは任せろ!」
相手は所詮イヌルト。スキルも直接攻撃系ではないので、あの金属鎧が貫かれる心配はない。
うっかり≪ヒートヘイズ≫に巻き込んで鉄板焼きにすることだけが心配なので、エリーは慎重に距離を開け、不可視の熱壁を散らして魔力に還元した。
「わおーん!!」
「わうわうー!!」
「死ねわんっ!」
吠え声と同時に剣士へ飛び掛かる3匹のイヌルト。
同時に剣士の周りに到達し、同時に武器を振りかざす。
頭に/脇腹に/足元に。
高度な知性が織りなす同時攻撃による連携――というよりは、いわば生存バイアスなのだろう。
偶々このグループのメンバーは走る速度が揃っていて、偶々狙う場所が違った。
それが偶々効果的に働いて、だからこんな人類に知られた狩場で、これまで生き残れた。
まあそれも、今日までのことだ。
「――ふッ!」
上段からの振り下ろし。
一息で縦に長いS字を描くような軌道の斬撃。
「わふっ!?」
3匹のイヌルト達の武器は剣の一振りで弾かれる。
「きゃいんっ!」
驚いて一瞬動きが鈍ったに、足元の1匹を蹴り飛ばす。
これで一時的に1対3から1対2になる。
イヌルト相手で1対2なら、一端の剣士にとっては容易い相手だ。
3匹目が戻るまでに1匹切れば、残りも1対2。
更に1匹切れば1対1。
そのまま1対0へ。
エリーはそんなチャンバラの音を背に、この場で使う魔法を悩んでいた。
魔法の選択肢は多いが、それに比すれば、エリーの実戦経験は非常に少ない。
「普通の火じゃ延焼が怖いなぁ……≪ファイアバレット≫」
故郷の森を焼いたエリーだが、何も趣味で森を焼くわけではない。
焼かずに済む森まで焼くつもりはない。
温度を下げ、硬さと貫通力を与えた火の弾丸。
鈍く赤い光が茂みを貫き、脳を穿たれたイヌルト達は悲鳴も上げずに倒れる。
弾丸は目的を果たすとすぐに魔力に還った。
薪ならともかく、生きた植物に燃え移るほどの熱ではない、はずだ。
「メルシャノン、片付きました! そっちは無事ですか!」
そこへ、剣士の仲間らしき声が届いた。
「ああ、無傷だ! ……と、君、後ろに回ったイヌルトはどうなっている!? すぐに加勢するぞ!」
「こちらも片付きましたよ。ありがとうございました」
「ほう、いつの間に……? ほとんど音がしなかったな」
「上手く急所に当たったので」
エリーは愛想笑いをしつつ、自分で倒したイヌルトの死骸を回収する。
剣士の仲間達も、倒したイヌルトを引きずって集まってきた。
じゃれつくように談笑する2人と、弓を持った1人だ。
「んにゃはは! 見たにゃフェルハロルド、にゃーの連撃!!」
「はいはい、見事でヤンスね」
「なんかフェルハロルドの周りで勝手にスッ転んでたイヌルト達を、ずばずばっと一撃一殺にゃ! にゃーがいないと危なかったにゃ!」
「へへー俺っち大感謝でヤンスー」
「もっと讃えるにゃ! 崇めるにゃ!」
「ほーれ、猫じゃらしでヤンスよー」
「んにゃっ! んにゃっ! 大人しくするにゃっ!」
「貴女も大人しくするのです、エイダ。フェルハロルドもです。他所の方もいるのですよ?」
周囲の警戒は続けながらも、和やかで、仲の良さそうな雰囲気だ。
討伐数はエリーが6匹、剣士が3匹、後から合流した3人が5匹。
計14匹、逃がしたイヌルトはいない。
「改めまして、助太刀ありがとうございました」
「この死体の傷を見ればわかる。見事な腕だ。余計なことをしたかな」
「それでも善意自体は有難いですよ」
暗に「余計だった」と言っているようなエリーの返答に、剣士は苦笑いで応じた。
「我々は黄金級配達者パーティ『白き花弁』。私はリーダーのメルシャノンだ」
『白き花弁』は配達者のパーティで、リーダーの剣士と、他に弓を持ったヒューム、短剣を持った遊撃役か斥候役らしき獣人と、何だかわからないが鞭と大荷物を持ったヒュームの4人組だ。
