声
これは私が本当に体験した話です。
その時の私は激務で身も心も疲れ、深夜にようやく帰宅できた所でした。
食事をする気力もなく、せめて水分だけでも取ろうと冷蔵庫を開けた私。
その時でした。
「君を呪うね」
え?……耳を疑いました。
聞こえてきたのは冷蔵庫の中からです。
当たり前ですが冷蔵庫の中に人なんかいません。
一瞬怖くなりましたが、すぐに思い直しました、気のせいだろうと。
私は冷蔵庫からコーラを取り出しベッドに腰かけました。
これを飲んだらこのまま寝てしまおう。
私はペットボトルの蓋を捻りました、プシュッ――
「君を呪うね」
開けた瞬間ペットボトルの中から聞こえてきた、と思います。
男性とも女性ともとれる、高く軽やかな声。
私は固まってしまいました。
そんな馬鹿な……。
しかし私はここでも思い直しました。
相当疲れているんだ私は、と。
その日はそのまま寝る事にしました。
着替える気力もなく、ネクタイだけを外したスーツ姿のままです。
やはり少し怖かったため部屋の電気は点けっぱなしでしたが、疲れていた私はすぐに眠りにおちました。
翌日、私は気のせいではない事に気付きました。
確かに声は聞こえるのです、それも頻繁に。
例えば朝、ポットからお湯を出した時。
出勤の車でエアコンを付けた時は吹き出し口から。
仕事中もです。
プリンターから書類が吐き出された時。
昼食のパンの袋を開けた時。
一番辛かったのは電話対応です。
必ずあの声が入り込むのです。
午前中は一対応につき一回、声が混ざる程度でした。
しかし時が経つにつれその頻度は上がり、夕方になると電話中常に声が聴こえるようになっていました。
私の妄想ではありません。
声は電話の相手にも微かに聞こえるらしいのです。
後ろで誰かが何か言ってるけど大丈夫?と、電話相手から心配をされる始末でした。
私は気が狂いそうになりました。
しかし激務は容赦なく押し寄せてきます。
私は神経を削られ続けながら、夜遅くまで仕事をしました。
深夜、一人暮らしの部屋に帰宅した私はフラフラでした。
心身ともに限界でしたが神経だけは過敏。
いつまたあの声が聞こえてくるかとビクビクしていました。
ベッドに座り頭を抱える私。
ギシッ……。
私のすぐ隣に誰かが座った音でした。
「君を呪うね」
ガリガリに痩せ汚れた長い足、が目に入りました。
私は恐怖で血の気が失せました。
「君を呪うね」
尚も声は繰り返します。
私は怖くて怖くて隣の存在をしっかり確認する事は出来なかった、ごめんなさい。
しかしうっすら横目に入る姿からも、それが普通の人間ではない事が分かりました。
顔が丸いのです。
いや、あれは球体そのものといっていい。
痩せ細った体に目鼻口が付いた球体が乗っている、そんな感じでした。
「やめてぇ!」
私は恐怖に耐えられず叫んでしまいました。
どうか呪わないで、という願いを吐き出しました。
しかし奴にはそんな気持ちは理解出来なかったのかもしれません。
軽やかにまたあの言葉を口にしました。
「君を呪うね」
私は必死に叫びました。
「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」
それでも声はやみません。
「君を呪うね」
私は叫びます。
「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」
こんなにお願いしているのに……それでも駄目でした。
「君を呪うね」
「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」
「君を呪うね」
「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」
「君を呪うね」
「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」
「君を呪――」
「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」
「君を――」
「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」
「き――」
「やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!」
気付けば私は気を失っていました。
その後私はいたって普通の日常を送っています、表向きは……。
私は呪われてしまったのでしょう。
あれ以来、私の頭の中では常にあの声が鳴り響いています。
仕事中も休日も、そして夢の中でも……。
――やめてぇ!やめてやめてやめてぇ!
あの時の私の声色そのままに鳴り響くのです。