終焉を迎えて
死体の描写があります。苦手な方はご注意ください。
即死だった。青酸カリの猛毒に侵された顔はげっそりと角張っていた。
「どうして……」
刑事が数人と、その足元に横たわる遺体。後ろの人ごみの中からは泣き声や涙声、叫び声さえも聞こえる。
「毒死、か」
先頭に立っている刑事が溜め息混じりに呟いた。
目を見開き、無表情に横たわる男の遺体は、堪らなく気味が悪かった。
その場にいた全員が遺体に触れるどころか、近づくことも躊躇っていた。
突然、一人の女刑事が遺体のそばに寄った。周囲は驚き、その刑事の一つ一つの動作を食い入るように見つめていた。
彼女はずっと遺体の顔を見下ろしていたかと思うと、いきなり死んだ躯の横に跪く。
「綺麗……」
囁くように、目を見開きながら言う。その手が、死体の青白い頬を這った。
周りの者は彼女を止めようと駆け出そうとした。しかし、先頭でじっと見守っていた老人が、彼らをそっと制した。周囲は驚き、女刑事の一つ一つの動作を食い入るように見つめていた。
「なんで、こんなに綺麗なの」
彼女の細い指が死体の目元をなぞる。綺麗、そう呟きながらまじまじと遺体を凝視している。二度と開くことのない瞼にそっと触れながら、壊れ物を扱うかのように首元を手の甲で擦っている。
確かに、肌は白く、目を見開いていなければ綺麗かもしれない。だが、その言葉を死人に対して言うには恐怖が大きすぎた。女刑事は気持ち悪いなどという感情は存在しないかのように遺体に触り、ひたすら「綺麗」と呟いていた。
それを見ていると背筋に気持ち悪さがこみ上げてくる。あまりの不気味さんい鳥肌が立ち、寒気がしてきた。同僚が死んだ人間を「綺麗だ」と言い、躊躇いもなく触っている。悪夢を見るのにはそれだけで十分なほどだった。
「濡れてる」
彼女が、ふいに振り向き、そうささやいた。
「瞼が、目尻が濡れてるの」
懐かしむように、涙を堪えるように、たまらなく寂しそうに、もう一度ささやいた。それだけ言うと、その女刑事はもう一度死体に体を向けた。
「生きてたんだね。生きてた、生きてた。だから、こんなきれいな姿で……」
そこまで言うと、遺体を抱きしめるように、起こす。一般人にとって、死んだ人間の躯を抱きしめるなど、とてもではないが出来なかった。ましてや、この目を見開いた青白い顔の死人を抱き起こすなど、絶対に無理。
恐怖と信じられない、という眼差しが彼女に一斉に降りかかった。
しかし、彼女は気にせず遺体を腕のなかで抱きしめたあと、元通りにそっと寝かせた。ポケットからハンカチを取り出すと、遺体の目元をそっと拭い、立ち上がった。
その桜模様のハンカチを遺体の顔に被せると、人ごみをかき分け、車の方へと戻って行った。
捜査はどうするんだ、と大声で叫ぶと、
「上司から呼び出しがかかってますので」
という彼女の呑気な声がエコーのように返ってきたのだった。