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八話:三日目の弐。  作者: そぃ
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サブタイって何?



 薔薇色の世界。

 光輝く世界。

 ファンシーな景色に、甘ったるい匂いが交ざり、じわじわと気分を悪くさせていく。

 色鮮やかな景色。

 ピンクの世界。

 手を繋ぎ、向かい合う男と女。

 笑い合っているのだろう。微かに聞こえてくる愛の囁きが、余計気分を悪くさせる。

 いつまでも続く慣れない光景に、ひとり、ゲロを吐く。

 次第に茶色が消え、透明になり、黄色くなり、胃液だけのゲロが地面を濡らした。

 愛しか無い世界で俺は思った。


 ーーーこれは、俺の世界じゃない。




「あなた達のお名前は何て言うのかしら?」


レジスタ、アカリとそれぞれ自己紹介をしながら握手を交わし、続けて俺が名前を言おうとして手を握った時である。

先程の、目眩がするぐらい甘ったるい映像が俺の脳内に流れていった。

時間にして一瞬。

見せられたと言うより、元より知っていたという感覚に近い。

気分の悪くなった俺は慌てて女性から手を離し、そのまま口を抑え建物の裏へと駆けて行った。

腹から胸へ、そして喉から口へとナニかが込み上げてくる感覚。

目玉は飛び出すんじゃないかってくらい剥き出しになっている。

朝日が見守る青空の下で、


「オロロロロロロロロロ」


光り輝く液体は無事、俺の口から放出された。


「い、今のが、ラブ、なのか・・・」


思っていたよりも強烈だ。そして緩い。

あれ以上見ていたら頭の中が完全にやられていたかもしれん。


「って言うか、これ・・・まぁ、良いか」


辺り一面に散らばったゲロは見なかった事にする。

良くはないが良いのだ。

とりあえず今気になるのはゲロではなく、先程の映像。

以前にも似たような映像の見方を経験した事があった。

最初は確か、アルベロの山の頂きで歪んだ世界に吸い込まれた時だったか。

その時見た映像はさっきみたいなカラフルな鮮明さは無く、水の中にいるかの様なボヤけたモノクロの映像だった。

映っていた人の表情は良く見えなくて、でも喋っている人の表情ははっきりと分かる。

だが、喋るのを止め、黙るとまたボヤける。

イマイチ良く分からない世界だった。


二回目はトラディの城で、ダクトから落ちた時に見た。

人が変わる世界。

人が人じゃ無くなる―――人間である事を止めた映像世界。

頭の中に文字が浮かぶ。


魔女。


たったふたつの文字が浮かんでは消えた。

魔女―――その言葉から連想するのはトラディで行われている魔女狩りだけ。

それと何か関係性があるのだろうか?


「うーん・・・」


そもそも何故こんな映像が見えるのか?

誰も言わないだけで皆見えているのだろうか?

それとも世界が、俺こそが選ばれし者だと遠回しに教えてくれているのだろうか?

恐らく後者。

やはり俺こそが世界に選ばれし英雄なのだ。


「ふふーん」


鼻高々である。


「嘔吐してた割に楽しそーだね」


声をかけられ振り向くと、そこにはシャルロットが居た。

胡座をかいていた俺を、膝に手をつき中腰の姿勢で見下ろしていた。


「シャルロットさん・・・」


俺のゲロ、踏んでます。


「少し長いからシャルでイイよ?でも平気そうで良かった。お友達も心配してたから、早く戻ってあげた方がイイかもねー」


笑顔で差し出された手を、俺は握らなかった。

いや、握れなかったと言うのが正しいのかもしれない。

胸元の緩い服装をしている巨乳の女の子がコレ見ようがしに前屈みになっているのだから、立ち上がるよりも先にまずやるべき事があるというもんだ、ぐへぁ。


「ん?どったの?」


どうもしません。


「ほら、早く」


まだ早いですよ。


「おっぱいばっか見てないで」


見ますよ、そりゃ。


「ってぇ!?何故バレた!」

「んー・・・表情と視線かな?」

「クソッ、これが巷で噂のハニートラップか―――ッ!」

「それは違うかな?」


向けられた苦笑に笑顔で応える。


「でも、ありがとう」


小さくも力強い言葉に、彼女は引いた。





店前に戻ると、三人が心配そうに出迎えてくれた。

もちろん嘘である。


「臭っ」

「少し離れてくれると助かります」

「あら、本当に臭いわね」


ゲロの次は涙が出そうだよ父さん。


「心配していたと、聞いたのですが?」


三人は顔を見合わせ「私じゃない私じゃない」と手を横に振った後、俺の方を向き直し首を傾げた。

お前ら仲良しかよ。


「と、とにかく行こっか!急がないと式典始まっちゃうよ!」


シャルロットめ、嘘じゃねーか!

顔とスタイルが良かったらなんでも許されると思うなよ!


