3話 懐柔してみる
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「はあ……」
私は処刑イベントからの『リセット』そして巻き戻ってからのクローディアとの出会いを終えてまた自室で反省会をしていた。
「少し強引過ぎたかしら」
お友達になってから日が浅く、信頼関係も築けていないのに目につくところばかり注意したのが悪かった気がする。
「じゃあ、ある程度見逃して……それから少しずつ矯正していかないと、だ」
焦っちゃいけない。アイリが現われるまでまだ時間はあるし、それから断罪イベントまでも日がある。私は窓の外から月を見上げた。
「ふう……もうお腹いっぱいですわ」
クローディアがご飯を残して、周りがお腹を減らしても我慢。
「大変めずらしいものをお見せ戴き感激しました。本日はおまねきいだたきありがとうございます」
分かりきった簡単な問題を彼女がドヤ顔で答えても我慢我慢。そんな日々が続いていく。何回も彼女の言動が分かっている私はやがて取り巻きの中の序列を上げていった。
「ねぇ、マリアンナ。このチョコレート分けてあげるわ。実家から送ってきたの」
「まあ、ありがとうございますクローディア様」
今ではお茶会で隣に座れるくらい親しくなった。最高級のチョコレートは文句なしに美味しいです。
「マリアンナ。私少しあなたの事を調べましたの」
「えっ?」
「……先月、あなたの家の貿易船が二隻も嵐に巻き込まれたそうじゃありませんの」
「あ……ああ……」
そうなのだ。乗組員は漂流したけど全員無事だった。ただし積み荷は駄目になってしまって今、私の実家は汲々としているのだ。
「我がジラルディエール侯爵家が後ろ盾になりますわ。銀行に相談なさいな」
「あ、ありがとうございます……」
そう、一度懐に入ってしまえばクローディアはとても面倒見が良いのだ。だけどこれが後々彼女が処刑された時、うちの実家が関与を疑われる原因になる。
「……それでは、わたくしは部屋に戻りますわね」
クローディアはお茶会をしていたサロンを出た。私は慌ててその後を追った。しかし……。
「クローディア様?」
そこには廊下で倒れているクローディアがいた。
「クローディア様!!」
私は彼女に駆け寄って抱き上げた。まるで羽根のように軽い。
「う……マリアンナ……?」
クローディアは意識がもうろうとしているようだ。そこで私は彼女を抱き上げた。私が抱き上げられるくらい彼女は軽い。
「大変!」
私はサロンに近い自分の部屋に彼女を連れ帰った。
「失礼します。衣服を緩めます」
私は彼女のドレスを脱がせた。……すると、ドレスの下から信じられないものが出てきた。
「これ……金属製?」
なんと彼女は鋼鉄のコルセットを身につけていたのだ。あわててそれを外すと、クローディアは大きく息をついた。
「ふう……」
「クローディア様!」
思わず私は彼女を怒鳴りつけた。
「どうしてこんなものをつけてたんですか、これじゃ苦しくてたまらないでしょう!」
今、私がつけているくじらの骨と布のコルセットでもけっこう苦しいのに。
「……スタイルが……崩れるから……」
「は?」
「わたくしは誰より美しくいないと……」
私は呆れと怒りがこみ上げてきた。そりゃこんなもので体を締め付けていたらご飯も食べれないしイライラもするわ!
「いいですか、クローディア様! クローディア様はいずれ国母となられるのです。健やかなお世継ぎを生まないといけないのにこれでは体を壊してしまいます!」
「マリアンナ、泣いているの……?」
いけない、感情が昂ぶりすぎて涙が出てきた。
「心配してくれているのね……ありがとう……」
クローディアは血の気を取り戻した、というよりも紅潮した顔で私を見つめている。
「そ、そう言う訳では……ただ当り前の事を言ったまでで……」
「わたくしの為に……とても嬉しいですわ」
「は……はは……」
私は背筋がむずむずするのを感じて気まずく頬を掻いた。
しかし、それからクローディアは変わった。食事をキチンと食べるようになって周りを困らせなくなった。そして我が儘が減った。そうよね。お腹が減っていたら誰だっていらいらするだろう。そのうちに私達取り巻き達の雰囲気も柔らかくなっていった。
「今度、クローディア様と同じ色のコーディネートなんてどうでしょう?」
「あらあら、それも面白いわね」
今じゃそんな事を言われてもクローディアは怒らなくなった。よし、いい傾向だと思う。
そして……ついにやってきた。あの子が。
「では皆さん、これから一緒に学ぶ留学生のアイラ・ルオノヴァーラです。仲良くな」
「よろしくお願いしたします」
そうだ、ここからが正念場だ。
「クローディアさん! 仲良くしてくださいねっ」
「えっ」
あああ! 何そのゼロ距離……っ。みんな敬意を込めて様をつけているのに。彼女から話しかけられなければお話なんてしないのに。それくらいは誰もが空気を読んでいるのに。
「ええ……よろしくね」
堪えた!クローディア耐えた! えらい。よくがんばった! 私がクローディアの成長を喜んでいると、アイラが突然素っ頓狂な声を出した。
「あーっ!」
「!?」
「オーウェン王子様ですよね! お会い出来て光栄です!」
おそらくクローディアを迎えに教室に来たのだろうオーウェン王子を見かけて、アイラはダダダッと駆け寄った。おおーい! クローディア以上にみんな王子には気を遣っているのに。
「誰だい、君は」
「私は留学生のアイラです」
「そうか、よろしくな」
柔和なオーウェン王子は突然話しかけられて戸惑ってはいたが怒りはせずに、微笑みながら返事をした。あーもう、甘い。
「わーい、ありがとうございます! うれしいです」
アイラはニコニコしている。そしてちらっとクローディアを見た。
「え……めっちゃ煽ってくるやん……」
私は思わずそう呟いていた。