2-10. ドリルを迎え撃つエリー
「オーホホホ! 私の【掌返し】は、掌を返すスキル!
超高速で掌を返し続けることで、圧倒的な破砕の力を得る……私はこの技をドリルパームと名付けましたわ!!」
エリーはやさぐれていた。
お嬢様の詳細はジローからも聞いていないが、今の言葉を聞く限り、聞いたこともない外れスキルの持ち主のようだ。
エリーは外見でヒュームの年齢を判断することはできないが、老人でないことは確かだ。
長年の修行を経て今に至る、というわけでもないのだろう。
それでこの威力。
相当な努力をしたのだな。
と、普段なら思う。
「これが【掌返し】レベル999の力ですわ!!」
まーた外れスキルのレベル999か。
それがエリーの正直な感想だった。
ここしばらく、外れスキルレベル999のテロリストや野盗に襲われ続けたエリーは、外れスキルレベル999への憎悪を滾らせ、外れスキルレベル999嫌悪症を患いつつあるのだった。
既にジローは後方へ逃がしてある。
周囲の建物はシャルロットが破壊の限りを尽くし、ここから多少壊した所で、損害賠償を請求されることもないだろう。
「それで終わりですか?」
だから余裕を持って、エリーは尋ねる。
「はぁ? 何ですの、貴女」
エリーから見て。
シャルロットはこれまでの外れスキルレベル999達と、同じ目をしているように見えた。
力に溺れた、淀んだ目だ。
「ご自慢の【掌返し】とやらの力は、それで終わりなのかと聞いています」
ずっと見ていると不安になる。
自分もあんな目をしているのだろうか。
あまり自信はない。
「なっ、何ですの貴方! 無礼ですわよ!」
「違うでしょう。レベル999はそんなものじゃないでしょう」
エリーは煽った。
単純に、シャルロット自身の努力を無にするような、高レベルに至った先人達の名を汚すような、幼稚なスキルの使い方に苛立ったのもある。
また、これは自信の無さの裏返し、愚劣な八つ当たりでもあるのだろう。
そして、心の何処かで期待してもいるのだ。
「スキルレベル999の可能性を見せてください」
「ぐぬぬぬ……無礼な亜人めぇ!
いいでしょう、それでは【掌返し】の神髄、見せて差し上げますわ!」
シャルロットの目の奥に、小さく怒りの火が灯った。
靄のかかったような瞳に、ごく僅かな炎が覗いた。
シャルロットの両手、その手首から先が回転を始める。
風を巻き上げ、砂塵を巻き込み、魔力を渦巻かせる。
空が暗くなった。
太陽が沈んだのだ。
そして、すぐにまた日は昇り、視界が明るくなる。
暗くなり、明るくなり。空は夜と昼とを繰り返す。
「これは……一体何が?」
「オーホホホ! 世界は所詮神の掌の上!
神の掌を回すということは……森羅万象を回すということ!」
おお。何だか凄そうだぞ。
期待に目を輝かせるエリー。
シャルロットは自慢気に胸を逸らし、言葉を続けた。
「その森羅万象を回して得た無限のエネルギーを……。
巨大なドリルにッ!! 変えるのですわッ!!」
スン、と目の輝きが消える。
こりゃ駄目だ、とエリーは思った。
「森羅万象の力を乗せた、最強のドリルを食らうのですわッ!!」
「何でそこでドリルに戻すんだよっ!」
エリーはキレた。
「なっ、ド、ドリルの何が悪いんですの!
私が【掌返し】のスキルで最初に手に入れた、意味ある力!
とっても思い入れの深い、大事な能力ですのよ!」
「うるさーい、コンパチヤローめ!!
世界を回して無限のエネルギーを得る? 凄い! 凄い力だよ!
だって概念操作に魔力の制限がなかったら、もう何でもできるでしょ!
その割さあ! やってることが、単純暴力なのが腹立つんだよなぁ!!
もっとやることあるでしょ!! 何かさあ!!」
もう完全に激昂していた。
しかし、最初は困惑していたシャルロットも、エリーの罵倒を聞く内、単純に怒りが湧いて来た。
この亜人は、何故ドリルを否定するのか。
「ふんっ、所詮下等な亜人にはドリルの魅力がわかりませんのね!
最強のドリルの前に砕け散りなさいまし!!
究極奥義、ドリルオブユニヴァースッ!!」
「そんな程度で最強を名乗るな!
純粋火力を食らえ! ≪パイロクラスト≫ッ!!
あと≪ブレイズウォール≫!!」
シャルロットが操る莫大な力を込めたドリル。
エリーが生み出す重く、硬く、押し流す火。
その両者が衝突する。
なお、ここは街中であり、エリー達のいる広場から少し離れた位置には人もいる。
炎の壁で外への影響は遮断したつもりだが、うっかり被害が出たら申し訳ないな。
エリーはそんな思考の片手間に、ドリルを焼き尽くし、シャルロットを撥ね飛ばした。
「きゃああっ!?」
地面に叩きつけられたシャルロットは掌を返して受け身を取ろうとしたが、それで殺し切れる衝撃ではない。
エリーは身を縮めて呻くシャルロットに近付き、見下ろす。
「今のは【火魔法】、レベル100相当の魔法です」
シャルロットに声が届いているかは判らない。
それでもエリーは続けた。
「いいですか。レベル999というのは、そのスキルの関わる概念を操る力なんです。
単に火力を出したいだけなら、レベル100まで上げれば事足りるんです。
勿論、レベルを上げれば上げるだけ、出力は上がりますけど」
魔法系スキルのレベル100で解禁されるのは「属性変質」。
固形の火や液状の火、永久に消えない火、燃え移らない火、自律可動する火。それら、通常の火とは異なる特性を持つ火を自在に生み出す力。
単に攻撃手段とするなら、そのレベルの魔法で十分だ。
「うぅ……私の【掌返し】が……レベル999が負けるなんて……」
シャルロットは小さく零した。
自分の言葉への返事はないが、意識があるなら、とエリーは愚痴のように続けた。
「そもそも、どうして自分の掌を返すんですか?
低レベルの間だって、武器を持った相手の掌を返すとか、掌を返し続けて千切り飛ばすとか、色々工夫はできたでしょう」
【掌返し】は恐らく技能系のスキルだ。
相手の掌に触れて攻撃を捌く程度なら、それこそレベル1からでもできたはず。
その経験があれば、レベル60で解禁される技能への「効果付与」により、「飛ぶ斬撃」ならぬ「飛ぶ掌返し」も編み出せたのではないか。
「……これでは……あのお方に、申し訳が……」
エルフの鋭敏な視力・聴力からは、シャルロットの微かな反応も隠せない。
エリーの言葉に思う所はあるようだが、認めたくはないのだろう。
レベル999の力に溺れ、変なプライドだけが育ってしまったのだと、エリーは推察する。……自分の心情からの類推だ。
仕方ない。最期に、これだけは言っておいてやろう。
「レベル999で神の掌を返せるなら、今ここで運命をひっくり返して、自分が勝ったことにもできるんじゃないですか?」
シャルロットが大きく反応し。その手首が回り始める。
「まあ、させませんけどね」
と、そこへ。
「≪ファイアアロー≫」
エリーの放った炎の矢が、シャルロットの心臓を貫いた。