「後で、ウチのお店でサービスしてあげるから元気出して、ね?」


ふぅん・・・しょうがないな~、今回は特別だぞぉ?

特別に許してやるからな?

別に耳打ちされた時におっぱいが当たってたからとかそんなふざけた理由で許した訳では決して無い事をここに言っておく。

それと、サービスが楽しみな訳でも無い。

本当だ。

そもそもサービスって何だよ?

あーんでもしてくれるのか?

それとも膝の上に乗ってあーんをしてくれるのか?

もしくは口移しであーんをしてくれるのか?

それはさておきあーんは確定なのか?


「そこんとこ詳しくお願あーん?」

「あ、あーん・・・?えっ、なに、あーん?」


戸惑った様子のシャルに、口をパクパクさせながら近付いて行く。


「いやいやいや意味分かんないんですけど!どうしちゃったのこの子!?何か壊れちゃってないッ!?」


冷や汗を流しながら後退るシャル。


「至って正常」

「そうですね。いつもの彼です」


そんな彼女に届けられた言葉は、彼女の背筋を凍らせるには十分過ぎる威力を持っていた。

ゆっくりと近付く俺、ゆっくりと後退る彼女。

数秒と経たない内に、その距離はほぼ無くなった。

壁に背中を預けてしまった彼女に、もう逃げ道は無い。


「いただきむわぁーす!」

「イヤァァアアアアアアアアアアアア」


皆が祝福する記念すべき日に、変質者が現れた。らしい。

その変質者は舌をレロレロさせながら胸の大きな街のアイドルに迫り、両手をワキワキとさせていた。らしい。

壁に追いやられたアイドルに魔の手が伸びる。

そんな時、彼女を助けたのはロンと名乗る火の国の青年だった。らしい。

青年に腕を拘束された変質者は誠心誠意込めた土下座とある約束で何とか許してもらった。らしい。

変質者は後に語る―――。


悪ノリが過ぎた。


その変質者こそ何を隠そう、俺なのである。





「ファカルドとリーヴァが互いに手を取り合い、早いもので二年となります。思い返せば十年前、我々は同じ国で同じ民でありました。それが―――」


湖の中心。そこに建つ立派な城の中にある偉そうな部屋の舞台上で、偉そうに髭を生やした何処かのお偉いさんがこれまた偉そうにありがたい話しを始めた。

広い部屋に火と水の民が一同に会し、お偉いさんの昔話に耳を傾けている。

要所要所で頷く者、欠伸をする者、他国の人と話しをする者。


「ツマンナイ」


中にはそんな失礼な事を言う者もいた。

と言うか、アカリその人である。


「そうか?俺は面白いぞ?他国の歴史をこうして聞ける機会もそうそうあるもんじゃないしな」

「それでもツマンナイもん」


アカリはぶーたれている。


「そもそも知ってるし・・・」

「ん?」

「何でも無い。それより、そんな呑気にしてて良いの?」

「何がだ?」

「さっきの約束」

「あー、その事か。大丈夫、ちゃんと作戦は考えてある」

「まさか『出ない』なんて言わないですよね?」


うるさいな!先に言うなよ!


「バカな事言わないで。彼は今まで一度たりとも逃げた事なんてない。そうでしょ?逃げないよね?男だもん。逃げたら死ぬべき」

「ま、まっさかー。逃げる?この俺が?ははっ、思わず抱腹絶倒しちゃう冗談だぜ」


毎回毎回アカリがそんな事を言うから今まで逃げたくても逃げられなかっただけなのだが?

アカリは分かってるのかな?それとも確信犯ですか?


「出るからには優勝して格好いい所見せてね?」

「当たり前だろ?」


上目遣いをしてきたアカリに、親指を突き出し決め顔で応える。


「優勝賞金凄いみたいだから」


俺は親指を引っ込めた。

クソッタレ、そっちが本命かっ!


「でも、ひ弱な貴方じゃ一方的にボコボコにされちゃうだけな気もしますね」

「なんだと・・・?」


俺もエラく下に見られたもんだ、と多少不機嫌になる。


「レジスタよりはひ弱じゃないから頑張れるさ」

「私は、か弱いんです」

「貧相の間違いでは?」


どこが、と言うのは野暮と言うものだろうからここは黙っておこう。

しかし、一部を凝視する俺の視線に気付いた彼女はサッと胸元を隠し声を張り上げた。


「ど、どこの部分を言ってるんですかっ!」


周りの視線が俺達へと集められ、流暢に話されていた昔話もそれにより一時中断された。

それに気付いたレジスタは「ごめんなさい」と一言謝り、顔を赤くさせ俯いた。


「モテモテだな、レジスタ」

「うるさい・・・っ!」


余程恥ずかしかったのだろう、よく見ると耳まで真っ赤に染まっている。

少しの罪悪感に襲われ、俺はそれ以上レジスタをイジる事を止めた。


「そう言えば、あの二人が居ないな・・・」


辺りを見回し、俺は言った。

二人とはシャルとツィオーネの事である。

ここまでは一緒に入ってきたのだが、気付けばその姿はどこにも見当たらなくなっていた。


「気になるの?」


別にそこまで気になった訳では無い。

何となく気になり口にしてみただけなのだが、どうもアカリは何かを勘違いしているらしく、俺にジト目を向けている。

妬いてるのかな?