見ず知らずの他人の危機を救いに駆け付ける、善人の集まりでもある。
同業者として交流を持つことは、エリーにとって悪くないことに思えた。
「黒鉄級配達者のエリーです」
「黒鉄でこの腕前か。私達はつい先日黄金級に昇級したばかりだが……戦闘力では全く勝ち目が無さそうだな」
「最近配達者になったばかりで、まだまだ学ぶことだらけです。
戦うだけなら、スキルレベルでごまかせますけど」
「そうか。若く見えてもエルフは長寿だからな」
エルフにヒュームの年齢がわからないように、ヒュームにもエルフの年齢はわからない。
どうも実年齢より年上に思われたようだが、実際のレベル上げ方法(※森を焼く)を説明するよりはマシだと思い、エリーは曖昧に笑って受け流した。
そこへ、弓士が1歩進んで口を開いた。
「初めまして、エリーさん。私はパーティの後衛と、総務的な管理を担当しているトッテリーサです」
「初めまして、エリーです」
「エリーさん、もしよろしければ、『白き花弁』に入りませんか?」
「えぇと……?」
急な誘いに困って、リーダーのメルシャノンに視線を送ると、
「なるほど、それは良いな」
と頷くばかりだった。
エリーが斥候役と見た獣人を見れば、
「ふんふんふん……いい匂いですにゃん! 気に入ったですにゃーん!」
エリーの周囲を回って身体の匂いを嗅いでいる。
最後の1人、大荷物を持ったヒュームに目をやると、
「へへ……うちのモンが申し訳ないでヤンス、エルフのお嬢さん」
と卑屈な笑いを浮かべるばかり。特に状況把握の役には立たない。
それよりも、語尾が「ヤンス」だと故郷の門番を思い出してしまうのが、少し困る。
【木魔法】スキルを鼻にかけた嫌味な女だったが、【鼻毛カッター】で鼻毛として刈られてしまった。
故人を悪くいうのもな、とエリーは思考を振り払う。
こんなことを考えていても仕方ない。
「どういうことです?」
わからないことは聞けばいいのだ。
「失礼しました。順を追って説明しますと、我ら『白き花弁』は現在成長中の黄金級パーティなのです」
「はい」
「少し前までは白銀級で燻っていたのですが、このエイダの加入で実績も評価も上昇しているのです」
「はい」
「にゃっはっは、にゃーも頑張ってますにゃん!」
「へぇ」
「エリーさんは実力も高いが、まだ配達者としては駆け出し。私達のパーティで経験を積めば、個人での等級も一気に上がるだろう」
「ふむふむ」
「それにエリーさんという戦力が加われば、『白き花弁』も年内には白金級も目指せるかもしれません。うちに魔法使いはいませんからね」
「はぁ」
「お嬢さんのデメリットとして、パーティの方針で多少の行動制限がかかる場合があるでヤンス。それと、報酬は頭割りになるでヤンス。ただ、大物狩りや上客からの依頼も受注できるので、稼ぎ自体は恐らく増えるでヤンス」
「なるほど」
エリーは、何となくわかったような気がした。
出会ったばかりの『白き花弁』だが、そう悪い印象はない。
ただ、共に行動するとなると、問題がある。
故郷の門番を思い出すのとは、また別の問題だ。
「1つ質問なのですが、依頼対応時の移動は、徒歩とか馬車ですか?」
「ふむ、そうだな。目的地次第では船を使うこともあるが」
「そうですか……では、残念ながら辞退させてください」
何せ、のんびり地上を移動していると、また外れスキルレベル999に絡まれるかもしれないのだ。
それだけ、エリーの中では先日の野盗ラッシュがトラウマになっていた。
エリーと『白き花弁』は互いの健闘を祈り、その日1日共に行動し、配達者の暗黙のルールを教わり、解体や薬草採集に関する知識を学び、戦利品の分配を終えた後。
エリーだけは一足先に、空を飛んで街へ戻った。