「俺が気にしてるのはアカリだけさ」

「はいはい」


どうも違うっぽい。


「以上で、私からの挨拶は終わりとさせて頂きます。ご清聴、感謝致します」


部屋中から拍手が巻き起こる。

どうやら長かった挨拶は終わりを告げたみたいだ。

個人的にはちゃんと昔話を聞きたかった所ではあるが、それはまたの機会にするとしよう。


「続きまして、各国より挨拶を頂きたいと思います」


髭のお偉いさんと入れ替わりに一人の青年と女性が舞台上に登場し、俺達に向かって一礼をした。

女性は腕を前に、青年は後ろで組み、口を開いた。


「わたくしはファカルドの第一王子、ロン・フィアンマであります。是非、ロンとお呼び下さい。そして隣に居るのが皆さんもよくご存知の妻のサラス・フィアンマです」


ファカルドの王子と名乗ったその青年は、先程変質者となった俺を止めに来た男とそっくりな風貌をしていた。

て言うか本人だ。

金髪に碧眼、誰が見てもイケメンと言うであろうその顔と声は、紛れもなくさっきの男で間違いない。


「本日は僭越ながらわたくしロンが、お父上に代わりまして国の代表として挨拶を申し上げたいと思います。と、その前に―――」


そう言い残すと、王子は一旦舞台上から袖へと姿を消し、数秒後、腕に小さいナニかを抱きかかえニヤニヤと口元を緩めながら戻ってきた。


「大変私事ではありますが、一年程前にサラスが子を授かりまして、つい先月我が火の国に新しい王子が産まれました事をここにご報告させて頂きます」


会場がざわつきに包まれる。


「名はファロ。ファロ・フィアンマ。国だけで無く、世界を照らし導く者の名です」


王子は緩んだ表情のままそう続けて、息子の手をヒラヒラと揺らして見せた。

ファロと名付けられた赤子が、何の濁りもない笑顔をこぼした。

会場からざわつきが消え、代わりに祝福の言葉と黄色い歓声があちこちから飛び込んできた。


「おめでとうございます!」

「かわいいぃー!」

「ファカルドもあと半世紀は安泰だな!」

「イケメンならサラス様を抱けたという事実・・・ッ!」

「俺にも金と地位があればサラス様を・・・ッ!」


一部変な声も混じっているが、お目出度いこんな日だからこそ敢えて今のは聞かなかった事にしておこう。


「かわいい」

「そうだな。でもちょっと生意気そうな顔してんな」

「自虐?」

「違います。こんな優しさと愛しさで塗り固められた顔を持つ俺に対して何て酷い事を」

「え・・・?」


何その顔、俺ってアカリに生意気とかそんな風に思われてたの?

十八年もずっと?


「うぅー・・・恥ずかしい・・・」


レジスタもいい加減に戻ってこーい。

彼に辱めを受けました、なんて日記に綴ってる暇あるなら俺のフォローをしてくれると助かるのだが?


「まぁ、元気だしなよ兄ちゃん。アンタはイイ男だぜ?」


馴れ馴れしく俺の肩に手を置いてきたアンタは


「誰だよ」

「なぁに、俺は只の話しの好きなとある店主、さ」

「あ、あなたが噂の話し好きの店主・・・っ!あなたの話しは連れから色々と聞いております。会えて光栄です。握手してください」

「何だい何だい、知らん内にオレも有名になっちまったみてーだな」


照れ笑いを浮かべる店主と固い握手を交わす。

年に一度の盛大な祭りを迎えて興奮しているのか、店主の掌は手汗でぬちょっとしていた。


「楽しむのは有難いけどよ、あんまりハメを外しすぎるんじゃねーぞ?じゃあな」


そう言って店主は低い姿勢のまま人混みへと消えて行った。

そこで、突如として群衆から歓声が上がる。

俺は手汗を床に擦りつけながら改めて舞台の方を見ると、丁度ロンとサラスの挨拶が終わり、水の王と妃の二人と握手をしている所であった。

知らぬ間に二国代表の挨拶は終わりを告げていたらしい。

ロンの手を離した水の王が正面に向き直す。


「皆の者、長らく待たせて済まなかった。これより、火と水の祭典“レガーメ祭”を開催するッ!!」


こうして、一日の内に様々な思いと願いが入り乱れる事となる祭典レガーメ祭の幕が開かれた。

ここからゆっくりと世界の歯車が動き出す事を、この時の俺はまだ知る由もなかった。








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